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現状打破から紡がれる異世界転生記  作者: ゆきの
第一章  転生失敗から学ぶ異世界処世術
7/9

05話 炎天の指す方へ

 静謐を敷いていた砂丘が爆発の如く噴き上がり、焦がす熱光を呑みながら漆黒の影が昇っていく。

 ―――砂()

 曲がりなりにもそんな大層な名を持つ怪物(モンスター)、サンドワームが一体。

 もう残り少ないお仲間の、その片割れ。

 

 魔鉱灯を投じ誘導した、その位置へ、サンドワームが精確な必殺の昇技を繰り出してくること、一切を承知し、先んじて、ジュリアスの俊足はすでに地面を離れていた。

 無防備に空の青を見つめる怪物よりも、さらに上空に彼がいる。

 十数メートルの間合いを読み、その距離をあらかじめ跳躍で埋め、己が光の刃先まで。

 ワーム自身が伸びてくるのをまるで待ち伏せしていたかのように、ジュリアスは光の剣を既に太陽へかざしていた。

 光が注ぐ。

 掲げられた刃が、まさしく光速に等しく振り下ろされ―――(ザン)! と、たった一閃。

 定規で引いたような金色の『線』が敵を捉えて裂いた。


「……、―――っ」


 ごぼぉっ……ごぼぼおぉっ。 と、壊れた噴水のように舞い上がる血塊を躱し、ジュリアスがワームの体表をなぞり落ちていく。

 ただの降下ではなく、斬撃のおまけ付き。

 ゼリーや豆腐に入れられる包丁のように、なんの抵抗もなく岩肌と見紛う外殻に突き立てられた陽光を纏う刃がそのまま、威力の重さを引き連れ傷口を押し広げていく。

 三体目を仕留めた光槍、地から天への切開とは逆に、天から地への断裂を拡張していく。

 皮膚を裂いて、裂いて、切り裂いて―――


 昇撃には強大な威力を擁するためか、その反面、すぐには硬直から抜け出せない。

 そんな、さして長くもない隙をつかれたサンドワームに刻まれる、大きすぎる創痍、それは誰の目から見ても、明らか致命傷になりえるものだ。

 もはやそこに聳えるのは殺意を撒き散らす塔などではなく、吹けば飛ぶようなハリボテの塊。

 上から下へ、ジッパーのように綺麗に、目を見張る速度で開いていくその傷口からは、なにかの力、張力のようなそれの働きにより派手に噴き出すことを妨げられた血と臓物がこぼれかけている―――が。


 だが、かろうじて崩れてはいない。

 まだ、崩れていないのだ。


「いけ…………、いけぇっ…………!!」


 切実。祈るように手を重ね、瞑目し頭を垂れるホーガンの姿が視界の隅に映る。


「………………」


 ―――なんだ、この感じ。

 対して、俺の頭はなぜだか変に冴えていた。

 いや……もっと、冷え冷えと、下っていっているようなこの感覚……。

 返却されたテストの結果が目も当てられない惨状だった―――かの様な、えも言われぬ恐れ、不安。

 この世界に来てからも何度か味わったそれ、訪れてからまだ数刻、幾度も突きつけられた失敗。

 がちっ、と。

 コンクリートで足元を固められたように動けなくなり、頭が真っ白になる、最悪のパターン。


 一度目は、あてもなく砂漠を歩き続けた時。

 二度目は、ジュリアスがワームの鞭に吹っ飛ばされた時。

 三度目……、三体のワームが連携し始めた時。


 連携―――そうか……っ、まだ奴()

 

 その瞬間、俺の視線が飛んだのは、己の体でも、ジュリアスの活躍でも、ホーガンでも馬でもなく、真っさらな砂だけの地平線。

 ―――どこだっ⁈ 何処から!なにが来る⁈

 逡巡、

 

 ザバアアアァァァァアアアアッ


 大地と空を震撼させ、ついに堪えきれず噴出した()()は、ジュリアスが裂いた四体目の臓物、血飛沫、…………()()()()()()

 それは急に飛び出してくる、真っ暗な空洞だった。

 最後に生残していたサンドワームが、砂丘の狭間から飛び出してきていた。

 垂直でなく、その直線には角度がついている。

 向かう先は絶対に届くはずのない天空ではなく、未だ四体目を裂き続けている、無防備にぶら下がるジュリアスだ。

 天を仰ぎ動かざる、引き裂かれた仲間もろとも食い破る勢いの奇襲。

 ジュリアスの仕草には変化がない―――気づいていない。

 

