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緑の魔女  作者: 猫蓮
本編
115/127

時過ぎて

 サーカスによる大陸全土にまで及んだ騒乱は一日で収束した。けれど一日と短い時間にもかかわらず被害は甚大だった。

 ポンの唄による人間同士の争いと魔物の活性化。ニグア領とダレンザーン王国の騎士傭兵冒険者の大量失踪。教会本部並びにアラストル大陸は全壊で死者多数。ツェンフェンの帝と忠臣全員が消失し、城は全壊した。水の魔女の温泉街は半壊。それ以外にも人死が多く、人々に多くの混乱と傷を植え付けた。


 ヘクセは水の魔女、風の魔女、複合の魔女、獣の魔女と一気に半減してしまった。教会上層部もラプラス、マクスウェルの枢機卿二名だけが生き残った。

 ラトスィーンは二―と戦闘を終えた後、事態の収拾に当たっていた。その時にたまたまフィニック国を訪れていた枢機卿二人と接触を図り情報提供を行った。教会本部襲撃は魔女狩りによる犯行だと声明を出してもらい騒動は幕を閉じた。



 教会本部がなくなったアラストル大陸には新たに学び舎が建てられた。ヘクセ、教会、ギルドの共同運営によって国に属さない大陸で唯一の教育機関が誕生した。戦闘技能や魔術研究を初め、商業工芸文学果ては聖女と多様な分野に富んでいる。ともすれば無法地帯にも思われるがしっかりと秩序が保たれていた。講師には選りすぐりの人材が集められ、各分野には最低一人は造詣が深い人材が配置されている。


 入学者には冒険者稼業や商人稼業などと言った生活の根底を維持しながら在籍も認められていた。種族身分年齢問わず誰でも門を叩くことが可能で金銭問題も住まいも完備されている。貧困層や不遇な扱いを受けている者の保護も担っていた。そんな学び舎の入学条件はたった一つ、学ぶ意力があるかのみだ。喧嘩や張り合いなどの多少の問題は目を瞑るが怠惰な生徒や悪質な行為に及んだ者には厳正な審査に掛けられる。結果によっては大陸の立ち入りを永久に禁止されることもあった。


 生徒の数は年々増加している。さらには学び舎のお陰でここ数年で全体的に技術の発展が目覚しいものになった。時代の移り変わりが身を持って感じられた。

 一癖も二癖もある組織に身を置いていた三つの矢が揃った学び舎は人心掌握術が卓越していた。運が良ければ魔女から直々に指導を受けれることもある。図書館には大陸各地から本が集められ学生なら誰でも閲覧自由だ。さらには学び舎が認定した資格を会得した者には禁書ー魔女の研究が著された資料や危険な書物ーの閲覧権限が付与されるなど意欲を掻き立たせる特典が盛りだくさんだった。



「ポンさんお疲れ様です」

「キラさん会いに来てくれたんですか! ガルロくんもこんにちは」


 ポンの公演を見に来ていたキラとガルロは控え室にて彼女を労わっていた。今回の公演場所は水上都市、リゾート施設として大きく様変わりした旧温泉街だ。大陸を横断するように海を引いてその上に街を作ってしまった。温泉施設は健在で海水浴場やカジノ、水龍ライドなどの娯楽施設を新たに設営していた。


「とても輝いてて思わず見蕩れてしまいました」

「え、そんな、ありがとうございますぅ……。キラさんの笑顔で元気が出ました」


 キラに笑みを向けられてポンは顔を赤らめる。キラは歳を重ねる毎に美しさに磨きがかかっていた。エルフ族も顔負けの眉目秀麗のご尊顔による天使の微笑みにはいつになっても慣れないでいた。


「カッコよかった」

「うふふ、ガルロくんもありがとう」


 ポンが手を伸ばすとガルロが屈む。頭を撫でられているガルロにはブンブンと勢いよく尻尾を振っている幻覚が見えた。子供だったガルロは一気に成長してキラより背丈が高くなった。無表情なのは変わっていないが端正な顔立ちに育った。可愛いからかっこいいに変わった彼だが言動の方は変わっていないため親しい相手には今でも子供扱いを受けている。


「二人はしばらくここにいるの?」

「いいえ、この後は惑いの森に行く予定です」

「そっか……もう十年か」

「あっという間ですよね」


 あの惨劇から早くも十年の年月が経過していた。キラとガルロは各地を旅しながら定期的に惑いの森に訪れている。未だに大樹は姿を現さずにいる。炎赤石ノ王や大鎖碑も目が覚めるのがいつになるかは分からないと言っていた。家があった場所は今もぽっかりと空いたままになっている。


 ポンと別れを告げてから二人は惑いの森に向かう。ガルロがキラを抱えて翼を生やし、空を飛ぶ。なんとガルロは竜人族だった。元々竜人族という種族は存在していなかった。魔族と獣人族が掛け合わさって奇跡的に生まれたのではないか、というのがマオの見解だった。それで竜であるカイザーエンヴァに惹かれているのかもしれない、と。


 アストラル大陸の上空を通り越してフロンターレ大陸に入る。道中近くを通った大型飛行船から声を掛けられたキラは手を振ると大歓声が巻き起こった。飛行船も普及が進み、今や生活の一部として当たり前になっていた。


 森の手前で着陸し中には歩いて進む。通い慣れた道で今さら迷うことはなかった。けれど、今日はいつもと森の様子が違った。風が吹いていないのに草木が揺れていた。一箇所二箇所ではない森全体が揺れていた。姿は見えないけれど惑いの森には妖精が多く住んでるそうで、きっと彼らの仕業なのだろうと深くは気にしなかった。


