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緑の魔女  作者: 猫蓮
本編
106/127

温泉街の戦い

「リーリン、戦況は」

「大門からまっすぐ向かってきているぴょん。軍団が対応しているが押されているぴょん」


 温泉街の周りは深く広い水堀で囲われている。街へ入るには一つしかない橋が掛けられている通行門、大門を通過する必要があった。大門から一直線に伸びる大通りを進んだ先に本館がある。街中には各所に水路が引いてあり幾つもの橋が設置されている。大通りから一歩道を外れれば迷路のような構造になっている。ひっそりと佇む旅館や飲食店を見つける楽しみ方もあった。観光に人気で移住を検討するものも少なくない。何年もかけて一大施設にまで発展させた。

 温泉街はラトスィーンの大切な場所だ。人生をかけて作り上げた理想郷。思い入れしかないこの場所を誰だろうと汚すものは許さない。


「二ー」

「久しぶりだなラトスィーン。元気にしていたか」


 食の魔女二ーはラトスィーンに向かって手を振る。背丈よりも大きな大剣を肩に担いでいる。四角い刀身に片刃。柄が身幅の端に付けられているそれは剣というより包丁に近い。


 彼女の周りには軍団員が倒れている。水で体を押し流して彼らを回収する。


「残念です……本当に」

「またみんなでパーティーをやろうよ」

「あなたが生きていたら、そんな未来もあったのかも知れませんね。私は叶わぬ夢は見ない主義なんです。死人に口なし、ですよ」


 ラトスィーンは杖で地面に突く。背後に魔術陣が浮かび龍を模った水が飛び出す。二ーは大剣を振って迎え撃つ。刃先ではなく腹で魔術に対抗する。拮抗の後、二ーが振り切ると魔術が爆散した。


「ラトスィーン!」

「二ーは私が抑えます。リーリンは避難誘導を」

「ああ、任せてくれぴょん。――うさぴょん軍団出動!!」

「ぴょーーん!!!!」


 リーリンの号令と共に筋骨隆々な兎人族が一斉に飛び出す。先程まで二―に打ちのめされて起き上がれずにいたのにもう元気に立ち上がっている。その生命力たるや。さすが筋肉。


「あっははは! いつ見ても面白いなあ。でもいいの? こっちにはもう一人いるんだ」


 水路を挟んだ反対の通りで火の手が上がる。そこには炎赤石ノ王の姿があった。魔女とSランクの魔物を同時に相手をするのは不可能だ。杖を握る手に力がこもる。街への被害が大きくなるのは炎赤石ノ王の方だ。だが、二ーが易々と見逃してくれるとは考えられない。他に抑えてくれる人、と考えてリーリンの姿が思い浮かぶ。けれどそれは彼を失う危険性が非常に高く避けたかった。

 打開策をみいだせずにいるとシャランと鈴の音が聞こえた。カランカランと特徴的な足音に振り向く。悠々とした足取りで一人の少女が歩いてくる。扇を広げてニィっと口角を上げる。


「わっちがあの阿呆の相手をしよう」

「大鎖碑……感謝します」

「よいよい。わっちもあやつに用があるでな。いつまでも旧知の恥さらしを野放しにしておれん」


 大鎖碑は炎赤石ノ王の前に立ち塞ぐ。扇で口元を隠し睨め付ける。冷たく刺す眼差しは侮蔑の色を含んでいる。


「人間風情に屈するとは、愚かのよぉ。愚劣な性根ごと叩き潰してやろう」


 大鎖碑の瞳孔が縦に開く。彼女の眼前に発生した大波が妖精を飲み込む。しかし荒波は蒸発して霧になって消える。腕を組んだまま動かない。操られても力は健在だった。


「!」


 四人が一斉に同じ方向を向く。東国の方面からとても大きな魔力の気配を感知した。離れているにも関わらず感知できるほどの強大で膨大な魔力。


「大鎖碑、この魔力は?」

「分からん。わっちも初めて感じる魔力よ」

「これもサーカス(あなたたち)の仕業ですか」

「いや、これは知らないよ。偶発的に起こったものじゃないかな。オルガもスプメテウロもこれほどの物を造ることは出来なかった。何より彼女が知らない」

「それもそうですね」


 大鎖碑は古よりこの地にいる住まう魔物だ。これほどの魔力でなら間違いなくSランクの魔物だ。彼女が知らないとするなら本当に今この瞬間に生まれたと推測できる。気がかりではあるが今この場から離れるわけにはいかない。四人とも同じ結論を下した。すぐに切り替えて各々の相手に意識を向ける。


