悪役人魚は海に沈む(中編)
「……いつまでこうしてたら良いんだ?」
部屋の中には煌びやかな装飾のビキニパンツの男達。しかもお尻が半分出るヤツね。凄く小さいのよこのパンツ。
シャドウに綺麗な海と砂漠を見せるはずが、何でこんな所で男共のパンツ姿を見なければならないのか……シャドウの情緒が変な育ち方をしないかだけが心配でならない。
「騎士団長、誰か来ましたよ」
死んだ目をしながら無心で扇を仰いでいると、人魚の少女達に連れられて一際美しい人魚が部屋に入って来た。
パステルピンクと水色のグラデーションが美しい髪には真珠が散りばめられ、上半身は煌びやかなドレスを纏い尾にまで宝石が広がっている。恐らく、この人魚が女王なのだろう。
「アクア様、人間の見目の良い男達を集めましたが、いかがでしょう?」
「あの男と同じ様に薄着にしましたよ? ほら、肉体も引き締まっていますでしょう?」
あの男がどの男を指してるか知らんが、こんな尻が半分出てて宝石を散りばめた様な服を常時着ているような男は多分変態なのだと思う。
人魚の女王アクアは一通り見回した後、不満げに眉をハの字に寄せ泣き始めた。
「違う……ジャスティア様じゃない。私……私……ジャスティア様じゃなきゃダメなの……」
あの男ってやっぱり砂漠の国サハリの王ジャスティアの事かよ。
人魚達は女王の言葉に溜息を吐き、煌びやかにデコレーションされたモリを持ち始めた。
「苦労して沢山イケメンを集めたのだがダメだったか……仕方ない。コイツらを殺して全面戦争だ」
「こらーー!! 急に物騒すぎるだろ!! 人魚ってもっと歌ったり踊ったり幻想的で優雅なもんじゃないのか???」
「我々は踊ったりはしないが、歌ったりすると船が難破する位の嵐になって危険だぞ」
船の難破の心配はするのか……? 武力で血の雨が降る方がヤバイだろ。どうなってんの倫理観。
「あの、私は女王の状況もお気持ちも全く分からないのですが……お話だけでも聞かせては頂けないでしょうか?」
シャドウが女王を説得し始めた。流石、1人だけマトモな格好をしているヤツは違うな。
「……ぐす……聞いてどうするの」
「私には感情や愛という物が分かりません。何がどうダメなのか、女王に何があったのか知りたいのです」
「……よく分からないけど……まぁいいわ。私は人魚の国の女王アクア。私が彼と出会ったのは数年前の事――」
★★★
その日、海が荒れて船が難破しているのを見かけたわ。男が1人、海に沈みそうになっていたから助けようと思ったの。その時、海中で見た燃えるように赤い瞳……その瞬間、私は彼の物になってしまった……
彼を陸に上げ、人の目を逃れる為に逃げたけど……私は彼の事が忘れられなかった。
他の魚達に聞いた話で、彼が砂漠の国の王ジャスティアである事が分かったの。
ジャスティア様は自分の国にハーレムを持っているとも聞いたわ。だから私……魔法で人間になり、そのハーレムに入れてもらおうと思ったのよ。
人間の間では人魚が沢山の妻達を殺しに行くなんていう伝説が語られていたけど……私は違う。
彼に愛されるならば人魚の女王の立場も何もかも捨てて、ハーレムの1人だっていいと思った……
――だけど……
彼が愛していたのは王妃だけだった。ハーレムの女が沢山いても、砂漠が彼の全てでも……彼の真っ赤な瞳はアビスだけの物だった。
彼の瞳が私の物になる事は無いって知って、私はアビスを殺そうとしたわ。
でも……出来なかった。彼の悲む姿も見たくない。彼から憎まれるのも怖い。……それに、彼を同じように愛する女を殺すことなんて出来なかったの。
彼が心から愛する人を……殺す事なんて……
★★★
「私……その時気付いてしまった。彼の全てを愛してしまったのだと……だから、どうしていいか分からなくて……ここへ戻って来たの」
女王の話を聞いていた全員が言葉を失った。
アビスもそんな感じだったけど、南国の女性はこんなにも情熱的に人を愛するのか?
……と思ったが、全面戦争だとか言っていた人魚達が動揺していたのを見るとそうでも無さそう。
もしかしてジャスティアが情熱的愛され男子なのだろうか。だからハーレムとか作れちゃうのか?? なるほどなるほど?
静かな空間で女王の泣き声だけが響く中、最初に言葉を発したのはシャドウだった。
「私には、一般的な愛というのはまだよく分かりません。ですが……貴方が砂漠の王に抱いた愛が凄く美しい物だというのはよく分かりました」
「美しい……?」
「その方を愛し、その方が愛する物全てが貴方の愛しいものなのですよね? だから人魚の女王の立場も何もかも捨ててまで彼の元に行く事も出来たし、彼の愛する者を殺す事も出来なかった。その愛は……美しくて、情熱に溢れていて……こんなに心を打つ物があるなんて思いませんでした」
「……貴方は、早く忘れた方がいいとか、他にいい男がいるとか言わないの?」
「なぜ? 貴方の彼を思う気持ち以上のものが他にあるとは思えません。そんな崇高な愛は2つと無いでしょう」
「……そうなの。そうなの。ねえ、貴方は私がどうしたら幸せになれると思う……?」
「ええと……幸せというのはよく分かりませんが……彼の愛する物全てを愛しているならば、砂漠の国と普通に交流して、毎日でも会いに行けば良いのではないでしょうか?」
シャドウの一片の余分な心の無い言葉に女王は驚き黙り込んだ。確かに、俺達だと他に好きな人がいる姿を見るのは可哀想とか、自分の物にならないならいっそ……とか、他にいい人を……とか余計な事を言っちゃいそうだけど、そんなに愛するならこんなに離れてなくても普通に人魚の女王として交流すれば良いよなぁ。ハーレムでもいいとか言ってた位だし。
「私……難しく考え過ぎてたのかしら……」
「貴方のそのお気持ち、素直に伝えてみては?」
「……そうしてみる。そういえば私……自分の事も、気持ちも、まだ何も彼に伝えてなかった」
そう言うと女王は魔法で足を人間に変え、人魚達に向かって高らかに宣言した。
「私、この方々と一緒にサハリに行くわ! 同盟を結びに! 異論は無いわね!」
女王の言葉に人魚達は首を垂れる。
それを見ていた他の男達は号泣し始めた。え? 何、どうしたの急に……
「人魚の女王の愛……凄過ぎた」
「俺……モテると思い込んでたけど……そんなに愛された事ない……」
イケメンパンツ達は女王の愛に感動しすぎて泣いていた。
「俺……このままここに残ろうかなぁ」
「そうだな。国に帰ってもそんなにいい事無いしな。人魚の方が優しいし」
優しいヤツは投獄したり全面戦争しないと思う。
だが、人魚達を見ると満更でも無さそうなので、彼女らも女王みたいな恋がしてみたくなったのだろうか。
一時はどうなる事かと思ったが、シャドウが解決して上手く愛についても学んでくれた。俺は何もしてないけど。半ケツ晒して扇を振っていただけである。
そう、俺は割と巻き込まれるだけ巻き込まれて特段何かした訳でもなく勝手に解決する時が多い。俺が巻き込まれる必要が無いなら巻き込まないで……




