閑話・副団長ロックの憂鬱な想い
俺、皇室騎士団副団長ロックはその日、高熱にうなされた。
健康管理には気をつけているつもりでいたのだが、実際こうも不甲斐ない自分に直面すると自身に対してまだまだ甘かったのだろうと痛感する。
先日の洞窟でもびしょ濡れになったのだが、同じ状況なのに何故か団長のジェドは関係なく元気であった。やはりバカは風邪を引かないという異国の言葉は本当なのだろうか……いや、その意味は風邪を引いても鈍感だから自覚しないという事だったはず。
意識が朦朧とし、考えがマトモに定まらなかった。そもそも最近悩みがあって、夜もあまり寝られてないのがこの不調の原因だったから……
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「ロック……おい、大丈夫か?」
朦朧とした中聞こえてきたのはジェドの声だった。
「何か食べられるか? 果物持って来たぞ?」
ジェドがこんなに気が効くなんて珍しい。もしかしたら陛下にでも言われたのかもしれない……いや、ジェドは変な所が優しい男ではある。
居て欲しい時にたまたま居たり、欲しい時に何も考えずに欲しい言葉をくれるようなヤツだ。
だから皆に慕われているし、悪役令嬢にも頼られるのだろう。
「リンゴ食えるか? ほら、あーん」
目を開けると、目の前いたのはジェドではなく見覚えのある令嬢だった。
そうそう、この悪役令嬢に巻き込まれてジェドは身体が入れ替わったんだよな。
令嬢と言えば悪役令嬢と名が付かなくとも気が強かったり妙に付き纏って来たりして苦手だったのだが……ジェドが入っていた令嬢は話しやすくて気が楽だった。そう、こんな女性がいたらと…………―――?!!!
「きっ、君は……え? いや、ジェドなのか??」
「何言ってんだロック」
そこに居たのはジェドが入れ替わった悪役令嬢だった。確かルナ・トピアスという……いや、話ぶりからしてジェドなのか……??
「どうした、食べるんだろ?」
ジェドらしき悪役令嬢がリンゴを口元に運んで来た所で――
ぷっつりと視界が暗転した。
何だ、やはり熱のせいで見た悪い夢か。危うく騙される所だった。
本当にジェドというヤツは無自覚に人の心をどん底に落とすようなそんなヤツである。
初めてジェドと会ったのは入団試験の時であった。
10数人受けた騎士団志望者。その中でジェドは俺と同じ位か少し年下のまだ歳若い青年だった。
そして、試験に立ち合ったのもまた同じ歳頃の若き皇帝であった。数年前に先代皇帝が亡くなった時に、若くして後を継いだばかりなのだ。
その皇帝が騎士団を1から立ち上げるにあたり、自ら剣を持って試験をするという噂があったのだが――それは本当だった。
10数人の中には自分達より1回りも2回りも大きいベテランの剣士も沢山いた。
殆どの剣士が舐めてかかる中、陛下は全員1度に相手をした。が、最後まで立っていたのは自分とジェドだけであった。
とは言っても、自分ももう立っているのがやっとの状態だったのだが。
「口程にも無いって、こういう時に使うんだね。君達、全員訓練やりなおしてきてね。君は……結構良さそう」
陛下はジェドの方は見ていなかった。
俺は渾身の力で斬りかかるが、軽く受け止められた。
「結構いい剣撃だね」と陛下が和かに笑ったが、擦り流され地に蹴落とされたそのまま動けなくなってしまった。
「ジェド……君とは一度本気で戦ってみたかったんだよね」
「いや、絶対陛下の方が強いから……」
ジェドと陛下が剣を合わせたが、それは凄まじい光景だった。
剣鬼と剣鬼のぶつかり合い……正直こんなに激しい太刀を見るのは初めてだった。自分の剣の腕はこんなにも足りてないのだと自覚させられた。
その後、ジェドと俺の2人は騎士団に合格したが、年若きジェドが団長となり騎士達の修練に励んだ。その時居た騎士の中でも1番年齢が若かったのだが、文句を言う者は誰もいなかった。
何でそんなに強いのか、本人に聞いたが――
「え、強い……? 陛下の方が強くない? まぁ、俺ですから。漆黒の騎士ですから」
と、訳の分からない返答が返ってきた。公爵家は剣聖を生み出す家系なので厳しい修行をしているんだろう……多分。
こんな事は本人には言いたくないのだが、正直憧れでもあった。女性にもジェドのように夢中になれる人がいれば良かったのだが、今の所この剣の鬼以上に興味がある人は現れない。コイツよりも強い女騎士はどこかに居ないものだろうか……
「めちゃくちゃ汗をかいているが……大丈夫?」
目を開けると女版のジェドがいた。並行世界の……ジェラと言う名前の女剣士。
仮に並行世界のジェドならば、ジェラは物凄く剣の腕の立つ女性なのだろう。現実に同じ世界にいれば夢中になったのかもしれない……―――??!!
「きっ、君は!! えっ?? ジェラ……さん?」
「何言ってるの? 汗、凄いけど服着替える?」
ジェラの指が俺の服のボタンを外そうとする――
所でまたしても視界が暗転した。まぁ、分かってはいたが夢だった。ハイハイ。
ジェドは最初の印象とは違い、剣の腕は立つのだが騎士団長としてはかなり抜けていた。
その上、変な事件に巻き込まれがちで度々助けている。意外と世話を焼かせる男である。
陛下もそう思っているのか、俺を副団長にしたのはこの団長のサポートをして欲しいという事だろう。純粋に剣の腕で副団長になりたかった……
陛下は「剣の腕でも副団長の器だよ」と言っていたが、陛下や団長を見ているとそんな気はしない。いつになったら追いつけるのだろうか。
「濡れタオル、熱くなってるな……変えてやるか」
……俺は期待を込めて目を開けた。
額にかかる肉球の感触……そうそう、ジェドは猫になった事もあるんだよな。
そこにはタオルを変える黒猫の姿があった。
猫……猫団長……ああ……夢だって分かっているけど、覚めないでほしい。
夢が覚めないように堪えながら、黒猫ジェドの看病を目に焼き付けた。
★★★
「ロック、大丈夫か?」
目を覚ますとジェドの姿があった。今度は本当に現実の騎士団長ジェドだろう。
「何か、うわ言のように俺の名前呼んでたけど……お前、何の夢を見ていたんだ……?」
「……覚めないで欲しかった」
現実の騎士団長は令嬢でも女騎士でも猫でもない、可愛くない男であった。
俺は、夢に見る程までにジェドの事を考えているのかと軽く落ち込んだ。
早くもっと興味のある女性か猫を見つけないと……いつか怪しい呪術に手を出してしまうのではないだろうか。
「お前がいないと俺が困るから、早く風邪治してくれ」
まぁ、この男には俺が必要らしいので今はそれで良しとしよう……はぁ。看病してくれる彼女か猫が欲しい。




