涙の後に
ゾルキアとアルノーの激闘は熾烈を極める。高威力の魔術がぶつかり辺り一面は崩壊している。潜っていた迷宮が人里離れたところで良かったとゾルキアは思う。そうでなければ人死は免れない。ゾルキアでも他人を守って戦うほど余裕はなかった。
お互い消耗が激しかった。長期戦になる前に決着をつけようと焦りが生じていた。少しづつ体にキズを負っていく。
ゾルキアは魔術の天才と言われ人族にしては魔力量もはるかに多いがそれでも限界はある。人より消費は少なくても高威力の魔術を連発すれば魔力はみるみる減っていく。身体強化と剣への付与も少なからず魔力を消費し続けている。それに体力と精神力も疲弊していっている。
アルノーは魔族で魔力量が桁違いに多い。それでも魔改造した魔道具は魔力消費が激しかった。物量で押しても冷静に対処される。強力な魔道具は威力が高い分、制約も多い。魔力消費が激しかったり強固な土台が必要だったり一度限りだったり。本来魔道具は生活の補助を主とした道具だ。魔石で魔力を代用できるから魔力が少なくても扱えるし魔石を交換すれば繰り返し使用可能だ。戦闘用のだと魔道具自体の損傷も激しく基本使い捨てだ。だから、底が尽きる前に戦闘を終わらせなければ形勢は一気に傾く。
アルノーの大量に保管していた魔道具が底を着いた。けれどゾルキアも疲労が激しい。とどめを差そうと突撃する。剣が触れる前、アルノーの体から雷電が発生する。ゾルキアはすぐに後退して距離を取る。アルノーはバチバチと激しい音を立てて魔族化した。羽が生え全身から雷電が放出している。所謂第二形態だった。
「まじか」
思わず不満が漏れた。残念だが人族であるゾルキアにそんなものはない。すでに体力魔力気力が消耗しているのにパワーアップとか堪ったものではない。正直に言ってずるいと思った。
アルノーの攻撃手段は遠戦から肉弾戦に変わる。スピードも威力も硬度も格段に跳ね上がった。まるで瞬間移動でもしているかのような速さだった。反応出来ないほどではないけど反撃するのは厳しかった。さらに全身に雷を纏っている。攻撃をいなしても剣から雷が伝い、体に流れ込む。痺れて手の力が失われる。何度も剣を離しそうになったし、動きが鈍くなっている。
魔族は数が最も少ない種族だ。エルフ族のように集団で隠れて過ごすわけではなくそれぞれ孤立している。獣人族と違って魔族は特徴的な容姿を隠すことが出来る。人族に紛れて生活しているのだ。それもあって魔族の強さは不明瞭だった。アルノーも魔族に関しては黙秘している。
「…………歌?」
戦っている最中に歌が聞こえた。今の状況とはかけ離れた明るい歌だった。ゾルキアはこの声の主を知っている。ディルゴが匿っているハーフエルフのアイドル、ポンの歌声だった。なぜ、と疑問に思ったが戦闘中だと頭を切り替える。
だが、目に見える変化が起きた。アルノーの動きがぎこちなくなっている。ゾルキアはその好機を見逃さなかった。
「スマナイ……ゾルキア」
斬られたアルノーがゾルキアに感謝する。それはとても淋しい謝罪だった。斬ったけれど殺し切れていない。元々死んでるからだろうか。それなら聖水をかければイーシス国みたいに……。
ゾルキアはアルノーを掴んでアレキシオの元に向かった。遠くで戦っているセフィラを魔術で貫く。
「ッ、ルキ!?」
セフィラもまた動きがぎこちなくなっていた。倒れたセフィラの横にアルノーを横たわらせた。魔族の特性故かアルノーは回復していた。動けないように魔術で縛る。
「セフィラ……」
アルノーが倒れたセフィラの顔に手を伸ばす。目を閉じているセフィラは動かない。涙の跡を指で拭う。額を合わせて目を閉じる。
ゾルキアは二人に向かって聖水をかけた。魔女裁判時にもらって残っていた。死霊術が解けたのか二人は動かなくなった。
ゾルキアのせめてもの慈悲だった。哀しいままで終わらせたくなかった。終わってほしくなかった。二人が一緒に居られるようにと願った自己満族の行動だ。最期まで淋しい想いで終わるのはあまりに酷だと思った。これでは報われない。そう思っての行動だ。
隣で涙を流すアレキシオを抱き締める。ゾルキアも涙を流していた。特別仲がいいわけではなかったが悪いわけでもなかった。仲間としての情を持っていた。仕方ないとは言え、心が痛まないわけはなかった。
最期に見たアルノーの優しい顔は忘れることはないだろう。いや、忘れてはいけないと思った。二人のことは忘れない。絶対に。
アルノーは魔族だった。魔族は獣人族以上に冷遇されていた。異形種、魔物の仲間として敵対されていた。なぜなら魔族は獣人族やエルフ族と違って元は存在していない種族だったからだ。彼ら魔物の世界の住民。この世界に侵略してきた魔物と同じ異世界生物だった
