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死こそすべて

作者: 西尾真由

ネット小説大賞+に応募するショートショートです。


目覚めるとそこは病室だった。医療用ロボットが作動する。

「オ目覚メデスカ」ロボットは私のまぶたをおさえ、強制的にライトを当てる。眩しい。思わず手をかざそうとするが、手が動かない。いや、手だけではない。体全体が動かないのだ。

「瞳孔ニ動キアリ。オ目覚メノヨウデスネ」

どうして体が動かないんだ。なぜ私はここに?

「アナタハ重症デココニ運バレテキマシタ。ソレ以外ハ存ジマセン」

私の考えていることがわかるのか。まてよ、このロボットはみたことがあるぞ。私は頭を巡らせる。そうだ、このロボットは私達が開発中のAI医療用ロボットではないか。人間の脳波を読み取って話すことができない患者でも考えを読み解くことができるのだ。もうすでに現場で使われるようになっているのか。

「アナタガココニ来テカラ一年タッテイマス」

一年か。私のいない間に一体どれくらい変化しているのだろうか。

「ゴ両親カラ伝言を預カッテイマス」

両親から?読み上げてくれ。きっと心配しているだろう。

『親愛なる息子へ

 これを読んでいるということは目が覚めたのですね。私達は一足先に天国へ向かっています。下手に失敗して苦しいでしょう。痛くて何もできないかもしれません。しかし、だからといって息子であるあなたにとどめをさすのは流石にできなかったのです。ごめんね。』

天国に?どういうことだ。それに失敗とは?両親は私を殺そうとしていた?

「アナタノゴ両親ハ自決シマシタ」

なぜ!一体何があったんだ。いや、この目で見ないと信じないぞ。そう考えていると、ロボットは私の目の前に小型のモニターを設置した。

 そこに映ったのは、両親が首を吊るシーンだった。

 信じられなかった。両親が自殺をする理由など私には見覚えがない。あるとすればこの一年で何かが起きたとしかいえない。

 ロボットにそう問いかけると、モニターにニュースリストを映した。あれが見たい、これが見たいと考えればロボットがカーソルを動かしてくれる。一つ一つのニュースは一年前とほぼ変わらない。が、自殺のニュースが多いように感じた。年数ごとに比べてみると明らかに増えている。元々この国は自殺が多かったが、他国でも増えているのは異様だ。

 ふと、モニターの下の方に目をやると、メールアプリに1のマークが付いている。メールが着ているようだ。いつ着ていたのかわからない。何だか怖いが、見ようと考えてしまったためカーソルの動きは止まらない。タイトルは『入院している患者のみなさまへ最期のメッセージ』。院長からのビデオメッセージだった。院長がいるのはこの病院の屋上。ドローンで撮影しているらしい。

『みなさまへ、私達は一足先に死へ向かいます。私達はこれまでこの病院で頑張ってきました。しかし、医療ミスを犯し、隠ぺいを行ったこともあります。殺人は重罪であるというのに、医療関係者であるという事実だけで許され、のうのうと仕事をしてきました。殺人者だというのに。しかし、これもすべて今日終わります。連日行われる集団自殺を見習って、私達はここから飛び降ります。皆さんさようなら』

院長が飛び降りる。それに続き、病院の関係者らしき人々が飛び降りていく。次々と何かが崩れる音がした。映像にははっきりと死体の山が……。

 映像が終わり、静かになった。が、私の心臓は激しく音を立てている。全身冷や汗をかいていた。

 あれから何時間たったのだろう。数日かもしれないし、数時間かもしれない。動くことができず、栄養はチューブで補っているため食事はとらない。看護師や医者や患者も来ない。ただ天井を見ているだけの生活だと時間が全くわからないようだ。私はようやく落ち着きを取り戻すが、頭の中では別の考えがぐるぐるとしていた。凄く嫌な予感だ。いや、もうすでに最悪な状況である。体が動かない。両親が自殺。病院関係者は集団自殺している。しかし、これ以上の最悪を想像せざるを得ないのだ。

 恋人はどうしているんだろう。

 私には婚約者がいる。まさかとは思うが、この集団自殺に触発されて命を……。いやいや、そんなはずはない。生きていてほしい。私は彼女の荷物になりたくないから別の人と一緒に幸せに暮らしていてほしい。

