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帝国一怪しい男(後編)



 ルーカスはフードの女と路地裏で対峙していた。

 逃げられないように退路を背にしている。


「君は大方、悪役令嬢とかなんだろう?」


「?! なぜ……」


「まぁ……何となく。話次第では悪いようにはしない。どの道、こうして身動きが取れないのも君にとって良い事ではないのでは?」


「……」


 女は観念したのか、フードをとって話始めた。

 フードの下に見えた顔はハーフエルフの女性だった。


「私は……隣国の小さな領地を納めてるエルフの領主の娘でサラと言います」


 エルフのいる領地は世界樹の真下に当たる。世界樹の木の上が聖国であり、その下は小さな国がいくつか集まる。聖国は有翼人のみの住む内向的な国なので、その小国達とは必要以上には取り引きをしなかった。目の前のエルフは聖国の回し者とは考えにくかった。そもそもエルフやドワーフが聖国の為に働くとも思えない。


「君は一体、何の目的で帝国に危険魔術具を持ち込んだ?」


「……私は、自分の運命を知りました」


 サラは1冊の本を出した。その本には『異世界の少女とエルフの王子』と書かれている。


「この本に書かれているエルフの王子とは、我が国の第1王子フィア様です。私は彼に見染められ、婚約する事になりました。ですが、その喜びを感じていたある日……この本を見つけたのです。その本の中では異世界の少女がフィア様と恋仲になり、私がその仲を引き裂こうとして断罪されていました。最初はそんな物信じていませんでしたが、事細かく書かれている内容があまりにも当たりすぎて……私は恐ろしくなりフィア様に婚約など無かった事にしようと言いました。今なら間に合うと。所が、フィア様は頑なに絶対に他の者を愛して私を捨てるなど無いと言って話を受け入れて貰えないのです……」


「なるほど。ならばその王子の言葉を信じて良いのでは?」


「いえ……この本にも王子が少女と会う前にはそう私に言っていたと書かれてあります」


(――何故、その本はそんなに詳しいのか……?)


 一体どこの預言者がそんな物書いたのかと、気になって作者の名前を見た。そこに書いてある名前に微かに見覚えがあったのだが、ルーカスにはすぐに思い出す事が出来なかった。


「それで……私は何か解決方法は無いかと探し回り、ついにあの魔術具を手に入れたのです」


「あれは一体何なんだ? 危険魔術具と指定されているからには危ない物なんだろう?」


 サラは苦々しい表情で答えた。


「あの魔術具は、指定した相手に発動するとその者が最初に見た者に心を奪われてしまう……という魔術具です」


「なるほど。それは危険だ。だが、なぜそんな物を……」


 つまり、見境なく誰かに惚れてしまうという事だ。どんな種族や国の者がいるか分からないゲート都市で使うのは尚更危険過ぎた。


「男に惚れるでも、遠い地の誰かに惚れるでも……とにかくあの小説の流れを変える事が出来ればいいんです! ……私以外の誰かならば!」


「それでは、彼が可哀想だとは思わないのか?」


「それは……」


「仮に後に心変わりしようが、今は君を愛しているのだろう? その愛する者の手で無理矢理他の人を愛するよう仕向けらるなんて気の毒すぎる。それに、君の気持ちだってどうなんだい? その本は関係ないだろう」


「……でも、もう遅いです! もうすぐゲートを通ってフィア様が来ます。あの魔術具と対になる魔石を彼が持っています。魔石が近づいた時……魔術具が発動するのです」


「何っ?!」


(――急いで戻らなくては! 魔術具が発動すれば十中八九巻き込まれるのは……ジェドだろう)


