悪役人魚は海に沈む(前編)
「なるほど、知らない間にそんな事があったのか。こいつがルーカスの記憶が分離した奴か……ルー粕?」
「私はシャドウと言う名前を貰いましたので。騎士団長、この御方はどなたでしょうか?」
「……やたら馴れ馴れしい魔王だ」
どこから聞きつけたのかわからないが、魔王アークが皇城にシャドウを見に来た。
興味深げにしげしげと見回している。シャドウはまだ生まれたての陛下なんだから苛めないであげてほしい。
「魔王って……確か皇城は魔気に対する結界が張ってあり、この魔法は先代皇帝にしか解けないのでずっと魔の者は入れないとお聞きしましたが」
「魔王だからな。結界効かないんだと思う」
そう、何故か皇城には魔気に対する結界が張ってある。これは先代皇帝の時代、まだ魔族や魔獣が人を襲っていた頃に城を守る為に先代が張ったものらしい。が、今となっては魔族とも戦ってはいないので結界を張る必要は無いのだが、この結界、厄介な事にかけた本人でないと解けないのだ。
そもそも魔王ともなるとこのレベルの結界は効かずあまり意味は無いのだが……というか最近の情勢を考えると聖気への結界を張った方がいい気がする。あ、聖女が入れなくなるからダメか。
「確かにルーカスに似てはいるが……思考が浅いんだよな。こいつには情緒が足りない」
「情緒か。確かにシャドウは記憶が真っ新な状態にある。私としてももう少し心が育って欲しいなとは思うけど……何かいい方法があるのかい?」
「ああ。丁度ジェドと砂漠の国に行こうとしていたんだ、シャドウも一緒に行くか? 海や砂漠見たいだろう?」
「海……」
という訳で、シャドウと3人で砂漠の国サハリに行く事になったのだが……
俺はまだ一言も行くとは言ってないのにサラッと人数に入れるのやめてくれない?
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漆黒の騎士団長ジェド・クランバルは魔王に連れられて砂漠の国サハリに向かっていた。
陛下の記憶喪失中に生まれた薄い陛下改め、甲冑騎士シャドウも一緒である。
シャドウは記憶が真っ新だったがその分仕事もよく覚えたし、剣の腕も元が陛下だからか教えるとめきめきと上達していった。だが、確かに魔王の言う通り心がまだ育っていない節はある。そればかりは教えて育つような物ではないしな。
魔王曰く、色んな物を見せた方が情緒が早く育つそうだ。
俺達3人は遠い砂漠の国に行くための船に乗っていた。
シャドウは初めての海を興味深げに見つめている。
「凄い、こんなに広くて大きいのですね。海」
「ああ。月が昇ったり陽が沈む景色もまた違った姿でいいぞ」
海は沢山の吟遊詩人が讃え歌う程に人の心を震わせるものだ。蒼く波打つ水面を見てると、揺れてどこまで続くのか確かに考えちゃうよね。
「所で、魔王様は船に乗るなり具合が悪くなってしまったみたいですが……何かあったのですか?」
「世の中には乗り物に乗るとそうなるヤツもいるんだ。気にするな」
アークはまたしても船酔いでダウンして客室で寝ていた。魔王の弱点が乗り物って、勇者もビックリだわ。
シャドウは海をぼんやり見つめていた。陛下とも話をしたのだが、変な生まれ方をしてしまったので戸惑ったり悩む事も沢山あるかもしれない……だが、折角生まれたからにはシャドウにはシャドウの人生を見つけて欲しいと俺も陛下も思った。俺にも生まれた原因があるかもしれないから出来るだけ面倒は見たい。
ん? 陛下から俺が原因で生まれ……いや、気持ち悪い事を考えるのは止そう。
最近悪役令嬢のせいで変な思考が過りがちである。怖っ。
「騎士団長、海って色んな生き物がいるのですよね?」
「ああ。俺達の知らない生物も沢山いるみたいだし、何なら生物の最初は海から生まれたんじゃないかって話もあるらしいぞ」
「そうなのですね。あれは何でしょうか……」
シャドウが指差す方を覗き込むと、船のすぐ下の方に何かが頭を出していた。
それは、よく見ると美しい髪色にピンクパールのように輝く瞳の女性であった。何でこんな所に女性?
