悪役令嬢は砂漠に埋もれる(前編)
「先祖の墓?」
「ああ。砂漠の国の王族は代々サハリの北方に建てられた神秘的な石造りの墓に眠る。その墓では度々催しが行われ、世継ぎが生まれた時や即位した時などにはそこで盛大に祭りを開くのだが……」
墓で祭りを開くってどういう文化なんだよ。
「墓では必ずしも悲しまなくちゃいけないと言うルールは無いからな。国によっては祖先を楽しませる為に墓で宴を開き、どんちゃん騒ぎをするらしいぞ。魔王領でもゴースト達がお墓で運動会してるしな」
いや、それは幽霊だからだろ。
「お祭り自体は別に墓の中で行う訳ではなく、墓のある建物の周りで行われる物だから安心してくれ。問題は、その墓所に近づく事が出来ないという事だ……調査に送り出した者達も、墓所に辿り着くことが出来ないと言っていた」
「……それを、何で俺が調査するんだ?」
ジャスティアは溜息混じりに俺を見た。
「……実は、我が先祖の中に唯一の女性の王がいてな。その美しさで周りを惑わした稀代の悪女ともされている。その女王の呪いなのでは、と民の間で噂が流れているのだ。その話を聞いた時に其方の顔が思い浮かんだ。何とか力を貸して貰えないだろうか」
話を聞いたシャドウとアークもこちらを見た。
ええ……また悪役令嬢? いや、悪役女王か?
―――――――――――――――――――
「何で皆して俺に頼むのか全く分からないのだが、俺は何も出来ないぞ」
漆黒の騎士ジェド・クランバルと魔王アーク、甲冑騎士シャドウは墓所の調査の為に砂漠を歩いていた。
人魚の女王アクアは王宮に残ってジャスティアとの盟約の話をするらしい。ちゃんと面と向かっての話は出来ているのだろうか。
「まぁそう言うな。お前が絡めばなんやかんやで解決しているのは事実だ。墓所も見にいくだけでいいらしいし、行くまでは遠いが道中は安全だと言っていたのでのんびりと行こうじゃないか」
サハリの王族の墓所はサハリの王宮がある首都から更に北に砂漠を歩いた所にあり、かなり距離がある。もしかしたら1日では辿り着けないんじゃないだろうかって位遠いらしい。一応野宿が出来る様に準備はしてきているが、出来ればこんな砂漠でのんびりとはしたくない。
天気は良かったが、思っていた程のかんかん照りではないのでまだ歩きやすい。
砂漠を歩く中、シャドウはアークを物珍しそうに見ていた。
「魔王様は黒いライオンの御姿にもなれるのですね。どちらが本来の魔王様なのですか?」
「別にどっちが本来とかそういうのは無いが、こちらの姿の方が俊敏なので攻撃や異動をするのには適しているな。だが、仕事をするにはこの姿は適さないので滅多にならないがな。魔法も魔法式を描くのにこの指だと描きづらいし……」
アークは森や砂漠など足場があまり良く無い所を靴で歩くのが億劫みたいで、たまに黒いライオンになる。実は獅子のアークは毛がふさふさで気持ちいいのだ。シャドウも手袋を脱いでふさふさ触っている。ふさふささせてくれる魔王ってどうなの?
「別に腹を触らなければいい――ん?」
アークが何かに気付いて足を止め、周りを警戒し始めた。
確かにうっすらと地の底から地響き音が聞こえ、それは次第に大きくなっていく……
「何か……近づいてる?」
俺とシャドウは剣を抜き周りを用心した。
だが、それは俺達の警戒した方向ではなく突然砂地の下から這い出てきた。地面が盛り上がり、そいつが姿を見せる。
「これは……」
それが立ち上がる前に飛び退いたものの、その獰猛な見た目に凍りついた。
顔と呼べるものはなく、巨大な口には沢山の牙が生えている。大蛇とも似た体はゆうに10メートル以上あるだろうか……砂地から全てが出ていないので一体どの位の大きさがあるのか分からない。
これは……間違い無くアレだ。
「さ、サンドワーム……」
サンドワームとは――虫系が苦手な人には説明したくないし、かくいう俺も虫が苦手であるが……平たく言うと巨大なミミズである。
竜の仲間とか言われているが、どう考えても虫である。竜の方が絶対可愛い。あの凶悪な牙とかヤバイでしょ……誰だよ、行くまでは遠いが安全だとか言ってたやつ。思いっきり凶悪なやつが出てきてますやん。
「ギャオオオオオオ!!!」
サンドワームは何か物凄い声で叫んでいる。めっちゃオコですやん。俺達何かしました?? あ、上歩いていて知らずに踏んだとか……?
「ふむ……」
サンドワームの叫び声を聞いたアークが人の姿に変わった。魔法でもぶっ放すのだろうかと思ったら、普通にサンドワームの話を聞き始めた。え? あちらさん、威嚇じゃなくて何か話してるの?
「ギャオオオオオオ!!!」
「なるほど」
何がなるほどなのか全然分からない。
到底会話が成り立っているようには見えないのだが、何か会話をしているらしい。そういやアークは魔物達を統べる魔王だったの忘れてたわ。俺達を襲わないように説得でもしてくれているのだろうか?
アークは一頻りサンドワームの話(?)を聞いた後こちらを振り返って俺に手招きをした。
え? 何……? まさか……
「嫌な予感がするんだが……」
「まぁ、そう言わずお前も聞いてみろ」
「絶対嫌だ!」
抵抗しようとしたが、逃げきれずアークに捕まってしまった。その瞬間、頭の中に可愛らしい声が響いてくる――
(私はこの砂漠のサンドワーム侯爵家の娘、サンドラ・サンドワーム。実は私は未来を見て来たのです。その生では悪役令嬢として処刑され、その瞬間未来から巻き戻って来ました。どうか……私を助けてください)
思わずアークの手を払う。
「……突っ込みたい事が山ほどある」
「意外と可愛い声だろ? 雌だったんだな」
「それもそうだが、サンドワームに侯爵があるのか?」
「本人がそう言ってるんだからあるのだろう」
知らなかった、驚愕の事実である。サンドワーム内にコミュニティが出来ていて、サンドワームにも悪役令嬢がいたのだ。
「凄いですね、サンドワーム内にもそんな階級があったのですか?」
「砂漠や海など、その環境でしか生きられない魔物達については魔王領の管轄外なんだ。人に危害を加えるような魔物がいれば通報があったりして俺が怒りに行く事もあるんだが……まさか砂の中でそんな事になっているとは、俺も知らなかったな。砂漠は奥が深いな」
「じゃあ海の方もそういう自然に出来た生物同士のコミュニティがあるのですかね?」
「うーむ……そうかもな。今度じっくり調査してみたいな」
シャドウとアークが盛り上がっている中、俺はサンドワームのサンドラさんにロックオンされていた。
おーい、早くサンドラさんの頼みを終わらせに行かない? 俺、虫苦手なんだよぅ……




