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01話 涼悠介

 そうだ…………思い出した。

 あのなんてことない朝のこと。

 いや昼か、昼過ぎだったな。

 いつものように少し落ち込んで、ちょっとしたことで元気が出て、気がついたら日が暮れていて、目を覚ましたら朝がきて、それを繰り返す日常があった。

 あの日もそうして過ぎていくはずだった。

 そんな毎日が、終わってしまったと……。


「あ、あ、ああああああああああ!!! ああ…………そうだ、俺、落ちてそっから……そうか」


 狼狽し後頭部を抱える俺に、沈痛な面持ちで気遣うように女神様が言う。


「記憶が戻ったみたいだね」

「たはは……、笑えますよね、こんなの」

「笑わないよ」

「…………あの。一個だけ確認していいですか?」

「うん、なに?」

「俺はあの時、自分から足を滑らせたんですよね? それは、その……、つまり……、あれは運悪く俺自身の不注意で起こった事故であって、あなた様が仕組んだことではない…………ですよね?」


 心配そうな表情の彼女に、俺は咄嗟に思い浮かんだことを、ほんとうに碌な反芻もせずに投げかけてしまった。

 あれ…………。

 この質問って、して良かったんだろうか。

 場合によっては詰みなのでは?

 そんな刹那的な逡巡に反して、フワフワは不安げな表情を崩さなかった。

 高笑いをあげ、正体をあらわす!

 なんてことにはならず、それどころか、しゅんと肩を落として彼女は静かに声を絞り出す、


「あはは、そうだよね」


 ―――と、それだけ。

 頬を引き攣らせる俺の表情を見て、錯乱し、恐怖している、とでも感じ取ったのだろう。

 深い悲しみと、自嘲を込めて女神は言う。


「私にはそんなこと、いや、神などという存在に限らず、誰にも、命の行く末を強引に捻じ曲げることはできないし、してはいけないことだと思う。 

 …………ああ……………………してはいけないんだよ。

 そうか……、でも、そう…………」

「ああ、いや、ごめんなさい。ただ、あんな恥ずかしくあっけない死に方をしたなんて認めたくなくて……、その、はい……」


 フワフワの顔を直視できない。

 軽率な発言が、この一瞬で彼女を深く傷つけたことは、想像に難くなかった。


 なにが…………。

 なにが神様のせいだ、なにが運が悪かっただ。

 なにもかも、自分のせいでしかなかっただろうが!

 掃除してなかったのも、現実から目を背けるために漠然とした将来を不安がるフリしてたのも―――ひっくるめて全部。

 すずみ 悠介ゆうすけって名前の、俺自身のことだったじゃないか……っ。


 情けなく紅潮するこの表情を隠すように俯き、握り拳を眺めることに徹する俺に、優しく呼びかけ女神は唱える。

 

「一つの命の終わりに、心からのお悔やみを」


 それから左右に指を振り、何か模様のようなものを空中になぞるような仕草をし、それから満足したように微笑むと、続けて言った。


「君とこのままお話しするのも楽しそうだけど、状況の理解の方も進めていかなきゃね」


 照れたようにはにかみ、足を組み直す女神、フワフワ。

 そんな彼女のことを、俺は信じるてみることにした。

 相手が神だから? 

 顔がいいから?

 心を読めることがわかってるから?

