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プロローグ

おお まぬけ

そんな青年

スズミ・ユウスケが この物語の主人公なんだってさ

 ぼんやりと淡く、ただただ心地の良い場所を漂っていた。

 そこに意識はなく、思考もなく、認識することもなければ、されることもない―――はずだった。

 あるかもわからない次を待っているだけの空白期間。

 意識がないのに『待っていた』と表現するのはおかしなようだが、それ以外には形容できない。


「―――――――――。」


 その時不意に、ただなんとなく呼ばれた気がした。

 求められたように感じたから、それに応えたいと思って。

 その声に、手を伸ばすことにした。




――




 ふと気がついたら、そこにいた。

 全てが真っ白な空間。

 そこがどれだけ広いのかを、見渡しただけで判断することはできない。

 一定の広さがある部屋のようにも感じるし、無限に広がっているのではないかとも思える。

 これは所謂、トリックアートと呼ばれる物の類なのだろうか。


 景色をじっと見つめていると、なんだか視界が明滅するような感覚に陥りそうになる。

 そんな不思議な場所だった。

 昔読んだ漫画でこんな部屋があったような……。

 そうぼんやりと結構な長い時間を耽りつつ―――そこでふと急に思い出したかのように、自分がパイプ椅子のようなものに座っていることに気づいた。


 はて、これはいったい。

 学校の体育館なんかで使ったことがあるような、探せばどこにでも備品として存在している感じな普通のパイプ椅子だ。

 本当に何の変哲もない……。

 なんなのだろう、これは。

 視力が急激に悪くなりそうな景色から目を逸らしつつ瞳を閉ざす。

 そうしてからゆっくりと、いまいちはっきりしない思考を覚醒させるため、まずは状況の整理から始めてみることにした。


 名前は?       涼悠介すずみゆうすけ

 歳は?        腐りかけの十八歳

 ここはどこ?     わからない

 何してたんだっけ?  思い出せない


 それから五十音を『あ〜ん』まで順番に、丁寧に頭の中で唱えた。

 よし、大丈夫。

 なぜか自然と出てきた「腐りかけ」というワードが少し気にかかるが、きっと取り留めのないことなんだろう。

 思い出そうとしてもなかなか記憶から引っ張り出せないものは、忘れるくらいだから特に重要なことじゃないと割り切って、それ以上思考を巡らせないようにしている。

 いや…………していた? 気がする。

 なんだか全体的に頭がざらついて変な感覚が拭えないが。

 とりあえず、うん、頭はしっかりしてるっぽい。

 脳みその回転がみるみる速くなっていくのを感じる。


「あ……あ…………、あーーー…… 」


 声を発してみると、こちらもすんなり出てくれた。

 自分の肉声をちゃんと聞き、改めてこのよくわからない空間に己の体が存在していることを実感。

 次、手のひらを見る。

 手がある。


「そりゃあるだろ」


 つい呟く。

 指紋も、手の皺も、きちんと刻まれている。

 見慣れた手のひらだった。

 明らかになっていく自身の状態とは裏腹に、この肉体が置かれている状況はますますわからなくなっていく。

 ……こんなところで自分は何をしているんだろう。

 両手をまじまじと俯瞰しながら、もう一度あたりを見渡そうと顔を上げる―――と、すぐ目の前。


 正面に女の人がいた。

 居た、というよりは、出現していた。


「…………え」


 手のひらにかけた言葉とはまた違ったベクトルで、驚きの声が口を衝いて飛び出ていく。


 自分とパイプ椅子しかなかったはずの空間に、いつの間にか現れていた―――としか思えない。

 なぜなら視界に入った今の今まで、彼女の音や気配は何も感じなかったのだから。 

 白一色のこの空間で、まさか見落としていたなんてこともまずありえない。

 いくら意識が逸れていたからといって、ここまで気取られずに姿を現すことなんて可能なんだろうか、てかどこから出てきた?

 ニンジャ……?

 あいや、女の人だから、クノイチ……?

 ―――いやいや、そんな場合じゃない。


 彼女はおそらく一緒に出現したのだろう、これまた学校に常備されていそうな教卓の堅苦しい印象の机上に、足をぶらぶらとさせ、何とも言えない表情で腰を据えている。

 椅子にではなく、教卓の上にだ。

 行儀が悪いな、単純にそう思った。

 どこから持ってきたんだよ、とも思った。

 それを言い出したらまず自分だってどこから来たんだ?

