序章
部屋に戻る。
少しだけ開いたカーテンの隙間から光が差し込んでいる。今日はいい天気だ。こんな日にお出掛けをしたら、さぞ楽しいんだろう。
ルーズリーフが散らかった部屋の中央に置かれたテーブル。お菓子も2人分のコップも昨日のままだ。
ふと近くに落ちていたルーズリーフを拾い上げる。見慣れた文字の羅列。その所々に下手な落書きが描かれている。
裏を見ると私の知らない内容があった。
「……そっか」
飽きて途中からゲームをしていたんだっけ。
小学生の時に面白いって勧められたゲーム。序盤で諦めたからレベルもまだまだ低い。
ベッドの上に腰をかけ枕元に置かれているゲームを起動させる。少しだけしかカーテンが開いていないせいだろうか。ゲーム画面が眩しく感じた。
起動したゲーム画面に丸太で行き止まりになった道とにらめっこする勇者が表示される。
「……勇者なら丸太ぐらい何とかしてよ」
そうつぶやいた言葉が虚しかった。
「……はぁ」
赤く点滅したゲームを手にしたまま力なく寝転がる。これもお気に入りの服だけど、どうでもよかった。
もう何もしたくない。このまま体が溶けてなくなればいいのに。
大きく息を吐く。
嬉しかったことも、悲しかったことも、全て追い出すように。全部吐き出したまま息を止める。
体が酸素を求めて熱くなる。苦しい。息がしたい。そんな気持ちを無理矢理ねじ伏せ続けた。
しかし限界は近かった。すぐに口を開け荒い呼吸を繰り返す。
こんなことで死ねるわけがない。こんなことに意味はない。それくらい分かっている。でも、自分でもどうすればいいか分からなかった。
「……プレゼント」
脳裏に浮かんだ言葉がするりと口から溢れる。
ゆっくりと体を起こし、勉強机の上を見る。思った通り可愛いラッピングされた袋が置いてあった。
「……ほんと、あり得ない」
呆れたように私は笑った。そしてプレゼント片手に部屋を出た。
小さい頃から物語が好きだった。シンデレラや白雪姫。親指姫に眠り姫。
お姫様が運命の王子様と結ばれる、そんな物話が大好きだった。
特に眠り姫は大好きだった。
魔女の呪いで100年間の眠りにつくお姫様。そんな一人ぼっちで眠り続けるお姫様の前に王子様が現れる。キスで呪いを解くシーンは暗唱出来るくらい何度も読み返した。
待っていたら私の前にも素敵な王子様が現れる。お姫様になった私は豪華なお城でキラキラした幸せな日々を過ごす。
そんな夢物語を本気で信じていた。
「あーちゃんは僕が幸せにする!」
絵本の王子様に見惚れる私に、そうやって話しかけてくる男の子がいた。
彼の名前は姫坂樹。私の家の近くに住んでいる子で私と同い年だった。お母さんが同じ職場で仲が良かったせいか、気付けば隣に樹がいた。
4月生まれで大柄な家系の私に対して、3月生まれで小柄な家系の樹。
ほとんど1歳差だし、小さくて女の子みたいな顔の樹は私の理想の王子様から程遠かった。
「幸せにする!」そう真っ直ぐな瞳で連呼する樹をいつも適当にあしらう私。
あの目を見ていれば、こんな未来にはならなかったかもしれない。