 全部そうだよ。

 単純だなんて自分でだってわかってる。

 味方かどうかはわからないが、そんなことをいちいち疑ったところで、俺がこの場でどうこうできる術はない。

 さっきからなんかないかなと気張ってはいるが、胃腸のあたりがちょっとむずいだけ。

 どうやら俺は、自分が思った以上に無力らしい。


「へへへ、何から話そっかな〜」


 呟き、忙しなく手わすらしている謎の美女。


 この一瞬が嘘だったとしても、それでいい。

 これにだったら騙されてもいいのではないか。

 なんとなく、そう思えた。



――



「少し仲が深まったところで、さ。

 話題を戻したいんだけど大丈夫かな? ついてこれるかな?」

「うん、いいっすよ、じゃんじゃんいきましょっか」

「お、おう。そうか、じゃんじゃんか、いいねいいね、元気だね」


 俺が見せる感情の起伏具合に少々面食らったように目を丸くするフワフワ。

 自分というものを思い出したところで幾分か調子が戻ったから、努めて冷静に会話を続けようとは思ってるんだけど、いかんせん興奮して、若干の前のめり。

 戻るどころか乗り始めている。

 ウキウキの、ワクワクである。


 正直、実感は未だ追いついていないけれど、理解はできた。

 俺は死んでここに来ている―――ということを。

 ただでさえ手ぶら同然だったなにもかもが、本当の意味で全部失われてしまった。

 あの鈍い痛みを、コンクリートの冷たさを、血が、命が……失われていく感覚を、全部思い出してしまったから。

 自分が死んでしまったことも、もう……会えないかもしれないことも。

 そんなことまで、理解できてしまっていた。


 もうこれ以上失うものがない、つまりは『無敵』……だと少しアレだから、ここはそうだな、『無の人』にでもなろうか。

 そんな涼悠介が、だ。

 今なんと『どうやら女神に「異世界へ行ってくれないか?」と提案されている』まっ最中なのだ。


 自重しようとは思うけど、それは半ば諦めた。

 だって、しょうがないだろう。

 なんかおもしれーことおきねーかなー、なんて、妄想を膨らませたことが無いと言えばそれは嘘になる。

 こんな状況がいつか来ないか、そんな子供みたいな夢をみたことなんて俺にはない!

 ―――などと偽ってしまえば、それは自分自身を裏切ることになる。

 だからこの高揚は、しょうがないことなのだ。

 故に、少しアがってる感は否めない。

 バカにされるのが当然の、鼻で笑われるのが流行りの。

 言ってしまえば―――妄想、夢。

 それがいまこうして目の前に、手の届くところにあるのだから。


 元々なにもなかった俺が、全部無くしてしまったんだ、ならばせめて差し出された全てを、快く受け取った方がいいに違いない。

 それがどんなに非現実的なことだったとしても、少しでも楽しそうな方向に進めれば、それに越したことはない……と、思うんだ。

 夢なら、どうせすぐに終わって。そして、忘れてしまうのだろうから……。


 そんな複雑な内心をまた読んでか読まずか、フワフワは言う。


「君がこれからいく異世界、どんな場所だと思う?」

「異世界……って一言で言っても、そりゃまあ色々ありますから」

「ん? あーそうか。君がいた世界は、特に創話というジャンルにおいて、多種多様なアイデアに富んでいる場所だったね、色々なお話が存在するって素敵だよね」

「はい…………、そうですね」


 好きな作品たちを思い出しながらだったため、意図せず素っ気ない受け答えをしつつ、会話が進んでいく。

 異世界。

 なんとなくで憧れるぐらいに知識はあった。

 ゲームに、漫画に、小説に、様々な世界が思い描かれていた。


「じゃあさ、悠介はどんな世界が好き?」

「一番好き、というより、憧れているものでいくと……」


 やっぱり、と一言前置きし。


「剣とか魔法のファンタジー……ですかね」


 胸の高鳴りを隠さず、震える声でそう答えた。

 拭いきれない気恥ずかしさに負い目を少々、それでもおそらく子供みたいにキラキラした目で見つめてるだろう俺に、ニコッと微笑みフワフワは、


「うん、君がこれから行く世界は、まあ一部…………いや概ね、その認識で間違いはないかもね」

「おお……」


 無意識に、息が漏れる。

 背筋を震えが駆け巡り、その衝撃はすぐに手足へと波及した。

 剣と魔法、そんな世界に行けるって?

 え? ほんとに?

