少年の憧憬
アストラル大陸で機械人形とカイザーエンヴァに手も足も出なかったガルロは強くなりたいと思った。シアノスが居ない今、キラを守るのは自分しかいない。けれど今のままでは力不足だ。そう思ったガルロは特訓することにした。
「え、ヤダ」
一番に声を掛けたカイザーエンヴァには即座に断られた。ムッとしながらじーと見続けたら視線を逸らされた。それでも見続けてたらどこかに飛び去ってしまった。しゅんと落ち込むガルロだったが外から聞こえた雄叫びに視線を向ける。そこではうさぴょん軍団が訓練をしていた。眺めていると模擬戦が始まった。ピンと来たガルロは窓から飛び降りた。
「団長、なんすかあの子」
団員の一人がリーリンに耳打ちする。あの子と指差した先には突然旅館から飛び降りた少年がいる。キラといた黒い子、確かガルロと呼ばれていたと思い出したリーリンは彼に近づく。
「ガルロ、で合っているぴょん?」
リーリンの問いかけにガルロは頷く。
「それでガルロは……キラとはぐれてしまったぴょん?」
「やる!」
リーリンの問いかけに首を横に振る。両拳を握ってリーリンを見上げる。
「えっと、訓練に参加したいということぴょん?」
うんうんと縦に振る。目を輝かせたガルロはリーリンを見る。キラキラした眼差しを受けたリーリンは思考を巡らす。強さに憧れを持つのは仕方がないことではある。冒険者になりたい子や旅館のために戦う力を欲する子を育ててきた。けれど、子供に戦いを覚えさせるのはいつだって心苦しい。敢えて物騒な世界に身を置く必要はない。自分の感情を抜きにしても一度保護者であるキラに相談してからの方がいいだろう。そう結論付けたところで団員がガルロを囲んでいた。
「なんだ坊主、強くなりたいのか?」
「キラ守る」
「おっ良い意気込みだ。よっしゃ俺が手ほどきしてやろう」
「待て、まずはキラに……」
「お堅いッスよ団長。強い男に憧れる健気な少年の心を蔑ろにするんすか」
キラの名前が出たからだろうか、団員たちがガルロの味方をする。軽く息を吐いたリーリンは妥協する。
「分かった、訓練を続けよう。ついてこられなかったらそれまでぴょん」
「よっ、さすが団長!」
「ガルロ頑張ろうな」
「それじゃあ一から始める」
「ええ!!?? そりゃないっスよ……だんちょーーーーー」
責任を持って一から訓練をやり直させる。二周目に嘆き反抗する彼らに喝を入れる。自分たちが勧めた結果なのだから受け入れるのは当然だろう。基礎体力なくして戦闘は成り立たない。軍団の訓練はとても厳しい。そもそも兎人族に合わせた訓練内容なのだから他種族が同じ動きをするのには無理があった。
けれどガルロにその心配は杞憂だった。体力無尽蔵で運動神経が良い彼は見事訓練についていった。息を切らす団員たちの後ろで平常な顔をしていた。
「一緒にいたよな」
「ああ、後ろにピッタリ」
団員たちは顔を合わせ合う。心の中ではみな同じことを考えていた。え、こいつ化け物じゃね?と。
けれども模擬戦が始まればその思考も気のせいだったかと思い直す。体力はある。けれど戦い方はまだまだだった。眼と反射神経は良いがそれだけだった。動きは悪くないが思考力が足りない。魔物相手では問題ないだろうが、強者相手には捻り潰される。特にうさぴょん軍団は街の警備をになっている。徒党者を相手にする彼らは人間の扱いには慣れていた。
結果ガルロは始まって数分も立たないうちに取り押さえられる。力も筋骨隆々な彼らの方が上だった。もがいてもビクともしない。それでも何度も諦めずに挑み続けたガルロは徐々にだが動きが良くなっていた。それと同時に順番に彼の相手をしていた屈強な戦士に疲れが見え始めた。やっぱり体力お化けだと考えを改め悲鳴を漏らした。