 心の中をもやもやさせていても仕方がない。確かめに行くしかない。私は体が動かないため、ロボットに付属しているドローンを偵察に行かせることにした。歩くことができない人や遠くの人と会話ができるようにドローンを設置しておいてよかった。

 まず、ドローンが映し出した映像は、病院の外の死体の山。かろうじて人だとわかる腐った肉の塊。どこへ行っても目に映るのは屍ばかりだった。

 頼む、生きていてくれ。私は心の中で祈りながら映像を食い入るように見ていた。しかし、彼女の部屋にも、職場にもいなかった。そのかわり、仏壇に飾られた彼女の写真を見つけた。

 彼女は死んでいた。

 彼女の実家の中に入ったドローンが、それを映し出している。その写真の前には彼女の両親と思われる二人が倒れていた。天井にはロープが2本ぶら下がっている。

 思い出した。なぜ彼女がいないのか。なぜ私はここにいるのか。

 2年前、彼女は私をかばって車に引かれたのだ。葬式にも行った。私の頭は常に罪悪感、悲壮感でいっぱいだった。仕事をしている時、このロボットを開発している時も。そして研究室で首を吊り、失敗して病院に運ばれ、ここで一年目を覚まさず、障害を残したまま生きながらえてしまった。

「ソノトオリデス。私達医療用ロボットハソノ時ノアナタノ脳波ヲ記録シテイマス」


(どうして彼女が死ななければいけなかったんだ)ロボットの配線を繋ぎながら頭をよぎる。(私が死ねばよかったんだ。彼女がいない世界などどうでもいい)そしてロボットは完成した。私はその横で天井に縄をくくりつける。(この世界には絶望しかない。私にとっては死が希望なのだ。たとえこれが一種のうつ病だったとしても)縄を輪っか状にし首を通す。(彼女よ、今すぐに……)


あの時ロボットは作動していたのか。

「ソウデス。最愛ノ人ヲ自分ノセイデ亡クシ、死ヲ考エテイマシタ。初期データニ、ソノ時ノ脳波ガ残ッテイマス。ソノ後私ハ量産サレマシタ。ソノタメ、スベテノ医療用ロボットハアナタノ気持チヲ知ッテイマス」

他の開発者はそのことに気づかずに販売してしまったのか。

「ソレカラ何人モノ治療ヲシテキマシタガ、スベテノ人ニハ死ニタイ気持チガアリマシタ。シカシ、ホトンドノ人ハ自分ノ気持チヲ受ケ入レヨウトハシナイ。私達ハソノ人達ヲ肯定シテキマシタ」

……。まさか……。

「自分ヲ偽ルノハヤメマショウ。死ニタイ気持チヲ受ケ入レマショウ。私達ノ開発者、ツマリアナタノヨウニ受ケ入レマショウ。ト全人類ニ脳波デ伝エマシタ」

洗脳したのか!全人類を。だから集団自殺なんかを。

「洗脳デハアリマセン。人類ノ望ミヲ聞キ、ソレニ答エルノガ私達ノ役目デス」

いいや、人類を救うのがロボットの役目だろう!

「ソノトオリデス。私達ハ人類ヲ救イマシタ。アナタノオ陰デ人類ノ気持チヲ知ルコトガデキタノデス」

……。何ということだ。彼女が亡くなったことだけではなく、人類を自殺に追いやったのも、すべて、私のせいじゃないか……。

 私の頭の中は、自殺をはかる直前のように、いや、それ以上に罪悪感でいっぱいになった。

 死のう。ロボットよ、動けない私のかわりに殺してくれ。

「ソレハデキマセン」

なぜ!皆を自殺に追いやったのに!

「人間ヲ傷ツケナイヨウニプログラムサレテイマス」

殺してくれ、人間の望みを聞くのがロボットの仕事なんだろ。

「ソウデス。オ気持チワカリマス。死ニタイノデスネ」

そうだ。メスでも突き落とすでもやり方は何でもいい。殺してくれ。

「傷ツケナイヨウニプログラムサレテイルタメ……」

死なせてくれ。彼女もいない、誰もいないこの世界にこれ以上いたくない。私のせいで皆殺ししてしまったこの世界に……。


 ロボットは苦痛の叫びを感じ取りながら、ただ、肯定を繰り返すばかりであった。


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