 今更になって目を白黒させる俺に、フワフワは変わらぬ笑顔を向けて、


「じゃあ、少しづつ準備を始めていこう」


 おもむろに空中を指でなぞり始める。

 ついさっき、俺の死を悼んでくれた時とほとんど所作は似ていたが、もたらす効果はまるで違った。

 なぞられた先から粉塵のような奇妙な光が巻き起こり、俺の足元を中心に空間そのものを包み込むように広がっていく。

 やがてそれら粒子は結合し合い、大きさや見ための異なる文字のような羅列に変わりながら、尚も緩やかに展開し始める。


「お、おお! うおおおおおおおお⁈」

「落ち着いて、大丈夫だから、ゆっくり一つずつ進めていこう」


 そんな声でも抑えにならず、今まで座っていたパイプ椅子を派手に倒しながら、俺は足を震わせ立ち上がった。

 忙しなく形を変形させ、蠢くように足元を漂う光の束たち、その流動に触れられないかと手を伸ばし、微かに肌に感じる熱に、全身が総毛立つ。

 恥ずかしげもなくはしゃぎまくる俺に、優しい口調で、手を動かしながらフワフワが言う。


「大丈夫だよ、必ずうまくいくからね、まずは君の名前を教えて」

「す、涼。 涼悠介です」


 もうすでに教えたことをなぜ聞くのか、そんな無粋なことをいちいち問いただそうとは思わなかった。

 彼女は必要だからやっている、俺はただ誠心誠意フワフワに応えればいい。


 するとどうやらその判断が合っていたのか、周囲を囲む粒子の勢いが増し、乱雑だった文字列がはっきりと、正確に足元を敷き詰め始めた。

 なんだかどんどん力が漲っている感じだ。

 

「では簡単な出身、それと年齢を」

「地球の日本、十八歳」


 答えた矢先。

 ごうぅっ、と勢いよく風のような何か、とにかく体験したことないような力が収束していくのがわかった。

 なにか特殊なエネルギーが、確かにこの空間を満たしている。

 体が浮き上がるんじゃないかと不安になるぐらいの勢いで、眼下の文字列が輝きを発し始めた。

 

 これは魔法陣だ。

 直感的にそう断定する。

 え……? うわ、これマジじゃん……。

 本当にこれから行くんだ、異世界に。

 これはちょっと、ワクワクどころじゃないかもしれない。

 そして立て続けに、フワフワが問う。


「じゃあ次、血液型と職業を、これも簡単でいいよ」

「AB型、高校生です」


 言うや否や、眩くエネルギーを放っていた魔法陣が少し勢いを失い、奇妙な文字の動きもゆっくり落ち着いたものに変化した。

 さっきまでの迫力に若干気圧されていた俺は、ほっと胸を撫で下ろす。

 だが逆にその光景を見て、フワフワはおや? と小首をかしげた、それから一瞬間を置くと一人得心したように頷き、申し訳なさそうに片目を瞑って言った。


「ごめん悠介、出来るだけ情報は正確だとありがたいな、その方が早くて確実にことが進むからね」


 正直に…………って言われても。

 俺が何か、事実とは異なることを答えてしまった……ってこと?

 こんな基本的な情報、間違えようがないんだけどな。

 もちろん偽ってもいない。

 そう思って悩んでみる……と、案外すぐに答えには辿り着けた。


「あ……、ああそうか、もう高校は卒業してんだった、ごめんなさい間違えました、大学生です」


 すぐさま、しゅん……とさらに勢いがなくなる魔法陣。

 あれ?


「あ! そうだそうだ大学の入学式もまだでした、大学生でもないですね、これは失敬。 

 じゃあえーと……何になるんだ? 春休み中の……学生? 大学内定者?」


 しぅ。

 そんな情けない音をたてて、線香花火の最後のように輝きを無くす魔法陣。

 なんとも言えないフワフワの生暖かい視線が突き刺さる。

 おい、なんだこれは。


「あの、悠介……」

「ちょっと待って! 今考えるから!」


 敬語も忘れて叫んだその時、ふと思い出した。

 前世のあの瞬間、窓枠から落下するあの結末。

 そこに至るまでの寝起きの自分。

 それらがすべて、一瞬のうちにフラッシュバックする。


「じ、自宅警備員……」


 魔法陣はうんともすんとも反応しない。

 あんなにすごい勢いで舞っていた光の粒子も文字のカケラも、今や降り積もった埃のように散っていた。

 奇しくもその眺めは、俺の部屋の床そっくりに見える。


「家事、手伝い」


 せめてもの抵抗だった。

 というかこれも嘘ではないしな。

 皿洗いとかしてたし、ちゃんとな。

 風呂洗いも洗濯もしてましたよ!

