展望所へ至る世界樹の途中で(前編)
「ジェド……私は既に何をしに来たか、分からなくなっているよ……」
あかん。陛下の士気がとんでもなく下がっている。
どれもこれも俺が悪役令嬢に巻き込まれるのが悪いのだが、それにしても立て続けに巻き込まれすぎである。まるで俺たちを聖国に近づけない為の――」
「君、思っている事途中から口に出てるよ? 言っておくけど聖国のせいにしようとしてもだめだからね」
「……はい」
そう言って俺を見る陛下の目は全く笑っていなかった。ヤバイ、早く行かないと途中で箱に入れて捨てられるかもしれない。
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聖国のある地『ファーゼスト』へのゲートを潜ると、高台の関門から世界樹が見えた。
ファーゼスト――帝国のある大陸からは海を隔てかなり遠い地であり、世界の中心と言われている大陸である。
しかし、何100年か前に大地が丸い事が判明して以来、何をもって何処が中心とされるのかは分からなくなっていた。やれ『大地のヘソ』だことの、『大地ど真ん中祭り』だの『愛を囁く世界の中心』だ事のと世界各地が中心を主張しているが、その中でも神への信仰心の厚い人は特に、この世界樹が本当に大地の中心でありその木と根は天界と冥界とを繋ぐと信じていた。
俺は、俺の立っている所が俺の世界の中心ですがね。
ファーゼストにある国は3つだけ。世界樹の上にある有翼人が住む聖国、木の途中のウロにドワーフが洞窟都市を作る匠国、木の根本にエルフが都市を作る狩国。
ドワーフの国は技術分野で優れた国であり、魔石を使った便利な道具が盛んに作られている。アリア・レアリティが異世界から知識を持ち込み考案した魔石ペンライトや、先程のエルフ騒ぎの魔術具みたいなものもここで作られている。
大きい物だとゲートもそうだが、匠国で作るのはガワタだけで魔石を埋め込み魔術を活用させる部分は魔塔が行っているそうだ。
その一方、エルフの国は世界樹の麓に広がる広い森を狩猟地とし、狩りがメインの国である。エルフの中には強い魔力を持つ者もたまに現れるが、多くのエルフは森で狩りや工芸品を作って暮らしている。エルフの作る工芸品は美しい事でも知られているので、お土産を探しに後で見に行きたい。
聖国へ行くにはこの果てしなく高い世界樹を登らなくてはいけないのだが、昔と違い今はドワーフの作ったエレベーターゲートがある。
これはワープゲートと違い、外の景色を見ながら上層階へと登るもので、木の幹に沿っていくつかあるエレベーターゲートはドワーフの各洞窟への交通機関ともなっている。
こんな長いゲートだが、驚いた事にこの昇降自体に魔石は一切使ってないらしい。何十年か前に来た異世界人が技術指南をして、長い年月をかけて作った物だとか。正直、どんな技術なのか見当もつかない。
エレベーターゲートの入り口近くには『技術の神』として頭に白くて丸い物を被ったオッサンの像が置いてあった。変な兜だな。
このエレベーターゲート自体が今では観光名所となっている。世界樹の頂上付近の大きな木の枝が張り出した所に展望所があり、そしてそこが聖国への入国関門でもある。
大体の観光客は展望所で世界樹からの景色を楽しんで帰るが、俺たちはそこから聖国へ入るのだ。長い道のりだった……いや、本当はもっと早く来れたはずなのだが。
そびえ立つ岩壁のような世界樹の一部に伸びるエレベーターゲート。その麓の受付は観光客で賑わっている。今日は天気がいいせいか、遊びに来た人も多いのだろう。大型竜で団体で来ているお客さんも沢山いた。
エレベーターゲートは10数基ある。途中の匠国に止まる台と展望所に直通する台があり、その展望所直通のゲートの1つに受付のドワーフが案内してくれた。
安全の為ボディチェックもされたが、この場合の安全は武器などではなく急に高い所に行くと気圧の変化で膨らんだり爆破したりする物があるので、危険な物を所持していないかを見ているらしい。そういう物はあらかじめアイテムボックスや収納魔法でしまうように言われる。密封されたお菓子等もヤバイのだ。
案内された入り口からゲート内に入ると、そこは鳥籠のような形をしている小部屋であった。
どうしてこんな小部屋があの高さまで魔石も無しに昇るのかは全くもって謎技術である。
遠くの高台から見た時はめちゃくちゃ高く見えたのだが、麓から見上げた時は最早どこまで続いてるのかすら分からないほど高い。
『本日は世界樹へお越し頂きありがとうございます、これよりエレベーターゲートは展望所へと登ります』
声と共にゲートが浮上していく。微妙な浮上感と耳が詰まるような感覚を感じながら景色が上がって行った。
「凄いですね、麓がもう見えないですよ」
「ドワーフの技術力にはいつも感心するね。これで数刻もすれば展望所に到着するらしい」
ある程度の高さになると麓が完全に見えなくなり、代わりに長く広い木の枝が沢山出てきてその奥に遠くの山々や海が見えるようになってきた。
「何か、こういうのって……途中で止まったらどうしようとか、そういう怖い想像しちゃいますよね」
何の気なしに言った俺の言葉に、陛下は真顔になった。
「君さぁ、そういう――」
ガタアアアアアアアン!!!!
「うわっ!!!」
「ぎゃっ!!!」
「なっ、何だ!?」
浮上していたエレベーターゲートが突然大きな音を立てて止まった。内部の明かりが消え、暗くなる。乗客は何が起こったのか分からずざわつき始めた。
暗い中でも陛下が怒っているのが分かった。
恐る恐る振り返ると顔は笑っていた。
「君さぁ……そういう事を君が言うと洒落にならないからやめてほしいって言ったよね?」
「い、いや、まだ俺が原因だと決まった訳では……第一、こんな大掛かりなものどうやって……」
その時、急にアナウンスが室内に響いた。
「驚かせて申し訳ありません。皆さんには……今からゲームをして頂きます」
アナウンスの声は女だった。




