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緑の魔女  作者: 猫蓮
おまけ
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同居当初

「あの、魔女様……研究室の掃除をさせていただく許可をもらえませんか?」


 キラが神妙な顔をしてシアノスに話しかける。神聖力の制御の方法を聞きに行ったときに扉の隙間から僅かにだが室内を見てからずっと気になっていた。盗み見(イケないこと)をしてしまった後ろめたさはあるがそれでも気になって仕方がなかった。研究室には多くの物が散乱していて荒れ状態だった。埃も溜まっていることだろう。そんな環境では体調を崩してしまわないか心配だった。


「必要ないわ」


 けれどキラの心配を他所にシアノスはバッサリと切り捨てる。片付けの重要性は理解している。必要だとは思っていないだけで。散らかしているわけではないし、これまで不便だと思ったことは一度だってない。何より部屋に他人を入れたくなかった。


「心配されなくても部屋は綺麗よ」


 堂々と言い切るシアノスにキラは目を瞬かせる。少ししか見えなかったがどう見ても綺麗とは言い難かった。部屋の一角だけがあの状態とは考えられなかった。


「ですが……」


 なおも言い縋ろうとするキラにシアノスは溜息をつく。そして気怠そうに口を開く。


「妖精が清潔を保っているの。だからこの家に掃除は必要ない」


 シアノスの言葉にキラがキョトンとする。


「妖精……さん?」


 コテンと首を傾ける。世間知らずのキラでも妖精のことは知っている。妖精の御伽噺は修道院でよく耳にしたからだ。だけど妖精は御伽噺の存在。実在しない生物と認識している。疑念ではなく単純に不思議に思った。まだ出会って少ししか経ってないが彼女の性格はある程度分かった。決して冗談や嘘をいうような人ではないと理解している。だからこそ妖精という単語が出たことに驚いている。


 実際に妖精は存在している。そしてシアノスの言う通り森に住まう妖精は頻繁に家の中を綺麗にしていた。それは研究室も例外ではない。あの部屋にはたくさんの物が雑多に置かれている。床には本や書物の類が、机の上には薬草や研究メモが散らかっている。物は散乱しているが埃や塵は一切ないのが研究室の内情だ。


 ちなみにだが床に転がり積まれている書物はシアノスが魔女になってばかりの頃に集めた僅かでも薬草についてのことが書かれた物。内容はすべて記憶済みで処分せずに放ってあるだけだ。机の上も研究が一区切りついた段階で一掃している。研究結果をまとめ終えたらメモ類はすべて焼却している。そして新しい研究を始めたらまた物が散乱する。


「ええ。研究室もだけど家の中を掃除する必要はないの」


 確かに思い返してみれば家内は常に綺麗だった。最初は使っていないから綺麗なのだと思っていたが、そうだとしても埃一つないのは少し違和感を感じていた。


「そう、ですか……」


 いまいち腑に落ちないもののキラは頷いた。けれども家事をするのが日課となっているキラは必要ないと言われても研究室以外の場所を掃除し続けた。しばらくして、シアノスはキラと一緒に掃除をする妖精の姿を見かけた。シアノスがわざわざ伝えることはないので妖精が見えないキラはその事実を知る由はない。


 ーー◇ーー◇ーー


 魔女の家には浴室はない。体を清めたい場合は家から少し離れたところにある泉で水浴するしかなかった。夜の森は危険だ。灯りは乏しいし何より足場が悪い。つまりキラは昼間に水浴するしかなかった。


 泉の水は程よく冷えており陽を浴びながらだと気持ちいいぐらいだった。透き通った水は綺麗で太陽の光を反射して煌めいている。風一つないそこは、キラの動きに合わせて水面が揺らぐ。家に近いが泉があるのは森の中だ。周りは木々で囲まれており見通しが悪い。目隠しになる反面、魔物の襲撃にも気付きにくい。そんな場所で軽々と全裸になるキラは警戒心が無かった。魔物に襲われるかもしれないという想像すらなかった。