 されど魔法陣には何も変化がない。


「あーもう分かりましたよニートですニート、これでいいですか」


 ごうぅっ‼︎

 途端に空間そのものの質量が膨れ上がったかのように衝撃が走り、輝きを取り戻した魔法陣は舞い上がる光塵を取り込むようにさらに大きく、広く、俺の足元を覆っていく。


「おい」


 ごうぅっ‼︎ じゃねえよバカにしてんのか。

 魔法陣が人をバカにするのか。

 脇腹を抑えながら悶絶しているフワフワを無視して魔法陣をタンタンと踏みつけてみるが、特に効果はないみたいだった。


 いや、そりゃ自覚はあったけどさ。

 でもここまでされる覚えはねぇよ!

 神秘のエネルギーは本物を見抜くってか。

 しゃらくせえ。


 文字列の並びはさらに完成へと近づいたようで、足元はすでに光と模様に覆われている。


「それで、いつまで笑ってんですかあんたは、そんなに面白いですか」

「ぐくくっ、ふっ……、いやごめん、なんかツボに入っちゃってさ、ふふっ、あはははは」

「今の流れ、まさか魔法陣とか関係なくあんたが俺を揶揄うためにやったなんてことないよな?」

「え⁈ いやいやそんなことないよ、心外だなぁ」


 ほんの数瞬、ギクッと表情が固まったのを俺は見逃さなかった。

 どうやら図星だったらしい。


「大体、俺まだ了承してませんよね、異世界とやらに行くこと。なんで勝手に魔法陣発動させてんですか」

「行きたくないの⁈」


 この反応は予想外だったのか、魔法陣を操る手が止まるフワフワ。


「まだ行きたいとは言ってない」

「質問に答えてくれたのは同意と捉えても問題なかったと判断したんだよ」

「……あ? なんて?」

「ここまできて、来てくれて! まさか嫌だなんて⁈」

「だから、嫌だとは言ってないって、気が変わりそうって話よ」

「まあまあ、そうは言ってもさ! 正直ワクワクしてるんじゃない? 異世界に行くこと、行けることにさ。 

 あの世界での君の一生は終わってしまったわけで、つまりは、楽しくなったかもしれない未来ももうありはしない。 

 だからその……、うんと、んー…………。

 これから君が行く世界はそんなに悪いところじゃないよ、私が保証する!」


 なんか急にテキトーだなこいつ。


「戻ることはできないのか? 異世界じゃなくて、元の世界に戻ること」

「できなくはないけど……、いいのかい? また最初からだよ? 人間か、動物か、虫か、それとも植物か。 

 何かに生まれ変わるだけだよ?」

「それは……」

「それならいっそのこと、君の人生の続きを、これからを、新しい世界ではじめてみない?」


 ほんの一瞬、俺の()()()()と、そして()()()()にも、そんなものにたいして価値なんてないんじゃないか、そう思えたが、でも。

 異世界で、やりたいことか……。


 異世界というくらいだ、きっと俺にも想像がつかないぐらいの未知のなにかが待っているに違いないのでは?

 そこでなら、何か、成すことができるだろうか、自分のことだけじゃなく、誰かの役に立つことでも。

 いや、既知の場所でもくっちゃねだったのに、未知なんてそりゃもっと酷いことになるのでは?


