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緑の魔女  作者: 猫蓮
おまけ
118/127

似ている二人

 二ーはツェンフェンから近い森の中ででキズだらけの子供を見つけた。眼を潰されて体もボロボロで呼吸も浅い。このままでは死んでしまうだろう。そうでなくとも、と周りを見渡す。血の匂いに誘われて魔物が近寄って来ている。

 二ーは子供の前にしゃがむ。助けることはできる。けれどそれがこの子に取っての幸とは限らない。ここで死んだ方がこれ以上苦痛を味わずに済む。どんな人生を歩んでいたのかは知らない。けれど、この子にとってこの世界は残酷であることは今の状態だけで分かった。


「助かりたいか?」


 尋ねたところでもう聞こえていないかもしれない。目の前に手を差し伸べて無駄だと思い至る。まだ少し意識はある。長々と苦しむよりは一思いに殺された方が楽に逝けるだろうと剣に手をかける。


「た、すけ……」


 か細い声が二ーの耳に届く。フッと笑って二ーは立ち上がる。


「任せな」


 周りで機を伺っている魔物に剣を向けた。



「待ってたよシアノス。この子なんだけど治してくれないか?」

「は?」


 シアノスは手を上げている二ーを見下ろす。急いで来てくれと伝書鳥が飛んで来てみればこれだ。この子と指さされた人物を見ればもう虫の息だ。


「もう死ぬでしょ」

「求められたら応えないわけにはいかないよね」

「自分が解決できる範囲にとどめなさいよ」

「うん、そうだね。頼むよシアノス」


 仁王立ちして腕を組むシアノスは顔を歪ませる。嫌だ面倒くさいという感情を隠しもしない。それでいて二ーは断られるとは微塵も思っていない。大きなため息をついてシアノスはその子供の傍に寄る。

 そもそもシアノスがこの場に来た時点で二ーの手助けするつもりのようなもの。怒っていても結局は力を貸してくれるのだ。


「……?」

「どうかした?」

「魔力がない」


 子供に触れたシアノスが重々しく呟く。何が問題なのか分かっていない二ーは首を傾げる。


「回復薬は使っていないわよね」

「持ってないからね」


 シアノスは小さく息を吐く。それは不幸中の幸いだった。魔力がない人は初めて見たがすぐに危険性に気付いた。過ぎる魔力は身を滅ぼす。魔力量が多いほど喜ばしいことではあるが制御できなければ暴走のリスクが伴う。そして、魔力がない者にとって魔力とは異物。毒と同じで慣れていなければ命を脅かすものになる。回復薬は魔力を込めながら製薬するため所謂魔力の塊だ。もし今の状態で一口でも飲ませれば即死は免れないだろう。


 聖女の治療がどれほどのものかは知らないが持っていけるほどの猶予はない。しかし、回復薬の類が使えないとなると自然回復力に任せるしかないということだ。完全に治せる確証はないし、何ならこのまま死ぬ可能性の方が高い。


「脱がせるの手伝って」

「よし来た」


 あまり肌に触れないように慎重に服を脱がせる。顕になった肌には青痣や火傷、切り傷などが多く付けられている。キズの様子から手当てしてないのが丸わかりだ。最も酷いのが男根。膿が溜まっている。歩くだけでも痛みが生じていたはずだ。排泄の時も大変だろうによく今まで耐えれたものだ。

 目を当てるのも躊躇うような状態だが二人は平気な顔して隅々まで見ている。


「男児だったのか。治せそう?」

「さあ」


 出来ることはするが確証はないので断言はしない。生きれるかは彼の回復力と気力次第だ。夜の森の中にも関わらずシアノスは懸命に彼に処置する。一段落着いた頃には日が昇っていた。


「とりあえずは終わったわ。さすがに目は治せなかったから見えないだろうけど、痛みはマシになっているはずよ」

「うん、ありがとうシアノス。……もう帰るの?」


 当たり前でしょと言うような顔をして二ーを見る。何も言わずにシアノスはそのまま立ち去った。その小さな後ろ姿を見てもう一度感謝を告げる。その声は彼女に届くことはなかった。

 二ーは全身包帯巻きにされた少年に視線を向ける。見つけた頃より呼吸は安定している。その小さな頭をそっと撫で、起きるのをのんびり待った。


 ーー◇ーー◇ーー


 レイファが占の魔女(インデックス)になってすぐのこと。怪我をしたという彼をシアノスが診ることになった。


 魔女になった時点で彼の過去は共通されている。つまり魔力がないのも知られている。シアノスは教会に行けよと思わなくもなかったが対人恐怖症で肌を見られるのが無理なことを知っているため口を噤んでいる。魔女のローブがなくても顔すら見えない人物を教会が入れるわけがない。


 シアノスとインデックスが見合う。その場に沈黙が流れる。お互い好んで話す性格ではないし、沈黙を嫌う性格でもなかった。


「キズを見してくれないと何も出来ないのだけど」


 これでは埒が明かないとシアノスが物申す。だがインデックスはピクリとも動かない。その様子に深く溜息をつく。


「さっさと脱ぎなさい。回復薬が使えない。教会にも行けない。体質を悪く言うつもりはないけど、怪我したせいでわたしに回ってきたのだから従いなさい。それとも無理やり脱がせてもいいのよ」


 シアノスの半ば脅しのような命令に屈してノロノロと服を脱ぐ。足を滑らせて崖から落ちてしまったらしく、全身に打撲や擦り傷が出来ていた。


「少し沁みるわよ」


 肌を水で濡らしたタオルで清めてから塗り薬を塗り込む。それと同時に古代魔法で肉体の自然治癒力を促す。肌を見られているからか痛みに耐えているからか体が震えていた。小さく呻く声も気にせず素早く処置をする。背中より前を見られる方が抵抗が大きいらしく、なかなか体を翻さなかった。けれどその理由はすぐに分かった。手で隠しているけど見えて察した。


 そういえば、ととある少年のことを思い出した。二ーに頼まれて見た少年も魔力がなかったなと。結局その後どうなったかは知らないけれど。そんなことを考えながらも手はしっかり動かしていた。ものの数分で手当ては終わった。服を着た彼は少し安堵しているように感じた。


「これが嫌なら怪我しないように気をつけることね」


 シアノスは去り際に塗り薬を手渡してその場を去る。残ったインデックスは受け取った塗り薬を見て小さくなっていく彼女の後ろ姿を眺めた。何故か二ーのことが思い浮かんだ。


『わたしの知り合いがレイファの怪我を診てくれてな。文句を言いながらもしっかり診てくれる可愛い子なんだ。今度一緒に会いに行こう。似た者同士、仲良くなれると思うんだ』


 結局、二―にもその人にも会うことは叶わなかった。けれど多分シアノスのように優しい人なんだろうなと思った。未だに人は怖い。醜い自分を見られるのが嫌だった。けれど彼女は何も言わずに治療だけして帰った。ヴェールの裏から見えた彼女の顔は真剣そのもので自分の醜い身体に表情一つ変えることはなかった。それが少し嬉しかった。


 緑の魔女シアノス。家族から愛されなかった少女。魔物に魅入られ、人と関わるのを嫌う女性。自分と少し似ていると烏滸がましくも親近感を密かに抱いた。けれどもう二度と誰かと親しくならないと誓った。手のひらにある彼女の優しさ(塗り薬)を握って心の中で感謝を告げた。

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