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緑の魔女  作者: 猫蓮
本編
105/127

神の狐

 世界に狭間が生じる前、狐には不思議な力が宿っていると言われていた。豊作をもたらす。炎を操る。雨を降らす。肉を食らわば不老不死になれる。毛皮を羽織らば幸福が訪れる。と。


「クッ、何が起こっているんだ!?」


 イルザが放った矢が魔物を貫く。動かなくなったことを確認したイルザは立ち上がる。何の前触れもなく、魔物の動きが活発になった。


 エルフの里が襲撃された後、イルザはしばらく立ち直れずにいた。墓とも呼べない墓をずっと眺めた。何も考えず、時間を浪費するだけの日々を送っていた。何日か経て、ようやく心の折り合いがつけれた彼は今後のことに目を向けた。里がなくなり一人になってしまった。彼の中には何もなかった。やることが何も思いつかなかった。これまでの人生を振り返ってみれば常に里のことを第一に考え行動していた。その根幹である里がなくなってしまったイルザは途方に暮れていた。

 一先ず彼はキラにお礼をしに行くことにした。恥ずかしいところを見せてしまったが彼女のおかげで立ち直れたと言っても過言では無い。それに魔女にも色々世話になったことだ。決して問題を先延ばしにしたとかではない。あわよくば彼女と一緒に居られたらな、とか少ししか考えていない。


 行動に起こそうとした矢先にこれだ。なんともタイミングが悪い。イルザは緑の魔女が住むと言われている惑いの森に向いながら、道中の魔物を狩ったり隠れてやり過ごしたりして少しずつ進んでいた。


 大きな音と共に大地が揺れた。音は彼の進行方向から少し離れているところから発生しているようだった。様子を見に行くとそこには見た事のない魔物がいた。魔物……と呼んでいいものか迷う見た目をしていた。その魔物は馬と鹿が縦半分で合わさっていた。けれどその大きさは普通の馬や鹿の大きさではなく、周りに生えている木より少し頭が出ている。細い脚でも人間の胴回りと同じくらい太い。

 幸いその魔物はイルザに気付いていなかった。このまま隠れてやり過ごそうとした。身を隠して魔物の動向を伺った時だった。


「狐?」


 魔物の進行方向に狐に似た動物が森から現れ出た。白銀の毛並みが陽光に反射し青く煌めく。額に浮かぶ炎のような模様が目を引く。九つある尻尾がゆらゆら揺らめく。神秘的で存在感があった。けれど、出てきた場所が悪い。狐は魔物が見えていないのかその場で立ち止まっている。このままでは魔物に踏み潰されてしまう。そう思った瞬間、イルザは無意識に弓を引いていた。奇妙な魔物を見た時はやり過ごそうと結論付けた。あの大きさでは身の危険を感じたためだ。なのに、それなのに、あの美しい狐を放っておくことが出来なかった。


 風の魔術を乗せた矢を放つ。風切り音を残してまっすぐ魔物の足に突き刺さる。けれど反応はなかった。足に刺さっていて、血も流れているのに気付いた様子がなかった。歩行は止まらない。そして狐もその魔物に気付いていない。

 動揺したのも束の間、イルザは走り出していた。間に合わないと思っていても走らずにはいられなかった。狐はすぐそこの魔物に気付いていないのか暢気に毛づくろいをしている。その異様さにどちらかは幻ではないのかと錯覚してしまう。幻覚ならどれほど良かったことだろう。


「逃げろッ」


 叫んだイルザの声にこちらを向く丸い瞳はキョトンとしている。危機感がまるでなかった。手を伸ばすイルザの目の前で、狐は頭から蹄に踏み潰された。さらに後ろ脚でも踏まれた音がした。魔物はそれに構うことなくそのまま歩いていった。


 イルザが狐の元に駆けつける。頭と尾の二か所に蹄の跡があった。そこだけ潰された状態だった。助けられなかった。また、何も……出来なかった。堪えるように歯を食いしばるイルザの目の前で死んだ狐が光る。眩い光に覆われた狐が空に浮上する。脱皮するかの如く剥がれ落ちた。元の丸みを帯びたシルエットの狐を宙に残して、変形した狐が光りから離れる。離れてすぐに体は小さく丸まり魔力に包まれる。魔力の球になったそれは光る狐に吸収された。


 光る狐から魔力が膨れ上がっていくのを感じる。尻尾が一本新しく生えて十尾になった。カッと目を開くと目を開けられないほど強い光が発せられた。

 狐の小さかった体がみるみる大きくなっていく。それと同じように魔力が増大していく。馬と鹿の魔物より大きい、見上げるほどに大きくなった狐が咆哮を上げる。白銀の毛並みが闇のような黒に変わる。美しい狐は巨大な十尾の化け物に変わってしまった。けたたましい咆哮と膨大な魔力が肌に突き刺さる。


