聖国最後の聖戦(2)
――という、長い回想があり、俺達はオペラ杯の本線会場である闘技場へと集められたという訳だ。
『さぁ始まりました第2回オペラ杯! オペラ様の恋人候補を巡って争った第1回が遠い昔のよう。何と、今回の優勝者はオペラ様と結婚出来る(権限だけはある)のだー!』
というアナウンスが高らかと鳴り響く闘技場内は、どういううたい文句で集められたのか沢山のオーディエンス、そしてオペラと結婚すべく集められた俺達。
参加者は前回よりもかなりの人数に渡る。だが、知らせが急だったからなのかなんなのか、前回のオペラ杯に比べて力自慢が少ないようにも思えた。何せ第一回では最強の魔法使いのシルバーと獣王国最強の王、アンバーが闘技場を破壊していたからな。
厳しい予選会場となった俺達、というか陛下周りはふるいに落とされていたものの、甘い予選を勝ち抜いた者たちは散歩感覚で登山に来た観光客の如く、旅行者風体の明らかな一般人や商人までいる始末。こんなやつらが間違って優勝してしまったら聖国というかオペラはどうするつもりなんだろうか……
ちらりと高台にいるオペラを見ると、青い顔をして会場に集まる全員を見下ろしていた。
顔色が悪いのは何も聞かされていないからだろうが……まるで羽を全部もがれた時のような青さだ。ま、この間の闇の呪いが解けた時に羽も生えて来て、最後に見た時にはだいぶ回復していたようだし、羽が無い訳はないだろう。というか、いくら生え変わるからって散髪とは訳が違うだろうに、理由も無くそう何度も羽をもがれる訳もなかろうに……
「……まぁ、あいつの羽事情はともかく、今は黙っていてくれていいだろう。どうせ、答えなんてまだ出ていないのだろうから」
アークが今のオペラの心境まで読めているかどうかは分からない。オペラはアークに読まれないよう魔法障壁を使うことが出来るはずだ。羽がちゃんとあれば。
ただ、アークじゃなくとも、前回聖国に来た時のオペラの様子を見れば、あれだけ色々あっても未だ陛下やアークを受け入れる事に戸惑っているというのは見て取れた。まぁ、急に2人から想いを寄せられてかつ、2人とも受け入れて結婚出来るって言われた所で、すぐにはい結婚しましょうなんて出来るのは余程ハーレムに慣れている心の強いやつだけだろう。普通はもうちょっと考えたい。
俺だってそんな事があれば……と、思ったが、俺にそんな何人もの嫁が来る訳もなく。要らぬ心配だった。
「オペラの心境はともかくとして、今はこの烏合の衆と聖国人達を何とかしないといけないからね。いいさ、私は何人が来ようとも絶対に負けない自信があるし」
と自信満々の陛下。流石です、この自信がハッタリでも何でもなく本当に有言実行に出来る実力を兼ねているのだから。いくら強情な聖国人でも陛下の強さを目の当たりにすれば、この人になら女王を託してもいいと思えるだろう。まぁ、多少執着が怖い所もあるけれども。
「そういえばその肝心の勝負方法は何なんでしょうね」
前の第一回の時は順当に拳で勝負だった。だが、今回は予選もクイズ大会みたいな知能戦で(俺達の所が知能戦だったかどうかはさておき)明らかに違う。本線も前回同様大乱戦で半分以上に数を減らすようなスタイルだったらいっそ楽だけどなぁ……だが、前回は陛下が居るって知らなかったからのバトル戦だったが、世界中どこを探しても陛下に真っ向勝負で勝てるような人が居なさそうだし、その線は薄いだろう。
「……」
アークがくいくいと指を示す先、アナウンスを行っている聖国人が横に居るスタッフの広げた紙を指して高らかに宣言した。
『予選を勝ち抜いた皆さん、皆さんにはこれから、聖国を巡っていただきます!』
ばさっと広げたのは聖国の地図だった。
上下に分かれた地図は、天の回廊と地の回廊を現している。
聖国は世界樹の頂上にある国だが、1国と名乗るだけあって木の上とは思えないほど広い。更に空に伸びる回廊は入り組んだ迷路のようになっていて、そこが聖国人の主に暮らす街となっている。帝国の首都ほどの広さがある。
地の回廊の端、ゲートの入り口近くに『現在地』とかかれている場所がここ闘技場だ。結構大きな施設であるが、地図上で見ればほんの一部だ。
「闘技場に集められたから、てっきり戦うのかと思っていたのにマラソンかよ」
と文句を言うのは力自慢の冒険者風体の男だ。周りの参加者を見る限り、闘技場ならば優位だと思っていたのだろう。
