聖国の危機(6)
空中回廊の最上部……空に最も近い庭園。木は枯れ果て花は落ち、至る所に穴が開いている。
そんな庭園の真ん中にあるお洒落なテーブルを囲み、俺達はお茶を飲んでいた。
聖女の茜は余程眠かったのかテーブルに突っ伏して寝ていた。その横でアッシュも疲れ果てている。未だに分からんがお前は一体どうして巻き込まれたんだ?
そして、陛下とオペラが一体どこに行っていたのかは分からないが、何か気まずそうだった。オペラはスンとしてお茶を飲んでいたが、明らかに動揺している。
(陛下、一体どこに飛ばされたのですか?)
(それが……私にも分からないんだ。おそらく何処かの寝室だと思うのだが、オペラが酷く動揺していたので何か聖国の秘密でもあったのだろうか)
(……見たんですか?)
(いや……オペラがあまりにも気の毒な様子で見ないで欲しいと願うので、素直に聞いてしまった。気が付いたらここに戻ってきていたんだ)
俺は全てを察した。……オペラの寝室に飛ばされちゃったのか。
入り口のゲートは何かオペラに恨みでもあるのだろうか? 寝室に飛ばすのは2度目であるが、陛下に見られなくて本当に良かったね。と、オペラに同情の目を向けると殺されるんじゃ無いかと思うくらい睨まれた。こわ……
「いささか被害が酷い気もするけど……怪我人が無くて良かったよ。そちらが先に帝国に手を出した事は不問にしよう。その代わりにこちらの被害も無かった事にして頂きたい。復興には尽力するので」
聖国の空中回廊はあちこちが壊れ、ゲートは全て破壊されていた。ゲートの暴走によって聖国民と一般の他国の人達はワープ地獄に巻き込まれたものの、奇跡的に怪我人は1人もいない。
ゲートの暴走に関しては完全に聖女のせいなのだが、魔塔の開発したシステムにも問題があるのでその辺りは陛下がまた魔塔に話をつけると言っていた。
「ルーカス様がそう仰るならば、わたくしは宜しくてよ」
「それでだ……話が途中だったからこの際ハッキリとさせたい。何故君は、そこまで魔族を恨むんだ?」
陛下の質問にまた空気が張り詰めた。だが、陛下は気にせず話を続ける。
「私は、聖国が悪意を持って魔族を暴走させたのだとずっと思っていた。だが、見た所聖国に私欲の為に争いを起こさせるような欲望を持った者は居ない……」
「魔の国は滅ぼさなくちゃいけない国よ。それをルーカス様に教えようとしたのは事実ね。だって、魔の国の者は1人残らず消さなくてはいけないのだもの」
「……それは、聖魔大戦が起こるから?」
その言葉にオペラは一瞬動揺してカップを揺らした。
「貴女が一体何の根拠を持ってそう思うのかは分からないが……そんな事態は起きない。今の魔王と約束した。それに、そんな争いが必要無いように私は力を尽くしている……だから、貴女にも私を信じて欲しいんだ」
「……」
「急に信じてくれなんて、今はまだ無理かもしれない。だが、私は貴女に魔王を信じて貰えるように努力する。だから……貴女が何を恐れているのか、何があったのか話してほしい」
「――っ」
オペラは陛下の瞳に見つめられ動揺した。何かを言いかけては、口を噤む。
「わたくしは……わたくしには、まだ貴方を信じられません……でも」
オペラが鍵付きの本を取り出した。その鍵はオペラの手の中にあった。
「10数年前……聖国は何者かが手引きした魔族によって殆どを奪われました。あの時以来、ずっと魔の国の者を消さなくてはならないと……そう思っていました。でも……わたくし、1つだけ心に引っかかっている事がありますの。それを見つけて下されば、わたくしはルーカス様を信じます」
陛下に渡された本は『箱庭の哀れな天使』と書かれていた。
「これは……?」
「それをわたくしに渡した男について調べて欲しいのです。その男がきっとあの時の事を見ているはずだから……」
「また、ワンダー・ライター……」
陛下がその本の作者を見て呟いた。
「ん? 知っているのですか?」
「いや……」
本を見て難しい顔をしている陛下。何かあったのだろうか?
「それはそれとして、貴方は何でここにいらっしゃるのかしら?」
「え?」
オペラはアッシュを見て険しい顔をしていた。
アッシュが困っていると、聖女がガバッと起き出した。
「もう限界!! 帰るわよ!!!」
「えっ?? えっ???」
突然起き出した聖女はアッシュを掴むと足早に帰ろうとしたが、思い出したように振り向いた
「アンタとはまたいつか決着をつけるから……」
「……よく分からないけれど、無謀な子」
そう言って空中回廊から飛び降りた。聖女が脇に抱えていたアッシュの悲鳴が木霊する。だから何なん君達。何しに来たの……?
「それじゃあ俺達も帰りますか」
「ルーカス様、修復についてあちらで家臣とお話頂きたいのですが宜しくて?」
「ああ……」
陛下はオペラの家臣らしき人に連れられて何処かに行ってしまった。え?? 気まずいからオペラと2人きりにしないで欲しい。
「……」
「……」
案の定何も言葉を発しない、気まずい時間が流れた。早く戻って来てよ陛下ー。
「ジェド・クランバル?」
「はい。何でしょう……」
何? ……やっぱ俺、消されるの?
「貴方、ルーカス様の幼なじみとお聞きしましたわ。お尋ねしたい事がありますの」
「な、何でしょう……?」
とりあえず、何か聞いて来たって事はすぐに消されるという訳では無さそうだ。だが、質問の返答次第かもしれないのでなるべく機嫌を損なわないようにした方がいいだろう……
「あの御方が、過去どなたかと……良い関係にあった事はありますの?」
「ええと、それを知ってどうされるのでしょうか?」
「……その相手を生かしておくわけにはいきませんから」
微笑むオペラ。目は全く笑っていなかった。
過去……ハッキリ言ってルーカス陛下は女性に縁が無い。仕事の鬼で女性と出会う暇が無いのだ。
嫁探しの舞踏会も何故か失敗に終わったし……だが、俺には唯一いい感じになっていた女に覚えがあった。
……俺である。
正確には並行世界の俺だが、俺には変わりない……ウーン、返答次第では消されるし多分正直に言っても消される……困った。
★★★
その男は本の頁をパラパラと捲っていた。
「うーん……そうなるかぁ」
今見ている本は、長い年月をかけて見守って来たものだった。
男が描いていた最初の話とも、予想していたその後のストーリーとも、どれとも違う。
男の所有する本。その幾つかの物は内容が変わっていた。
本の内容が変わる理由は様々ある。
異世界から自身の運命を知りながら転生してくる事、もしくはその内容を知っている者がネタバレをする事……とりわけ最近は非業の運命を辿るはずだった令嬢が運命を変えるように動き出していた。
そして、それらの物語の端々を見守るように彼が居た。
復讐の為に争う魔王も有翼の少女も、闇の龍に飲み込まれた魔女も、処刑の運命にあった令嬢達も……
「漆黒の騎士、ジェドクランバルかぁ……」
狐目の男はわくわくと期待を膨らませ微笑んだ。




