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旅は道連れ世は悪女(前編)



「陛下、何でこんな夜中に出発するのですか?」


「良いから君はつべこべ言わずにこれに着替えなさい」


 陛下から渡されたのは、普通の旅人みたいな服と魔法のかかった石の入ったペンダントであった。

 ペンダントを着けると俺のチャームポイントの漆黒の髪と目の色が茶色に変わる。俺のアイデンティティの漆黒がなくなってしまった……この先の俺は、ただの茶色い騎士団長である。


「さぁ、行くよ」


「はい……」


 俺は肩を落として嫌々陛下の後に続いた……聖国……行きたくない。


 ―――――――――――――――――――



 あの悪夢事件の後、魔王アークは馬と共に魔王領に帰って行った。

 聖国がこんなにも帝国に何か仕掛けてきているのだ、魔王領にも何かあっては困るからと魔王領内にも十分に警戒させるらしい。

 他の皆は復活して仕事に戻って行ったが、そういや聖女はどこ行ったんだろう。……ま、いっか。



 そして、その事件の日の深夜、夜中3時……俺は皇城の執務室に呼び出された。

 確かに聖国に行くような話はしていた気がするが、こんなに急に……しかも夜中に出る必要はあったのだろうか??


「シャドウ、後は頼んだよ」


「はい、お任せ下さい」


 陛下の留守中はシャドウが執務室に篭って陛下の代わりに仕事をする事になっている。

 そもそも、この陛下の外出は俺とシャドウ、それに宰相のエースしか知らない。エースが上手く『陛下は悪夢騒ぎの後始末に追われ、執務室で缶詰になっている』と噂を流し人を近づけないようにしてシャドウをダミー陛下にする手筈なのだ。声はソックリだからしばらくは大丈夫だろう。


「でも何で騎士団員までに秘密裏に動くのですか? しかもこんな夜中に」


「まぁ、色々理由があるんだよ。夜の3時は聖国では起きていると魔界から悪魔が来て連れ去られると信じられている。聖国民は間違い無く寝ている時間だからね」


 え??? 益々分からない。到着してからならともかく出発をその時間にする必要ある?

 騎士団員に誰か聖国のスパイでもいるの……? 全然分からん。

 ま、何か深い考えがあるのだろう。陛下の考えは深すぎて分からないので深く追求しないのが俺のモットーなのだ。


 陛下は認識阻害の眼鏡をかけた。陛下の髪と目の色は魔法で変えることは出来ないらしい。あの太陽のような独特な黄金色は皇帝の血唯一のものであり、魔術具で色を変えることは何故か不可能なのだ。いいなぁ。俺の漆黒は簡単に茶色に屈してしまうというのに。


「それじゃあ行こうか」


「お2人ともお気をつけて……」


「ああ」


 心配そうなシャドウに見送られて城の外に出ると、首都は寝静まっていた。

 それでも酒場は相変わらず賑やかだし、ポツポツと明かりがついている家がある所を見ると昼間に寝過ぎて眠れなくなってしまった人もいるのだろうか? まぁ、あんだけ眠ればそうなるよなぁ……


「ねえジェド……もし、私が皇帝でもなくただの私だったとしたら、君は今のように一緒に来てくれたかい?」


 陛下が何か変な事を聞いてきた。


「何か変な夢でも見ました?」


「ええと……何か夢で見たのだよね。私に兄がいて、兄が皇帝になるから自分は自由にしていいと、そんな内容だった。私は別に皇帝が嫌だなんて思ってないのに……どこかで、もしそうならと望んでいたのかな、と思って」