 予兆がなかった。否、気づくことができなかった。

 意識の内、警戒で先手を取って尚、その接近に。

 なんの気配もなく、いつのまにか敵の背後に回る潜水艦のように、それが迫っていく。


 時が止まった様に感じた。

 俺が取るべき行動まで、己の意思で動き出せるまで。

 巡る思考が、翔ける事実が、巨大な壁の如く塞いで、閉ざし―――何年も何光年もかかるんじゃないかと思えるほど。

 

 いちいち顧みる過去もそろそろネタが尽きてきたというのに、性懲りも無く、聞かれてもないモノローグがもう何度目か、脳裏にチラつき―――もういいよ。

 断つ。


「ジュリアスうううううぅぅぅぅぅっっっ!!!」


 叫んだ、躊躇わなかった。

 竦む一歩を蹴り飛ばし、二の足を踏み壊し―――いい加減、与えられたチャンスを活かす。

 それに光年は時間の単位でもねえっ!

 止まらない秒針に、待ってくれない瞬間に、この手を伸ばす!!


 はっ。 と、ジュリアスが顔をあげ、その視線が迫る五体目を捉える。


 ―――気づかせた。


 そう思った次の瞬間だった。

 ふわり、ジュリアスの体が浮き上がる。

 そればかりか、なんの脈絡もなく、伏線もなしに、彼の体が上昇を始めた。

 すい〜〜〜っ、と空を飛び始めたのだ。


「………………………………は?」


 身体能力が高いとか、そんな問題じゃない。

 俺は思わず、ジュリアスの頭に竹製のコプターが取り付けられていないか探した。

 それぐらい。

 そんなことをしてしまうほど、突飛な現象が起こっている。


 ……と、思ったのだが、違った。

 全然違かった。

 奇跡なんてそんな、苦し紛れの神頼みのようなものでは、断じてなかった。

 我らの剣、希望、勇者―――ジュリアス・ゴールドラッシュ。

 彼はそもそも、俺みたいな素人が容易く量れるほど、並の存在ではなかった。

 

「お―――おい、あれ……」


 信じられない。

 そう口ぶりを戦慄かせ、震える指でホーガンが指し示す。

 その先、瀕死の我が身諸共、ぶら下げたジュリアスを呑み砕かせようと聳立していた四体目の、血まみれの口際、一文字の切創によく目を凝らす…………と、そこから、光のロープが垂れているじゃないか。

 少年は、バンジージャンプの命綱のように、文字通り保険としてあらかじめ備えていた (のだろうか?)それを、素早く手繰り、上昇してみせていた。

 ―――だけだった。

 ()()と言っても、そのスピードと技量はおそらく、洗練されたプロのレンジャー隊員と同等か、それ以上。

 だからこそ、一般的で平凡な俺の目には、一瞬でも、空を自由に飛んでいるように見えたんだろう。


 少年は飛翔する。

 完璧に近い奇襲を仕掛けた五体目、その虚無の眼前に残るのは、虚しく起立を保ったまま精魂尽きたように動かない仲間―――四体目の肉体だけ。


 グヂュアアッッッ


 辺り一体に水っぽい破裂音が響く。

 囮とされた四体目の砂竜が、その肉体を上と下に寸断され、ついに崩れ落ちる。

 ゴミ屑のように、地面に打ち捨てられる。


 空を泳ぐ、最後に残された怪物(モンスター)

 サンドワームとも、砂竜とも呼称されるその生物、その最後の一体が、同胞を食い破り、貫通したその勢いをそのままに、自重に引っ張られるまま臆面もなく砂の中へと帰還を果たそうとしていた。