「二―、一つだけ教えてください」

「答えれるものなら」

「あなたを殺したのはジェスターですね」

「ああ」


 ラトスィーンは口を堅く結ぶ。魔女を殺せる人物などそう多くはない。だから絞り込むのは簡単だった。ニーが殺されたのはジェスターがヘクセに追われた後。


「終わらせましょう」

「そうだね」


 二ーが優しい顔して微笑む。その顔が酷く憎たらしく見える。殺されると分かっていてそれすらも受け入れてしまうような彼女が憎かった。それはきっとジェスターに殺されたときもそうなんだろう。


 二ーは魔女らしからぬ魔女だった。依頼も何も関係なく人を助け、他の魔女と進んで交流を持つ特異な魔女だった。豪快剛胆な性格でとにかく明るかった。人助けが生業かのようなお節介焼き。彼女は正しく聖者だった。

 あの気難しいシアノスでさえも手懐けて、ジェスターすらをも平等に接した。裏表がない光そのものだった。


 だからこそ、悔しいかった。二ーが死んだと知った時、信じられなかった。こんなところで終わっていい人ではなかった。ラトスィーンは二ーに羨慕していた。人間の醜い部分を知って浸かってしまった自分には絶対になることができない姿。誰に対してに平等に公平に接する。他者を許し無償の愛を施す彼女に憧憬の念を抱いていた。


 二ーの人生は順風満帆とは程遠かった。誰しも彼女は愛に囲まれて育ったと誤認している。けれど現実は真逆で彼女は人間の悪意を一身に受けて育った。子供相手に己の身勝手な欲の発散に使った。邪淫を悪口を瞋恚をぶつけた。それは大人でさえも壊れてしまうような暴虐の数々だった。年端もいかない少女が耐えれるような生易しい悪意ではなかった。挙句の果てに用済みだと彼女は捨てられた。

それでも彼女の心中は凪いでいた。すべてを受け入れていた。見えてないわけじゃない。聞こえてないわけじゃない。感じてないわけじゃない。物事の本質を理解しその上で許した。煩悩に塗れず他者を避けず真理を否定しない。それは一種の諦めにも似た心情だった。誰もが持つ感情を抱かず、誰もが欲す劣情を抱かず、無我の境地に達した。


 家族は彼女を捨てたというよりは恐れた。醜い彼らからしたら彼女は眩しすぎた。色褪せることも濁ることも無い神聖さに恐怖を抱いた。どれだけ痛めつけても罵倒しても彼女が泣く子とはなかった。恐怖することも抗うこともなかった。ただ微笑んで受け入れた。痛みも怒りも嫌悪も嫉妬も悲しみも劣情も、全部全部全部受け入れた。理不尽だと嘆くことも世界に怒ることもせずにただただ諦観した。彼女に感情がなかったわけではない。意思がないわけではない。自我を心を壊されたわけではない。たった一つ、自分とそれ以外とで線引きしているだけだった


 魔女になったのはその方がいいと感じたから。あえて柵に囚われて世界の一部になった。その結果、魔女に対する好印象を抱かせた。植え付けられた認識は根深く多少のことでは覆せない。けれど彼女は容易くやってみせた。


 二ーは魔女らしからぬ魔女だった。その人格は聖人君子とも言えようか。はたまた教会の方が相応しくも見える。けれど彼女は魔女を選んだ。異例なことに彼女の死に嘆き悲しむ者は多かった。彼女の生き様に感銘を受けた者は少なくない。救われた者は少なくなかった。極悪人ですら更生させるような人望に魅入られないわけがなかった。


「名前? そうだな……二ーにしよう。そうすればみんな笑顔になるだろう?」


彼女はすでに死んでいる。生前と変わらぬ姿で、けれどジェスターに逆らうことが出来ない敵になった。自分を殺した相手の言いなりになるなんてラトスィーンには耐えられないことだ。二ーは構わないと気にしないだろうけど他でもない自分が嫌だった。彼女が不当に扱われるのを見ていられない。それがたとえ彼女を殺すことになったとしても。


ラトスィーンは二―を殺す。己の中の二―の偶像を壊されないために。

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