植物たちの歓迎会
ヘクセには八人の魔女がいる。民草から信頼厚く慕われているのは英雄ゾルキア、癒湯の魔女ラトスィーン、神の手アルノーの三人だ。噂が一人歩きして恐れられているのが魔王マオ。実態があまり知れ渡っていないのがヴェールの魔女インデックス、空の支配者ディルゴ、破壊狂バーン。そして魔女の中で最も嫌われ悪評名高い毒喰らいの魔女シアノス。人嫌いの魔女を差しているのはシアノスただ一人だ。
人を人だと思っていない。夜な夜な森から恐ろしい女の笑い声が聞こえる。味覚がない。人間を薬の実験に使っている。人の心がない。触れるだけで人が死ぬ。血が通っていない。人をも喰らう。精神異常者などなど。挙げたら切りがないほどの悪評が立っている。そのほとんどが不合格になった依頼者候補たちによる腹いせだ。シアノスも幾つか耳にしたことがあるがそれはほんの一部に過ぎない。数が多すぎてもはや把握しきれないし、そもそも興味が無い。背びれ尾ひれ胸ひれが付きに付きまくって今や収束は不可能になっていた。打てば出る噂の数々。称賛の声もあるが悪評によって埋もれてしまっている。特に酷いのは住処である惑いの森の近隣諸国。ダレンザーン王国とサーコルのニグア領。それと冒険者とも折り合いが悪い。ギルドからの魔女と対立するなという禁則のお陰で表立って争うことはなかった。
しかし、教会襲撃の号外にあり彼らの枷が外れた。元々魔女に対する不平不満を持つ者は少なくない。冒険者では特に若手の、自分の力量を把握しておらず経験も浅く有頂天になっている初~中級者にその傾向が見られる。そういうわけで惑いの森には暴徒の大軍が押し寄せていた。
それは最寄りの村の住民だけでは対処できないほどの大所帯だった。戦争でも始めるかの如き気迫に満ちていた。
「うふふー、やっぱりあたくしの相手はあなたしかいませんわぁ。ねぇ、毒の魔女」
シアノスが契約を交わした魔物は五体。アルラウネ、コロッシグナ、バロウメルツ、マスキスパ、刀千紅。防衛陣はトウカを除いた四体とラウネの恋人であるアラクネの計五体だけだ。惑いの森に住む他の魔物はシアノスの味方ではない。縄張りに入られれば攻撃するが戦力と換算していない。つまり千を超える人の群れをたった五体の魔物だけで食い止めなければならなかった。
戦力差は歴然だと絶望するだろう。これが本当の戦争なら、これが人間同士の争いなら覆すのはほぼ不可能。だが相手は魔物だ。魔境に住み、シアノスによって強化された魔物たちだ。しかも場所は森の中。数の利は通用しにくく地の利は魔物側にあった。どれだけ数がいようと圧倒的な力の前では無に等しいということを彼らは知らなかった。
五体は示し合わせたように配置に着く。正面方向にメルツ。敵が多い順にラウネ、ラクネ、コロ、マス。配置も守備範囲も等間隔ではなくまばらだ。魔物は人と違って特性や習性、攻撃手段が決まっている。さらには煩悩もない。自ずと適材適所の配置になる。
シアノスによる制限解除が開始の合図になった。彼女らは防衛戦が得意だ。罠を張る巡らせて待ち伏せする。準備が済んだところで先陣を切る人間の姿が見えた。
「魔物がいるぞ、警戒しろ!」
「このまま一気に押し進むぞー」
士気を高めながら突き進む彼らを魔物は残虐に惨忍に邀撃する。情けなどあるわけがない。人の心など持っているはずがない。なぜなら相手は人間ではなく魔物なのだから。
ラウネの下半身、花冠が口を開く。耳を劈くような悲鳴が森に轟く。人間も鳥も小動物もパタパタと倒れていく。アルラウネの悲鳴に負けないほど大きな声で発狂して叫び、気を失う。倒れた人間を蔓で持ち上げて頭から土にぶっ刺していく。腰辺りまでが埋まり、下半身だけが地面の上に出ている。見えない地中では埋まった上半身に根を張り生命を絞り取っていく。アルラウネの周りには干からびた人間の足が乱立していた。
