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緑の魔女  作者: 猫蓮
本編
114/127

終幕

「クソッ、クソッ、クソッ! 俺の計画は完璧なんだ。魔女はこの世から淘汰されるべき存在なんだ。お前らみたいな奴が好き勝手にのうのうと生きてることは許されないんだ。この人殺しどもが!」


 パペッティアは魔女の被害者だった。彼はダレンザーン王国の貴族として生まれた。優しい家族に囲まれて何不自由ない暮らしを送っていた。しかし一夜にして日常は崩れ去った。当時、ダレンザーン王国では人身売買が行われていた。それを取り締まったのは王族ではなくヘクセだった。そして、関与している人物リストの中にパペッティアの両親の名が載っていた。

 彼は両親を殺した魔女に憎しみを抱いた。復讐を決心したのは至極当然とも言えよう。魔女に復讐するためなら、なんだって出来た。憎き仇に与するのだって耐えられた。幸運なことに彼の雇い入れ場とソーティリジュスの逃亡先が同じだった。ジェスターが現れた時、一緒になってついて行った。深い傷を抱えていた同士、二人は通じ支え合っていた。そして魔女に一気に近付いた。


 神の遺物を見つけたのは偶然だった。生家の宝物庫の片隅にあったモノクルを覗いてみたら見えなかったもの(妖精)が見えるようになった。彼はモノクルを家族には秘密にして肌身離さず持っていた。それは家を追われた時も同様だった。ヘクセには妖精の生態について著された資料があった。それは世に出ていない貴重な資料だった。それから少しずつ実験をして、策を練っていった。すべては魔女を根絶やしにするために。


「殺す! 魔女を一人残らず殺すんだ!!」


 パペッティアが手を前に突き出すとジェスターがシアノスに向かって突進した。精神操作は対象に触れなければ発動出来ない。傀儡だからこそ出来る捨て身の攻撃。しかし、ジェスターがシアノスに触れることはなかった。その途中で糸が切れて倒れた。シアノスはパペッティアとジェスターとを繋ぐ魔力の糸を断ち切った。本当の人形のように倒れて動かなくなった。


「あ、いや……殺さ、ないで」


 パペッティアの周りを氷柱が囲む。どこを見ても鋭い先端がパペッティアに向いている。逃げ場などない。さっきまでの威勢も鳴りを潜め、シアノスに向かって命乞いをする。彼には戦う力はなかった。魔女の前に立つ度胸もなかった。


「ぅあ゛、ぐっ、ギャア、あ゛あ゛!?」


 一本一本ゆっくりと突き刺す。刺さった箇所から氷が伝染して体を凍らせる。致命傷を避けて少しずつじっくりと嬲り痛めを植え付ける。血も涙もない残忍さで、死よりも辛い苦痛を味わえる悪魔のような所業だった。感情のない瞳で見下される。殺してくれと泣き願ってもシアノスの手は弱まりはしなかった。パペッティアは痛みと寒さの中で家族の姿を見た。振り返った彼らはパペッティアに手を差し出す。顔は見えない。声は聞こえない。けれど笑って自分の名前を呼んでくれているのだろうと思った。それが彼が望んだ光景だった。涙を流しながら彼らに向かって手を伸ばす。長い苦痛の末、パペッティアの命は潰えた。


 その一部始終を三人は黙って見守っていた。ただ一人、カイザーエンヴァだけはシアノスの残酷さに引いていた。限界まで嬲り痛め付けて耐えられないほどの苦痛を与えて殺すとはなんとえげつないことか。無情で鬼畜の所業。かえって魔物の方がまだ楽な死に方をさせるぞと思った。


 シアノスの体が淡く光を発する。氷薔薇ノ王がシアノスから分離する。ロサはシアノスを抱きしめて座り込む。その姿は半透明で今にも消えてしまいそうだった。


「シアノスさん、氷薔薇ノ王さん!」


 現実に戻ったかのようにキラは動き出し、二人に近付いた。シアノスは傷だらけで全身血塗れだった。氷柱に貫かれた傷がそのままだった。その顔は病的なまでに青白く、彼女は目を開けなかった。


「すぐに治療をっ」

「ならぬ。今シアに神聖力を使うてはならぬ」

「何故ですか!?」


 シアノスは未だに不完全で不安定な状態だ。今の状態で神聖力を取り込めば今後の彼女に影響が出る可能性があった。しかし、それを説明している時間はロサに残されていなかった。ロサもまた限界近くまで消耗していた。


「わらわの元までこのままシアを送り届けてくれ。頼む……キラ」

「……分かりました。すぐに家に連れていきます」


 シアノスの様子に胸を苦しめて、けれど了承した。氷薔薇ノ王がシアノスをみすみす死なせるとは思えなかったからだ。それに名前を呼んでまで懇願されれば断ることは出来なかった。シアノスをキラに預けたロサはすぐに姿が消えてしまった。本当にギリギリのところで姿を保っていたのだった。シアノスを抱えたキラは彼女を治療したい気持ちを押しとどめて振り返る。


「カイザーエンヴァさん、お願いします。惑いの森まで運んでくれませんか?」


「え、ヤダ」と言おうとして口を押さえる。怠惰な竜とて空気は読める。ここで「疲れたし眠いから」という理由で断ったらどんな視線を受けるかなど考えただけでも恐ろしい。大きく息を吐いて魔物化する。


 惑いの森には大樹が咲いていた。切り株のような家は上部が再生していて、その代わりに扉や窓がなくなっていた。大樹からは冷気が発せられていた。幹には水色の管が絡み合うような脈を打っているように淡く光っている。氷の葉が風に煽られ揺れている。光を受けて、反射して、輝いているように見える。神秘的で幻想的な大樹だった。そこだけ世界が違うような錯覚を受ける。目の前にあるのに遠く幻のように消えてしまいそうな儚さを感じる。


 シアノスを抱えたキラは大樹に近付く。不思議と寒さは感じなかった。粛々と歩みを進める。距離があるように感じていたけれど思いのほかすぐに大樹の元に着いた。シアノスを掲げるように大樹に近付けると彼女は飲み込まれるように大樹の中に埋もれていった。


 キラは数歩後退すると大樹を見上げた。キラの手を繋いでガルロもまた、同じように大樹を見上げている。二人は黙って眺める中で、大樹は薄れていき、視界から姿を消した。夢を見ていたかのような亡失感を覚える。そこは、最初から何も存在していなかったかのように平地になっていた。


「シアノスさん……」


 ガルロの手を強く握ったままキラはずっと何もなくなってしまった場所を見ていた。様々な感情が押し寄せる。今までのシアノスとの記憶が脳裏を駆け巡る。怒られて呆れられて心配して手を取って笑って……どれも、大切な思い出だ。いろいろなことがあったのに、一緒にいた時間は想像よりずっと短かった。もっと一緒にいたかった。ずっと一緒に入れると思っていた。


「キラ」


 ガルロがキラを見上げる。相変わらず表情は変わらないけど自分を心配してくれているのが伝わってくる。それと絶対的信頼感をシアノスに寄せているのも。ガルロはシアノスが死んでいないと理解している。また目を覚ますと、直感的に感じ取っていた。


「うん、一緒に待とう。また三人で食卓を囲う日を」


 何年経っても忘れない。ずっと待っていると心の中でシアノスに告げる。彼女の無事と帰りを祈り願って、背を向けた。

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