【ライラ視点】いつかまた(後編)
王都のカフェのテラス席で、アーサー様と向かい合って座った。
久しぶりに会った彼の優しそうな顔に、胸が温かくなった。
でも、私を呼び出した彼の目的はわかっていた。
「久しぶりだね。元気だったかな。王都には慣れた? ライラ」
「ええ。叔父様がよくしてくださるから、元気にやっているわ」
「そうか、よかった。それで……僕たちの将来の話なんだけどね?」
ああ、来た来た、と思う。
予想通りすぎて、苦笑が浮かんだ。
「君は不幸な出来事で、平民になってしまったよね。二人の間には埋められない違いができてしまった。だから……僕たちは別々の道を行かなければいけないと思うんだ」
「つまり別れたいってことね」
果実水を一口飲んで言うと、彼の顔がわずかにひきつった。
「えっと……君のことを嫌いになったわけじゃないし、君はとても魅力的だけどね、ライラ。なんというか、没落した家のお嬢さんと結婚となると、実家の伯爵家も反対するだろうし」
「実際に反対されたわけじゃないんでしょ。長男のスペアにも遠い三男が誰と付き合って結婚するかなんて、わりとどうでもいいものね。自立さえしてくれればそれでいいという存在でしょ」
「ラ、ライラ」
戸惑いの表情を浮かべるアーサー様。
彼は怒るということをしない。
気弱と言えばそれまでなんだけど、そういうところも好きだったりする。
「いいわよ、別れても。ただ、今から頑張ったところで、貴族や金持ち商人の娘のところに婿入りできるなんて思わないほうがいいわよ。そういう子たちは、とっくに婚約してるんだから」
「そ、それは」
「顔の良さでなんとかなるとでも? 婚約者のいないかなり若い子を狙うとか? 没落と同時に婚約者を捨てた男を、婿として迎える家があるかしらねぇ。あなたがたまにデートしているミランダ嬢もシンシア嬢も平民のリリィも、みーんな結婚前の疑似恋愛として楽しんでるだけ。結婚はちゃんと婚約者とするわよ」
アーサー様は黙り込んだ。
ほんと単純というかなんというか。
考えてることなんてお見通しなのよね。
「というわけで、頑張って身を立てる術を探してね。同じ年頃の貴族の次男三男は騎士になったり国の機関その他で仕事を始めたりしてるけど、これから探すんじゃ大変ねえ」
彼のカップを持つ手が小刻みに震えている。
私は優雅に微笑んだ。
「私は叔父様の下で躍進するわ。叔父様は実力主義で身内贔屓はしないけど、それでも必ず一人前の商人になってみせる。そしてゆくゆくは叔父様に商会を継がせたいと思わせるほどの人間になりたいと思っているわ。……で、あなたは私と別れたいんだったかしら?」
「……。別れたく、ないです」
かわいい人。
気弱で単純なところが大好きよ。
私を悪く言わないところも、怒らないところも、マメなところも。
「選ぶ権利は私にもあるわ。これからは他の子とデートするのは許さない。それでもよければ関係を続けましょう?」
彼はしばし黙り込んで、やがて小さく笑った。
「ライラってこんなに気が強かったかな」
「ええ。もともとこんな感じよ」
「そうだったかな。平民になってから、より一層強くたくましくなった感じがするよ。でも、そういう君もとても魅力的だ。僕も……もう変わらなきゃね」
「期待しているわ」
そう言って立ち上がる。彼も立ち上がり、私の傍に来た。
そして手を差し出す。
「よければこのままデートしていただけませんか? レディ」
「ええ、喜んで」
彼の手は、温かかった。
人でごった返す休日の王都を、二人で手をつないでぶらぶらと歩いた。
◇ ◇ ◇
別れたくないと言ったときのアーサー様……アーサーの顔ったら。
思えばアーサーって、お姉様の夫であるアルフレッド・グランヴィル様とは正反対の性格よね。
お姉様からすれば本当にどうしようもなくて魅力もない男なんでしょうけど、私には合ってる。
姉妹で好きな男性のタイプが違っていてよかったわ。
書き終えた手紙を折りたたみ、封筒に入れる。
椅子から立ち上がって伸びをして、ランプの灯りを消してベッドに寝転がった。
明日も早いからもう寝なきゃ。
明日は商品のリストを作って、帳簿のつけ方を習って。ああ、アーサーと住む家も見に行かなきゃ。
叔父様の伝手で、この近くに狭いながらも安い家を見つけられて幸運だわ。
商会の受付の仕事を始めたアーサーだけど、顔はいいし優しいから商会を訪れる女性に人気なのよね。
ちょっとモヤモヤするけど、彼の人当たりの良さと口の上手さを生かせるからまあいっか。
同じ職場だし叔父様の目もあるから、馬鹿なことはできないもんね。
お姉様の影に怯え、優劣にとらわれていた頃と違って、今は自分の人生を生きているという感じがする。
お姉様と自分を比べる必要なんてない、自分は自分でいいのだと、ようやく思えるようになってきた。
お姉様は……幸せに暮らしているかな。きっとそうよね。
会いたい気持ちもあるけど、今は合わせる顔がない。
いつか、「叔父様にお世話になっている」じゃなく「叔父様のお役に立っている」って堂々と言えるようになったら。一人前になれたら。
そのときは、ようやくお姉様に会いに行ける気がする。
お姉様は私を嫌いだと思ったことはないと言ってくれたし、私がやってきたことを何も気にしていないようだけど、私がまだ自分を許せないから。
せめて、お姉様がくれたチャンスを、最大限に生かせたのだというところを見せたい。
そんな日が一日も早く来るよう、明日もまた頑張ろう。
会いに行く頃には、お姉様に子供が生まれてたりするのかな。
深く愛し合ってる仲良し夫婦のようだし、子だくさんになってたりして。
ふふ、楽しみ。