ラクネの周りには沢山の蜘蛛が集まっていた。アラクネの下半身の蜘蛛より一回り小さい白い蜘蛛だ。至る所に糸を張り巡らせ、踏んだ人間を繭玉に包み吊り上げる。切ることも抜け出すことも出来ない繭玉の中でじっくりと溶けて死んでいく。火属性魔術で繭玉を燃やして脱出できた人間は、背後に忍び寄った蜘蛛に噛まれて神経毒により身動き取れなくなる。生きたままの状態で蜘蛛に捕食される恐怖と苦痛の中で意識が途絶える。
コロは体を揺らし胞子を飛散させている。目に見えないほど細かいそれらは風に乗って空気中に蔓延していく。胞子を吸い込んだ人間は体内で菌が繁殖して体を蝕む。肉体は緑色に変色してポロポロと簡単に崩れ落ちる。あとには骨だけが残り、衣服も金属も腐食し森の一部になった。
マスの眼前には大きな泉が横に広がっている。水に触れずに飛び越えることは難しく、知らなければ川にも見える。泳いで対岸に渡ろうと泉に飛び込んだ人間が悲鳴をあげる。体から煙を上げて溶けていく。肉も骨すらも溶かす強力な酸。無色透明で水に溶けやすい性質の溶解液を泉に浸透させたのだ。対岸に着く前に肉体は溶けて絶命する。泉の周辺は密林しているため見通しも足場も悪い。酸の泉だと知らない人間が次々と泉に飛び込んでいく。
正面では森に入る手前で村の猛者老人によって撃退されていた。引き返すことを勧め、従わない者は昏倒させていた。殺してはいない。気絶した人の山が築いている。彼らは知っている。今森に入れば命を失うということを。氷薔薇ノ王のような膨大な魔力はない。けれど嫌な気配が森からビンビンと伝わってくる。悪いことは言わないから今だけは森に行かない方が良い。それを伝えても聞く耳持たない彼らを見殺しにすることは出来ずに食い止めていた。攻め入る側からしたら彼らは魔女の味方に映っているだろう。その行動が命を救われているとも知らずに。
辿り着いたのは一人の少女だけだった。シアノスとの毒殺し合いに心を躍らせるフーコの前にメルツが立ちはだかる。ぷかぷか浮遊しているがただの羊だと思ったフーコは蟲を一匹放った。取るに足らない小動物だと油断していた。
パクン
メルツは蟲を食べた。そしてそのままフーコに向かってくる。蟲は食べられても蠱毒が体を蝕む。けれど目の前の羊は毒にやられている様子は見られなかった。何事もなかったかのように行動を続けている。
「な、なんですの!?」
焦ったフーコは次々に蠱を放つ。その全てをメルツはパクンと食べる。一つ残さず食べ進める。どれだけ食べても異変は起きなかった。ゆっくりと浮き進むのがさらに恐怖を煽る。先刻ツェンフェンで烏によって大量の蟲が殺されたばかりで十全に補充が出来てない。対シアノス用に残したお気に入りの蟲たちもみんな羊の餌食になっていく。
そしてついに蟲は全て平げられメルツはフーコの目の前に到達する。
「あ、いや……」
フーコの視界が暗くなる。恐怖で動けなくなったフーコの頭を食べた。悲鳴も嘆声も掻き消えた。続いて胴体四肢と服も骨も残さず平らげる。フーコがいた痕跡はどこにも残っていなかった。
メルツはさらに直進していく。目の前にあるものを全て喰らい尽くす。人も木も岩もすべて。メルツが通った後には何も残らない。
『マスター、終わりました』
『分かったわ。みんなお疲れ』
シアノスによって四体に再び制限が掛けられた。惑いの森に入って生還した者は一人もいなかった。
メルツは口を開けた状態でピタリと動きが止まった。制限が掛かったことで飢えがなくなったメルツは食べるのをやめて森に帰っていった。メルツは村に着いていた。もう少し遅ければ村に莫大な被害が及んだだろう。
ラウネとラクネは合流してすぐに抱き合った。示し合わせたかのように深く濃厚な口ずけを交わす。彼女らの周りには繭玉と人間の足が生えている。養分を大量に吸収した彼女らは心身ともに昂りきっていた。つまりとても元気だった。
魔物たちは各々の住処に戻っていく。愛しいご主人様の帰りを心待ちにして。