 なんにもわからない。

 こんな状態でもう数拍、彼女と目が合ってしまっている。

 ずっと……合い続けている。


 飾りっ気のない白のブラウス、肌に吸い付くようなデニムパンツ、一見なんてことない清楚で爽やかな服装だが、その清涼感を全て掻き消すぐらい、彼女の存在感、雰囲気、何もかもが異様だ。

 どこにでもいそうで、どこにもいない。

 そんな不気味さがあった。

 全ての比率を理想に合わせた様な整いすぎている顔立ち、なのにところどころにわざとらしく、具体的には優しげな垂れ目とにやけた口元が、持ち味ですと言わんばかりに目立っている。

 体型は、いやらしさを過剰に煽るわけでも、かといって乏しさを感じさせることもない、本当に丁度良いという一言がしっくりくる、素晴らしいプロポーションだと思う。

 まあこれは好みの問題な気もするが……。

 いや、もちろん良い意味なんだけど、その絶妙なアンバランスさが、不気味さをより一層際立たせているように思えてならないのは、少し捻くれすぎているだろうか。

 状況さえ違えば、もっと素直に「美人だなあ」なんて月並みな感想が出てきたかもだが、今は正直、余裕がない。


「やあ、こんにちは」

「………………」


 目の前に出現した謎の女の第一声が、耳から入って…………なにも出てこない。

 ぽく、ぽく……、と流れていき、結果的にはいきなりにして、無視をすることになってしまった。

 すると、余裕な笑みを浮かべていた彼女の端正な眉根、それがまさに急落と言える勢いで下がり、だるそうに瞬かれていた瞳には見るからに不安気な色が浮かぶ。


 あ、ちょっと待って、ごめんなさいそんな顔で見ないで下さい。


 そのなんとも言えない表情に、速攻で後悔と罪悪感が芽生えてきたが、依然として無表情を貫き通した。

 喉のここまで言葉が出かかってるのに、どこか、目の前の存在に対する躊躇がいまだに勝っていて……。

 どどどどうしよう。


「や、やあ。あのー、こ、こんにちはー…………ぁぅ」


 年下にも見えるし年上にも見える、同じぐらいだろうか、気怠げに瞬かれる瞳はそのままに、彼女はめげずにおずおずと声をかけてくれた、ので。


「あ……こ、こんにちは」


 わけのわからない謎な状況はともかくとして、こんな美人と二人きり、シカトし続けられるほど心の強度は持ち合わせていない。

 流石にいたたまれなくなった。

 お互いぎこちなく、はじめましての挨拶。


「わあ。よかった、あいさつが返ってきた」


 そう言って、肩ほどにまで軽くかかったフワフワとした髪を跳ねさせ、彼女がにへへと笑顔をみせる。

 ああ、挨拶返してよかった。

 こんなふうに思ったのは小学校の登下校のとき以来かもしれない。


「ねえ、元気?」

「はい! 元気です!」


 今度は不甲斐なかった先ほどと逆に脊髄反射並みの速度で声を捻り出し返事をすると、甲高くうわずったそのマヌケな受け答えに、謎の女性は小さく笑ってくれた。

 その笑顔に少しだけ緊張がほぐされて、いつもの調子が戻ってくる感じがした。

 まあ未だ頭のザラつきが拭えないが、でも確かな余裕が生まれている。

 胸の動悸、忙しなかった視界、どちらも落ち着いてきた。


 さて、改めてどうしよう。

 こんな変な状況でも取り乱さずにいられるぞ、実は割と冷静なのかもしれない。


「や〜、無視されちゃって悲しいくて、どうしようかと思ったよ、ほんとにね」


 彼女は困った顔をしたが、その表情からこちら対する嫌悪感などは一切感じられなかった。

 それどころか、なにか楽しそうに目を細めている。


「本当にごめんなさい悪い癖でこう考え込んじゃうと周り見えなくなっちゃうんです悪気はなかったんです」


 そんな彼女に、平静を保ちつつ弁解をした。

 美人を相手に少々早口気味に、一息での謝罪にはなってしまったが。

 あくまでも平静は保てている。

 装っているんじゃなくて、保っているのだ。

 ココ重要。

 超冷静沈着!