 その狐は古から存在していた。狭間が開く前、その美しい見目から神が遣わしたる神獣様と崇め奉られていた。名を仙狐。千年生きる狐と謂れのない言い伝えがあった。誰が作ったか分からない祠の中にそれはいた。祠の近くに集落を作りそこに暮らす村民は平穏で幸福な暮らしを送っていた。それもこれも仙狐のお陰だと感謝をして過ごした。

 そして狭間が開いた。その集落から近いところに穴は開いた。近かった集落は真っ先に魔物によって蹂躙された。それは祠とて例外は無い。特別な力などなかった仙狐は殺された。けれどその後何事もなく生き返った。


 それから現在まで仙狐は死と再生を繰り返した。死した肉体()は魔力によって封印され、新たな身体に蓄えられた。胴体に蓄えられ、百を区切りに尻尾に移管される。そして千回死した今、封印は解かれた。千の魂と魔力が解き放たれる。元は何の力も無い無害な仙狐は膨大な記憶と魔力に耐えきれず狂い牙を剥く。動物だった仙狐はSランクの魔物甘月彜(カガリ)へと進化した。


 甘月彜は最後に殺してくれた(近くにいた)魔物に飛びかかる。首元を噛みついた瞬間、魔物は炎に焼かれた。内炎が赤く、外炎が青い不思議な炎に包まれて悲鳴を上げずに燼滅した。次いで狙いをイルザに定めた。


「ッ!」


 上から大きな手が迫る。唖然茫然としていたイルザは反応出来なかった。視界が黒に埋め尽くされる。潰されると冷静に頭が判断した時、横から押される感覚があった。視界が水平に移ろいですぐ横で砂埃が上がった。


「何ボサっとしているんだ!」

「サ、ニバン?」

「しっかりしろイルザ」


 イルザを助けたのはサニバンだった。未だ茫然としている彼に喝を入れる。イルザが驚くのも無理はなかった。二人の最後はとても後味が悪いものであった。サニバンは同族を捨て化け物を取った。魔女に連れられた後のことは知らない。その時はもう会えないと思っていた。里のこともあってサニバンのことは頭になかった。


 振り下ろされた手にマコルが突進する。けれど硬質な大岩のようにビクともしなかった。すぐにサニバンの元まで退避する。


「マコルだ。それよりイルザ、あれは何だ?」

「……分からない。白い狐が死んだと思ったらあれに」

「白い……狐?」


 疑問に思うのも仕方がない。目の前にいるのは黒い巨体。イルザは元の姿を見ているからうねる黒柱が尻尾だということを知っている。何も知らずに見れば到底狐とは思えない。


 一本の尾が三人に向かう。それぞれ退避して攻撃を与える。イルザも反撃に出た。しかし攻撃に手応えが全く感じられない。このままではすぐにやられてしまうと焦りが出る。


「助太刀致す」


 振り下ろされる尾が空中で弾かれた。そこにいたのは着物を着た女性だった。一つに括った黒髪が揺れる。


「イブキ、一人で突っ走るな!」

「これでも食らいなさい。フレイムロンド」


 甘月彜の周りを炎が舞う。次々と炎が現れて、一斉に着弾して爆発する。大爆煙が払われて尾が迫る。


「うそっ、効いてないの!?」


 テンがメテリアーナを掴んで尾を避ける。回避後すぐに詠唱を唱えて高位魔術を放つ。少し体勢を崩すもすぐに立て直された。グラッセも腹部に切りつけるがまるで効果が感じられない。地に刺さった尾から駆け上ったイブキは頭上に到達する。額の真ん中に刀を突き刺す。刺さった箇所から魔力が僅かに漏れる。首を振られて踏ん張り切れずに宙に投げ出された。空中で尾に払い落とされ地面に叩きつけられる。


「あ、ぶなかった」

「アウトよ!」

「しかしどうするか。こちらの攻撃は全く効いてないぞ」


 エルフの元に駆け付けたのは獅子狼の四人だった。さすがはSランクパーティー。その実力は高く、イルザ、サヒバン、マコルではビクともしなかった巨体を動かした。二人は里の中でも上位で、特にイルザは一番の弓使いだった。しかし外の世界には自分たちよりはるかに強い異種族がいることに驚いた。何より助けてくれたことに戸惑いを感じた。


「すごいな」


 ポツリと呟いたサニバンの言葉に共感するようにイルザは首を縦に振る。何かに気付いたかのように振り向いたメテリアーナが三人に近付く。


「あんたのそれ、何?」


 指差した先はイルザの胸元、首にかけたエルフの秘宝だった。なんの力もないそれを、けれどイルザは肌身離さず持っていた。何故か、そうするべきだと思った。


「我が里に伝わる秘宝ですが、なにか?」

「明言出来ないけどそれから不思議な力を感じるわ。それでなにか出来たりしない?」


 メテリアーナは訝しむように見つめる。マジマジと秘宝を見られているだけだが少し緊張する。まだ異種族と関わることに抵抗が残っていた。長年の慣習は簡単には抜けない。凝視してもその力が何か、掴むことは出来ずに首を傾げる。