 その背を、彼は追おうとはしない。


 代わりに、ジュリアスの身に光が集う。

 空を蹴り、宙を舞う彼の小さな手のひらが、優しげに空間をなぞると、その端から―――剣、槍、斧、刀……

 無数の刃を模した、光を依代とする黄金の武具。

 無限に見紛う兵仗が現出し、天を覆い尽くした。

 無窮へ充満する凶器の中心で、少年は笑顔を上げ、心を叫ぶ。


「逃がさないよ―――っとぉ!」


 砂中へ回帰せんと潜航するワームへ向け、少年の異能、『恩寵(グレイス)』が振り下ろされる。

 瞬時―――葉叢のような響めきを纏って、おびただしい光刃が蝟集として射出された。


 狙い定めず、群雲のごとく乱れ舞う刃。

 その膨大な数の爆撃によってのみ、風景が顫動する。

 分散していた刃の嵐は、次第に一点にのみ集約していく―――空中に姿を晒している、サンドワームへと。

 着弾―――それは肉体を表面から崩壊させた。

 次いで、弾け飛ぶ肉と血液をも一瞬のうちに微塵に霧散させ。

 終いに、全てが光によって蒸発していく。


 ギギ――キ――――ギギキ――――――キキキギギ


 四方八方から飛来する光。

 刺し貫かれ、切り上げられ、叩き伏せられ、漏らす嗚咽も儘ならない。

 サンドワームは、その体積をすり減らしながら、宙を遊泳させられて、身悶えることもできずに―――舞う。


「はああああああああああ!!!」


 ジュリアスが初めて、迫力の宿った雄叫びを放った。

 ともなって、―――加速していく。

 景色が掻き消え、埋め尽くされる。

 ワームはもう迎撃する術を持たない。

 一縷の望み、解放される可能性に縋り、もがく―――


「うおおおおおおお! やれっ! いけえええっ!」

「そだそだ! やったれやったれぇぇぇ!!」


 俺たちは、気づけば叫びまくっていた。

 箍が外れたのか、俺とホーガンは我慢も葛藤も喪失し、狂ってしまったかのように。

 喉がちぎれんばかりに、猛り叫ぶ。


「いきゃああああ! そこ! 撃て打て射て討て伐てえええぇぇぇ!」

「ジュリアスうううぅうぅぅぅ! がんばえー!」


 びゅぃい!

 と、ホーガンによる歓喜の指笛も鳴り響いた。

 正直笑った。

 吹き出してしまった。

 熱に浮かされ、脳のタンパク質がついに、残さず茹で上がってしまったみたいだった。

 そして、その時は急に訪れた、この戦闘の結末は―――


 ―――かくんっ


 そうして、力なく脱力したのは―――ジュリアスだった。

 膝を折りかけたそのギリギリで、かろうじてまだ立ってはいる。

 ……が、おびただしい汗に混じって、鼻腔からは再度の流血が見える、目も少しうつろ…………か?


「ああ、そうだ、そうだよなぁ、ジュリアス……君は……」


 当然といえば、当然のことだった。

 馬車の中、日陰にいる俺たちですら滅入る熱に、彼はずうっと晒されている。

 それも、激しい攻防を繰り広げながらだ。

 典型的な熱中症、兼ねて、日射病。

 ついさっき、ジュリアスという少年に救い上げられるまで、俺もあの苦痛を味わっていたのだ、理解できてしまった。

 彼の小さな体、圧倒的な武力にも、限界が近い―――

 だが……、ダメなんだ…………このままじゃ。

 なぜならヤツに、砂竜に今、引導を渡すことができるのは、この地に彼しかいないのだから。


「ジュリアス―――…………うぐ」


 がんばれ、とか。 大丈夫? とか

 なにも言葉が続かなかった。

 ……本当に、これでいいのだろうか。

 すぐにでも飛び出して、抱きとめて、助けてやるべきなんじゃないか、彼がそうしてくれたように。

 俺の心はいま、どこにある……。


 光の狂飆、ワームを滅するべく顕現された暴威が、ほんの僅か、徐々に鎮まっていく瞬間が生じた。

 絶やすまい……と、ジュリアスは食いしばり、気張るような表情を晒すが、それでは足りず、遅かった。



 どぷんっ………………………………………………



 逃げおおせた。

 ワームは、砂丘へ着水した。

 切り刻まれたその容姿は、各部位のなんたるか、もはやそれがなんだったのかわからないほど挫滅してしまっていた。

 が、それでも。

 一枚皮を剥げば、全ての生き物がああ見えてしまうのではないか、そう思わせる赤黒い肉の塊が、地中へと姿を消す。

 溺れるように沈んでいき、荒れるような砂をはらんだ風の流れも、やがて完全に消えた……が。


 ――――ズズ――――――――ズズズズ


 遠く深く、聴こえてくる。

 気のせいなんかじゃなかった……、これは―――


「うそでしょおい……、なんであれで生きてんだ…………?

 どうすんだ、これ」


 そんな。

 ジュリアスがここまでやってくれたのに、あと一体、それなのに……っ。

 とどめを刺すには、足りなかったというのか。

 退けるには……、至らなかったと…………?


