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緑の魔女  作者: 猫蓮
本編
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荒れ狂う波

 炎と水がせめぎ合う。互いの力が相殺されて水蒸気を発生させる。実力が拮抗しているということだ。魔物の姿の炎赤石ノ王と人の姿の大鎖碑が。


 人型と人の姿では意味合いが全く異なる。魔物としての本来の姿である方が力を最大限に発揮出来るのは言うまでもないことだ。魔物がわざわざ人の姿になる必要性は微塵もない。力を抑制してまでそうする旨みは限られている。

 マオは人の世界に溶け込むため。ロサはシアノスと触れ合うため。カイザーエンヴァは人の領域のため仕方なく。打算や目的を持ってその手段を取っていた。それらに比べれば大鎖碑は異質と言えるだろう。本来の姿を嫌って人の姿を保っているのだから。


魔物(あの)の姿には成りとうないんじゃがな」


 このままでは埒が明かないと察した大鎖碑は渋々魔物化する。大鎖碑は自分の姿を嫌っていた。醜いからという理由だけで。本来魔物は己の姿を気にしない。美醜の概念が存在しないからだ。本能のままに生きる魔物に知性はあれど人間のような煩悩はないのだから。己の外観を意識することすら魔物にとっては異常なことだ。


 蛇のような胴体に猫に似た奇妙な頭部。黒光りする胴体にはところどころヒレがついている。魔物化と同時に波が発生する。発生源近くの建物は水の勢いに耐えられず押し潰され流される。水路では補いきれず氾濫する。温泉街が水に沈んでいく。


 ラトスィーンと二ーは建物の上に、炎赤石ノ王は空に退避する。


「街が……」


 ラトスィーンは落ち込む。主戦場になってしまったので少しは目を瞑るつもりだったがこれは範疇を超えている。


 炎赤石ノ王は手を上げる。頭上に赤黒い石が発生する。熱を持ったそれは蓄積されていく。周囲の温度を上げていく。砂漠のような灼熱の酷暑。炎赤石ノ王の下は水が蒸発してぽっかり穴が空いている。

 対抗するように大鎖碑がとぐろをまくように回転する。動きに合わせて波が起こり螺旋の渦になる。大渦は高さを増して竜巻へと変移する。


 Sランクの魔物は単体で街一つを崩壊させれる災害だ。その強大な力は地形をも変える。そんな環境破壊の魔物が二体揃えば、力がぶつかり合えば、どうなるかなど考えるまでもない。黒石と大渦が衝突する。強大な二つの力がぶつかり爆発的な衝撃が巻き起こる。その衝撃波で辺り一帯が吹き飛ぶ。けれど力の差は目に見えている。大渦が黒石を飲み込む。それはそのまま炎赤石ノ王までをも飲み込んだ。


 過酷な環境下でもラトスィーンと二ーは平常だった。慌てることなく乱されることなく目の前の敵とぶつかり合う。絶え間ない魔術の猛攻を大剣でぶった斬る。重量のある大剣を片手で軽々と振り回す。刃先で切り裂き、腹で弾き返す。特殊な構造のそれは攻守が備わっていた。二ーに逸脱した能力はない。ただ馬鹿力で眼がいいだけだ。それでも攻めきれないのは力の流れを見切り適切に対処出来る力があった。大胆でありながら精密な戦闘技術。


 魔術の間を潜り抜けて一気に接近する。振り回した大剣は防御壁すら打ち砕いた。吹き飛んだラトスィーンは何軒も建物を突き抜けて壁に激突する。形勢は逆転した。起き上がれないラトスィーンの前に立って大剣を天に振りかざす。先端の角が反射する。無情にも振り下ろされる。


「!」


 切ったラトスィーンから血は出なかった。形が崩れて水に溶ける。身代わりだった。気付いた瞬間背中に何かが触れる感触があった。


 大鎖碑と炎赤石ノ王のせいかお陰か街は深い霧に包まれていた。見通しが悪く、遠くは目視しにくくなっていた。飛ばされたラトスィーンは二―が来る前に魔術で作った身代わりと入れ替わって潜んでいた。二ーが魔力感知が不得意なのも功を奏した。見事に二ーは騙された。


「さようなら、二ー」


 背後に立ったラトスィーンは杖を二ーの背中に突き当てて魔術を発動する。二ーの体は膨張し、破裂した。飛び散った血がラトスィーンに大量に付着する。


 人体の半分は水で出来ている。だから水属性のエキスパートであるラトスィーンにとって対人戦は無敵に等しかった。体内の水を爆発させたり水に沈めて溺死させたり。最も身近で必要不可欠な水は時として脅威となり得る。そしてそれを理解している人は極めて少ない。魔術と自然とを切り離して考えているからだ。