 そして家があった場所に着いた。そこには懐かしい切り株の魔女の家があった。顔を見合わせたキラとガルロは駆けつけて扉を開けて中に入った。内装は以前のままで何一つ変わったところは見られない。順に部屋の中を確認したが肝心の彼女の姿はどこにもいなかった。そして最後の一部屋、研究室の前に立つ。


 キラがコンコンコンとノックをする。けれど反応はなかった。もしかしてと嫌な予感が脳裏を過ぎるキラの隣でガルロがドンドンドンドンと強く扉を叩く。


「ガ、ガルロ!?」


 止めようとするキラをこの時ばかりは無視してずっと扉を叩き続ける。しばらくすると中から扉が開かれた。


「うるさいわよ!」


 部屋の中からシアノスが怒鳴りながら姿を現した。キラもガルロも目を見開いて彼女を見る。


「……シアノス、さん? 本当に、シアノスさんですか……?」

「わたし以外に誰がいるのよ」


 呆れたように言う彼女は記憶にあるシアノスのままだった。声も顔も容姿一つ変わっていない。白い肌に深緑の髪に蒼色の瞳。けれどキラが当時より成長したせいか少し小さく感じる。


「……っ、シアノスさん!」

「うわっ、ちょっ、なによ!?」


 キラが突然涙を流してシアノスに抱きついた。その後に続くようにガルロも二人に抱きつく。意味が分からず顔を赤くして戸惑い固まるシアノスをギュッと力いっぱい抱き締める。彼女の肌は相変わらず冷たくて、けれど暖かかった。


「……いい加減、離れなさい!」と体を押された二人は名残惜しそうにシアノスから離れた。ガルロは当然として、何気にキラも力が強い。傾国の美女のような見た目をしていながら一般的な男性より力があった。女性の中でも非力の部類に入るシアノスとでは力の差は歴然で、全力で押してもびくとも動かなかった。憤慨したシアノスが口を開こうとしたタイミングでガルロのお腹が鳴った。しばしの静寂が流れた後クスリと笑みを零したキラがすぐに食事の用意を始めるために階下に降りる。さほど時間が掛からぬうちに食卓に大量の料理が所狭しと並べられた。幸せそうに食べるガルロを眺めながらキラはシアノスにこれまでのことを話した。


「そう、十年……」


 シアノスにはあまりピンと来ていなかった。サーカスとの激戦は昨日のことで、確かによく眠ったなとは感じていたがそんなに長い間眠っていたとは思わなかった。ああでも、と視線を移す。よくよく見てみればキラもガルロも外見が変わっている。十年という年月の経過を少し実感した。


「もうお身体は大丈夫なのですか?」

「ええ、特に変わった様子はないわ」

「シアはもう人間ではないぞ」


 人の姿をした氷薔薇ノ王が姿を現す。シアノスはロサの姿を見るや否や顔を綻ばせる。ロサも同じようにシアノスに微笑み彼女の隣に腰を掛ける。二人はピッタリと体を寄せ合う。


「シアの身体は完全に作り変わった。わらわと同じ妖精じゃ」

「ロサと同じ? それじゃあずっとロサと一緒に入れるのね」

「うむ。わらわも力が安定したでな。これからはずっと起きておれるぞ」


 仲良く笑い合って話す二人を見てキラは安心したように微笑んだ。最後に見たのが氷柱で串刺しにされて血だらけのシアノスと半透明で消えてしまいそうな氷薔薇ノ王だったから大丈夫だと分かっていても不安はずっと心の奥底に蟠り続けていた。けれど、二人の様子から心配は杞憂だと安堵した。


「ん、外が騒がしいわね」


 ちょうどガルロのお腹も満たされたことだし、四人は外に出る。


『マスター!』

「ラウネ! マス、メルツ、コロ……それにラクネも」


 シアノスが使役している魔物が集まっていた。思い思いにご主人様(シアノス)に抱きつく。


「氷薔薇〜!」

「大鎖碑! 久しぶりじゃな」


 一方でロサも大鎖碑に抱きつかれていた。二体とも人の姿が少女なので可愛い女の子のじゃれ合いにしか見えない。大鎖碑の後ろにはマオと炎赤石ノ王が歩いている。


「シアノスさんも妖精女王も無事でよかったよ」

「キャンキャン」

「久しいな氷薔薇! 元気にしていたか」

「炎赤石……おぬしは今一度死んではみぬか」

「ハッハッハ! そう怒るな氷薔薇。心から申し訳ないと思っている。だがすでに大鎖碑から手酷く叱りは受けたし、今この瞬間の感動の再開に水を差すような行為は止めるべきだとは思わないか」

「わっちは許すと言うておらんが?」

「わらわはまだ何もしておらぬのじゃ」

「ハッハッハ! 先に失礼するよ」


 二人の少女に殺気を向けられ炎赤石ノ王は笑いながらその場から姿を消した。脱兎の如き逃げ足の速さであった。実を言うと炎赤石ノ王が大鎖碑からの叱責を受けたのは最初だけであれから今日までずっと姿をくらましていた。妖精は魔物の中でも一線を画している。常人ではそもそも見ることはおろか魔力を感じることすらできない。それは大鎖碑やマオであっても同じこと。波長の合う者や神の遺物以外では見ることは出来ない。今は彼が表に出ているから見えているだけだ。そうして大鎖碑から隠れ続けていた。しかし、今は氷薔薇ノ王がいる。同じ妖精である彼女から逃げることは出来ない。


 二人の少女は顔を見合わせあくどい笑みを浮かべる。結託して徹底的に憂さ晴らししてやろうと目だけで会話する。けれども今は、再会した喜びを分かち合う。

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