 ふらふらと、よろけながらもジュリアスは、目に力を―――。


「ジュリアスもういい、帰るぞ!」


 満身創痍の少年に、声を詰まらせながらもホーガンが叫んだ。


「あれだけぶつけてやったんだ、奴ぁ今頃、おれらの下、この足で踏み潰せる地中の奥でくたばってるぜ! 違えねえ!」


 ぐるりと俺に振り返り、ホーガンは叫ぶ。


「もういいだろう⁈ なあ? あれだけやったんだ、そうだろう?」


 一度はジュリアスを置いて逃げようとまで宣った、そんなホーガンの縋るような震えた声が、荷台にこだましている。


 ……確かに。

 俺は確かにこの口で吐いた、ここで戦うべきだと、そう言ってホーガンを引き留めた、自分たちを、ひいては、まだ見ぬ街の人々を守るためだと、だが―――もう、いいんじゃないだろうか。


 そうだ…………そうだ! その通りだ。

 もう逃げよう、十分だろ。

 万全のサンドワーム五体が、ついには瀕死の一体へ。

 うん、もういい、遥かに、脅威度的にはだいぶ下がった、これなら街も平気になったはずだ。

 結果的には取り逃した形になるが、それでも、肉体組織の大半は削りとっている。

 武器である触手も、再起不能なほど切り刻まれているのだ。

 あれだけ傷付いたらもう長くない、手負いなどという中途半端な状態じゃない、コテンパンにやっつけた。

 やつは程なくして地中で絶命してくれる。

 はずだ。

 万が一、最後の一体である奴が生きながらえたとして、ジュリアス含め、俺たちにはなんの責任もない、違うか?

 いいや! 違くないね!

 例えるなら、ピクニック中に襲いかかってきた凶暴なクマさんをぶん殴って森にバイバイしただけ、俺たちはあふれる知性で臨機応変に自衛しただけであって、その後なんて知らないっての!

 そうだろ?

 次通る人たち、あとはおまえらで頑張って逃げろ。

 俺たちはできること全部やった!

 もう大丈夫だ。

 きっとそうに違いない。

 そうじゃなきゃおかしい。

 

 見ず知らずの、通るかも知らない通行人のことなんか、もはやどうでもいい―――とまでは言わずとも。

 今はただ、ジュリアスが生きて帰ってくれたらもう、それだけでいい。

 それだけでいいんだ。


 ホーガンにつられてガクガクと、肯定を示すため、俺も大袈裟に首を上下に振り乱し、佇むジュリアスへエールを送るのだが。


「…………………………うふふ」


 含みの込められた微笑みでのみ返すジュリアス。

 瞳は、果てない砂漠へと、未だ向けられている。

 それが意味するものは…………。


「……? …………あ? 

 ―――あ〝⁈

 おい、まさかっ……まだかっ⁈ まだなのか?

 まだ満足できねぇってのか?

 ……ったく。 あいつは……ほんっとに、はあ⁈

 なんっなんだよぉっ!!」


 切羽詰まった眼光が、程なく諦めたような伏し目に変わり、それからホーガンは動き出す。

 御者台へ戻るでもなく、魔鉱灯を選別するでもなく。

 ドカッ、と座り込み、あくまで観戦の姿勢。

 だあ……、と浅く息を吐き出し。

 な?

 と、疲れきった表情でホーガンはぼやく。


「あいつはこういう奴なんだよ、まったく呆れっちまうよなあ。

 まあでも、あーいうどーしようもねえところが気に入っちまってるんだよなあ……、そうなんだよなあ」


 えーと―――続行するらしい。


「ええ……冗談でしょ。 まだやる気なの?」


 そんなふうに、俺も呆れながら、しかし感心してしまう。


 ストイック、という表現が、この場合当てはまるのだろうか。

 それとも、戦いをこよなく楽しむ、愛している的な、戦闘民族のような性分さがでもあるの?

