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緑の魔女  作者: 猫蓮
本編
111/127

旧恩に報いを

「ロサは渡さない」

「シア……」


 シアノスの激昂にロサの胸が高鳴る。少し頬が赤くなっている気がする。照れるように頬を押さえてモジモジする。恋する乙女のような反応であった。恐ろしい魔物もこれでは形無しだ。


 背後からマオルガナスが迫る。シアノスはソロモンを睨めつけ、そのシアノスをロサが見惚れていた。誰一人、マオルガナスには視線が向いていない。戦闘中にもかかわらず無防備だ。洗脳されているマオルガナスに意思はない。そもそも敵を慮る必要もないけれど。


 マオルガナスの鉤爪がロサに触れる前、ロサがマオルガナスに視線を向ける。熱の篭った眼差しは一転して絶対零度の冷たさになる。吹雪いてマオルガナスはロサとの距離が開かれた。鉤爪は宙を切り、そのまま後ろに飛ばされる。



「狂い咲け、トウカ」


 シアノスがソロモンに攻撃する。しかし紅き花弁は男に届かなかった。彼の前に立った白い人型が花弁を喰った。爆裂果実を投げるも爆発する前に食べられる。顔は大きな口のようになっていて目はない。腕が変形してすべてを飲み込む。


 白い人型の後ろでソロモンが嗤う。それはマオがイーシス国の研究施設で見た廃棄場のゴミと似ていた。

 人造人間は失敗に終わった。けれど一体だけ特異な個体が生まれた。それは人型であるけれど人間ではなかった。違和感に気付いたオドバルはそれを廃棄しなかった。試しに魔物因子を与えるとそれは喰らった。魔物を与え、人間を与え、神の遺物を与えた。それはそのすべてを喰らった。喰らふ者(マンイーター)としてソロモンに献上した。


 シアノスはマンイーターを見て思う。メルツの方が可愛いな、と。


「無駄ですよ。マンイーターにはどんな攻撃も通用しません」

「それはどうかしら」


 シアノスは氷の結晶を取り出す。魔蝕薬を閉じ込めた氷塊だ。マンイーターに向かって飛ばす。案の定、マンイーターはそれを喰らった。食べられる瞬間、氷を割った。


「無駄だと言っているのが分かりませんか? 緑の魔女様は思考までも凍ってしまわれていらっしゃるご様子。それとも、毒によって侵食されておられる? おっと、これは失礼を。ご両方でございましたね」

「節穴でお喋りとは品位が知れるわ。あなたの忽略なお花畑を剪定して差しあげましょうか」


 侮辱には侮辱で返す。ラトスィーンに比べれば稚拙で短慮。侮辱されてすぐに顔を赤くしている。ソロモンは言い返そうとしてようやくそれに気付いた。マンイーターの異変に。

 マンイーターの体が変形する。苦しみもがくように暴れる。膨腹したり伸縮したりと忙しない。少しして動きがピタッと止まる。マンイーターは悲鳴を上げずに消滅した。


 マンイーターは喰らったものを体内に取り込んでいた。だから喰われたトウカの気配を感じることができた。それでは到底メルツの足元にも及ばない。

 今度はシアノスが嘲笑う番だった。



 吹き飛ばしたマオルガナスにロサが近付く。手を翳すと四肢から順に氷が伝う。脚から胴体、そして頭が凍っていく。マオルガナスの氷像が出来上がる。


「借りは返したぞ」


 物言わむマオにロサはそれだけ言って振り返る。凍結したマオルガナスが動くことはなかった。シアノスの元に向かう道に邪魔者が立ち塞がる。ジェスターと彼に掴まられているソロモンだった。


「ッ、ロサ!」


 シアノスの目の前に居たはずのソロモンが消えた。一瞬でロサの前に移動したのだ。振り返って手を伸ばす。目を見開いたロサを最期に姿が消えた。シアノスの視界には凍結したマオルガナスしかいなかった。魔力反応もなくなった。


「ッ!」


 シアノスはすぐにロサの気配を探る。繋がりから辿って彼女を見つけた瞬間、すぐに転移魔術を構築する。罠だと分かっていても躊躇はなかった。そしてシアノスの姿も消えた。




 しばらくしてマオルガナスの氷が溶けた。それは彼だけに留まらず、遺跡全体の氷も溶け消えた。動くようになった体をブルブルと震わせる。その下を無数の盲喰の幼虫が通り過ぎる。人と仔犬の姿になったマオは幼虫が集まった場所に向かう。


 氷薔薇ノ王の氷は簡単に溶けることは無い。絶対零度の氷はマオですら砕くのは困難だ。それが彼女の支配下にあるのなら尚更。その氷が溶けたということは、すなわち彼女の身に何かあったということだ。氷を維持できない程の危機に瀕している。マオは彼女を心配しているけど助けに行くことは出来なかった。第一どこにいるか分からないし、ここから出るのにも時間を要する。だからシアノスに賭けるしかなかった。どうか二人が無事であるようにと願う。


 幼虫が集まっていたのは盲喰が燼滅した場所だった。僅かに彼の魔力が残っていた。


「ごめん泥犁。ボクはずっときみに、きみたちに謝りたかった。きみたちの居場所を奪ってしまったことを。謝っても許されることではないと分かっている。過ちをなかったことには出来ない。失ったものは元通りにすることは出来ない。もし、きみが望むならボクは」

『マザー』


 声が聞こえてマオは口を閉ざす。それは幼虫の思念だった。


『マザー哀しい』

『マザー悔しい』

『マザー怒る』

『マザー怨む』

『復讐』『復讐』『復讐』『復讐』『復讐』『復讐』『復讐』『復讐』『復讐』『復讐』『復讐』『復讐』『復讐』『復讐』『復讐』『復讐』『復讐』『復讐』『復讐』『復讐』『復讐』『復讐』『復讐』『復讐』『復讐』『復讐』『復讐』『復讐』『復讐』『復讐』『復讐』『復讐』『復讐』『復讐』『復讐』『復讐』『復讐』『復讐』『復讐』『復讐』『復讐』『復讐』『復讐』『復讐』『復讐』『復讐』『復讐』『復讐』『復讐』『復讐』『復讐』『復讐』『復讐』『復讐』『復讐』『復讐』『復讐』『復讐』『復讐』『復讐』『復讐』『復讐』『復讐』『復讐』『復讐』『復讐』『復讐』『復讐』『復讐』


 無数の思念がマオに伝わる。それは頭を狂わせるほどに苛烈で激しい怨念だった。感情が流れこんで精神を圧し潰す。その痛みさえも甘んじて受ける。


『淋しかった』

『ずっと独り』

『離れ離れ』

『みんなと一緒にいたかった』


 それは激昂の中に生まれた僅かな願い。ドワーフ族の笑い声に囲まれていた彼にとって、ここはとても淋しい空虚な空間だった。幼虫は彼の一部で異なる存在では無い。自分以外誰もいなくなってしまった孤独が彼にとっては一番ツラいことだった。


「ごめん……ごめん泥犁」


 掠れた声で何度も謝る。魔物は涙を流さない。人間と違って魔物には()がないから。それほどに強い感情を持つことがないから。

 盲喰には誰もいなかった。光も入らない暗い地下でいつまでも過去に囚われ淋しく生きていた。その哀しみを埋めてくれるドワーフ族(人間)はもうどこにも存在していない。



 外に出たマオは大鎖碑に頼んで大迷宮の一層と二層を外から切り離してもらった。そして遺跡があった二層は海の藻屑となって沈んでいった。地底はすべて海の底に眠った。

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