【ライラ視点】いつかまた(前編)
漫画一巻発売記念として、書籍二巻収録の番外編を投稿します。
カリスト叔父様に引き取られた後のライラ。45話でフローラが読んでいる手紙を書いているシーンからです。
後編の後書きに宣伝が入ります。
お姉様への手紙を書き終え、ペンを机の上に置いて伸びをする。ついでに欠伸も出た。もうすぐ日付が変わるし、さすがにそろそろ寝なきゃ。
窓の外に視線を移すと、雪がちらついていた。王都で雪が降るのはめずらしいわね。
ガーランドでお姉様に最後に会ってから、もうすぐ五か月。
あのときお姉様がくれたチャンスを生かすべく、日々猛勉強している。
手紙には、覚えることが多くて大変だけど楽しいと書いた。
だって、本当に楽しいんだもの。貴族の令嬢より商人のほうが、私には合っているみたい。
そういえば、お姉様に手紙を書くのはこれが初めてね。
一億オルドが手に入らないとわかったことでお父様もおとなしくなったし、それも含めて一度近況を報告しておきたかった。
叔父様の下で商人としての勉強をするようになって、今まで自分がどれほど贅沢をしてきたか、それだけのお金を稼ぐことがどんなに大変かを知って、自分が恥ずかしくなった。
与えられるものを当たり前のように受け取らず、もっと深く考えるべきだった。
結局、私はお父様と同じく伯爵領を継いでいい人間じゃなかった。
王都に移り住む前、家令のビクターと少し話したけど、彼はずっとシルドランのために頑張ってくれていたのよね。
伯爵令嬢だった頃はそこに思い至ることもなく、お姉様に負けたくないとかアーサー様を渡したくないとか、そんなことばかり考えていた。
お姉様にずっとコンプレックスを抱いてきたけど、そもそも勝てるとか勝てないとかの問題じゃなく、見ている世界からして違っていたのだとビクターと話していて気づいた。
私と違って、お姉様は常に領地を治める者の視点で物事を見ていたのだとわかった。
きっとお姉様なら、伯爵領を継いでも立派に領主としてやっていけたと思う。
もしそうなっていたら、その傍らにはアーサー様が立っていたのかな。
つい先日、正式に私の夫になった彼が、お姉様の夫として。
そう考えるとちょっと苦しくなる。
それでも。
私のやってきたことは間違いだったと、今ならはっきりとわかる。
◇ ◇ ◇
「どうして私のお父さんは時々しか来てくれないの? どうして一緒に暮らせないの?」とお母様に問うと、事情がある、いずれ大きなお屋敷に移ってみんなで暮らせるから、という答えが決まって返ってきた。
町はずれの小さな家でお母様と二人で暮らしていたから、大きなお屋敷ってどんなだろうと楽しみだった。
町の大人たちは私たちを見てヒソヒソ話すし、町の子たちは遊んでくれなかったけど、その日がくるのを楽しみにしていた。
十二歳になって、「その日」がやってきた。
お母様は「体が弱いって聞いてたけど思ったより早かったわね」と高笑いしていた。
お父様がどこかのお金持ちらしいことはなんとなくわかっていたけど、伯爵と知って仰天した。
そして伯爵領の南端にある町から領主の屋敷に移った時、感動した。
広い部屋に、美味しい食事。かわいいドレスや宝石まで。
その屋敷には私の一つ上のお姉様がいた。
その時はお互いの立場の違いやそこにまつわる複雑な心情を理解できず、お姫様みたいにきれいな姉ができたことがただうれしかった。
お姉様はお父様やお母様とはあまり仲が良くないのかなと思ったけど、私には優しくしてくれた。
仲良くするなとお母様から言われたけど、お姉様はきれいで優しいし、その時は何がいけないのかわからなかった。
私やお母様を見る使用人たちの視線が町の人たちと同じような感じだったけど、それもあまり気にしないようにしていた。
屋敷にきて数か月後、あの言葉を聞くまでは。
あの日、私はお姉様にせがんで二人でかくれんぼをしていた。