 ちょうど髪も金色だし。

 戦闘狂とか、バトルジャンキーと呼ぶには、あまりにも彼は可愛らしい。

 けれど、正しく純粋な少年、といった印象は、ジュリアスの本質とは少し齟齬があるのかも知れなかった。


 改めて見ると、口実にしていた世のため人のため、みたいな大義も、蒸気しほろけた彼の表情からは、もうだいぶ読み取れなくなってきている気がする。

 守りたい。

 と言った、あの言葉が嘘や偽りだなんてことは、ジュリアスに限ってないとは思う、実際に命を救われ、今も生きているうちの一人が、俺であるわけだし。

 

 ああ―――そうか。

 彼は彼で、怪物モンスターたるサンドワームを凌駕する、なにか逸脱した、言葉を選ばなければ、イカれているというか、ネジが飛んでるような部分があるのか。


 何かを救い、守りたい。

 そんな優しさをもちながら。

 自分を試し、限界を越え、強い相手と戦いわずにはいられない。


 それが、ジュリアス・ゴールドラッシュ。

 初めて出逢えた、異世界人。

 憧れていた、波瀾万丈な世界と、主人公。


 そう、俺は今なんというか―――ヒヨコの気分を味わっていた。

 ああ、いや、これじゃ意味わかんないな。

 つまり、生まれたての俺が、最初に見た景色。

 砂と、空と、少年と、サンドワーム。

 今日の、この絶望と歓喜が、これからの俺の普遍になる、なってしまう。

 生まれたてのヒヨコが、最初に目に入ったものを母親だと認めるように。

 いいのか? こんなすごいことを、普通にしてしまって。

 今この瞬間がピークだったりしないか?

 耐えられるだろうか、このジェットコースターのような日々に。

 ぴよぴよ、チチチと―――俺も追いつけるだろうか。


 そんな、どうでもいい、あたりまえのことを。

 あたりまえにしていかなければならないことを。

 滔々と考え込んでいるうちに―――それはやってきた。

 

 カタカタカタ………………、と微細な振動が砂漠を揺らす。

 荷台の床、細かく砕け散った木片や魔鉱灯のガラス片が奇妙に流れ、幾何学な模様が生まれては、掻き消え、また生まれる。


 ―――サンドワームが、ジュリアスの元へ迫っている。


 ハッと目を見開き、


「…………っ。 来るぞ、ジュリアス!」


 端的に、しかし確実なことをホーガンが張り上げる。


「………………(コクリ)」


 静かに頷き、瞑想するようにジュリアスは待つ。

 すー、すー……。

 そんな吐息が聞こえそうな程に、居眠りでもしているかのような、極度の脱力。

 振動に揺らされ、緩やかな風にそよぐ柳のように。



 ズ―――ズズ……――――――――ズ――――



 揺れが、死にかけているはずのサンドワームの気配が、近づいてきている。

 確実に奴はまだ生きていて。

 諦めていなくて。

 殺そうと動いていて―――すぐそこにいる。

 たしかな経過。

 こんな異常事態に不思議と慣れ始め、いつしか、落ち着いていた俺の心臓の鼓動が再度、追いていく勢いで加速していく。


「来るなあ……」

「ええ、来ますね」


 互いに、静かに言葉を交わしてから、腰を折る。

 視線と姿勢を床まで落とし、探す、この荷台の何処かに転がる魔鉱灯を。

 積荷の山は、数度、ミキサーよろしくかき混ぜられたおかげでとうに原型を失っていた。

 いくら探しても見当たらない、先の数個をポンと見つけ出せたのはどうやらまぐれだったらしく、

 なぜかこの一個、最後の一個となるそれが、どこにも見当たらない。

 既に割れて粉々になっているものがほとんど……。

 ホーガンの額に、流血を堰き止めるほどの脂汗が浮かぶ。

 ああ、今更ながら……、同情してしまう。

 命と、一台分の積荷、どちらが大切かだなんて、俺にはわからない。

 綺麗なことを言い切る事は簡単だし、当然、ホーガンの答えは決まっているとしても。

 当事者からしたらたまったもんじゃないだろう。

 逃げたくなるのも、今となっては頷ける気がする。

 こうして必死こいて探している、もう残っているかもわからない、無事に無傷な魔鉱灯も結局は、ぶん投げて叩き壊すことになるのだから、ホーガンの心境、落胆なんて、俺には計り知れない。

 生きるためにはしかたがないことだ、そう、奥歯を噛んで探すが。

 だがしかし、そんな見切りをつけたところで―――見つからない。


 見廻し、破片を蹴り砕き転がして、探し続ける。

 バキッ―――木箱が大破。 

 バリッ―――硝子を踏み抜く、素足。

 半ばヤケクソ気味で、損得や後のことも抜きにして、探す。

 痛みに裸足を切り刻まれながらも、探す―――だが。


「…………無い! 無いっ⁈ だ、だめだっ、時間がないです!