一度だけ、シアノスに特訓をつけてもらったことがあった。二体の樹木人形を相手にした実践だ。けれどシアノスは近接戦はド素人だ。見様見真似の動きで操っていた。実際あの時は護衛するとはどういうことかと簡単な腕試しのようなもの。生粋の武闘派相手とはまた違う。
何日か軍団に付き従って訓練をしていたらゾルキアの目に止まった。彼も軍団の訓練に参加して涼しい顔で卒なくこなす。一緒に参加していたアレキシオも少し余裕を残してついてきた。軍団員が彼らを見て少し気落ちしたのは言うまでもない。それを眺めていたラトスィーンによってさらに訓練内容が過酷になったのはまた別の話だ。
「ガルロは動きが分かりやすいから対処が簡単なんだ。頭を使って複雑な動きを覚えるか、圧倒的な力で押し切るかのどちらかだろう」
ゾルキアのアドバイスを聞いたガルロが思い起こしたのはカイザーエンヴァだった。彼の動きは単純だった。小手先の技術など一つもなく、ただ近付いて殴るだけだ。けれど圧倒的な力でもってすべてを破壊した。ガルロの思い描いた強さは彼だった。彼の姿を思い出していたらガルロの背に翼が生え、小さな手は異様な形、竜の手に変わっていた。
騒いでいる彼らを旅館内から見下ろしていた影が三つ。
「なんじゃ、冥竜帝には子がおったのか」
「そんなわけないだろ」
「でもあれって冥竜帝が暴走している時と同じ感じだよ」
「ちが……えっ、暴走?」
「なんだ気付いておらなんだか。そちがキレおったら手がつけれん暴君になっておるぞ」
「何それ我輩知らない。え、こわ……」
「んー竜人族ってこと? でもそんな種族ないよね」
竜とは特別で魔物でも上位に君臨する。獣人族にはもちろんのこと、魔族でも竜の特性を持つ者はいなかった。
「やはり冥竜帝の子ではないのか」
「そんなわけないだろ!」
考え込むマオを他所に大鎖碑がカイザーエンヴァを揶揄う。カイザーエンヴァはとっても嫌そうに否定していた。
「そうカッカせずとも認めれば良いではないか」
「事実無根だ。認めてたまるか」
「そちが知らぬ間に……というのも十分有り得るではないか。暴走も知らないではないか」
「そんな相手はおらん。おらんと言ったらおらんのだ」
ニヤニヤと笑う大鎖碑にカイザーエンヴァが全力で拒否してる。考えても仕方ないかと思考を放棄したマオは二人の様子を苦笑して見ていた。
「見てないでこいつをどうにかしろ番犬」
「冥竜帝も隅には置けないね」
「お前もそっち側か!?」
上でも下でも賑やかな雰囲気が流れていた。
しばらくして飛行出来るようになったガルロは自分もいつかはカイザーエンヴァのような大きな竜になれることを夢見ていた。が、その時が訪れることは一生なかった。あくまで竜人族だ。獣人族だって獣の特徴を有しているだけで獣の姿になれるわけではない。マオやカイザーエンヴァは魔物の姿が本来の姿であって人の姿は偽りなのだ。
数年後、ガルロは一気に大きくなった。背丈が伸び顔から幼さはなくなりキリリとした端正な顔立ちになった。気付けばキラの身長を越していた。
「大きくなったねガルロ。……あ」
いつもの癖で頭を撫でようとして手が止まる。手が届かなくなっていた。大きく育ったのは喜ばしいことだ。けれど少し寂しさを感じた。大きくなってもガルロはガルロだ。大好きなカゾクだと言うことは変わらない。当然だけどいつまでも子供のままではない。そう思い至って手を引っ込める。
寂しそうに笑うキラを見てガルロはしゃがむ。
「ガルロ!? どうしたの? 体調が悪くなった?」
突然しゃがみこんだガルロを心配する。今まで体調を崩したことがないから心配だった。するとガルロはキラの手を取って自分の頭に乗せた。目を閉じた彼を見てキラは手を動かす。サラサラな黒髪を優しく撫でる。思わずクスクスと笑みを零した。口に手を当てて嬉しそうに笑うキラをガルロが見上げる。
「ほら立ってガルロ。行こう」
差し出された手を取って並んで歩く。二人の手はしっかり繋がれていた。