「来るぞ、構えろ!」


 グラッセの声にハッとして甘月彜を見る。姿勢を低くして四方八方に尾を地面に突き刺す。大地が揺れて地面の下から炎の柱が上がる。回避に徹したため攻撃に当たった者はいない。炎が上がったそこは深い縦穴が出来ていて地面が焼け焦げていた。


「ふおおおぉぉぉ、燃えてきました!」

「イブキ、だから突っ走な!!」


 イブキが走り出した後をグラッセが続く。二人が切り込み、追い討ちをかけるように魔術が撃ち込まれる。戦闘が始まって初めて甘月彜が吠えた。その声に共鳴しているかのようにエルフの秘宝が淡く光った。


「なあ、それ光ってないか」

「そう、ですね」

「イルザ、秘宝は使えないの?」

「なんの力もないと魔女殿が……!」


 自分が放った言葉を否定する。違う。緑の魔女は何か言っていた。とても大事な何かを。……ダメだ。あの時の記憶が曖昧で何を言っていたのか思い出せない。彼女はなんと言っていただろうか。


「こんな時に魔女は何やっているのよ!」


 憤慨するエカテリーナがぼやく。通常ではありえない事象が発生すると決まって魔女の誰かが駆け付けて対処していた。これほどの存在、感知していないとは思えなかった。少し離れた距離にいた自分たちですら気付けたのだ。八人もいて誰も気付けないなんて考えられなかった。


「いないものに縋っても仕方ないだろ。取り敢えずやれるだけのことは試すぞ」


 四人の冒険者が戦っている。サニバンもマコルも微力ながら助力している。その中で一人、イルザは動けないでいた。秘宝を握って見ているだけだった。


(また、見ているだけなのか。また、何も出来ない自分に甘えるのか)


 大きく首を振る。嘆くだけでは何も変わらない。無力な自分が嫌だった。苦しんでいる甘月彜(あの子)を救いたい。強く前を向く。もう現実からも自分からも目を背けるのは止める。


「額を狙って。模様の中心」


 矢をつがえるイルザの耳に誰かの声が届く。辺りを見渡しても誰もいない。気配も感じない。今は気にしている場合ではないと集中する。声に従って額に薄らと浮かぶ模様、炎のような美しい模様の中心に狙いを定める。精神が研ぎ澄まされて音が消えた。時間が止まったような感覚の中、弦を離す。矢は狙い通り真っ直ぐ額に刺さった。甘月彜は目を見開いて悲鳴を上げる。天を見上げて動きが止まった。矢が刺さった額から魔力が勢い良く放出している。


 黒い皮が剥がれるように浮かび上がる。その下から美しい白銀が露わになる。ペリペリと全身の黒が捲れ落ち、本来の姿に戻る。美しい白銀の甘月彜とイルザの視線があった。次の瞬間、巨大な甘月彜の姿が消えた。


「やった、のか……?」


 消えた場所を見上げていたイルザの足に何かが触れる感覚した。下に視線を移すと最初に見た大きさの甘月彜がイルザの足に触れていた。


「キュウ」


 目が合ったことに喜ぶように鳴く。イルザはしゃがみ、恐る恐る手を伸ばす。するとその手に向かって頭を押し付ける。イルザの手にスリスリと頭を擦りつけて嬉しそうな声を上げる。


「わぁー可愛い!」

「さっきの魔物、なのか?」


 イルザの周りに集まる。女性陣は興味津々と近くで観察している。


「こんな魔物見たことないぞ」

「あー疲れた〜」


 テンがドサリと座り込む。なにが起きたかは分からないが無事に終わったことは確かだ。疲弊した頭では考えることすら億劫だった。考えたって分からないし。


「この子の名前は何にするんですか」


 モフモフの毛並みに触りながらイブキはイルザに問いかける。彼女は可愛さと肌触りにメロメロになっていた。躊躇いもなく触れていた。


「名前……?」

「飼わないのですか?」


 二人が首を傾げ合う。飼うなどという発想はイルザには思いもよらないことだった。視線を落として甘月彜を見つめる。視線を感じてイルザを見つめる。その目は心なしかキラキラしているように見える。十ある尻尾がブンブン揺れている。名前を付けられるのを期待しているような様子が感じられた。


「……アルバ」

「! キュキュイー」

「わぁ、喜んでいますよ。アルバ、良い名をもらいましたね」


 嬉しそうに鳴くアルバの頭を撫でる。その様子を見て、イルザも嬉しそうに微笑んだ。胸にある秘宝が小さく揺れた。

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