 とある日のこと。水浴しに行ったキラの元に近付く一つの影があった。裸になって水に入っているとガサガサッと草木を掻き分ける音が聞こえた。相変わらず警戒心のない彼はそのまま音が聞こえた方に振り向く。木々の間から現れたのはシアノスだった。ハタっと二人の目が合う。


 久しぶりに合った彼女に喜びを露わにするキラだったが、すぐに今の状況に思い至る。全裸で泉の真ん中。遮るものは一つもなく、自分の裸体は彼女からは丸見え。さすがに羞恥心はあるようでキラの顔がカァーッと赤くなっていく。


「あ、あの……えっと、これは……」


 慌てた彼は一先ず持っていた手拭いで前を隠す。両手で胸を隠すように。シアノスはそっちを隠すんだと冷静に観察していた。幸いというかなんというか、最も隠すべきかと思われる場所は手拭いの端で隠れていた。


 手拭いで隠さずとも後ろを振り向けば無駄に長い桃色の髪で完全に隠れそうなのに、とも思った。キラの髪が背丈ほどある。髪に手を加えずに地面に真っ直ぐ立てば足首まである。そのため少し屈んだだけで地面に着いてしまう。座り込んだら言わずもがな。

 泉の水深は深くはなく、せいぜい膝くらいまでしかない。結んでいない髪は水面に広がっていた。


 何も言わずに見つめ続けるシアノスにキラの焦りが積もっていく。けれどなんと声を掛ければいいのか分からず情けない声を漏らしていた。


「……ああ、悪いわね」


 キラの心情に気付いたシアノスが体ごとそっぽを向く。キラがホッと安堵の息を漏らしたのも束の間、すぐに驚きに声を上げる。


「な、ななな、何を……!?」

「何って水を浴びに来たのよ?」


 あろうことかシアノスが服を脱ぎ出した。顔を赤くしているキラに何を当たり前のことをと胡乱げな視線を向ける。水浴するなら服を脱ぐのは当然と言えば当然だ。しかし泉にはすでにキラという先客がいる。何より、二人は性別が違う。


 シアノスは水浴しに来たのだ。先客がいる程度のことで時間を置いてから、なんてことは思わない。他人に気を遣うような性格ではない。何よりシアノスは他人の裸を見たってなんとも思わないし、自分の裸を見られたところで恥じ入ることはない。


 淡々と服を脱いで裸になったシアノスは泉に足を踏み入れる。顔を手で覆って、さらには強く目を瞑っているキラにはシアノスが歩く音や水面の揺れが鮮明に伝わってくる。シアノスが止まったところで手をずらして彼女を窺う。


「ぁわっ、何か着てください!」

「はあ?」


 わっと顔を覆って焦り散らかす。手で隠しても顔の赤みは丸見えだった。そんなキラに構わずシアノスは泉の水を操って自分の体に掛ける。隠すこともキラを気にする素振りもなく、あたかも自分しかいないような堂々とした姿だった。


「ごめんなさい!」


 耐えきれなくなったキラは何故かシアノスに謝罪して泉から飛び出して行った。バシャバシャと泉を波立たせて忘れずに服を回収して走り去った。残ったシアノスは首を傾げ不思議に思い、けれどすぐにキラのことは頭から消えた。


 泉から逃げたキラはしばらく走ったところで力が抜けたようにしゃがみこむ。その顔はまだ赤みが残る。持っていた服に顔を埋めて唸る。


「見てない、見えてな…………〜〜〜ううぅぅ」


 シアノスの姿が脳裏に過ぎって、慌てて首を横に振って頭の中から追い出す。先程より顔に赤みが増した。


 司教から他人に肌を晒すのは下品な行いと言われてきた。それとは別に修道院の女性たちに他人の前で裸になってはダメ。他人の裸を見るのは失礼なことだと教わってきた。そうでなくとも恥ずかしかった。裸を見られたことも見てしまったことも途轍もなく恥ずかしかった。


 しばらくキラはソワソワと落ち着きのない状態が続いた。シアノスの顔を見る度に恥ずかしさが湧き上がってまともに見ることが出来なかった。そもそも顔を合わす頻度自体少ないのは言うまでもないことだ。

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