『はい。ですが、体力も勿論必要となります。何せ、誰よりも早くゴールまでたどり着かなくてはいけないのですから。ルールは単純、皆様にお配りした地図上の何処かに、ある場所の【鍵】を持つ聖国人がおります。その鍵を手にしてゴールまでたどり着いた者がこの大会の勝者となります!』
「鍵って、奪ってもいいのか」
『……はい、もちろんです。簡単に奪われるようではオペラ様の隣に立つ資格はありませんから。鍵とゴールを探し出す【知力】、そしてその鍵を手にして守り抜き、ゴールまでたどり着く【体力】それを併せ持つ者をオペラ様はお待ちしております』
高らかに宣言しながらオペラを指す聖国人。その本人が本当にそれを望んでいるのだろうか。
オペラは俺達に気付いていないのか、それとも気付いていてあえてこちらを見ていないのか目をあわそうとしてくれなかった。
「面白い、どんなルールで来ようと私が勝つ。鍵を最初に手にして、そのゴールとやらに誰にも邪魔される事無く行かせて貰うさ。さぁ、早く始めてくれ」
陛下の余裕の表情に聖国人達は一瞬戦く様子を見せるものの、すぐに不適な笑みに変わる主催者たち。何か企んでいるのだろうか……
『良いでしょう、では私の合図をスタートとします』
アナウンスをしている聖国人の所に大きな鐘が降りてきた。紐を引いて鐘が鳴れば合図なのだろうか。
ふと横を見ると、アークがいつの間にか黒い獅子の姿になって浮いていた。……? ああ、獅子の方が速いからか。
『それでは、皆さんの健闘をお祈りいたし……ません』
ゴーンと鐘を大きく鳴らす――と共に、俺達の足元が一気に抜けた。
「?!」
いや、抜けた訳ではない、足元の床が全部スライムに変わって落ちたのだ。そう言えばここの素材、ホワイトスライムなんだっけ!!
すこんと足元が抜ける感覚と共にスライムの海に落ちる俺達参加者。……いや、1人だけ落ちていない奴がいた。
「アーク、お前さては知ってたな! 何で言わないんだよ」
「何でと言われても、お前も含めて参加者は全員敵なんだろ? ま、スライムは俺の事は避けるだろうから何れにせよそこにいても一緒だかな。済まないが、先に行かせて貰うぞ」
「ちょっ、ずるい」
あっという間に飛び去り居なくなってしまうアーク。一方俺達含めた他の全員が、スライムの底なし沼に足を取られてどんどん沈んでいってしまう。
「こうなったら……剣気で」
俺が剣を抜いて集中しようとするも、その腕を陛下が掴んで止めた。
「忘れたの、君のそれはスライムを元気にするだけでしょうが。私に任せておけ」
そういえば第一回の時の乱戦で使ってスライム建材が大変な事になったんだっけ。その言葉に従って俺が剣を仕舞うと陛下はスライムの中に飛び込んで潜った。
何処へ行くのだろうと俺も中に潜る。正直気持ち悪いスライムによく潜れるなと思ったけど、ここまで全身びしょ濡れならば一緒だった。
半透明のホワイトスライムの中で薄っすらと見える陛下の姿。端まで泳いだ陛下は、闘技場と壁に手を当てていた。
確信したように頷いて構え、拳を壁にねじ込んだ瞬間、爆発音と共に壁に大穴が空き、一気にスライムが外へと噴出された。
「うおおおおおおおお」
「うわあああああああ」
スライム噴出とともに一気に投げ出される参加者達。地面にたたき付けられる衝撃はスライムが防いでくれたのでありがたい。水の圧迫から一気に開放され息が出来、視界が良くなる。
「ぶはっ、あー気持ち悪い……流石です、陛下」
「いや、まだスタート出来たって所だからね。君含めて他の参加者も助けてしまったのだから、私たちもアークに続いて進もう」
と、陛下はぬるぬるのスライムの波から立ち上がり、スライム水を絞ろうと服を掴んだ瞬間、その服がボロッと千切れた。
「ん……?」
「え……」
いや、陛下の服だけじゃない。よく見ると俺の服もボロボロとスライム水の中に溶けていく。
壊れた闘技場の向こう側から「きゃーーーーー」という女性陣の悲鳴とアナウンスの聖国人の声が聞こえてきた。
『おーーーっとこれは、スライムの中にどうやら弱酸性のアシッドスライムが混ざっていたようだ! 安心してください、人体には影響ありませんが、服が溶けて無くなってしまう為、参加者達は鍵の前にまず服を入手しなくてはいけないのだーーーー!』
わーーっと盛り上がる観客たち。いや、そこ盛り上がるところか……
「く……聖国人達、やるね」
ぷるぷると怒りに震える陛下。俺は溶けずに残っていた腰の剣を差し出した。
「これ……良かったら使ってください」
「心もとないよ……」
という訳で、俺達は聖国を巡って鍵を探さなくてはいけないのだが、まずその前に服を探さなくてはいけないようだった。




