毒は毒でも
「これでよしっと。…………あっ、薬の在り処知らない。ッは〜、虱潰しに当たって行くしかないか」
シアノスがそう呟いて近くの段差に腰をかける。
彼女の腕の中にいるキノコがフルッと震える。
シアノスは王国にある教会に来ていた。時間はもちろん夜も遅い時間。街の灯りはまばらで眠っている人の方が多い時間帯だ。
先程までシアノスがやっていたのは教会の風の通り道に誘眠胞子袋を置くことだ。それは彼女が抱いているキノコの魔物、コロッシグナの能力である。笠から胞子を出して相手に状態異常を与えて動けなくさせる。素の攻撃力はないに等しい。そのため基本的に争うことはせず、捕食者に見付かると相手を動けなくさせてからの逃げの一手しかない。因みにコロッシグナは希少な魔物で魔物ランクは低いものの価値が高い。なぜなら使える素材しかないからだ。胞子は調薬の素材として大変活用的で、笠も柄もとても美味で食通の人々に大人気の食材だ。一つでも納入すればそれはもう儲かる。
今回は範囲が広いために胞子を詰めた袋をいくつも設置した次第だ。袋から少しずつ放出される胞子が風に乗って教会内に漂う仕掛けだ。
誘眠胞子はひとたび嗅いだ相手を深い眠りへと誘う。一度眠ってしまえば多少手を加えたとて目覚めることは無い。ただし個人差あり。
無駄な接触で時間を掛けるのを嫌っての作戦だ。強行突破するのは利口ではないからね。仮に耐性持ちがいたとしてもそれは僅か少数だろう。それくらいなら出会ってすぐに眠らせれば問題ない。もちろんその場合は物理行使だが。
のんびりコロッシグナと戯れながら教会内に胞子が蔓延するのを待つ。教会の大きさからおよその時間を算出してある。そろそろいい時間だろうと頃合いを見計らい重たい腰をあげる。
一番近くにあった入口から入る。未だ誘眠胞子が漂っているがシアノスには効かない。状態異常耐性は諸々付いていて尚且つ耐性も高い。そうなるように訓練したからそれも当然の話だ。
静かな教会を歩いていると突然目の前に影が降り立つ。目の前のものを見てシアノスは笑む。
「あら、あなたが現れるなんて珍しいわね。それじゃあ案内してもらおうかしら」
黒き者はシアノスの言葉に頷いて音を立てずに歩き出す。その後をシアノスが追う。
両者一言も発さないまま一つの扉の前で止まる。黒き者は振り返りシアノスに向かって深く礼をすると現れたときと同様に音もなく何処かへ消え去った。シアノスは誰もいない虚空に向かって「ありがとう」と一言告げる。
扉を開けると殺風景な部屋が現れた。内装はベッドにテーブルとイスが一つずつ。敷物は一つもありはしない。教会の慎ましく清らかであれと体現してるかの如く白一色だ。小さな出窓とクローゼット。必要最低限な物しかない部屋はその主の待遇が如実に表されていた。これが聖女キラの部屋。
手始めにクローゼットを開けると中はがらんどうとしていて数着しか衣服がかかっていなかった。それも全く同じ法衣。他に服はない。教会の外に出ることはないのでこれでも問題ないとは思うが、もしかして寝るときもこの恰好なのだろうか。いや、さすがに……ないとは言い切れないのはシアノスがキラのことを知らないから。そしてシアノスもその行為については否定はしない。というより出来ない。彼女自身、寝落ちしてしまうことがしばしばあるのでそのままの恰好で寝てしまっているのだ。彼女が否定すればそれ即ちブーメランとして自分にも返ってくるのだ。
クローゼットの下、奥の方に小さな箱があったので開けてみると数枚下着が入っているのと細かな物しかなかった。思い出の品だろうか。宝石や装飾品は一切なく、子供が手作りで作ったようなものだった。ヒイロが孤児だったと言っていたのでその孤児院で他の子に貰ったものだろうか。ここにあるということは彼にとって大事なものなのだろう。懐から収納袋を取り出して箱ごとしまう。
法衣は……どうせ教会には戻らないのだからいらないだろう。クローゼットの中にはそれ以外何もなし。次を探す。
部屋の中には続きの扉が2つある。一つ目を開けると浴室だった。ここもまた最低限の物だけしか置かれていない。広さも手狭で完全に一人用だ。
二つ目の扉を開けるとキラの部屋よりさらに簡易的な部屋があった。ベッドとチェストと物書き机がある。恐らく付き人の部屋だろう。つまりはヒイロの部屋。机の引き出しにもチェストの中身も空っぽだ。もう戻る気はないという意志表示が見て取れる。
ここにもないとしたら何処だろう。別の人が持っているとしたらとても面倒だ。一番の可能性としては司教だが、アレが現品を持っているかと考えると否だと思う。そうとなると投与者が持っていると考えるべきだろう。問題は、それが誰かという話だ。ヒイロなら手っ取り早かったけど、どうやら違うようだし……。
「……ん? コロ、そこになにかあるの?」
腕の中から抜け出したコロッシグナは机の奥へと入っていった。身をかがめて覗くとちょうど死角に隠すように小さな箱が置かれていた。引っ張り出して中を開けると目当てのものが入っていた。
「あの子もなかなかやるじゃない。さて 、わたしが知っている薬だと話は早くなるのだけど……」
箱の中には幾つもの瓶と注射器が入っていた。早速瓶を開けて匂いを嗅いでみる。匂いは強くなく微かに漂う程度。それは独特の香りがした。それはシアノスが知っているものだった。
まさかと思って中身を掬い躊躇せずに口に運ぶ。特有の芋っぽい味に変にどろりとしたそれは香りから予想していた通りのものだった。
「なんで、この薬がここに……」
どうしてこの薬が教会にあるのか。
この薬は東国のとある人物からシアノスへと直々に依頼された薬だ。使用は限定されているし流用などしない話になっている。もちろん製薬方法は公開していないのでシアノスしか作れない。
それがいったいぜんたいどうしてここにあるのか。つまりは何者かが不当に手引きした可能性がある。この件はしっかりと確認しなければならない。そういう契約で製薬したのだから不当に扱われたら堪ったものではない。容認してしまえば魔女としての秩序が保たれない。決して下に見られてはいけない。
新たな問題に気落ちしてしまいそうになる。次から次へと起こる面倒事を全て忘れてしまいたいと思う。いつになったら研究に没頭出来る日々を迎えられるのだろうかと遠い目をする。
思考を飛ばすのはこの辺にして、原因はわかった。この薬は男でなくす薬。体内バランスを崩して男性としての機能を低下させる。副作用としては体格が丸みを帯び、子を成しにくくなる程度。この薬は定期的に窃取しなければならないので接種を止めれば接種期間にもよるがある程度は元に戻る。
結論としてはキラが起きるのをただ待つのみ。適度に栄養液を与えるだけで事足りる。あとは、回復力増進と体内バランスを調整する薬草でも煎じとくか。
大して何かしたわけでもないのに非常に疲れた。早く帰ろうとシアノスは帰路を急ぐ。