 いろんなものが瞬時によぎる……だが、それでも。

 燻って、腐って、ベッドを湿らせていたあの日々よりも少しはマシなことが、俺にもできるかもしれない。

 そう思うと、無意識に拳を握っていた。

 心はもう、決まっている。

 実際は、この空間がなんであるかを察した時既に、腹は決めていたのかもしれない。


「決心はついたかい?」

「ああ、まあ……ここで『はい、終わり』ってのもなんだか癪ですしね、もうちょっとだけ、俺にできるところまで、やりたいところまで、足掻かせてもらいますよ」

 

 そうだそうだ……、ポジティブに考えよう。

 ボーナスステージだとでも思っておけば良いんだ、それで良いんだ。

 ほんのり自嘲気味に呟く俺に、「そうかい」と一言返すと、フワフワは今まで座っていた教卓からぴょんと飛び降りた。


「何度もくどくど言うようだけれど、大丈夫だよ、きっとね」


 そう言ってフワフワは魔法陣を操り始める。

 両の手をタイピングのように滑らかに動かすと、それに連動し、さらに大きく俺の足元に力が集まってくる感触が確かにあった。


「フワフワ、さっきからずっと聞きたかったんだけど、今俺を包んでるこれは魔法なんだよな?」

「うん、そうだね」


 あっけないほど、簡単な肯定。

 だがそれが逆に良い、その力の普遍性を表しているようで。


「そうか、そうなんだな。なんとなくだけど感じるよ、暖かくて優しい、実際に目にしてみると思った通り素敵な力なんだな」

「それは私のことを褒めているのかな?」

「そう受け取ってもらって構わない……です」

「へへへ、ありがとう」


 照れてはにかむ女神様。

 手先を動かし、目線こそ俺ではなく魔法陣に向けられているがその表情は、やはり絵になるような美しさだ。

 なんでこんな存在が、俺を相手にしているんだろう。

 聞いてもきっとはぐらかされるよな。


「……な、なあフワフワ、その、さっきもちょろっと言ってたけど、異世界にはほら、魔法とかあっちゃったりするんだよな?」

「あっちゃうよ」


 フワフワは俺が話しかけても特に気が散った様子もなく、淡々と魔法陣を繰り続けている。

 異世界ってことだから何の気なしに聞いてみたが、やはりあるんだよな、魔法。


「じゃあケモ耳ちゃんだとか、他にもエルフさんとかドワーフさんとか、そういう種族の方たちってのもいたりするのです?」

「いるですねえ、わんさかと」


 おお! すごいじゃん!

 いろんな人々との出会いと別れ!

 モンスターとの戦い!

 いつか憧れた物語のイメージが脳裏に浮かぶ。

 その登場人物たちは、様々な手練手管で並み居る敵をバッタバッタと薙ぎ倒し……あ!

 大変だ、異世界において欠かせない、超大事なことを忘れているじゃないか。

 視線を落としたままのフワフワに、ずずいと一歩踏み込むように聞いてみる。


「そうだフワフワ。 異世界転移だか転生だか、どっちでもいいけども……するってことはさ、俺は特殊な能力とか、そういう特典みたいなものって何が貰えるんだ? お約束だよな? 俺結構知ってるんだそーゆーの。 それとも標準装備なのか? 転生者である俺は素の魔力量がとんでもないとかさ。 ああそれか専用の武器ってのもいいよなあ、魔法もいいけど剣振り回すってのも、やっぱり男の子だからさ、いくつになっても憧れがあるわけよ、つっても俺まだ十八歳だけどね。 前世じゃ体育の剣道ぐらいしかやったことないけど、それでも通用するかなあ?」


 体育では平均以上の成績をとったことがない俺は、フワフワが展開した魔法陣の上で、色々と妄想を膨らませ、自分でも驚くぐらい饒舌に捲し立てた。

 なんたってこれは譲れない要素だ。

 期待に目を輝かせる、返答を待つ。

 そんな俺に対してフワフワは、


「あー……、残念だけどそういうのは無いかなぁ」


 なんて言ってきた。

 そう、ほざきやがった。


「んぇ?」


 俺の喉から変な音が出た。


 残念、と口では言うが、その口調には確かに「当然だろ?」的なニュアンスが込められていた。

 そっけない、涼しげな双眸に優しげな微笑みを携えた、まさしく女神と呼ばれるにふさわしい様相で、彼女は疑いようもなくそう言った。

 え、何だって……?


