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悪役令嬢は砂漠に埋もれる(後編)



「それで、どこに向かっているんだサンドラ嬢は」


「何でもサンドワーム侯爵家がすぐそこにあるらしいから、ついて来て欲しいそうだ」


 俺達3人はサンドラ・サンドワーム嬢に案内され、砂漠を歩いていた。

 サンドワームの家だから砂の中かと思ったのだが、家までは地上を歩くらしい。有無を言わさず海に引き摺り込んで投獄する人魚達よりは良心的である。


「砂の中はサンドワームの家とかあるだろうからな。砂の中を移動するのは他人の庭先を移動するようなもので無礼なのだろう」


「まぁ、言われてみれば確かに」


「という事はこの砂漠の下には沢山の生物がいて、私達は屋根を移動しているような形なのですかね」


 この地面が全部サンドワームの家とか……怖い事を想像させないでほしい。

 そんな無駄話をしていたらサンドラがピタリと止まった。どうしたの? もう着いたの? 意外と家は近くにあったんだ――


「ギャオオオオオオ!!!!」

「ギャオオオオオオ!!!」


 ――と思っていたら、サンドラより1回り小さいサンドワーム達がニョキニョキと奇声と共に顔を出した。怖い……

 状況が全く掴めずにいるとアークがまた肩に手を置く。


「シャドウ、お前も俺に触れろ。話が聞こえないと状況が分からんだろ」


「……はい」


 シャドウも戸惑った様子でアークに触れた。俺達と一緒にいる以上、お前も道連れなのだよシャドウよ。


「ギャオオオオオオ!!!」


(お嬢様がお帰りになったぞ! また暴れられては困るから丁寧にお迎えしなくては!)


(サンドラお嬢様が一度癇癪を起こすと家がめちゃくちゃになってしまうからな……)


(サンドラお嬢様には困ったものだ……先日も庭師が花を枯らしたと怪我をさせられた。お茶を零したメイドなんて罰として酸を浴びせられたそうだぞ)


 出迎えたサンドワーム達はサンドワーム侯爵家の従者達だったらしい。話だけ聞いていると普通の貴族の会話のようだが……つーか、サンドワームなんだから暴れるのが本来の姿では……?


「サンドワームの庭って何処ですかね?」


「花が咲いてるから、その辺じゃないか?」


 アークが指差す方を見ると確かに砂の中に花が咲いていた。サンドワームにも花を愛する美的感覚とかあったのか……

 サンドラは気にする様子も無く従者達を無視して自分達を応接室(砂地)へと案内した。



「ギャオオオオオオ」


(ごめんなさいね。サンドラという令嬢は本来は気難しい性格で度々従者に当たっていたわ。気に食わない者がいると頭から被りついたりするような事もあったの。だから従者達には嫌われていたわ)


 サンドラと俺達の間の砂地にはテーブルがあり、そこに置いてあるティーカップにも砂が入っていた。

 まぁ、そうよね。サンドワームなんだから砂だよね。え? だからお茶も砂ってコト……? え? これ飲めるの??


(そんな感じだからこうしてお茶にも嫌がらせされるのよね。待ってて、替わりのちゃんとしたお茶を持って来るから)


 と、サンドラはちゃんとしたお茶を淹れ始めた。あ、砂は嫌がらせだったのか。サンドワーム界の常識が分からないから正常な判断がつきにくい。


「それで、サンドラ様はどうされたいのですか?」


 ちゃんとしたお茶を飲みながらシャドウが尋ねる。

 ……そう言えばシャドウはお茶をどうやって飲んで、消化される時どうなるのか凄く気になる。が、真面目に話をしているのでまたにしておこう。


(……私には、愛する方がいました。ですが私は生前、様々な悪事を働き……愛するその方の手で石に封印されてその生を終えたのです。家督を守る為に殺した者の中には彼の家族もいました。……今度の生ではその運命を変えたいのです。彼の家族を傷つけず、彼に殺される事もなく、静かにこの家を離れたいと思っています)


 ……なるほど。全然わからん。

 えーと、つまりは悪役令嬢が悪事を働きすぎて婚約者に殺されて時間逆行して来たって事だよな? 目の前のサンドワームのビジュアルが強すぎて何も話が入って来ない……


「人間は固定観念が強すぎる。容姿によって差別するのは良くないぞ、サンドラ嬢はこれでも真剣に悩んでいるんだからな」


「私には固定観念が無いので話だけは分かりました」


 くぅ……俺だけが置いてけぼりである。人間らしさが仇となっているのだ。固定観念を捨てなければ……ここにいるのは困っている美しい令嬢……



 ドスン!! ドスン!!!


