まさかの第2回オペラ杯(後編)
『貴女は非情にして冷酷な女王となるのよ、オペラ。その身に宿して生まれた才能は貴女を聖国の女王たらしめるためのもの。例え悪女と言われても、女王の威厳を失うなかれ』
夢を見ると、時折掘り起こすかのように嫌な記憶がプレイバックする事があった。オペラは正に、幼い頃母親である先代女王に面と向かって告げられたくだらない予告のようなものを思い出し見せられていた。
オペラが先代女王と対面したのは数え切れるほどだけだった。なんなら兄――その時は姉と思い込んでいたロストを目撃する回数と比べられる位だ。生まれて直ぐにその手を手放された母親は最早母親としての思い出すら無かった。
母の愛に夢を見る隙も無くそんな事を告げられたオペラは、そんな威厳よりももっと欲しいものがあった。けれど、その聖国の女王からは得られる事は無いのだと幼くして悟った。
(なぁーにが宿した才能よ。何が聖国の女王たらしめるためのものよ。威厳のある風に言えば誤魔化されると思っているでしょうけれど、結局は地位を守りたかっただけでしょう。悪女に仕立て上げられて、地位を利用するために媚びへつらって来た愚かな大人共々、良い気味よ)
と、心からそう思ってきた。だからこそあれだけ酷いことをしでかしたロストの事も許す気になったのだ。
――だが、ここ最近は違う考えが過ぎっていた。
オペラは確かに見たのだ。ほんの一瞬だけ、身体に残っていた闇の竜の残滓、その最後のひと雫が消えるその瞬間に、ナーガの手を取るジェドの姿が。
勿論、本人に確認した訳では無いのでただの白昼夢か幻かもしれない。
(でも……あの男ならば……)
どんなにくだらない、本当かも疑わしい話でも聞いては何か良い感じに導いて来た男だ。
いや、実際には導いてはいない時もあるし、もっと酷い状況になる時もあった。
けれど、あの――邪悪の根源であり闇を食らって生きているナーガの手を取る事が出来たならば……
腐食し闇に魅入られ自業自得に滅ぶしかなかった聖国の大人達にも違う未来があったのではないか。
帝国のように、誰もが争う事を諦めるような平和を……魔塔のように魔法使いがその力を誇示する方向が平和的な未来になるような……
そんな未来があったのでは無いかと、もっと違う道があったのでは無いかと、聖国という枠から出て他の国を知る度に自分は本当に正しかったのかと自問するようになった。
『もっと早く気づいていれば』
物語の結末を知っているかのようなワンダーの一言が、オペラを悩ませていた。
『アンタみたいな子がなるべきじゃなかったのよ』
「……違う、私は……」
再開して最初に聞いたロストの言葉が今更刺さる。
自分が正しかったなんて思っていない。
ただ、最良だと思ったから、選択したのだ。
「何うなされてんの」
「……え、わたくし、うなされてまして?」
つい、夢の続きかと思い受け答えしたその声は、あの日投げつけられた言葉より幾分か優しく聞こえた。
ぼんやりと視界が開ければ、ようやく話し相手が夢の外から話しかけている事に、自分が夢から逃げられた事に気がついた。
「……わたくし、いつの間にか寝ていたのね」
「そうよ、アンタ働き過ぎなのよ。ったく、重いったら、ここまで運んだ事に感謝して貰いたいわね」
「悪かったわね……」
そう言われた意味は違うが、確かに身体が酷くだるくて重かった。
モヤモヤを振り切る為に今やらなくて良い仕事をかき集めてまで働いていたツケが来たのか、疲れが溜まっていたのか。一体いつからいつまで寝ていたのかすら分からない。
「ここ……」
やっと頭が起きて来て、運んで来た主の言うここが自分の寝室だと気付いて飛び起きた。ここには見られてはいけないものが沢山あるのだ。
「――?!」
飛び起きようとして、オペラは異変に気付いた。
身体がやけに重いのだ。疲れから来る怠さにしては重すぎる。
そして、この身体の重さには覚えがあった。
怠く手足が重いのに、背中はスカスカする。長い髪を散髪したかと勘違いするも髪は確かにある。
無いのはそう、やっと生え揃って来たばかりの聖国人の証、背中の羽だ。
