閑話・悪夢の余談
ルーカスは皆の安否を確認する為に城内や首都を見回ったが、そこはお通夜状態だった。
暗く静まり返る城内……死んだ目……虚なうわ言。
「……アーク、何してこんな事になったの?」
「いや、仕方なかったんだよ。ナイトメアの悪夢を見せるしか目を覚ます方法無かったんだから」
この惨状が仕方のない事だとは分かっていた。だが、見れば見るほど皆の気の落ちようが酷すぎた。
ルーカスが1人1人の話を聞いて慰める羽目になってしまったのだが、これも聖国の事を後回しにしていた自分の責任だろうと、申し訳ない気持ちで皆の肩を叩いた。
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「それでロイ、君は何の夢を見たんだい?」
「……僕はずっと本を見る事を許されて、本に埋もれたまま幸せな気持ちだったのです……でも、騎士団長がやってきて……鬼の様に怒って……本を奪った挙句図書館に火をつけて燃やしてしまって……うう……」
新人騎士のロイは、幸せな夢も悪夢も本のことだった。案外可愛いトラウマであるとも思ったが、人が何をどう嫌なのかなんてものは計り知れないから、そういう事を思ってはいけないのだと考え直した。
「今日だけは図書館奥まで出入りを許すから好きなだけ本を見ていい。ジェド、一緒に行ってこれで鍵を開けてあげなさい」
「ええ……」
「!!! やったーーー!!!!」
ロイは元気になってジェドに飛びついた。
元気になってくれて何よりだとルーカスは頷いた。ジェドが付いていれば後々面倒な禁書の類は読まないだろうと少々の不安を残しながら見送った。
ロイの近くにいた三つ子も沈んでいた。
「君達はどうしたんだ?」
「……俺達は、三つ子ではなく普通の3人兄弟として生まれた夢を見ました。それが……途中からそれぞれもう30人くらいの一卵性の兄弟がいる事が発覚して……」
「100人位いる自分達の顔にゾッとしました。三つ子でまだ良かったな……」
「ああ……」
自分と同じ顔が100人いるなんて怖すぎるとルーカスは身震いした。
その夢が余程怖かったのか、三つ子はげっそりと青ざめていた。
「ガトー、ザッハ、トルテ。君達は唯一無二の三つ子だから安心しなさい」
「陛下……実は俺達、幸せな夢だと思って見てた時……陛下の顔を思い出したんです」
「こんな風に普通の三兄弟じゃなくても、三つ子でもちゃんと見分けてくれる陛下がいたから、俺達目が覚めるはずだったんです……」
「そしたら……何故かそんな悪夢に変わって……」
三つ子は偽の幸せな夢を乗り越えてちゃんと目覚めるはずだったのだが、可哀想な事に無駄に悪夢を見せられてしまったのだ。何かごめんとルーカスは誰の責任かは分からないが代わりに謝った。
「はぁ……君達にも迷惑をかけたね。何か欲しいものはあるかい?」
「迷惑だなんてとんでもないですが、貰えるなら3人同じ色のカッコいい剣が欲しいです!」
「3人同じでいいのかい?」
「どうせ趣味が一緒だし。だったら3人一緒でいいからカッコいいのがいいよな」
「なー」
「ホントホント」
よく出来た三つ子である。後でちゃんと望み通りの剣を作らせようとルーカスは頷いた。
「で、ロックはどうしたんだ?」
「……言えません。俺の事は気にせず放っておいてください……」
副団長のロックは相当落ち込んでいた。何があったのかと聞いても頑なに口を割らなかったが、自分で立ち直ると言って聞かないのでそっとしておく事にした。誰しも人に言えないトラウマはあるのだ。
ロックは小動物が好きらしいので、ジェドに言って今度魔王領のもふもふカフェに連れて行って貰おうと頷いた。
「エースは何を見たんだ?」
「……私は元の世界で普通に暮らしていた夢を見ました。でも何か物足りなさを感じていたけれど、ずっと仕事で会いに行けなかった両親と幸せに暮らしていたんです。……ですが、途中からまた忙しくて家族とも離れ離れになり……ブラック企業で過労死も出来ずに死にそうになりながらずっと働いていました……」
エースの夢がこれまで聞いた中で1番真っ当に幸せな夢と悪夢な気がした。
「エースは、やっぱり元の世界に戻りたいのかい?」