 大丈夫だ。

 そう! 大丈夫!

 うん……。

 ……………………。

 ん……あれ? 

 調子が戻ってきたと思ったが、それとは少し違うような気がしてきた。

 なんだか急激に思考が滑らかになって、気持ちが溢れて、頭の中がごちゃごちゃする。

 なんとなく後頭部あたりに鈍い痛みも感じるようで―――気分は良いのに、何か変だ。


 ともあれ、逸る気持ちを落ち着かせて謎の女性に向き直る。

 彼女はうっすら微笑みながらこちらの様子を伺っているようだった。


「準備はできたかい?」

「まあ……はい、なんとか」

「では、何から始めようかな」


 肩をほぐすように首を左右に揺らし、軽い準備運動なのか手首を鳴らす謎の女性に対して、両の手を握りしめて膝に添え、心持ち姿勢を整えるように意識をしてみた。

 こういう真剣そうな場面で前傾気味の背筋をしゃんと伸ばすのには、昔から少し間がいるんだ。


「じゃあ何か、君の方から聞きたいことはあるかな? 簡単な質疑応答から始めようじゃないか。

 あるだろう? たっぷりと。無い方がおかしいさ、いっちょ気楽にいこうな」


 彼女は腕を組み顎に手を当てて少しの間悩む様子を見せた後、そう言って質問を促した。

 些か口調が砕けすぎな気もするが、こちらとしてはどういった態度で接すればいいんだろうか。

 上からはまずないとして、対等なのか、下からいくか、果たして…………うーむ。

 個人的には諂う方が得意だが、ヘタに下手(したて)に出るのも違う気がする。

 わからん、なにもかも。

 でもまあ聞きたいこと、ね。


 一周回って何も思いつかないというのが正直なところではある、さっきからの変な頭の冴えと混乱は、きっとそこからきているんだろう。

 冷静というよりかは、思考停止という方が、今の状態を表す言葉としては正しいのかもしれなかった。


 だがどうだろう、いつの間にか変な場所にいて、変な奴に話しかけられている。 

 これがもし海外ドラマだったのなら、今頃妙齢の主婦あたりが「んもぅっ! 何なのよ……、何処なのここ‼︎ あなた誰なの⁈ ねえっ! 誰か説明してちょうだい‼︎ 早く帰らなきゃ、家に子供達を待たせているの! ここから出して‼︎」と騒ぎ始める、そんな状況だろう。

 そういううるさい人間は大抵、真っ先に退場させられるのがお決まりってやつだ。 

 これから起きる展開の見せしめとして、ね。

 いや、意外と主婦は最後まで生き残ってたりするか? うーん。

 まあ……とにかく、それらに比べたら自分はやっぱりかなり落ち着いているし、冷静だと言えるさ、うん、大丈夫大丈夫。


 よ、よし、張り切っていこう。

 会話の主導権を握らされた以上、ここはなんとか搾り出してみるのが先決、何でも良い、黙るのが一番ダメ。

 コミュニケーションの基本は『会話のキャッチボール』だと、古事記にも載っていたような気がするし、まずは手堅く。


「えっと……、じゃあまず、ここはどこなのでしょうか?」

「うーん、そうきたかぁ。 いやぁなんて答えたらいいか、うぅん……」


 わかりやすく手っ取り早いところから始めたつもりだったが、この質問はどうやら難しいものだったらしい。

 彼女は少しの間うんうん唸り、


「ここはね、世界と世界の間にある私のプライベートルームみたいな場所だね、どこにでも存在するけどどこにも存在しない中立な場所、って感じかな? わかる?」

「わかんないです」

「うーん、やっぱり?」


 即答すると、彼女は悪戯っぽく笑いかけてきた。

 えーと、何を言っているのだろうかこのお方は。

 世界と世界? 

