臆病者の成れの果て
「見えたぞ」
カイザーエンヴァの声にガルロが身を乗り出す。
「痛っ、これ力むな」
気の焦りからカイザーエンヴァにしがみつく力が増していた。ガルロは力が強い。大切なキラを想う彼は自制が効かなかった。
カイザーエンヴァは心の中で溜息をつく。なぜ我輩がこんなことに、と。番犬の頼みといえど自分には関係のないことだ。魔境のヌシだからといってその地で起きた問題に関与するかと言えば否だ。彼はただあの離島で眠っていただけ。寝ていたら魔力が漏れて魔境になっていただけの話。そしたらなんか建物が建って魔女の拠点が出来ていた。彼は何が起きようが不干渉を貫くだけだった。
「冥竜帝、お願い力を貸して。この子と一緒にキラさんを助けてあげて」
「断る! 我輩は関わらんぞ。ただでさえ眠りの邪魔をされて機嫌が悪いんだ。しばらく眠らんと気が収まらん」
子供のように駄々を捏ねる見た目成人男性中身魔物。怠惰もここまで来れば清々しいとは思わない。ただの出不精で面倒臭がりに容赦はいらない。マオは説得することを諦めた。
「……最近寝付きがいいって言ってたよね」
「まあな」
「それのお陰だよね」
「む、まあ確かにこれをもらってからだな」
「それを作ったのはキラさんなんだ。役に立っているならお礼をしないわけにはいかないよね」
「番犬が勝手に渡してきたんだろう。我輩は頼んでおらん」
「へーふーんそう」
「え、ナニ? ちょ、その顔ヤメ……怖い! 分かった。行けばいいんだろう!?」
「うん、ありがとう!」
半ば強制的に参加させられた。チラッと腕を見る。そこにはピンクに光るブレスレットが着けられていた。体色が黒だから一層目立つそれはキラお手製の神聖力が込められた彼の髪。これをもらってからは穏やかな心地で熟睡出来た。要は気に入っていた。そう、これはお礼のためだ。決して番犬が怖かったとかそういうのじゃないもん。
中央大陸の上空に来たら地上から光線が飛んできた。連続で放たれるそれを回避する。
「おわわ、あっぶなー。む、おい待て早まるなー」
制止の声も聞かずにガルロはカイザーエンヴァの背から飛び降りた。天高くを飛行していた彼は高度が高かった。そこから飛び降りるのは自殺行為だ。さらには下に敵もいる。しかしガルロに躊躇いもなかった。少し待てば下降して地上に降りるというのにせっかちな奴だなと嘆息する。嘆いても仕方がないのでカイザーエンヴァも地上に向かう。ガルロが飛び降りてから光線は撃ってこなくなっていた。
カイザーエンヴァは地上に降り立つと困惑の声を上げた。そこには三体の機械人形にボコられているガルロの姿があった。まるで手も足も出てない。一糸乱れぬ攻撃の波に為す術なくやられていた。容赦なく攻撃されている。それはそうとして回復するの早過ぎないかと首を傾げる。腕を切られ体に穴を開けられてもすぐに元通りになっていた。
茫然と見ていたら目があった。一緒に来たガルロでは無い。三体の中でも一番でかい人形、バーンだった。タラりと汗が垂れる感覚がした。見合って制止する。
「ギャー!!」
バーンの矛先がカイザーエンヴァに向いた。大量の魔術陣が浮かんで爆発を引き起こす。慌てて回避するも執拗に狙ってくる。カイザーエンヴァは大きな竜だ。的がデカく、面積が大きい。竜とて当たればダメージはある。そもそもカイザーエンヴァは好戦的な性格では無い。どちらかと言うと穏和で争いを好まない。魔物でありながら魔物らしくない。ただ魔力量が多いだけの弱腰魔物だった。
「だからイヤだったんだー!」
人の姿になって泣き叫びながら逃げる。一段と大きな爆発が降りかかる。躱したものの爆風によって煽られて転がる。頭を覆った丸くなるカイザーエンヴァの上をヤイが通過する。バーンに狙いを定めて大きく耳を同じ方向に羽ばたかせると体を回転させる。ドリルのように突撃する。
「おお、小翔! 助かった〜」
「ぶー」
「そ、そんなこと言わずに、我輩戦う力ないもん」
カイザーエンヴァが膝を合わせて縮こまる。人差し指を突き合わせる彼の前でヤイが後足で地を大きく踏み鳴らす。いつまでもモジモジウジウジ女々しいカイザーエンヴァの頭を蹴りつける。頭を押さえて涙目のカイザーエンヴァに向かってヤイは「ケッ」と吐き捨てて飛び去る。
「痛い。どうして我輩がこんな目に会わねばならんのだ。のんびり眠っていたいだけなのに。我輩が何をしたと言うんだ。妖精の娘は怖いし番犬は脅してくるしあの小僧はずっと見てくるし小翔は怒るし人形は攻撃してくるしア゛ー!! ……理不尽だ。」
カイザーエンヴァは穏和な性格だ。争いごとを避けて平和を好む。痛いのも怖いのも嫌う。魔力がちょっと多いだけで無害だと主張している。
だがしかし、本人だけが知らないことがあった。ストレスが溜まって抱えきれなくなると暴走する。自我を失い破壊の権化と成り代わる。残念ながら彼にその間の記憶はない。
魔力が放出される。手と羽だけを部分的に魔物化してその周りを魔力が渦を巻く。禍々しい気配が漂う。咆哮を上げて、戦地に向かう。
数で言えば三対三で同数。けれど戦力差は歴然だった。片や魔境のヌシ二体と不死身の少年、対するは機械人形三体。いや、もはやそんな単純な話しではなくなっている。キレて暴走しているカイザーエンヴァによって戦況は大きく変化した。彼には敵味方の区別はできていない。近くにあるもの全てを壊す。機械人形もガルロも街さえも。建物は崩壊し戦火が広がる。シュツとタタは壊された。残るバーンもスイッチが入ってしまっている。暴れん坊同士の戦いはもう誰にも手が付けられなかった。
「ほんと、嫌になるよ。二度もこんな光景を見せられるなんてね」
遠くで眺めていたオルガは寂しく呟く。哀愁漂うその瞳からは、けれど涙は出ていない。泣きたくても泣けない。悲しくても涙は出てくれなかった。
「どこで間違えてしまったのだろうね。機械人形を造った時から? 世界から逃げた時から? 魔道具に興味を持った時から? 生まれてしまった時から? ……後悔はしていないさ。生き方を悔やんだことは一度だってない。私の人生だ、誰にも文句は言わせない」
オルガの元にヤイが近づく。それでもオルガはバーンから目を離さない。
「シュツ、タタ、バーン……愛しい機械人形、ありがとう」
ヤイがオルガの頭を蹴りつける。オルガの頭は吹き飛んで体は倒れた。同時刻、バーンもカイザーエンヴァによって破壊されて命尽きた。機械人形の核である神の遺物は三つとも砕けて消滅した。




