聖国の危機(3)
「お兄ちゃん、何でこんな所で倒れてるの?」
ゲートから放り出された皇帝ルーカスは、空中回廊の一部、有翼人の子供達が遊ぶ広場の真ん中に倒れていた。
打ち付けられた床から起き上がると周りには羽の生えた子供達が集まっていた。
「お兄ちゃん、お日様のように綺麗な髪と目の色だね」
子供にそう言われ、ハッとして眼鏡に手をかけるとレンズにヒビが入っていた。ゲートに捕まった時か打ち付けられた時に壊してしまったようだ。
意味の無い眼鏡を外して仕舞うと、子供達はニコニコとして手を引いた。
「綺麗なお兄ちゃん、こっちに来てよ!」
「お兄ちゃんは何で羽が無いの?」
「もしかして神様? それとも勇者様?」
笑いながら手を引く子供達が向かう先は1枚の大きな絵が描かれた場所。絵の前には噴水があり、全体で祭壇のようになっていた。
その絵に描かれた人物は武器を持つ人間で羽は生えていなかった。背後や胸に沢山の白い鳥を守り、黒い獅子から鳥を守っていた。
何を表しているのかは分かる。白い鳥が聖国の有翼人であり、黒い獅子は魔王だ。
絵を見ていると、子供達が不思議そうに聞いて来た。
「お兄ちゃん、この絵の事知らないの?」
「……ああ。これがどういう絵なのか教えてくれないかい?」
子供達は顔を見合わせて、1番説明が上手らしい子供が話し始めた。
「これはね、聖魔大戦なんだよ。魔族が聖国を滅ぼしに来た時、神の使わせた光の勇者が僕たちを守ってくれるんだ」
「聖魔大戦?」
「うん。魔族に黒い獅子が生まれた時に起きるって言われているんだ。僕たちが生まれる前に1度、聖国が魔族に襲われた事があったんだけど、その時はまだ獅子は小さい子供だったらしいよ。その獅子が大きくなって僕たちを食べに来るんだって」
「オペラ様は小さい頃に魔族を見た事があるって言ってた。汚らわしくて憎悪に満ちた目、魔族がいる限り僕たちに安息は無いって言ってた」
「聖国以外の国ではその魔族と仲良くしようとしている所もあるって聞いたけど本当かなぁ……」
「そんな国ある訳ないだろ。本当にあるなら魔族に騙されてるんだよ」
子供達の話を聞く限りでは、聖国人はやはり魔族に対する認識が違うようだった。
10数年程前、ルーカスが先代魔王を滅ぼすまでは世界の全てと魔族が戦っていた。
一度大きな大戦が起きた時があった。その原因は今の魔王の母を人間側が消滅させたのが発端であり、一部では聖国が関与しているのではないかと噂された。
ルーカスの認識では魔族を完全なる悪にする為に聖国が仕組んだと思っていたのだが……
「聖国が襲われたのはいつ頃か知っている?」
「うーん……オペラ様が僕たち位の頃だって言ってたから10何年か前かなぁ。その時聖国を襲った魔族はすぐに倒されたんだけど、それ以来聖国は他国の人を簡単に入れないようにしてるって聞いたよ。聖国に魔族を引き入れる手助けをした人がいたんだって」
「きっと魔族に騙されて手助けしちゃったんだね……かわいそう」
やはり、自身の知ってるものと聖国人達の言う情報にはズレがあった。
聖国に何者かが魔族を引き入れ襲ったなんて話は聞いた事がない。そもそも聖国がそんな壊滅状態になったなどという話すら帝国には入っていなかったから。だとしてもオペラがどうして帝国だけを襲うのか益々分からない。ルーカスの中で話がどうにも繋がらなかった。
(……ここは本人にどういう意図で帝国を襲っているのか、確かめる必要がありそうだな)
子供達と話をしていると――ふと、遠くで何かが光ったように見えた。
「? 何だ……?」
よく見るとあちこちに光が見え、その光が無数の手となって伸びている。
「たっ、大変だ! ゲートが暴走している!!」
「子供達!! 早く家の中に入るんだ!!!」
有翼人の大人が子供達を家へと呼び寄せる。確かに彼らの言う通り光の根本にはゲートがいくつもあった。
無数の光の手は飛んでいる有翼人を掴んでは引き摺り込み、違う所にゲート魔法陣を開いては投げ捨てていた。
ゲートに引き摺り込まれては何も無い所に魔法陣で現れる。また違うゲートに引き摺り込まれる。そんな光景が各場所で起きていて、それはもう正に地獄絵図だった。
「何……これ? ゲートの……暴走?」
そこまで口にしてふとルーカスは、皇城に非常口用のミニゲートを設置した時に魔塔の主と交わした話を思い出した。
『このゲートはどういう仕組みで動いているんだい?』
『よくぞ聞いてくれた! これはねぇ、今研究が進められている人工知能システムなんだよ』
『人工知能?』
『この魔石にはワープの手助けをしてくれる人工精霊が入っている。魔塔によって作られたものでねぇ、魔石が発動するだけの魔力を込めれてやるとワープを発動してくれるものなのだけど、その先を決めてくれるのがこの精霊の人工知能なんだ。最初にちゃんと行き先を指定すれば、その場所へ送ってくれるので難しい魔法陣を描くことも要らないし、少ない魔力での発動が可能なんだよ。下手な場所に行く心配も無いし、出入りする者を監視も出来る。凄いだろう?』