 もう妥協しましょう! これ! このへんの木片でもいいでしょ! もうこれで!」

 

 絶叫に近い俺の懇願に、ホーガンが苦虫を噛み殺したような渋い顔をする。


「無いものは無いでしょう⁈ 急がないとジュリアスが!」

「ぐっ……く…………、ああ、くそがあっ!」

 

 もう何度目か、ホーガンはそう口汚く叫んでから、回れ右して御者台へ向かい……、すぐに戻ってきた。

 手には、新品かと思わせるほど、それなりの美品、綺麗な魔鉱灯が握られていた。

 そうか、商品としての積荷ではなく、私物の、御者台に吊り下げられていた現役の魔道具を引きちぎってきたのか。


「現状、ここに唯一残ってるまともなブツがこいつだろう。

 これがほんとに最後の一個だ!

 しょうがねえっ! こうなったら全部くれてやるか! 

 おまえら、無事に帰れたら全員で揃って役所に行くぞ! 

 いいな? 三人並んで仲良く泣き叫んでワケ話すんだ! 

 積荷の破損は本来実費だが、こんな状況だ、上手くいけば小銭ぐらいは恵んでくれるかもしれねえなあ!」


 空元気すぎる、そうして痛々しく叫ぶホーガンの姿に、俺は涙を禁じ得なかった。

 本当に胸が締め付けられるようで、一銭でも持っていたなら全部差し出してやりたいほどだ。

 そんなホーガンに、一文無しの俺は必死に絞り出して、


「ええ、是非やりましょう、とっておきだしますよ。

 俺の地元でそれをやると、まあほぼ、確実に相手がお願いを聞いてくれる。

 ほんとうにどうしようもなくなった時だけ、使用を許される、いわゆる最終奥義的必殺の構え―――土下座っていうものがあるんですけど……、お見せしますよ」

「ああ! いいなあ!! 三人揃ってそのドゲザってやつ、やろうや!

 それで今日のことぜんぶチャラにしようぜえ!」


 ギャハハ! と、壊れたように笑って見せるホーガン。

 やべーな。

 軽く言っちゃったけど……どうしよう。

 その場面を想像してみると、シュールすぎる。

 ともあれ、だ。


「おぉっしゃ、これが正真正銘最後だ! 

 終わらせようぜえジュリアス!

 帰ったらなんでも奢ってやるよお! なんでもだ!」

「いいっすねえ! 俺も! 俺もついていっていいですかあ⁈」

「―――ったりめえだろうが! そのためにもだ!

 しっかり頼んだぜユウスケ!

 それ最後なんだからな⁈

 失敗しやがったらぶち殺してやるからなあっ!!」


 力強く頷き、構える。

 とてもじゃないが綺麗とは言えない、投球フォーム。

 いつでもいける………………!

 ジュリアス、あと一振りだけでいい、一緒に終わらせるんだ、こんな戦いは。

 そして始まるんだ、この世界での日々を。

 


 ズズ――ズズ……ズズズズ――――

         ズズズズズズ――――――

 ズズズズズズ――ズズ………………ズズズズ

     ズズ――ズズズズズズズズズズズズズズズ



 どよめき渡る振動が大きくなる。

 よし、投げるぞ―――狙う。

 ぐぐぐぅ…………っと―――腕をそらして。



 ズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズズ――



「え……………………あれ?」


 なんだ、なんだろう。

 ジュリアスへ向かうサンドワームが。

 地中を這いずる砂竜が―――なにか。

 気のせいか、感覚が違う。

 もう幾度か体験したからか、わかってしまう。

 身体に伝わる感触が、なんだかやけに―――重い。

 体の芯に直接響くような揺れが…………さらに大きくなる、あれ? 大きすぎない?

 これはまるで、そう、震源の真上にいるような……


 ―――あっ


 違う、何言ってんだ、そりゃ……こうなるだろ。

 なんのために、囮を使ってきたんだ?

 感覚が鈍く、そんで脳みその少ない、奴らワームを誘き寄せるためだろうが―――振動と大きな音、二つを利用することで、だ。


 どうしてジュリアスは静かに待ってるんだ?

 囮である音の爆弾、魔鉱灯の効果を活かすため……ってことでやってきたんじゃないのか? 

 どれもこれも、さっきまで出来てたことじゃないか!

 それをなんで俺たちは、急に当たり前みたいに喋り出して。

 あまつさえぎゃいぎゃい騒いじゃってんだ⁈

 バカなのか⁈ ああバカだ! くそバカだ!!

