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緑の魔女  作者: 猫蓮
本編
113/127

妖精の真髄

「ジュスジュスジュスジュスジュスジュスジュスジュスジュスジュスジュスジュスジュスジュスジュスジュスジュスジュスジュスジュスジュスジュス」


 呪文のように「ジュス」という言葉を繰り返す。キラには分かる。この男こそソーティリジュスが話してくれた父親(ジェスター)だということを。狂気的な愛は今なお健在で、ソーティリジュスがこの世からいなくなったことに気付いている。彼は恋に身を焦がしすぎた。過ぎたる感情は心を壊し、純粋な愛はやがて深い憎しみに変わった。愛に囚われ恋に死んだ。引き戻せないところまで堕ちてしまった。一人で堕ちた彼は愛する人を同じ場所へと引きずり込んだ。それは果たして愛と言えるのか。彼はずっと独りよがりな恋に溺れている。


「ジュスをカエセ!」

「ソーティリジュスさんは死にました。あなたが殺したんです」

「ダマレ! ジュスとは相思相愛なんだ。あれは一緒にイルために必要なコトなんだ。ジュスだって受け入れてクレた」

「あなたが! あなたが……そうさせたのでしょう。ソーティリジュスさんの心を操って無理やり愛を植え付けた。造り物の愛情は、彼女の本心ではありません」

「キサマにナニが分かる!? キサマのせいでジュスは死んだ。自害シロ。死をもってツグナエ」


 ジェスターの声はキラに届いた。けれどキラはその声に従うことはなかった。キラはもう親に囚われない。現実から目を逸らしはしない。

 ガルロはキラを見上げていた。その強く美しい瞳に魅入られていた。


「いいえ、償うのはあなたです」


 ペンダントを握って手を前に伸ばす。ジェスターに向かって神聖力を放とうとしたその時だった。ジェスターの後方で眩い光が放たれた。目が眩むほどに強い光だった。思わず目を閉じる。ジェスターは移動してその光から距離を取る。


「な、氷薔薇ノ王はどこに?! 一体何が……」


 ソロモンの前から氷薔薇ノ王が突如姿を消した。そして串刺しになった緑の魔女から光が発せられた。


「ロサはわたしのものよ。誰にも奪わせ(渡さ)ない」

「シアノスさん!」

「えッ、うわー……完全に一体化してるじゃん」


 声とともに顕になったシアノスは姿が変わっていた。白い肌は氷のように薄い水色に。髪は毛先が白く根本にいくにつれて水色に変色している。重々しく瞼を上げた先には、ガラスのような無機質な瞳が極寒の如き冷たさを纏う。毒々しく彩る赤い唇が言葉を紡ぐ。その容姿はシアノスと氷薔薇ノ王が融合したと言おうか。


 シアノスが手を横に軽く振る。するとソロモンの首が真っ二つに切られた。切られたことに気付かないまま頭が落下する。視界が落ちていくことに理解出来ないまま死んだ。コロコロと転がる頭に釣られるように体が地に倒れた。


 四人がその光景に目を瞠る。ジェスターもガルロも何が起きたのか見えなかった。気付けばソロモンの頭が落ちていた。ジェスターが大量の傀儡を出してシアノスに向かわせる。一番の脅威と認知し標的をキラからシアノスに変更した。四方八方からジェスターの傀儡が迫る。それらに一瞥もくれず凍らせた。凍った傀儡が砕けて消える。


「シアノスゥー!!!」


 怒ったジェスターが魔術をぶつける。彼は死霊術や精神操作を抜きにしても腕の立つ魔術師だった。けれどジェスターが放った魔術はシアノスに当たる前に消えた。


「クソッ! ……?」

「無駄よ。逃がしはしない」


 転移して逃げようとしたジェスターだがそこはすでにシアノスの檻の中だった。外界とを遮断させ逃げる手立てを封じた。この空間はもうシアノスの支配下だった。


 シアノスが使用出来る魔術は本来空間魔術だけだった。氷薔薇ノ王と魂の契りを交わしたことで彼女の能力を受け継いだだけ。隷属魔術に召喚は存在しない。それは彼女自身の空間魔術を使っていただけだった。今までは熟練度が足りておらず使いこなすことは出来なかった。魔力も空間把握も底が知れていたからだ。しかし、ロサと渾然一体になった今、それらはすべて解消された。溢れるほどの魔力。大気に漂う魔力を感じ取る。目で見るよりずっと広い範囲を細微まで視ることが出来た。