 2人は急ぎゲートの関門所へと戻った。



 ★★★



「くっ……殺せ……」


 取調室で美味しいものを食べ、身体中揉み解されてふわふわの動物達に囲まれて……漆黒の騎士団長ジェド・クランバルはもう陥落寸前であった。


「なかなか強情なやつめ。だが、これを食べて落ちない者はいない!」


「くん……まさか! この匂い、あの限定で並んでも買えないあの……」


 あの中々買えない極旨スイーツが近づけられた時、取調室のドアが勢いよく叩かれた。


「た、大変です!! エルフの王子が持っている魔石が発光して……」


 開いた扉の奥に、物凄く発光している光が見えた。エルフの王子らしき男が持っている魔石が発光し、それにつられて取調室に置かれていた怪しい魔術具も光出した。

 激しく魔術具が発光するとエルフの王子が魔石ごと勢いよく引き寄せられ、魔術具が発動する。

 その瞬間、周りが全く見えなくなるくらいの白い光に俺達は目を眩まされる。一瞬何かの魔法陣のようなものが見えたが、今は皆が何も見えず混乱していた。


「こ、これは一体何なんだ!!」


「何も見えなっ、いてっ! 何かにぶつかった!」


「みんな!! これはあの魔術具が発動した光だ!! あれは対になる魔石を持つものが最初に見た者に心を奪われてしまう!! 発動者はおそらく先程魔石を持っていたエルフの王子だ!!」


「何っ! やはりこの魔石はそういう事だったのか」


「うわーー!! 今のエルフの王子じゃね??!!」


 取調室は大パニックに陥った。とにかく光が無くなり視界が明ける頃にはエルフの王子から離れなくてはいけない。だが、取調室のドアも見えなければ誰が何処にいるかも分からない。


「うわー!! 光が無くなってきたー!!」


 ぼんやりと光が薄くなって来た時、誰かにぶつかられて一緒に転げた。聞こえた悲鳴がさっきのエルフの王子っぽい……あれ? もしかしてヤバイ?

 俺は咄嗟に近くにあったものを掴んで顔を隠した。


「ジェド!!! 大丈夫か!!?」


 視界がよく見えるようになって陛下とフードの女が取調室に飛び込んできた。その2人が見たのは転がっている男が2人……

 エルフの王子と、その下にいる俺……は顔をもふもふした兎で隠していた。


 エルフの王子はその兎を抱き上げ、入り口のフードの女を見た。


「そこにいるのはサラだね……」


「フィア王子! 魔術具は効いて無いのですか?!」


 王子は溜息をつきながら兎を撫でた。


「私はね、君が魔術具で何かを私にしようとしていたのは分かっていたんだ」


「?! なぜ!」


 エルフの王子は懐から破れた守り札を取り出した。


「魔法防御の護符だ。まさか……こんな魔法だとは思っていなかったけど、おかげでこの兎が少し愛おしい位で済んだようだ」


 なるほど、光る前に見えた魔法陣は魔法防御の護符のものだったのか、良かった。でもあのまま兎ガードしなかったら少し愛おしがられていたのか……危なかった。


「サラ……私は、お前の為なら王子の立場も全て捨てていい。それを言いに、君を探していたんだ」


「フィア王子?!! それは!」


「エルフの王子じゃなければその本の通りにはならない。そうだろう? だから……一緒に遠い地で2人……いや、この子も一緒に暮らそう」


「王子……いえ、フィア……私、私……貴方がそんなに想ってくれていたなんて……信じなくて……ごめんなさい」


「いや、不安にさせた私が悪いのだ……」


 2人は兎を真ん中にして抱き合った。取調室のオッサン達は大号泣している。


 かくして……ゲート都市の取調室を騒がせた事件は2人の絆を強くして終わった。



「いや〜、兄さん達済まなかったね。お詫びにこのスイーツとか、食べていいからね」


 あの後、エルフとハーフエルフはエルフの国を捨て、帝国の辺境で暮らすように手続きを行うと言っていた。

 危険魔術具を使用したのは立派な罪だが、被害者が出なかった為警備隊の配慮で罰金程度で済んだのだ。

 巻き込まれた俺たちはお詫びに、幸せすぎて口が勝手に吐いちゃう式拷問を受けていた。


「それにしても、あの本……」


「どうしました? 何か気になる事でも??」


「いや……」


 陛下はサラの持っていた本が気になるようだった。

 サラの持っていた『異世界の少女とエルフの王子』という本……何故か魔術具事件の直後に消えていた。

 サラは走っている時に落としたかもと言っていたが、陛下が気になるのは本の行方ではなく、本の作者の方だった。


 皇城の図書室にあった禁書の作者と同じ名前……『ワンダー・ライター』

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