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ナイトメアの見せる悪夢(後編)



 ルーカスは暖かい水の中に溺れているような感覚にあった。



 目の前が水にぼやけて何も見えなかった……ルーカスは泣いていたのだ。

 涙なんて、いつ以来流したのだろうかとぼんやり考えていた。


(……久しぶりだ。そういえばあの時以来だ。――あの時……?)


 徐々に視界がハッキリとして焦点の合ってきた目の前には、優しく微笑む最愛の人がいた。

 思わず走り寄った。もう2度と会う事は叶わない、夢ですら滅多に会う事は出来ない母だった。

 

(そうか、これは夢か……――夢?)


「さぁ……こちらにおいで」


「母上……? 私は皇帝になる為の勉強をしなくてはいけないのでは?」


 そうだ……母は、私が甘えてはいけない、と。皇帝になる為には自分との時間は無いものと思って欲しいと泣きながら自分を諭したのだ。こんなに優しく近くに抱き寄せるなんてなかったはずだった。


「何を言っているの? 皇帝は貴方の兄が継ぐはずでしょう? 貴方は兄の分まで自由に生きて良いはずよ」


 母が一瞬何を言っているのか理解が出来なかった。


「それに、この国はもう平和よ。魔族も聖国と和解して皆が平和に暮らしているわ。貴方が頑張る事なんて、何一つ無いのよ? さぁ、一緒に休みましょう」


 母は優しく抱きしめた。ずっと求めていた母の愛……母が言っているのだ。もう何も考えなくても良いと。ずっと重くのしかかっていた責任も……答えの無い善き国の未来も……何もかも忘れていいのだと。

 

(そうか……自由に誰かを愛し、何にも縛られず……――誰が? 私が??)


 母の重い腕を引き離し、その体から離れた。


「母上は……母上はそんな事言わない!!! 誰よりも私を愛していたから!!! だから突き放したんだ!!! ふざけるな!!」


 部屋を飛び出して皇城の廊下を走った。あの思い出の頃の短い手足では中々早く走る事は出来なかった。母を突き離すのは心臓を押し潰されるように辛かった。出来る事ならばずっと抱きしめていたかった。


 自室のドアを開けると、そこにはあの頃のジェドがいた。


「ジェド……」


 ジェドの隣にはルーカスによく似た男がいた。


「ルーカス、どうしたんだい? そんなに走って……」


「お前は……誰だ?」


 見覚えなど無い。同じ太陽の色の瞳……だが、こんな男などルーカスは見た事がなかった。


「ルーカス……兄の顔を忘れたのか? 酷いなぁ」


「あ……に?」


 先程、母も言っていたがそんな訳は無い。ルーカスに兄弟はいない。


「ルーカス殿下。この御方は貴方の兄……そしてこの国の皇帝となる御方です。口を慎みください」


 冷たく光る漆黒の目……ジェドが――


(――ジェドが真面目だ。絶対におかしい。え? ジェドが何か真面目な事言っている。目も笑ってない。ちょっと待って、え? 誰?)


「私はこの御方に剣を捧げた身。それ以上の無礼を働くようであれば――」


「ぶはっ!」


 その言い様に耐え切れず、ルーカスは思わず吹き出してしまった。


「なっ、何がおかしい!」


「いや、おかしいのは圧倒的に君なんだけど。……夢の趣旨はよく分かったよ。私が皇帝じゃなかったら……母に甘えられて、責任に縛られず自由に生きられて、アホな友人の尻拭いをしなくていいと……そう、言いたい訳だね」


「ヒッ」


 部屋のあちこちが割れだした。目の前のよく分からないジェドもどきが震えている。ルーカスは怒りでどうにかなりそうだった。怒気が身体のあちこちから漏れ出しているのがわかる。


「私はね……君達が思っているよりも現状に満足しているんだよ」



 ★★★



「そうなのね」


「――えっ」


 叫んだ瞬間、目の前に見える馬の顔。黒い馬がのしかかっていた。

 驚きで思わず飛び退くと、周りには魔王やジェド、シャドウがいた。黒い馬が口を開く。


「ルーカス陛下も一瞬取り込まれかけたのだけど……案外現状に満足している方の人だから、悪夢を見せる前に自分で目が覚めたみたい。ずっと寝ていたのは単なる寝不足ね」


 馬が喋れる事にもビックリしたのだが、この状況がイマイチよく分からない。そう言われて思い起こせば、悪夢といえば軽く悪夢だったような気もした。

 状況がよく飲めず呆然としていると、シャドウがすぐに説明してくれた。よく気がつく所は流石私であるとルーカスは感心した。


「我々が帰って来た時、陛下も首都の皆さんも白い霧のせいで眠りについていました。聖国の女王、オペラ・ヴァルキュリア様が神聖魔法で作り出したものです。その霧に包まれた者は眠りにつき、トラウマの悪夢を見せられます。それをいい夢に変える事によって、夢に囚えていたのです。それでナイトメアさんに頼んで、より悪い悪夢を見せる事によって皆を起こしていたのですが……陛下は悪夢を見せる前に起きました」


「トラウマの悪夢……」


 潜在意識であんな事思っていたのだろうか……と思えば心外中の心外である。確かに、皇帝になる事が嫌だと思った時期もあったのだが、そんなものはもうとっくに乗り越えたのだ。ルーカスにとって色んな嫌な事もあったが、自分がやらねばいけないものだからと。


「いやぁ、陛下も俺と一緒でトラウマなんて無かったのですね。自分だけじゃなくて安心しました」


「……」


 この男に至っては本当に嫌な事やトラウマ等一切無いのだろう。だが、アホのジェドと一緒にされた事が1番の心外であった。


「ふ……ふふふふふふふふふ」


「……陛下?」


「アホのジェドと一緒にされた事といい、夢で舐められた事といい、帝国に舐めたマネしてくれた事といい……」


 完全にブチ切れすぎたルーカスは堪えきれず笑ってしまった。その様子に皆がどん引きで距離を取る。


「おい、ルーカス……怒りで行動するのは良くないぞ」


 アークが説得し始めたが、もう我慢の限界である。

 怒りすぎて感情のコントロールすら難しくなってきたルーカスは、落ち着こうと息を吸って振り向いた。


「ジェド。聖国に行くよ」


「えっ、聖国? 俺も?? 何で???」


「それはね……皇帝を守る騎士団長だからだよ、道連れに決まっているだろ!」



 かくして、いい加減堪忍袋の緒が切れた皇帝は聖国へと文句を言いに旅立つのであった。

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