閑話・皇帝ルーカスは何でも出来る
この国の皇帝ルーカスは、幼き頃から何でも出来る子であった。
生まれながらにしてこの国の王になる事は決まっていた。
強者である事、国を善く導く事、争いを生まない事、美しく気高くある事……
皇帝とはそういうものなのだと、未だ母のお腹にいた頃からそのように聞かされていた。
だからといって本当に生まれつき何でも出来る子供などいない。
己の立場も行く末も知ってるからこそ、彼は人知れず努力した。
努力を見せる事も、挫折をする事も、失敗する事も、何もかも全てが許されない。そういうものなのだ。
生まれてこの方、一時も安まる時間はなかった。
だが、その努力の甲斐あってか、誰にも負けることのない強者としての力も、争いを生まないよう他者を押さえつける地盤も、国を豊かにする経済力も、美しい容姿も……何もかもを手にすることは出来た。全てが天性ではなく、その殆どは彼自身が努力して掴み取ったものだ。
しかし、いくら考えても「国を善く導く事」だけがルーカスには分からなかった。
民が皆、幸せならば善い国なのか? では、その幸せとは何だろうか?
幸せの形はそれぞれ違うものである。皆の願いを叶えるなどというのは不可能な話だし、矛盾である。
それならば「善い国」とは何なのか……誰を見ても何を聞いても「これ」という完成された答えに行き着く事はなかった。
つまり、「善い国」とは答えの無い問いなのだろうか? とも考えたが、答えに辿り着けないなんてあってはならない。皇帝とはそういうものである。自分が国を作る時までには、その答えを打ち出さなくてはいけないのだ。
ルーカスの幼馴染みのジェドもまた、公爵家に生まれ、皇帝を守る騎士になるべくして生まれた男であった。
彼も同じように自分の成すべき目標に向かってひたすら剣の腕を磨く日々で、ルーカスが幼き頃は一緒に武術の稽古をした。
「なぁジェド……善き国とは何なのだろうな」
剣術の休憩時間に何気なく呟いた問いかけ。ジェドはうーんと考え、しっかりと考えたとはとても思えぬ返答時間で
「善き国かぁ……平和ならいいんじゃないかとは思うけどなぁ。……あっ、父上に聞いた事があるんだけど、異国には善哉という甘い食べ物があって、何でそんな名前なのか聞いたらあまりに美味しすぎて『善き哉!』って言ったかららしいぞ! 完全にそれだわ。善き国って、甘味処が充実してるんじゃないか?」
「……」
などと返した。貴族の子供とは思えぬ、皇太子の問いになんも考えずにこんな平和な答えを出してしまう男……それがジェドであった。
だが、そのちょっとアホで思いもよらない事をしでかすような彼が、ルーカスにとっては唯一気が抜けて心安まる存在だった。
自分の成すべき理想への重圧、苦労する姿を見せてはいけないというストレスも……そんな本当は強くないルーカスを、ジェドは笑ったりは絶対にしない。そう安心出来る友なのだ。
ルーカスがジェドから教わる事は良くも悪くも多かったが、そんな彼が友であり続けてくれる事への感謝を口に出すのは恥ずかしいので、せめてジェドが困ってたら出来る全てを使って助けようと心に誓っていた。
尚、試しに甘味処を増やしたら本当にみんな幸せそうな顔になった。「疲れが取れる」とか「この為に仕事頑張れる」とか「プレゼントに」とか。
ジェドの言ってた事はマジだったのだ、と関心しつつ、結局「善き国」が何なのか更に分からなくなりルーカスは頭を抱えた。
ルーカスが成人した頃からか、ジェドは幾人もの令嬢に絡まれるようになった。文字通り「絡まれる」なのだ。
最初は令嬢と一緒に歩く姿を見て、友もいつまでも自分だけに構ってくれる訳じゃないからなと少し寂しくなったりもしたのだが、それでも友人の恋を応援しようと見守る事にした。
しかし、その令嬢は気がつけば違う貴公子と結婚していた。
それを聞いた時は酷い裏切りだと憤慨したのだが、そんな可哀想な友をどう慰めたものかと観察していると、何故かジェドは違う令嬢に結婚を斡旋していた。何なら最初の令嬢へ結婚を斡旋していたのもジェド本人だった。
(えっ、ジェド、君、何してるの……?)