 お茶を零す程の振動で砂漠が揺れた。またしても何かが近づいて来たのだ。

 俺達は警戒して辺りを見回した……すると、他のサンドワームの従者が一斉に砂から這い出て逃げ出した。ぎゃあ! こんなに砂の中にいたのかよ!!


 と、地面を見ていると太陽が急に隠れた。それは太陽を隠す程の巨大な、8本足のトカゲであった。頭には王冠の模様……


「騎士団長! これはまさか」


「ああ……砂漠の伝説、小さな王『バジリスク』……」


 バジリスクとは、砂漠に生息する伝説の生き物だ。その毒のブレスは岩をも砕き、その瞳を見た者は石化してしまうとされる。恐らく、砂漠の王族が既にいるから小さな王と呼ばれてるのだろうが、全然小さくない。サンドワームよりでかい。


「誰だよ砂漠安全とか言ったやつ……」


 バジリスクは幸いな事にまだ瞳を閉じていた。そのバジリスクにアークが無用心に近づいて行く。お前……魔王だから怖く無いの?


「ふむ……なるほど」


 アークがまたしても良くわからない納得をしていた。まさかとは思うが、また悪役令嬢とか言わないよな……?


「いや、そうじゃないみたいだぞ。ほれ」


 またアークが肩に触れる。


「グオオオオオ」

(サンドラ……君は僕の元を離れて行くと言ったが……まさか彼等が新しい婚約者だとでも言うのかい?)


「ギャオオオオオオ」

(そうでは無いの! 愛するのは貴方だけ……でも、貴方に言っても信じて貰えないかもしれないから……貴方の家族を傷つけ、貴方に殺される位なら……私は貴方の前から消えた方がいいの!)


「グオオオオオ」

(何を馬鹿な!! どうしてそんな事を言うのだ!!)


 ……何か始まった。バジリスクとサンドワームが何か言い争ってるが、ビジュアルが邪魔をして全然話が入って来ない。見た目だけは怪獣大決戦である。


「つまり、サンドラ様の言っていた愛する方とはバジリスクの事だったのですね」


「まぁ、そういう事になるな。バジリスクは高貴な魔獣だ。サンドワームの位の高い令嬢と婚約していてもおかしく無いな」


 いや、十分おかしいだろ。俺を置いてシャドウとアークが勝手に納得している……俺を置いてかないで。


「グオオオオオ!!」

(君は、そんなに僕が信じられないのか!!)


「ギャオオオオオオ」

(違う!! そうじゃないけど……私……私……」


「グオオオオオ」

(僕は、君の為なら家も、何もかも、捨てていいと思っている)


「ギャオ!?」

(?!)


 おっと、急展開になったぞ。俺達は最早、話に入る事は出来ずにサンドワーム茶を飲みながら2匹の会話を聞いていた。もう何かお昼にやっている歌劇だよなぁこれ。


「グオオオオオ」

(君が言っていた話……未来で起こった事というのを最初は信じられなかった。でも、君を憎み、君と争い合う未来が待ってる位なら……今すぐに逃げよう。未来の僕だって、君に手をかけた後すぐに後を追ったはずだ。でも、まだ何も起きてないじゃないか。だったら僕は君と……生きたい)


「ギャオオオオオオ」

(……バジリス! 私……私……)


 おお、何だか分からないが解決するっぽい。

 だが、バジリスクとサンドワームが抱き合う姿は全然感動が湧かない。やはり普通のホモサピエンスの俺には固定観念を捨てるのは難しいようだ……


「グオオオオオ」

(僕は嘘は言わない……僕の目を見て……信じてくれ)


「ギャオ………」


「あ……」

「あ……」

「あ……」


 サンドラはバジリスの開いた目を見た瞬間石化した。


「グオオオオオ!!!」

(なんて事だ!!! サンドラーーーー!!!!!)



 結局、サンドラの石化はアークが魔法で解いて事なきを得た。

 2匹は遠い砂漠の地で新たに家庭を築くらしい。


 2匹の話だと王族の墓所はまだ先らしいのだが、道中は魔獣がいるものの害があるような奴らは居ないそうだ。そりゃあ、サンドワームもバジリスクも襲って来ないなら安全なのだろうね。

 シャドウが「愛とは色んな生物が持っているのですね。まだまだ分からない事だらけです」と言っていたが、普通に生きている俺にもよく分からないんですが……?

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― 新着の感想 ―
[一言] まさかのサンドワーム令嬢です!? 個性豊かな悪役令嬢たちだと思ってましたがまさか人の面影のない悪役令嬢だったとは思いませんでした。安定して面白いです!
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