「うーん……」


 皇帝じゃないルーカス陛下かぁ。ちょっと全然想像付かないからハッキリ言ってなんも分からん。


「まぁ、1つ言える事は……俺は今まで誰かの望んだ事を断った事はないので。陛下じゃない陛下が何処かについてきて欲しいって言えば……多分行くと思いますけど」


 そう、俺は断らない男。数々の悪役令嬢関連の頼みもなんやかんやでちゃんと受けていたし。


「……君はそういう男だよね。聞いた私がバカだった」


「おかしいな。俺は思った事をちゃんと真摯に答えているのですが」


「真摯という意味を調べ直した方がいいと思う」


 何でだ。こちとら生まれてから今の今まで、至って大真面目である。

 でも陛下を見ると何だか元気は出たっぽいので、多分答えは間違っていないのだろう。間違うもくそも俺は俺の答えしか出せないのだが。


 門番に話を通して首都を出ると、外には暗い街道が続いていた。とりあえず最寄りの街まで歩き、そこから馬車で移動になるらしい。だから何でそんな手間かけるの? 大人しく首都から馬車に乗ろうよ。



「今回の目的はあくまで聖国が何を企んでいるかの調査だからね。用心に越した事は無いんだよ」


 皇帝自ら調査に向かうなど聞いた事もないが、他の人に向かわせるには聖国は危険すぎるとか、そういう考えなのだろう。まさか腹が立ったので自ら殴り込みに行くような、そんな安直な考えな訳じゃあるまいし。え? 違うよね陛下?


 不安を抱えつつ少し歩いた先――最寄り町はリトという小さな農業の町だった。馬車は朝と夕方一回位しか来ず建物も少ないが、イエオンという商店街がありそこだけは何故か賑わっていた。そこしか集まれる所が無いのか老若男女皆がそこで買い物をする。

 俺たちも旅に必要なものをそこで揃える事にした。


 リトに到着したのは朝早くだったのだが、すでに朝市でイエオンは賑わっていた。


「イエオンは帝国全土に展開する複合商店街なんだけど、ここに来れば何でも揃うからと人気が高いのだよね。首都みたいに専門店があれば品質はそちらの方がいいけど、一般の者達にしてみればこういった安価で品質もそこそこ保証されてる位の方が利用しやすいらしいし。それに、下手にもぐりの変な店よりは信用に置けるからね。イエオン家は商家としては素晴らしいね。何でも先祖は異世界人だったとか……」


「便利なものは異世界から来るという言葉もありますが、こうやって人々の暮らしを良くしていくものはありがたいですね」


 複合商店街イエオンの、あまりの安さに驚きながら買い物をしていると――ふと隣の人に声をかけられた。


「あ、どうも」


「? こんにちわ」


 向こうは俺を知ってる風だったが、全然見覚えが無い。……多分。無いと思う。誰だっけ?

 というか、そもそも今は漆黒の騎士ではなく茶色の旅人なのだ。どう考えても相手の勘違いだろう。


「旅支度ですか? どこかへお出かけでも?」


「ああ、せ……いや、ちょっと遠くに」


「そうですか。あ、気をつけてくださいね、何でも近辺で盗賊が出るとか出ないとか噂になっているみたいなので」


「盗賊?」


「はい。それじゃ、良い旅を」


 そう言って、買い物が済んだその男はどこかに行ってしまった。


「ジェド、知り合い? 何か盗賊がどうのとか聞こえたけど……」


「いや、全然知らない親切な人が気をつけろって教えてくれました。そんな輩が出るなら見過ごせないですね」


「そうだね。あ、そろそろ馬車が来る頃だから行かないと」


 多分、ただの親切な人なのだろう。あんな狐のような目の男……見覚え無いし。


 それにしても盗賊かぁ。陛下が後で調査に人を送るって言ってたから大丈夫だろう。出るとか出ないとかって位だから遭遇する確率も低いだろうし。

 俺は悪役令嬢の類には巻き込まれるが、そんな物騒な事件に巻き込まれた事はない。盗賊が悪役令嬢な訳ないしな。さー、早く聖国行ってちゃちゃっと帰って来よう。



 ――数時間後


「ジェドさぁ……そういうのをフラグって言うんだよ」


「……」


 馬車の周りを取り囲む男達。柄の悪い男達の中に1人だけ目つきの悪い女の人がいた。


「お嬢、コイツらどうしますか?」


「全員ふん縛っちまいな! この女盗賊フローラ様の顔を拝んで、生きて帰れると思わない事だね!!」



 盗賊の頭はゴリゴリの悪女だった……

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