リネン室の大きな洗濯籠の中に隠れて、ここならきっと気づかれないはずとドキドキしていたところに、誰かが入ってきた。
もう見つかったのかと思ったけど、お姉様じゃないのは声でわかった。
そのまま隠れ続けていたら、メイド二人が「ほんとうに腹が立つ」「わかるわ」と話し始めた。
「なによあの人、ここに来たばかりの後妻なのに偉そうにして。亡くなった奥様は使用人にも優しかったわ」
「そうよね。しかもあの人、フローラお嬢様に嫌味を言ったりしてるじゃない。お嬢様がかわいそう」
お母様の話……? と不安になったけど、出ていくわけにもいかず、ただ隠れ続けた。
「旦那様もひどいわよね。あんなに美しくて優しい奥様がいらしたのに、あんな娼婦みたいな女と子供まで作ってたなんて」
「旦那様はあのライラって子を溺愛してるみたいだけど、まさかあっちが後継者になんてならないわよね? そうなったら終わりよもう」
「まさかぁ。フローラお嬢様は奥様そっくりで賢くて優しい方よ。下町育ちの妾の子じゃ相手にならないわ」
「そうよね。フローラお嬢様こそ本物の伯爵令嬢よ。品が違うもの。すべてにおいてフローラお嬢様のほうが優れてるんだから、旦那様だっていくらなんでも後継者は変えたりしないでしょ」
心臓がドキドキとうるさくて、ただ震えながら身を小さくしていた。
やがて彼女たちが出て行って、私もリネン室から出る。
廊下をふらふら歩いていると、お姉様が駆け寄ってきた。
「ライラ! どこを探しても見つけられないから心配していたのよ。顔色が悪いみたいだけど大丈夫? かくれんぼはもうやめる?」
「……きらい」
「え?」
「お姉様なんて大きらい!」
完全に八つ当たりな言葉を吐いて、その場から走り去った。
去り際に一瞬見えたお姉様の戸惑った顔は、今でも頭から離れない。
そこからずっとお姉様に対するコンプレックスを引きずった。
負けたくなくて、高位貴族の令嬢としての勉強を必死で頑張った。
でもどんなに頑張っても、お姉様は超えられない。
そもそも見た目からして違う。
せめてお母様に似ればよかったのに、と何度も思った。
似ているのはせいぜい胸の大きさくらい。背は小さいほうだし、顔立ちも明らかにお父様似。
醜くはないけど美人とも言い難い。
そんな私を褒めてくれたのは、両親以外ではアーサー様だけだった。
「ライラの目はくりくりとしていてとても愛らしいね。小さな唇もチャーミングだし、背は小さめなのに体のラインは女性的というのもとても魅惑的だ。勉強も頑張っていてえらいよ」
その言葉を言われたのは、私がまだ後継者に指名されていない頃だった。
だから、うれしかった。その言葉が私の宝物になった。
アーサー様は女性ならわりと誰でも褒める、良くも悪くもマメな男。
その褒め言葉に特別な意味はなかったのはわかっている。
それでも、自分を認めて褒めてくれるその存在に、心を奪われた。
アーサー様を手に入れたくて、彼が婚約者になったあとも彼を奪われたくなくて、お姉様への悪感情はつのっていった。
嫌味を言ったりしても動じないのが、自分との器の違いを見せつけられているようでよけいに嫌だった。
今では後悔しかない。
母親に死なれ、父親は後妻とその子供に夢中。妹にすべてを奪われ、後妻は悪意を向けてくる。
それがどれほどつらいことか、少しでも理解しようとすべきだった。
お姉様はお母様に何を言われてもいつも淡々としていたけど、そうするしかなかったのだと今ならわかる。
でも以前の私はそんなことは考えもせず、お姉様さえいなければという思いにとらわれ、自分勝手に振る舞っていた。
嫉妬とコンプレックスが、私の目をずっと曇らせていた。
馬鹿だったわ、本当に。
で、そんな嫉妬の大きな原因になっていたアーサー様はというと。
お父様が爵位を失った後、まったく予想通りの行動をとった。