『見せてやろぞ、わらわとシア(二人の愛)の力を』

『ええ、その身で思い知らせてあげましょう』


 シアノスは手を上げる。背後に大きな氷の薔薇が一瞬にして作られた。一輪の大きな薔薇が砕けジェスターに降りかかる。


「ナメるな!」


 ジェスターがシアノスの攻撃を防御壁で防ぐ。全力で防御して息も絶え堪えに何とか防ぎ切った後、目の前の光景に目を疑った。再びシアノスの後ろには氷の薔薇が作られていた。ヒラリ、ヒラリとゆっくり一枚ずつ剥がれ落ち、消える。


「!」


 振り返ったジェスターが防御壁を張る。背後から迫る氷の礫を防ぐ。けれど一つじゃない。次々とジェスターの周りに花びらが出現する。空間転移による全方位からの波状攻撃。ジェスターは躱し防ぎ、けれど攻撃の威力と多さに対応し切れず氷の礫の雨を食らう。よろけたジェスターの心臓を氷柱で貫く。しかし男は倒れない。ジェスターは自分すらも傀儡にしていた。ソーティリジュスを殺した後、自害して。


「イーヒッヒッヒ! 何をヤッテもムダさ」


 怒りを露わにしていたジェスターの調子が戻る。けれどシアノスは平然としていた。


「いつまで隠れているつもり?」

「へ?」


 ジェスターの隣に一人の男が現れた。それは死んだハズの影だった。シアノスはジェスターに繋がっている魔力の糸を手繰り寄せた。その先にいる傀儡師をこの場に転移させた。


「パペッティア」

「いつから……?」


 影、パペッティアはジェスターの弟子だった。ジェスターが追放してからは影としてヘクセに従事していた。ジェスターを恨み、彼を殺す手助けをさせてくれと転がり込んだ。

 パペッティアの問いにシアノスが首を僅かに傾げる。フワリと髪が揺れた。


「黒き者を見た時」


 初めて目にしたのは彼がジェスターの弟子になって長い月日が経ってからだった。人形と言うには精巧過ぎた。人間だと言われても頷けるほどに似すぎていた。初めは一人。それからどんどん数が増えていった。パペッティアの魔力量からして何体も同時に、それも精密に操れるとはどうにも思えなかった。

 そしてもう一つ謎だった。ジェスターは精神操作を得意とする。それなのに死霊術まで使えるのか。神の遺物は誰にでも使えるほど万能の物ではない。相性だってあるし能力だって極めて限定的だ。人間を蘇らせて、意思を持たせて、行動させることまで出来るだろうか。際限なく数を増やせて、一回使えば問題なく永久に従わせれるものだろうか。答えは否だ。


「どれだけ妖精を殺した」


 この体になってから死霊術のからくりを判明することが出来た。パペッティアの持つ神の遺物に死者を蘇らせる能力はない。妖精を認識するだけの力しかないはずだ。


 妖精は特殊な生物だ。魔力と引き換えに力を貸してくれる。彼らは視認されることが取引の条件だった。誰であろうと関係ない。妖精にとって人間の善悪は存在しない概念だった。例えお願いが非人道的な行為であっても彼らには判断しえる思考はない。


 妖精の雫は聖水にも似た癒しの効力がある。妖精の鱗粉は人を惑わす効果がある。死んだ人間に妖精を取り込ませて傀儡の糸で命令を送る。雫で体は腐敗せず、鱗粉で他者に幻覚を見せる。妖精は肉体に馴染めば記憶を介して真似ることが出来たのだろう。だから実際にその人が生きてるかのように振る舞うことが出来る。


 ジェスターや傀儡から妖精の気配が漂っていた。人間には分からないだろう。魔力とも神聖力とも異なる妖精特有の気。今この世界に妖精を視認出来る人間なんて神の遺物以外では妖精と契約しているシアノスだけだろう。特殊な気を感じ取れるのもシアノスだけだった。


 少ない魔力でも傀儡の糸を繋げるぐらいなら問題なく可能だろう。魔力が供給される限り妖精はずっとお願いを聞いてくれる。そうでなくても人間と一体になってしまった妖精は元には戻れない。存在の消滅、それ即ち死を意味する。ジェスターが粛清を受けた時、何人もの傀儡が行く手を阻み、魔女に殺された。黒き者や食の魔女、先程の傀儡を合わせるだけでも百は下らない。人間の数だけ妖精が使われている。

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