溺れてる様子は無い。ただこちらをじっと見ていた。
「……そこで何をされているのでしょうか?」
ついつい話しかけてしまった事を後で後悔した。
女性は俺に向かって飛びつき、そのまま手を掴んで海へと引きずり込んだのだ。
「騎士団長!!!」
シャドウが助けようと飛び込んで来たのが見えた。
俺ももがくが咄嗟の事だったのと海の中だったので、着ている物が邪魔ですぐには上手く身動きが取れなかった。
あとこの女性、やたら力強くて凄いスピードでぐんぐん深く引っ張られていく。
ああ……ついに海の怪異か何かに取り殺されるのだろうか……と思ったが、視界に見えたのは女性の足――ではなく巨大な魚の尾であった。
「ぶはっ!」
しばらく引っ張られて潜って来たが、急に息が出来るようになった。どこかの洞窟に着いたようだった。
洞窟に流れる川、その中に俺を引きずり回した元凶がいた……だが、やはりその姿は人では無かった。
「に、人魚??」
「騎士団長! 大丈夫ですか?!」
遅れてシャドウも洞窟に身を出した。人魚もめっちゃ凄いスピードだったけど、よくその甲冑着ててついて来られたなお前。なかなかやりおる。
「ああ。えっと……君は、一体何の目的で俺をここに連れてきたんだ?」
「……何も言わずこちらに来て下さい」
人魚にそう言われ、シャドウと顔を見合わせた。
ここも何処か分からないし、とりあえずは信用して付いていくしか無さそうだからな。
俺達は人魚の行く洞窟内の川沿いを付いて歩いた。
――と、ホイホイ無用心に付いていく事を決めた自分をぶん殴りたい。
人魚が案内したのは牢獄だった。俺達は何の疑いもなくあっさり自ら牢獄に入ったのだ。うん、入る前に気付こうね俺。
だってさー! あの言い方で牢獄に案内すると思う??? 入った瞬間無言で鍵かけやがったんだぞあの人魚!!
「あの、これは投獄されたという事で合ってますよね……?」
「……信じたく無いがそうだろうな」
「知らない人にはついて行っちゃいけないという子供への教訓は本当だったのですね。勉強になります」
シャドウよ、俺はそんな事を教えようとして海に連れて来た訳じゃ無いんだよ?
情緒を教えるどころか人を疑う事を覚えてしまいそうなんだが……
「この檻、壊して逃げますか?」
「出来なくも無いが、そもそもここが何処だか分からないからな。すぐに騒ぎを起こして当てもなく逃げるのは得策ではないだろう。それに、他にも捕まってる人がいるみたいだし」
他の檻にも同じように投獄されている人がいた。見ると皆あちこちに傷があり、武器や防具もボロボロなので激しく抵抗した様子だった。うん、無抵抗で捕まったの俺達だけかな?
流石にこの人数で逃げるには情報が無さすぎる。
様子を伺っているとまた人魚が来た。よし、今度こそ慎重に行かねば。
「こちらへ」
人魚は檻を開けて中にいた男達を連れ出した。
「俺達を何処に連れていくつもりだ? それに、何の為に……」
「来れば分かります」
そっかー。ついて行けば分かるのか。情報も無いし仕方ない。いや、油断は禁物だ。さっきも同じ手で騙されたからな。
俺達は人魚の後に続いて警戒しながら歩いた。
「騎士団長……私がこんな事言っていいのか分かりませんが、もう少し考えて行動した方がいいと思いますよ」
「……」
別室に連れてこられた俺は、情報を得る為に成り行きに任せすぎた結果――とんでもなく恥ずかしい格好をさせられていた。
ビキニパンツに煌びやかな宝石で首や腰、足が装飾されただけの服。真珠や宝石で頭や身体中散りばめられているが、布はパンツしかない。まぁ、何つーかほぼパンツだ。
他の男達も同じ物を着せられている。シャドウだけは脱いでも薄っすらしているだけなので甲冑のままで許可された。ずるい。
俺達は大きな羽の扇を持たされていた。
「何かハーレムっぽいな……」
「ハーレムって何ですか?」
「1人の男が沢山の女を侍らせて愛されるようなものだ。この場合沢山の男がいるから逆ハーレムか?」
こんなに男を集めている奴が男とは考えたく無いが。
「何で沢山の人を集めるのですか? 愛する人は1人で良いのでは」
「うーむ……それは難しい質問だな」
沢山の人に愛されたいというのとはまたニュアンスが違うからなぁ。
シャドウにどう説明したらいいものかと悩んでいると、逆ハーレムの中にいるビキニパンツ男の1人が口を開いた。
「俺、実はこの近くの島の者なんだが……人魚の女王の伝説を聞いた事があるんだ」
「人魚の女王? それはどんな話なんだ」
「……ある嵐の夜、難破する船から1人の男を助けたのが人魚の女王だったそうだ。人魚は彼にひと目惚れしてしまったが、彼は王であり自国には沢山の妻がいた。何とか彼に愛されようと、人魚は人間の足を手に入れ……その王の妻を1人残らず消そうとしたとか」
うわぁ……何それ怖。悪役人魚じゃん。普通身を引いて泡になるとかじゃないの……?
「今の状況がその話と直接関係あるかどうかは分かりませんが……ちなみにその国は砂漠の国サハリだと言われています」
「そうそう、俺達もそのサハリから行方不明者捜索の依頼を受けて来たんだ。何でも見目の良い、いわゆるイケメンが行方不明になりやすいみたいだから、選りすぐりの男達でな」
確かに……皆イケメン揃いである。
砂漠の国サハリの王ってジャスティアだよな……あいつは前から王妃しか見えてなかったから人魚の女王なんて入る余地無いしなぁ。
ん? もしかしてこれ……悪役令嬢が絡んでるヤツ? 悪役人魚……? なの?