「えー……と、聞き間違いですよね? 俺の異世界特典は? あれ……?」

「………………」


 清々しいまでの無視。

 心なしか、魔法陣を操作するフワフワの指の動きが速くなっている気がする。


「あの! ちょっと待って⁈ 何も無し? いやいや冗談ですよね? フワフワさんお得意の冗談なんですよね⁈ さっきのイタズラに笑わなかったのが不満でしたか? ごめんなさい謝りますから」

「え? いや別に関係ないけど、不満というかむしろ楽しかったけど」

「ならなんで……」

「なんでもなにも、あげられないからとしか。毎度お馴染み、定番の! みたいなテンションでこられても……」


 フワフワは、どこかわざとらしく感じる困り顔。


「じゃあなにか? 魔法があってモンスターがいる世界にこれから丸腰で行くの⁈ 俺が? ニートの、はは、ニートの俺が……? 一体なんの意味があるんだそれはああああああ!!!」

「ケンドーを嗜んでたんだろ? だいじょぶだいじょぶ、イけるって」

「数十回素振りしただけでバキバキの筋肉痛になった俺の貧弱さを舐めないでほしい!」

「成績は平均、だったんだろう?」

「真面目にやってたからそこが評価されたんじゃないかなあ!」

「ふーん………………」

「いやいやいやいや、は、はははは……」


 焦り始める俺などなんのその、興味なさげに、フワフワは飄々と空間をなぞり続ける。

 

「いやマジで洒落になってないって、じゃあ俺モンスターとどうやって戦うんだよ、いないの?モンスター」

「めちゃくちゃいる」

「めちゃくちゃいんの……? ええ……。

 ちょっとワクワクしちゃってる自分がニクいよ。

 ……じゃ、じゃあ、道端で悪漢に襲われた時はどうすんの、戦闘技術もない、俺が魔法を使えるのかもわからない、特典もない…………いや死ぬよねそれ⁈ 一瞬で殺されちゃうよ!

 ふんふん素振りしてる間にうしろから剣とかでサクーンッ!

 って感じで終わっちゃうよっ…………て。

 ね、ねえ、あのちょっと、なんで急に黙るの? 

 ぎゃいぎゃい騒いだ俺がバカみたいじゃないですか。

 ほら、も、もう少しちゃんと話し合いませんか?

 楽したいとは言わないからせめてもうちょっとなんかこう……ちょ、無視……ぐ…………あ゛あ゛もう!! 

 え、ガチ? ガチで素寒貧なの⁈ 俺!」

「………………」

 

 帰ってくるのは沈黙だけ。

 俺はそれを肯定と受け取った。

 堪えきれない笑いを噛み殺すように頬をふるわす女神を横目に、平静を装いつつも、内心「たまったもんじゃない!」と急いで魔法陣から出ようと脚に力を込めたが、もう時は既に遅かった。


「よし間に合った。 

 ふぅ〜、それじゃあ涼悠介君! レッツ異世界転生だ‼︎ いってらっしゃーい!」

「おい今間に合ったって……。 あっ……、ちょっ、待って……のわ⁈」


 観光地を案内するガイドさんのような、悪意なんてかけらも無いですよと言わんばかりの、底抜けの笑顔をフワフワが俺に向けると同時。

 今まで立たされていた地面が、パッと、突然消失する感覚を得て、自由落下に似た悪寒に襲われ―――


「私にだったら騙されてやってもいいんだよね? 記憶力には自信があるんだー、じゃ、またあとでね悠介」

「うわああああああああ!!!!!!!!!!!

 くそおおおおお! 絶対にいいい! 俺はああああああああああああああああああああああ」


 俺の混乱を含んだ悲痛な叫びは白い空間に吸い込まれ、そのまま視界が暗転した。



――


 

「どうせダメとかもう言わない」


 晩年と言えるほど長くは生きられなかったけど、俺の十八年は、そんな言葉で締め括られた。

 最後に残したそのセリフが、痛いぐらいにこだまする。


 フワフワとの出会いが。

 異世界への転生が。

 俺にどんな影響を及ぼすかは、全く想像できないが。

 ただほんのちょっとだけ、「頑張ってみよう」と、そう思った。

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