『なるほど……』
『今、聖気や魔気、他の動力で動くような研究も進めているので、発動者に一定の資格が無いと動かないような物も可能になる』
『それって壊れたりしないの?』
『……君は魔塔を馬鹿にしているのかい? そんな訳無いだろう。まぁ、もし仮に壊れるとすれば、このゲートの制御力を上回るとんでもない魔力を込めて魔石が壊れた時だねぇ。それほどの膨大な力をかけられたならば内部の人工精霊が暴走に暴走を重ねてしまうかもしれない。そんな事はあり得ないが、そうなったらこの魔石部分を壊せばいいだろう。多分止まるよ。ふふ……』
(……魔塔の主人の言ってたそれかな。それっぽい)
光の手を避けながら根本のゲートまで辿り着くと、見覚えのあるミニゲートに魔石……ではなく聖石が埋まっていて、見るからに力を持て余し暴走をしていた。確かによくよく観察してみると、光の手は元気溌剌、爛々と輝いているようにも見えた。
「聖石…………壊すか」
ルーカスは溜息をついて拳を握る。剣では折れてしまうのだ。以前、聖石を割った時に死ぬ程固かったのを思い出した……素手で行くしか方法は無かった。
深くため息をつきながら、ルーカスは拳1つで暴走するミニゲートを次々と壊して回った。
壊している途中、空中回廊のはるか上の方で何かがぶつかり合う音が聞こえて、また更にため息をついた。
次から次へと問題が起こりすぎて考えが追いつかないから。
(――おかしい、自分はオペラと話をする為に来たはずなのに一向に予定通りに進まない……)
考えてもキリが無いので、とりあえず目の前のミニゲートの聖石を壊す事に没頭した。
帝国最強の皇帝・ルーカスの手は赤く腫れ、痛みに少し涙が出た。
★★★
一方、ジェドの目の前では聖女と聖国の女王の激しいバトルが繰り広げられていた。
騎士団長になるまでは自分には怖い物など何1つ無いと思っていた。だが、今なら分かる。この世で1番怖いのは……女である。
数々の悪役令嬢を見てきたが……いや、その令嬢達もいろんな意味で怖かったのだけど、今目の前にいるのは悪役とか魔とかがつくわけでもない、聖女と聖国の女王。
……聖とは何をもって聖なのだろう?
清く尊いという意味だった気がするが、清く尊い女子は拳を奮ったり魔法で攻撃したりするのだろうか?
俺が悟りを開きかけていると、隣でも同じように悟りを開いている男がいた。騎士団員のアッシュである。
俺には何でこいつがこんな所にいるのかも、聖女とどういう知り合いなのかも見当がつかなかった。よし、聞いてみよう。
「アッシュ、お前、何でこんな所にいるんだ?」
「……俺にも分からないです。俺は来たくなかった……」
アッシュは何か泣いていた。うん? よく分からん。
聞いたら余計に分からなくなった。恐らく、何らかの事情で巻き込まれたのだろう……俺もそういう時あるしね。そう思うと何だか親近感というか、気の毒になってきた。
「まぁ……何でもいいや。元気出せ」
「騎士団長……」
ドゴオオオオン!!!!
アッシュと謎の連帯感が生まれかけた時、物凄い音を立てて聖女が近くに落ちてめり込んだ。
反対側を見上げるとオペラが余裕の表情で笑っている。……いや、目は全く笑ってない。
「く……なかなか強いじゃない……」
聖女は服の所々が焦げていた。あっ、あれだ……神の裁き食らったんだね。いや君もよく生きてるね。
「裁きを受けてよく生きていたわね……褒めてあげる。でも、もう終わりにしましょう。本当はわたくし、こう言った野蛮な事は嫌いなのよ。平和的な解決が1番じゃない? 暴力は汚らわしい魔族みたいだもの」
うーむ、オペラはそう言ってますが……今のところ俺の見た限りでは魔族の方が平和的である。甘い物とふわふわが好きな魔王は暴力とは無縁な存在であった。
「俺もそう思うからもう止めにした方がお互い良くない? ほら、女の子が争うのはさぁ――」
「ああ?! ここまでされて今更止めになんて出来る訳無いだろ!!」
聖女が何か凄んで来た。すごく怖い。いや俺、争い止めようとしてるだけやぞ。
「オペラ様もさ、そう言うならばその手を下ろして……陛下はあんまり魔法で攻撃して来るような女性は――」
ズゴオオオン!!!!
言い終わる前に俺の元に雷が落ちて来て、ギリギリ交わした。オペラがめっちゃ睨んで来る。
「……ジェド・クランバル……あなただけはこの後、灰にする予定よ」
何故、聖女には平和的解決を望んでるのに俺は消す事確定なのだろうか。ああ、そうか。俺はオペラの秘密見ちゃいましたからね〜、確定で消さなくちゃいけませんものね。ハイハイ。
聖女が立ち上がろうとするとオペラがまた魔法陣を描き始めた。
聖女も聖気を振り絞り身構える。俺は多分巻き込まれて灰になるだろうから諦めた。
「ハァ……君達、何してるの?」
その空気を割って入ってきた声。
振り向くと、庭園の入り口から歩いて来る陛下の姿が見えた。何故か拳が真っ赤に腫れている。
――え??? 何したら陛下の最強の拳があんなに腫れるの……???




