閑話・聖女 雨宮茜
「だから何で俺を巻き込むんだよ!!」
「……」
アッシュの訴えを最後まで無視して聖女・茜は帝国に戻って来た。怒涛の行程である。
聖国から戻ると改めて現実が見え、アッシュは一層落ち込んだ。オペラにも合わせる顔が無いし、この先聖国人としても間者としてもどうしていいか分からない。
騎士団長や陛下にも聖国と関係がある事がバレてしまったのだ……このまま戻ったとしても、帝国でだってどう立ち回れば良いのか、何も分からなかった。
「いい機会なんじゃないの? どうせあのまま訳も分からず間者やってたっていずれは直面する事よ」
「……お前に何が分かるんだよ……」
「は? アンタの事なんか分かる訳ないでしょ」
「……」
茜は目を細めて黙り込んだアッシュを見た。この男を見ていると、過去の自分の事を何故か思い出すのだ。
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名門高校に通う茜は成績優秀な優等生であった。
親に言われるがままに机に向かっていたせいか勉強だけは出来たが、代わりに友達と呼べる者は1人も居なかった。
友達なんて作らなくていいと親は言ったし、自分もそう思っていた。自分の為を思って言っているのだ、言う通りにしていればきっと良い人生を迎えられるのだと何も考えずに生きていた。
ふと、下校中にワイワイ話している女の子達がいたのでそちらを見た。
女の子達が持っていたのは携帯ゲーム機で、それは男の子を攻略する……いわゆる乙女ゲームだった。
話には聞いた事があったが、特段興味は無かった。
そもそも男の子にモテたいとも思った事はない。友達も要らなければ彼氏だって要らない。
だが、何故か妙にそのゲームが気になった。
家に帰った時、何故か帰り道に電気ショップでゲームを手に持っていた。ゲームなんてやった事は無いのに、何故そんなに惹かれていたのかは分からなかった。だが、それをプレイしなければいけないような……そんな気がしたのだ。
それは『聖女の初恋kiss〜魔法学園は異世界のイケメン花園』という理解し難いタイトルの物だった。
更にふざけているのが内容で、魔法学園に入学した聖女が魔法を覚えながら同じ学園に通うイケメン魔法使い達と恋に落ちるというゲームなのだが、イケメンの好感度を上げる事によって主人公の魔力が上がり、恋愛と育成をしながら最終的に闇に堕ちた悪役令嬢を倒す――という。
悪役令嬢を倒す意味がよく分からない上に、悪役令嬢のエピソードを事細かに描きすぎているのもまた制作陣の意図が更に分からない。
主人公の聖女より、悪役令嬢のノエル・フォルティスが可哀想で感情移入してしまうような作りだった。
「何これ……」
幸せな少女ノエル・フォルティスは、幼き頃教育係のジョアンヌによって虐げられた。
正しき清らかな心はそこで歪められ、闇の龍に心を支配された。更に悪い魔道士に騙され、悪役としての道を歩んでしまった……
「ノエルの扱い酷すぎない? こんなの、ノエルが望んでそうなった訳じゃ無いのに……」
気がつくと泣いていた。ノエルは望んでそうなった訳では無い……
だが、自分はどうだ? 何か望んで生きた事はあっただろうか?
自分も誰かに左右されて生きてきて、自ら望んだ物を探そうとしても思いつかなかった。
小さい頃から親の言う事が当たり前で、そこに自分の意思は無かった。一体いつからなのかは思い出せない。ワガママも、何か望んだ事も無い……
途端に茜は不安になった。
ゲームのノエルはどうにかして自分を取り戻せないのか? と何回もプレイし、資料も買い漁った。でも、そんな未来は何処にも無かった。
ノエルの笑顔は5歳の時のスチルでしか見る事は出来なかった。
相変わらず流れる日常……何回プレイしても笑顔を見せるのは5歳のあの時までのノエル……
何度目かの溜め息をついた時、ゲームの画面が突然光出した。ゲームの画面には『変えたいならば、やってみせてよ……』と書いてあった。
気がつくと茜はゲーム画面で見た学校の景色の中にいた。
着ている制服も魔法学園のもの……
「初キスイケパラ……」
召喚魔法陣の中に座る茜を魔法学園の理事長が見下ろした。
「よく来ましたね、異世界の聖女よ。貴方はこの魔法学園で魔法の勉強をし、様々な魔法使い達と出会い――」
茜は理事長の胸ぐらを掴んだ。
「過去に飛ぶ魔法ってあるの?」
「か、過去?? ええと……無い事はないですが貴方には覚えられない高等魔法で……」
「あるのね?」
「あ、あるにはあります」
茜は現実世界では自分の過去は変えられ無かった。ゲームの内容も変えられなかった。
だが、ここが魔法の使えるゲームの中ならば……ノエルの過去を変える事が出来るかもしれない。
彼女を変えられれば、彼女が微笑んでくれれば自分の未来も心も変わるような気がした。
茜はノエルの為だけに魔法を覚えた。いや、覚えたのは過去に行く魔法だけだった。竜や魔道士を倒す為に筋トレもした。
イケメンも居た気がしたが全てスルーした。
そうして念願の過去に行く魔法を使い、茜はノエルの笑顔を守ったのである。
ノエルの為に修行するうちに茜の心はすでに変わっていた。人に頼る事、人を守る事……全てはノエルの為に変わったのだ。
「ノエル……たん……」
茜はノエルの為に、ノエルを守る聖女になる未来を見つけた。
★★★
「アンタにもそのうちいい事あるんじゃない?」
「……少なくとも、お前と関わって以降1回もいい事は無かった」
「じゃあその前はあったの?」
「……」
聖国しか知らず、いつもオペラに守られていた。オペラの言う事が絶対で、何も考えてなかった自分は果たして良かったのだろうかと……帝国に来てから心の何処かでずっと引っかかる事ではあった。
「ま、あの漆黒のなんたらはアホだから何も考えてないと思うし、皇帝もアンタを放り出すような男じゃないでしょ。案外思ってるより状況は変わらないかったりして」
「んなバカな事ある訳ないだろ! ……ないだろ」
後日、聖国から戻って来た陛下からアッシュが聞いたのは……最初から間者という事は気付いていたので騎士団の業務には問題無いとの事だった。
騎士団長は本当に何も気にしていなかった。数々の厄介ごとを抱える騎士団長はかの聖国での細かい事など綺麗さっぱり忘れていたのだ。
ついでにオペラからは、引き続き陛下の様子を報告してほしいと言われた。
茜の言う通り、本当に状況は変わらなかった。
むしろ、皇帝陛下公認の間者という謎の存在になったとか。