 ラトスィーンは気持ちを落ち着かせるために息を大きく吐き出す。瞼をギュッと閉じる。最後に振り返った二ーは笑っていた。知っていた。彼女はそういう人だ。死すらも受け入れる。恨み嫉みの一つでも言われれば少しは胸が救われるだろう。嫌味がないからこそ余計に心が痛む。胸が苦しくなる。


「二ー……」


 羨ましかった。憧れだった。その明るさが。その優しさが。すべてを許す心の広さが。自分にはないから。真似ることは出来ても本当に備わることはない。それは天性の才とも言える。ラトスィーンには純粋な心などもう持つことが出来ないのだから。二ーがいなくなった後、彼女を真似て交流を深めようとしたが上手くいかなかった。自分の性格は十分過ぎるほど理解している。だから――


「嫌われて当然です」

「ラトスィーン!」


 独白めいた呟きはリーリンの声に掻き消された。思わず目を見開くと彼は焦ったようにやってきた。


「なにか」


 あったのかと聞こうとする前にタオルを被せられた。そのまま丁寧に顔を拭かれる。そのあと問答無用で回復薬を飲まされる。強引な介抱ともとれるような行動にラトスィーンの顔が般若のようになっていく。彼女は勝手をされることを嫌う。


「リーリン?」


 少し話をしましょうか、と言おうとして口を開くと抱き締められた。回された腕は震えていた。


 リーリンはとても心配していた。ラトスィーンのことはずっと傍で見ていた。だから二ーに対する想いも気付いていた。あまり感情を表に出さないから分かりにくいがとても寂しがり屋だ。肝心なことを言わないから伝わることもない。それを仕方がないこととして諦めてしまう。意地っ張りで優しくされることも心配されるのも苦手の不器用な人。


「お疲れぴょん」

「…………はい」


 泣かないことを知っている。すぐに立ち直ってしまうのも知っている。それでも悲しい気持ちを少しでも分けてくれたらと思った。ラトスィーンもリーリンの心情を察して素直に甘えた。彼の温もりと鼓動は傷付いた彼女の心を癒すのに有効だった。


「うむうむ、仲が良いのは良いことよな」


 その二人の間に大鎖碑が割って入る。しみじみと縦に頷く彼女はもう人の姿に戻っていた。見られたことに気恥ずかしくなったリーリンは照れを隠すようにラトスィーンから離れる。ラトスィーンは気にした様子もなく彼女に向き直る。


「大鎖碑助力には感謝しています。ですが街への被害、どう落とし前を付けてくれますか」

「む、それはすまなんだ。炎赤石を抑えるには仕方なく……ほ、ほら! 水はもう引いておるしそんなに壊れては……」


 大鎖碑が改めて街に目を向ける。そして口を詰むんだ。酷い状態だった。特に戦闘の中心部となった辺りは一面が抉れている。そうでなくとも建物は軒並み崩壊している。水は引いたが瓦礫が通路だったところに流れついている。しら〜と他所を見る大鎖碑にラトスィーンが迫る。


「わ、わっちはこれから炎赤石と話を……」


 上を指差した先には炎赤石ノ王が水の球に収まっていた。しかしそれには視線もくれずに無言の圧力を掛け続ける。屈した大鎖碑は肩を落とす。


「何をしよと?」

「いえ、あなたにしてもらうことはありませんよ。そもそも何も出来ないでしょう」


 痛いところ突かれて何も言い返せない。大鎖碑は水に住まう魔物だ。人間ではないし、建築技能もない。これを元に戻せと言われても何も出来ない。しかしそうと分かっているならなぜ聞いたのか。申し訳ない気持ちを無慮にされて苛立ちを覚える。完全に手の内に転がされてムスッとする。


「ただの気晴らしです。これぐらいは受容してくださいますよね。炎赤石ノ王を抑えて頂いたのには心から感謝しています。私一人では被害は今よりも大きくなっていたでしょう。あるいは、全壊もありえたかもしれません」

「う、うむ。まあ良いなら良いが……」


 大鎖碑はシアノスとマオ以外の魔女と交流はない。そして人間とも接してこなかったからラトスィーンが恐ろしくて仕方がなかった。人間とはみなこうも恐ろしいのかと戦々恐々した。元凶の番犬と炎赤石には後で問いただしてやろうと心に決めた。

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