 言い訳も弁明もしようがない、完全な自業自得。


「うっ―――わっ……」

 

 最後の最後。

 サンドワームが狙いを定めたのは―――俺たち。


「―――ぃやべっ……ぁ」


 逃げるために使うべきだった一拍の絶望、その数瞬の猶予。

 文字通り、命運を分けることになっただろうその貴重な時間を、か細くうめき声をあげることに使い切ってから俺は、視線のみでホーガンを見た。

 

 子供のように目を輝かせはしゃいでいたその顔面が、蝋人形のごとく、蒼白のものとなっている。

 多分俺も、全くおんなじ顔をしているのだろう。


 …………………………。


 ああ、この感覚を知っている。この、時間が永遠に等しく引き伸ばされていくような、目一杯の不快感。

 思い出すのは、虚しく空を切った己の手のひらごしに見た、吹き抜けるような青空。

 どこまでも落ちていく…………、なにもかもが溶け出していく。

 ……くそ、やっぱり俺ってどうしてもマヌケに死ぬ運命なのかな。



 ――――――――――ッッッ!!!


 

 ごぼぉっ、と。

 体中の何もかもを無理やり引き摺り出され、代わりの何かを無理やり突っ込まれたような衝撃が走った。

 重力がひっくり返ったのかと錯覚する違和感、その直後―――景色自体が抜け落ち、宙に浮く。

 背中から天井に叩きつけられ、バウンドしてから、顔面で床へと墜落―――そして、



 ガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリ

 ゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリ



 床板一枚挟んだすぐ直下で、鈍色螺旋の回転が馬車を削っている。

 瀕死なせいか知らないが、馬車を一撃で大破させるには至らなかったようだ。

 ただそれでも……、淡々、着々、むしゃむしゃと。

 剥き出しの微細動が、荷馬車を掻きむしっている。


「ぐぅっ――ううぅぅぅううぉっ――――うぅ……っっ……」


 息、息が、上手くできない。

 力が入らない……、立てないっ!


 即死で済んだら良い方だと、俺は言った。

 その通りだった。

 即死を免れたというこのどうしようもない事実は、ことこの戦場において、やっぱり、最も不幸なことだった。

 寿命が数秒伸びる代償に、痛苦を味わい続ける。

 切り刻まれる痛みという、これから堪能しなければならない地獄に向かって。

 覚悟をするための時間が過ぎていく。

 

 ――ああ――ダメだ――――――死ぬわこれ。


 ふと意識的に、荷台の外、砂漠の景色へ視線を向けた。

 覚めた感覚でワームの攻撃を受け止めながら、それでもしっかりと、首を回して、見た。


 ―――あ、ジュリアス。


 当たり前みたいに、いてくれた。 すぐそこに。

 砂漠に立っている。

 意思に先行して肉体がもう諦めてしまったからか、モザイクがかけられたように視界がぼやけているせいで、その表情までは俺の瞳に映せないが……でも、生きてくれている。

 それがわかった。


 ああ……よかった。 助けることは、ちゃんとできたんだ。

 力になること、囮になること、君のためになることを。

 俺は、進むことができたんだな……。

 本当に……よかった。

 ありがとう、ジュリアス・ゴールドラッシュ。


 素直に、そんなふうに思える。

 誰かに誇れる自分が、涼悠介が、確かにここにいる。

 そのことが、泣きたいぐらいに嬉しかった。

 サンドワームの恐怖なんて、霞んでしまうくらいだ。



 ―――恐怖に晒されながら、いったいどんな精神力があれば、それでも他人のために戦い続けられるのだろう。



 そうか……、こんな気持ちなんだな―――主人公ってのは。

 やっぱり夢見ていたとおり、いい気分だ。


「――――――ぐ……」


 ゆっくり瞳を閉じた。 悔いはなかった。

 拳も突き上げたかったが、そんな時間すらも、もう残されてないだろう。

 異世界よさらば…………っ!



ガリガリ! ガリガリガリガリ!

     ゴリゴリ! ゴリゴリゴリゴリ!

 ―――一秒経ち。


 ガリ! ガリガリ!

     ザリ! ザリザリ!

 ―――三秒経ち。


 ガリ……! ガリガリ……!

     グシャ……。 

   バキ…………メキ………………。

 ―――五秒が経過した。


 …………あ……れ?

 まだ……、生きている…………。

 なんで………………?