 なんだよそれ、そんなのまるで。


 一つの憶測が喉の奥まで出かけたが、その仮説はそこまでで無理やり中断することにした。

 そんなことあってたまるか、これから華の大学生活って時に。

 ないないないない。 

 あってはならない。

 気を取り直して次の質問に移ることにしよう。


「あなたはいったい何者で?」

「神だよ」


 随分はっきりと言い切ったな、おい。

 神。

 神って。


「厳密に言うと少し違うんだけれど、君の価値観にわかりやすく表現するなら、私は神さまってことになるね、女の神だからさしずめ女神ってところかな」

「そんな女神様がこんなところでいったい――」

「ちょっといいかな?」


 質問を続けようとしたところで、女神様に遮られた。


「さっきから、『あなた』とか、『女神様』とか。それじゃあ呼びづらくないかい?」

「そんなこと言われても、女神様のお名前を知らないですし」


 そういえばだが振り返ってみると、はじめましてな相手との会話ならば、質問よりも先に自己紹介から始めるべきだったかもしれない。

 『日本人にとって名乗りは美徳だ』的なことが、確か民明書房より出版されたなんかしらにも記載されていた気がする。

 初手から悪手。

 やはり冷静などではないのかもしれな……、いやいやダメだ! 雰囲気に飲まれてはいけない。


「名前は(すずみ)悠介(ゆうすけ)です、姓が涼で名が悠介! よろしければ、女神様のお名前を私めにご教授お願いできませんでしょうか!」

「よろしいですとも。と言いたいところだけど、実は私には名乗るほどの名前がなくてね。いや、謙遜とかそんなんじゃないんだけど……。まあとゆーわけで、好きに呼んでくれて構わないよ、てかなんなら君が私の名前をつけてくれよ」


 勢い任せの自己紹介に対してこの彼女、目の前のこの女の人は、わけのわからないことをこれまた長々と並べ立て始める。

 いやいや、なにが「とゆーわけ」なんだ。

 名前をつける……え? 

 ……ん? …………なに?

 まだ頭が言葉の意味を理解できていない。

 いきなり何を言い出すんだよこの女神様(自称)、怖いよ。


「あはは、ごめんね。そんなに重く捉えないでおくれよ、別に君を揶揄っているわけではないんだ」


 女神様は組んでいた腕をほどき、否定のアピールなのか手をひらひらさせる。


「名乗るほどの名前がないというのは言葉の通りでね、まあその辺は深く考えなくていいのさ。ほらあれだ、仲のいいもの同士で呼び合うあれ、確かそう『あだ名』だ、そんな感じのノリがいいんだよ、会話をする上で君が少しでもやり易ければ、それで良いんだよ」


 あだ名か。なるほどなるほど、あだ名ね!

 友達同士とか恋人同士とかで付け合うあれね‼︎

 つけられたことはあってもつけたことはないあれだ。

「おまえ⚪︎⚪︎って名前なのか? じゃあ⚪︎⚪︎っちって呼ぶね!」みたいに、屈託なく言える元気溌剌なほうじゃなかったんだよね。

 自分はどっちかというと、そういう裏のない純粋さにいつも憧れているような、大人しい子だったからさ……。


 ああ、なんだか懐かしいよなあ、こういう気持ちを抱くのは。

 こんなに早く、あっけなく終わってしまうとわかってたなら、自分は行動に移せていたのだろうか。

 失うことが怖くても、挑戦してみるぐらいはやってみても良かったのかもしれないなあ。

 なんて……、ははは。


 ――ん? 終わってしまう?

 終わったって、何が…………?


 まあいい、そんな個人的な悲嘆はひとまず置いといてだ、この女神様、名前が名乗れないとはこれいかに。

 邪推をするなら、一般人には知られるわけにはいかないとか、そんなところだろうか。

 それって、神様よりかは悪魔とか、そっち系のルールだった気がするが。


「いいんだよ?なんでも。 もうほら、じゃあさっきのでいいじゃん、私の第一印象! フカフカだかフニャフニャだか、なんかあったでしょそんなの」

「フワフワ……ですか?」

「そうそれだよ!」


 煮え切らない様子を見かねたのか、女神様はそう楽しげに叫び、ポンと手を打ちニコッとスマイル。

 な……! なんだよめちゃくちゃ可愛いじゃないかちくしょう、なめんな!

 ―――と、いや待てそんなことより。

 確かにさっきフワフワした人だなとは思ったような気がするが、声に出してたっけ?