ルーカスの問いかけに、エースは少し悩んだ末に笑って答えた。
「元々家族は遠方にいましたから、夢の中で少しでも一緒にいれて良かったですかね。それに、今は陛下達もいるし、こちらの地元にも家族は居ますし……別人のエースとして生活してますから今更帰っても、ですよ。まぁ願わくば、家族が無事に過ごしているかがわかるような、異世界が見えるような……そんな夢のような魔術具があったら嬉しいですね」
エースの願いは叶えるのはなかなか難しいかもしれないが、大事な宰相の願いだからいつか叶えてあげたいと心に留めた。
その後も皆の悪夢を聞いて慰めて回ったルーカスだったが、意外と皆そんなに深刻な悩みを抱えてない様子だったので安心した。
帝国の皆が幸せに暮らしているという事だろうが……と。だが、あんな魔法に屈しない位に現実の方が幸せと思うには、まだまだ努力が足りないと思い知らされた。
そういう意味では己の力不足を知らしめた聖国の攻撃にはありがたいと言えなくもない。
それでも、首都の民を危険な目に遭わせた事には変わりないし、それとこれとは話が別である。
「帝国はくよくよと過去に囚われてるヤツって少ないんだな……俺も吹っ切れたと思っていたのに、どっかでまだ忘れられてなかったのかなぁ」
アークは母と先代の魔王の夢を見たようで、酷く落ち込んでいた。
「過去に傷ついたり悲しく思った事なんてそう簡単に吹っ切れるものじゃないさ。いたずらに思い出させられたのは腹立たしいけど。逆に、ポジティブに考えるとひと時でもいい夢を見せてくれたのだと思えはしないかい?」
「まぁ、そうか。それにしてもお前こそ嫌な事なんて沢山あったんじゃないのか? 意外だな」
「ああ……私は皇帝だから。そんな過去にくよくよ囚われている訳にいかないからね――と、言いたい所なのだが、何というか……そういうのとは無縁な友人がいるとそうなるんだよ。君もそのうちそうなるさ」
思い起こせばジェドの父である公爵もポジティブな方だった気がした。だから代々公爵位まで貰って皇帝の1番近くで仕えてる家系なのだろうか? とも思ったが、そんな理由で公爵になっているはずがないのだ。
そんな話をしていると前方から怒り狂った聖女、茜がズンズンと歩いてくるのが見えた。遠くからでも分かる位怒り狂っていた。
「茜様、私は全然大丈夫ですので!」
「いいや、ノエルたんを泣かせたヤツを絶対に許さない!!!」
「ノエル様、茜様、一体どうされたのですか?」
シャドウが怖いもの知らずに声をかけた。流石、怖い記憶の無い私である。
「茜様は白い霧に包まれて眠っていた私を守って、ずっと側にいてくれたらしいのですが……私、途中で大泣きして起きたらしくて……それで」
ノエルが恥ずかしそうに言う。
「ノエルたんを泣かせたヤツを探してるんだけど、アンタら何か知らない?」
鬼のような形相の聖女。その顔が見れず、皆が目を逸らした。
アークと馬は冷や汗をかいている。
「その……多分、聖国の者が白い霧を出していたらしいから……それじゃないかな……?」
「聖国ぅ??? ――アイツか」
ルーカスは嘘をそんなに言ってない。誰かを守る為に時として嘘をつかなくちゃいけない時もあるのだ。
それを聞いた聖女は無言で立ち去った。流石に聖国に乗り込むまではしないよなと不安で見送った。
「所で、ノエル様は何の夢を見られたのですか?」
「……その……私、いつも騎士様や他の方が留守だし、もうすぐ全寮制の魔法学院にいかなくちゃいけないのが寂しくて。……夢の中ではみんなずっと一緒にいたのです。だけど途中で居なくなってしまって、何処を探しても見つからなかったの。でも……目を覚ましたら茜様もいて、家のみんなもいて……良かった。魔法学院に行っても帰って来れば皆様に会えますし、どうって事なかったのですね」
もじもじしながら答えるノエルを見たシャドウは困ったようにこちらを振り向いた。
「陛下……私はこの旅で数々の女性を見て、女心というものについては少し理解をしたつもりだったのですが、こんな可愛らしい悩みを持つ方もいたのですね。まだまだ女性の心というものを理解するのは私には遠い道のりです……」
ルーカスはシャドウが砂漠の国まで行って一体何を見てきたのか不安になった。




