聖国の危機(4)
「ルーカス……さま……?」
突然の陛下の登場にオペラは目を見開いて固まっていた。陛下自らが一緒に来ているとは思ってもみなかったのだろう。
「おい、大丈夫か?!」
背後で倒れる音がして振り向くと聖女が地面に伏していてアッシュが駆けつけていた。
そんなバカな……あの規格外の聖女が倒されるなんて……
聖女はボソボソとアッシュに喋っていた。
「禁断症状が……」
「禁断症状……? 何の?」
「私……推しを1日1回は見ないと……力が出ないの」
そう言って聖女は意識を失った。
……世の中には推しを1日1回は拝まないと気力が足りなくて何もする気になれない人種がいると聞いた事があるが……妄言や比喩かと思ったらマジだったのか。まぁ、気持ちは分かる。俺も悪女や変な聖女の見過ぎで病みそうなので早くノエルたんに癒されたい。
「騎士団長……どこかにノエルたん様を補充出来そうな物無いですかね?」
「……仮にあったら俺が使ってるわ」
「ですよね……」
アッシュは諦めて聖女を草むらに寝かせた。聖女は相当疲労が溜まっているのか爆睡している。何でそんなに疲れているのだろう?
「オペラ・ヴァルキュリア……」
陛下とオペラは睨み合っていた。オペラは空に飛んだままだったが、顔が強張っている。
「話をしに来た」
「話……? 帝国の皇帝陛下が自らこちらに来るなんて、一体何の御用ですの?」
「何の? 惚けてもらっては困るな。君は一体、どういうつもりで帝国を何度も危険な目に遭わせているんだ?」
「くすっ……何のつもりだなんて。わたくしはただ、ルーカス様が何も分かっていらっしゃらないから分からせて差し上げているのですよ」
「分かっていない……?」
まぁ、陛下はマジで分かってはいないからなぁ。
オペラの色々を見てしまった身としては、あんだけちょっかいかけても少しも届いてないのは何だか気の毒に見えた。
オペラの行動は要するにアレだ。狙いは帝国ではなく、陛下自身だ。
魔族と敵対させたり記憶を上書きしたり、眠らせて拐おうとしたのは陛下を聖国に取り込む為だろう。
だが、オペラが魔族の事何であんなに嫌っているのかについては全く分からない……
そうなんだよなぁ。それだけがイマイチ分からないんだよなぁ。
陛下自体を聖国に取り込むだけなら別に魔族と敵対させる以外にも方法あるじゃん?
だけどどうも、いくつかの事件は陛下が魔族と友好的なのが気に入らなくて、思い直させるようにしていたが……何でそこまでそうしなくちゃいけなかったのだろうか。うーむ……
「オペラ様って何でそんなに魔族の事を陛下に分らせようとしてるんですか? 魔族と何かあったのですか?」
俺の発した言葉に場の空気が固まった。
ん? あれ? 俺、何か変な事聞いた?
「……ジェド、どうして急にそんな事を?」
「え……だって……」
そこまで言って、頭の中で整理していただけで場の話の流れに乗って無かった事に気付いた。しまった。
今の発言はオペラが帝国じゃなくて陛下を想っていて狙っている事を前提として言ってたけど、それ陛下知らないんだわー。しまった。上手く誤魔化そう。
「ええと……だから、スライムの時とかさ、何か陛下に魔族が悪いヤツって事を分らせようとしていたんじゃないですか? 多分。何でかなーって」
「そうなのか? 私に……? 何で私にそんな事を?」
「ええと……」
言葉に詰まりオペラを見ると、こちらを凄い形相で睨んでいた。……こわ。
「どういう事か分からないが……大方、私が魔族と手を組んでいる事が気に入らないのだろう。だから魔族を狙う前に私を狙ったとすれば……うーん、納得行くような気もする」
「そうそう、それです!」
良かった! 陛下のおかげで何とか誤魔化せた! サンキュー陛下。
「それで、ジェドの言う通りだとすると何故君は魔族をそこまで憎むんだ? 今の魔族は、君の思っているような存在ではない。私にも帝国にも、そして魔王領にも手を出すのは止めて貰えないか――」
――ピシッ
庭園の地面に亀裂が入り割れた。花が枯れ始め、木の葉が落ちる。
オペラの怒りが庭園内に満ちているようだった。
「汚らわしい魔族が……何……? わたくしが……思っている者と違う……? 間違っているのは……ルーカス様の方よ……」
何かめちゃくちゃ怒ってる? マジで何があったの?
庭園内に怒りに赤く燃えるような聖気が満ち溢れた時――地面から無数の白い手が穴を開けて伸びてきた。
「なっ!!」
見覚えのあるその手はさっきから何回も見ていたゲートの手である。
「?! 何故だ、ゲートは全て壊したはず……っ! 入り口のゲートか!」
その手は、空中回廊より遥か下から伸びている。庭園内の聖気を欲しているかのようにオペラを目指していた。
無数の手は1組の巨大な手になり、オペラを取り囲む。
「?!!!」
「くっ!!!」
手がオペラを掴む前に陛下がその身体を庇い、2人して巨大な手に取り込まれた。
手ごと遥か下のゲートに吸い込まれると、手の暴走に耐え切れなかったのかゲートの装置は粉々に砕けた。
「……え? 嘘、陛下達どこに連れて行かれたの?」
「さぁ……それよりこれ、どうすんだ?」
アッシュが指差す先には……オペラが割った亀裂に枯れた草花。更に最後の手の暴走が空けた穴で庭園は滅茶滅茶になっていた。
庭園から下を見下ろすと空中回廊のあちこちでは有翼人や旅人が目を回している。
「なぁ、アッシュ……何で聖国はこんな事になったんだと思う?」
「……理屈はわからないけど、多分聖女がゲートに聖気を大量に入れ過ぎたせいで、ゲートが壊れたんだか暴走したんだと……思う。多分」
……だから疲れてたのか!! どんだけ聖気を入れたらあんな事になるんだよ……
「とりあえず、ゲートの暴走は魔塔のせいにしておこう」
聖国の混乱、庭園半壊。聖女のお礼参りの被害は相当な物になっていた。
で、結局陛下とオペラはどこに行ったんだ……?