一瞬、騎士団長から結婚斡旋所に転職でもしたいのかと不安になり、訳を知ってそうな騎士達にどういう状況なのか聞いてみる事にした。
「あー、あれですね。なんか団長『悪役令嬢』に絡まれてるらしいですよ」
「悪役令嬢……って何? 悪い令嬢という事ではなく……?」
「えーっと、なんですかね。にわかに信じがたい話なのですが、お話の主人公を虐めた罪で断罪される悪女というんですか? そういう令嬢を悪役令嬢って言うらしいですよ。前に一緒にいた御令嬢は前世で読んだそういう系の小説と同じ世界で悪役令嬢と全くそっくりの自分に、前世の記憶を持ちながら転生してきたとかいう……なんか、そういうヤツらしいです」
「ええと……? それは、その令嬢の想像力が豊かすぎるとか妄言の類ではなく?」
「俺たちもそれ聞いた時には嘘だーって笑ったし、実際団長も同じ様に冗談の類だと思っていたらしいんですけど、どうやら本当らしくて……一度、放っておいたら断罪しかけて大変な騒ぎになったみたいですよ」
「……断罪だの処刑だのを私の国で許した記憶はないのだが」
「そうそう、でもなんかされちゃうんですよ、断罪。もうそうなってくるとミステリーとか超常現象の域ですよねー」
異世界から来ただの転生だのという者の話はルーカスも聞いたことはあった。実際に彼らは常識では計り知れぬ不思議な力を持っているのだ。
そして、他国では異世界から来た者を利用して戦争が起こりかけたという悪い話も聞いていた。
(これはこの国を脅かす話なのではなかろうか……)
話を聞いて不安になり急いでジェドを探すと、街中で幼女とお茶を飲んでいた。
もしや、そういった年齢層の令嬢が好きだから今まで誰とも付き合わなかったのか? と違う意味で不安になったのだが、聞こえてくる話から相手は先の騎士団員が言っていた『転生した悪役令嬢』だという事が分かった。
そして2人は、皇室がどうのとか、愛慾がどうのとかルーカスの身にダイレクトに降りかかりそうな嫌な話をしていた。
(……いや、その小説の内容が現実になるとすると平和どころの話ではない。急いで何とかしなくては……)
ルーカスはとりあえず令嬢の話を詳しく聞き、異世界からその主人公が来ないように手を打つべく素早く行動に出た。
ちなみにのちに判明したのだが、その皇室を愛慾に塗れさせようとした女性は、帝国の転覆を図る他国の教団がこの国を乱すために異世界から召喚しようと画策していたのだ。
(そういう類は潰したと思っていたが、我が国を転覆とは良い度胸だ……)
そうして、他国の企みを潰しつつ、静かな所で暮らしたいという令嬢の願いもちゃんと叶え届け、素早く全てを解決した。
(もしかしたら、こうしてコツコツと国を守る事が善き国へ導く事に繋がるのかもしれない……)
とルーカスは少しずつ納得した。
求める答えは皇帝となった今も模索中でありまだ完全と呼べるものは出てはいないが、最低限この厄介ごとに巻き込まれる体質の友人を守れる位には何事もこなせるようにならないといけないと思い精進した。
実際、ジェドが巻き込まれる厄介ごとはルーカスの想像を遥かに超えるものが多く、毎回全ての後始末をする度に仕事におけるスキルがぐんぐん上がっていった。
先日珍しくジェドに呼び出され、聖石を割ってほしいという願いを聞いたルーカスは、実は正直焦っていた。
久々に本気を出し、何とか割れて事なきを得た。……が、聖石より硬いものはこの国には無い。聖石を割った手は最強と謳われるルーカスの手を暫く腫れさせた。
もっと強くならならなくてはいつか対応しきれなくなるのでは? と少し不安に思ったルーカスは、時々魔王領で隠れて修練するようになった。
ルーカスはジェドから色々教えられてばかりだが、表面上は何でも出来るように見せたいのでこの話はジェドには絶対にしないと心に秘めていた。
尚、今はこの厄介な友人を助けたり、国を善くする事に夢中で、当分は女性関係や花嫁とかにも興味はないというのは冗談じゃなく本当の話だった。