異様な姿に人間は恐怖し魔物と同等だと認知した。つまり討伐対象。元から多くない数はさらに激減した。生き残ったのは姿を偽り人族に紛れた賢い者たちだけだった。気付かれないように集まることはせず、変わらない容姿を悟らせないように転々と場所を移動した。
アルノーがセフィラと出会ったのは彼女が同種であるエルフ族から迫害されている時だった。波風立てないように細細と生活していたアルノーは見ないフリしてやり過ごそうとした。けれど、気付いた時には彼女の前に立っていた。
「異種族がなんのつもりだ」
弓を向けられた時、アルノーは迷わず魔族化した。その姿に恐れをなしたエルフ族は一目散に逃げていった。何年経っても魔族に対する認識は変わらない。戦闘にならないだけマシだったとアルノーは胸をなでおろす。
「っ、待って!」
アルノーが黙って立ち去ろうとしたのをセフィラが止めた。腕を掴んで引き止めた。
「助けてくれて、ありがとう」
「……怖クナイノカ?」
目を丸くしたセフィラはおかしそうに笑いだした。
「恩人を怖がるわけないじゃない。それに、あなたみたいな優しい人を怖いと思わないわ」
アルノーはこちらの世界に来て初めて他人に笑顔を向けられた。それはとても美しくて眩しかった。疎ましいと思っていた太陽のように眩しく輝いていた。やっぱり住む世界が違う。そう思ったアルノーは彼女から離れようとした。けれど腕は掴まれたままだった。
「ワタシはセフィラ。あなたは?」
「……アルノー」
「助けてくれてありがとうアルノー。引き止めてごめんね、お礼を言いたかったの」
それじゃあと笑顔で言う。離れた手の温もりがなくなっていく。アルノーはこのまま別れた方が良いと思った。自分と一緒にいてはなにが起きるか分からない。人間から忌み嫌われている魔族だから、隠れていてもいつか露見してしまうだろうから。
「……っ、アルノー?」
セフィラの手を掴んだ。頭ではわかっている。離れた方がいいってことは分かっている。それでも彼女は震えていた。今も震えている。それは魔族に会ったからじゃない。仲間であるはず同種から除け者にされて強がっているだけだった。不安を必死に押し殺していた。
「守ル……セフィラヲ守ル。ダカラ一緒ニ」
まだ人間と関わるのは怖かった。魔族という事実を変えることは出来ない。魔族だとバレてしまえば一緒にいるセフィラまで害が及んでしまう。それでも彼女を一人にしてはいけないと思った。このまま別れれば後悔すると思った。それはきっとずっと悔いることになるだろうと。
「……いいの?」
セフィラは一人だった。独りになってしまった。ダークエルフはエルフ族の変異種で稀に産まれてくる。それは呪いの子として忌避される。殺すべきだと言う里の同族の意見を突っぱねて両親はセフィラを育てた。そのお陰で今まで生きることができた。けれど里を守護する精霊の気配がなくなって、呪いのせいだと騒ぎ出した。そしてついにセフィラを害そうと強行手段に出た。対抗した両親は殺されてしまった。両親の想いを汲んで必死に逃げた。もしアルノーが助けてくれなかったらセフィラも今頃死んでいた。
「ワタシ、生きてていいの?」
「ウン」
グッと堪えて、我慢して、それでも涙が溢れてしまった。泣き出したセフィラにアルノーは狼狽える。オロオロと手を動かして、恐る恐る彼女の頭に手を乗せた。慣れない手つきで頭を撫でる。それが嬉しくてさらに涙が溢れてしまった。再び困惑させてしまったのは言うまでもない。
「ごめんねアルノー」
魔女裁判の日、セフィラはアルノーを刺した。この時はまだ微かに自我が残っていた。倒れたアルノーを抱き締めてセフィラは笑いながら涙を流していた。自我が残っても体が動くわけじゃない。アルノーはまだ死んでいない。今すぐ回復薬を使えばまだ助かる。なのに体が言うことを聞いてくれない。
「ごめん。やっぱりワタシ……」
生きてたらダメだったんだ。その言葉は口から出ることはなかった。その前にアルノーが唇を塞いだ。意識を失ったはずなのに彼は動いた。近距離で目と目が合う。
「セフィラ……愛シテル」
アルノーはセフィラを許した。守ると決めた。けれど守り切れなかった。彼女は悔いている。両親とアルノーが殺されることになったのは自分のせいだと、自分が生きているせいで彼らは死ぬことになったと責めている。何も悪くないのに、環境が彼女を虐げた。そのせいで彼女はいつまでも深いキズを負って罪の意識を背負いながら生きていた。生まれてきたことが罪なんだと植え付けた。それはいつまでも心の奥底に巣を食うていた。
アルノーはセフィラを守れなかった。けれど、彼女の心だけは最期まで守った。