 そもそもの話、この白い空間では最初から、感覚というものがいささか乏しいような気がしてならない。

 手のひらは確認してみたとおりだが、声というものはどこか淡く遠い感じがして、体温だとか、そういった細かい、普段は意識もしないような生きてる感覚そのものが、なんだか全体的に薄く感じてしょうがない。

 ()()()が、よくわからない。


「あ、あの、もしかして声に出してましたか? その、フワフワしてるな……って」

「まあ気にするな、これでも一応女神様だからね」

「え、いや。え?」

「超すごい読心術だと思ってくれればいいよ」


 震える喉に、冷えていく思考。

 恐る恐る尋ねると、何も不思議なことではないようにさらっと答える女神様。

 そんなのアリかよ。


「でも安心してくれ、正確に全部読み取れるわけではないんだ、私が相手に集中してかつ相手との波長があったときになんとなく感じ取れる程度だから、気にしないでくれて構わない。こんな場所で二人っきりだからできるってのもあるしね」


 そんなこと言われても全然納得できないんだけど。

 心を読まれているなら、今のこれも女神様には筒抜けなのか?

 試してみるか? 

 まずは手堅く下ネタから……………………やっぱり、やめておこう。

 何せ一応自分は成人男性、酒もタバコも嗜めないが、それでも、そんな子供みたいなマネはしないのだった。

 あー……、でも軽いジャブくらいなら。


「それじゃ、質疑応答に戻ろうか、続いては何が聞きたいんだい?」


 そんな心を読んでか読まずか、女神様は変わらぬ微笑。

 あれ? 何を聞きたかったんだっけ? 

 確かこの場所は世界と世界の間かなんかで、それで。

 ああ、そうだ。


「女神様はこんなところで一体何を……」

「フワフワだよ」


 遮られる。


「フワフワ様はこんなところで……」

「フ・ワ・フ・ワ!」


 それ以外は認めないと、駄々っ子のように足をバタバタとさせる女神様。

 もとい、フワフワ。

 ミステリアスな雰囲気がメッキのごとく剝がれていく。

 ベリベリと音が聞こえてきそうだった。

 

 え? ほんとにそれで決定なの? 

 ほぁ……。

 ああいや、もう気にしないことにしよう、うん。

 さっき自分でも言ってたことじゃないか、異質な状況下においては、冷静かつ慎重であることが何よりも大切なんだと。

 騒いだら死、興奮したら死、振り返ったら死、仲間を見捨てて一人助かろうとしたら死!

 そんなのはまっぴらごめんだ、どうせ死ぬなら「お前ら振り返るな! 先に行け‼︎」と仲間に叫びつつ不敵な笑みを浮かべて死んでいく、そんなハンサムになりたい。


 今はとにかく、この状況を把握することがなによりも先決なのだ。

 そう無理やり自分を納得させ、次の質問をしようと口を開こうとしたその時だった。


「―――私は君を待っていたんだよ、涼悠介くん」


 もう待てないとでも言わんばかりに、フワフワはピシャリとそう放った。

 待っていた。

 女神様とやらが、待ってた?

 こんな場所で。

 こんな、明らかに現世とは隔絶されたヘンテコ空間で?

 まさか、それってやっぱり。

 さっき無理やり断ち切った考えが、再び頭の中をよぎる。 


「待ってたって、何のために。

 …………俺はなんで……ここにいるんだ……」


 無意識に声が戦慄く。

 やめろ、そんなことを聞くな。

 わずかにでも機能する意思を残した理性が、割れんばかりの警報を全力で鳴らしている。

 だがもう、後には引けなかった。

 目を逸らすにはあまりにも鮮烈な、醒めるような純白の中で微笑む女神が、逃れようとする意識を離してはくれなかった。


「何で君がここにいるか、それは君が死んだから、死因は……よく思い出してみて、すでに記憶の糸は辿れるはずだ。

 そして私が何のために待っていたのか、それは君を、異世界に転生させるためなんだよ。涼悠介くん」


 ―――ああ。

 なんとなく薄々勘づいてはいたが。

 まさか、本当にこんなことになるなんて。


 ここにきてからずっと考えないようにしてきた、俺にとって受け入れ難い事実を。

 あまりにもあっさりと、フワフワは告げた。

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