 未練もなにもない、化けて出る余地のかけらも残さず、安らかに逝き―――フワフワと再会?

 するはずだったのに。

 そんな間際、視界が光に溢れだした、そんな気がして。

 目を開けた。

 再び相見えることを許された世界。

 ―――なにが起きてるの?

 

「……ふんっ…………ぬぎいいぃぃぃぃいい!!」


 少年は、変わらずそこにいた。

 それでもって、何やら踏ん張って、全力で力んでいるような―――というか、それそのものな咆哮をあげている。


 え……。 なにしてるんだろう。


 ジュリアスのことなら一挙手一投足、頭の先から足の爪先まで、全部を肯定する自信がある俺の目から見ても、そう困惑してしまうぐらい今の彼は、かなり奇妙な格好をしていた。

 

 へっぴり腰。

 良く表現するなら、自然の法則に逆らっているレベルの空気椅子をしているように、俺には見えている。

 言うなれば、「おおきなかぶ」から「おおきなかぶ」を抜いたようなもので、つまりはありえない姿勢を、何もない場所で維持しているのだ。

 超異次元レベルのパントマイムと捉えたとしても、いや、なんだかそれでも足りないくらい、神がかっていた。

 あんぐり口を開ける俺を追い抜いて、やはりここは付き合いの差なのか、その答えに、ホーガンが先に辿り着いたようで―――


「おいあれだっ、見ろ! またロープだぜっ……おい!」


 と言った。

 そのヒントを貰い、僅差で俺も、ホーガンと同じ景色にピントが合う。

 ほんとだ、確かに、彼の手を発端とした光のロープが目視できた。

 と言っても、さっき見たようなシンプルなただの一本ではなくて、複雑に編み込まれた幾重に渡る格子状のそれは、まあ簡単に表現するなら、網。

 という一言に尽きる。

 単純明快なその道具を用い、ジュリアスがやっていることが、とんでもなく想像の斜め上、異常であるのだろう。

 馬車を挟んだ俺たちの真下、地中にいるワームを、光の網に捕らえて引っ張っているのだ。

 つまりはそういうことだった。


 綱引きをする要領で、それも、ちびっこ運動会の綱引きで見るようなかんじなんかじゃなく、ガチの競技シーンとしての綱引きで見られる綺麗なフォーム。

 前傾姿勢の逆だから、後傾姿勢とでも呼べばいいのかな……。


 ガリガリ、ゴリゴリ。

 ワームがたてる破壊音が、俺たちの直下から徐々に横へ、床板に沿ってスライドしていく。

 ジュリアスの方面へ、じりじりと少しずつ、だが確実に逸れていく。

 そうして―――


「ふぅんっりゃああああぁぁぁぁっっっっ!」


 気合いの一喝に合わせ、ジュリアスが網を引き上げる。

 地中のヤツはついに地上に剥き出しになり、引っ張り出され、それでも尚上昇を続け、砂の竜は光の網に絡め取られながら、空へと舞い上がる。

 遂にジュリアスがその腕力のみで成したのは、活きがいいサンドワームの一本釣り。

 無防備に空を泳ぐその姿を睨み―――すぐさま少年は大地を蹴った。


 ワームの巨体が描く曲線に、ジュリアスの視線が交差する。

 幾度にして、最後の発現、彼が呼び出したのは、はじまりの武器―――ショートソード!

 

「うおおおおっ!」


 咆哮と共に一閃―――光剣が舞う。

 ズシャ! と巨大な肉体に一直線の亀裂が走り、その全身が左右別々にズレていく。

 綺麗にその怪物(モンスター)は真っ二つにされ、地に落ち、もう動かない。

 硬い地面に叩きつけられた水風船のように、ドス黒い巨躯が弾け散る。

 あらゆる熱によるためか、亡骸からはもうもうと蒸気が噴き上がり……しばらく。

 砂漠に、本当の意味での静寂が、平穏が訪れる。


 サンドワームはついに、ジュリアスの手で砂漠に散った。


「すげえ……、ほんとに、倒しちゃったよ……」

 

 五体の砂竜、サンドワームの全てを、その手で屠った彼。

 撫でるように吹き抜ける熱風に金色の髪を靡かせ、少年が立つ。

 今か、今か! 

 と、その一言を待ち侘びる俺とホーガンへ、拳を突き出した彼は、


「ボクたちの、勝利だ……っ!」


 そう高らかに宣言して、にへへと笑った。

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