その名残は周りに散らばっていたから、誰の手口かは明白だった。
「あ、あ、あなた、また……」
「あら、もう何度も切られているから慣れた物でしょ。どうせ直ぐに生えて来るんだし、下手に邪魔されるとみんな困るのよ」
「そう言う問題じゃ――」
悪びれもしないロストの様子に、チラリとでも『自分じゃない他の誰かが女王なら――』の中にロストを思い浮かべた自分が馬鹿らしく思えた。
こんな、何の断りも無く妹の羽をもぐような人でなしにはこの国は任せられない。
――だが、それよりもオペラは気になる、いや、聞き捨てならない事を耳にしたのだ。
「ちょっと待って、邪魔って、みんなって、何よ」
「ま、アンタ全然見てなかったもんね。気付かなくて良かったわ」
「は――」
オペラはハッと我に返り落ちていた羽を壁に叩きつけた。羽に残っていた聖気が魔法となって外の様子を映し出す。
「なっ、なっ、なに」
一体何故、いや、いつからそんな事になっていたのか、自分がどのくらい寝ていたのかさえ分からないオペラには見当もつかなかった。聖国全体で祭りを盛り上げるようなムード、地の回廊には出店が並び、それは外国の人出と共に闘技場へと続いていた。
だが、この感じは身に覚えがあった。完全なるデジャヴだ。街に掲げられた幟にも『第2回』とデカデカと書いてあるから間違いないのだ。
「こ……これはなんなの!! ロストあなた、何か知っているのでしょう?!」
詰め寄るオペラをペイと軽くあしらい、ロストが懐から取り出したのは『第2回オペラ杯開催のお知らせ、オペラ様争奪戦が始まるので聖国人は全力で対抗されたし』という回覧書だった。それをバッと奪い取り、ワナワナと震え出すオペラ。
「下手に邪魔って……羽をもいだのもまさか……」
「だって、聖国人は対抗されたしって書いてあるからねぇ」
「確かにあなたは! 聖国人……だけれども……」
オペラは夢を見たせいか、聖国人である事を捨てたはずのロストが自らそう言った事に驚き言葉を詰まらせた。
ロストはフッと笑い言葉を続ける。
「オペラ争奪戦って、誰がアンタを奪いに来てると思う?」
「誰ってそんなの――」
そんなのは決まっている。分かっている。
先日も求婚の花だのと騒ぎを起こしていった帝国の使者。
気恥ずかしいからか、それとも聖国の女王としての立場からか、はたまた件の人が深い眠りについているのを理由にか先延ばしにしていた1番重要な問題……
皇帝ルーカスが目覚め、聖国まで来ている。もしかしたらアークも一緒かもしれない。
決着をつけに来たのだ。
「これが、最後の戦いになるかもしれないから……みんな全力で応戦する事にしたのよ。全ての聖国人がね」
聖国の威信をかけた最後の――
「いや、いやいやいや、待って、待ちなさい、何で勝手に、ちょっと待って」
オペラは混乱した。1つずつ整理しようと深呼吸して考えたが、どう考えても女王の自分に無断で、勝手に他国の、それも帝国の皇帝、そして魔族を統べる魔王と開戦しているのだ。
「いやこれ、ちょっと待って、冷静に考えたら聖魔対戦、いえ、聖魔(+人間)対戦よね……??」
青ざめるオペラにロストはキョトンとし、吹き出して笑い始めた。
「ふっ、ふふふ、あははは! いやねぇ、何マジになってんのよ、そんな大それた話じゃないでしょ、10何年も昔じゃあるまいに、今の帝国や魔族と何かして死人が出るとでも思ってんのアンタ!」
まだオペラの方が先程見ていた夢に引きずられていたのか、あまりにも深刻なオペラとあり得ないと笑うロストの温度差が激しくて戸惑った。
「ちょっと……笑わないで、わたくしは……女王としての――」
「なーに深刻になってんのか知らないけど、別にアンタの命令を無視してるとか――いやまぁ結果的に無視してるけれども。でも反逆心とかアンタを女王の座から引き摺り下ろすとか、そう言う話をしてるんじゃないのよ。アンタが好きだから、大切な存在だから……最後に全力で守って、全力を尽くした後に送り出しても良いと思ってんでしょ。あんたが、襲い来る敵から生き残った聖国人を全力で守った時みたいにさ」
「え……」
それも、夢に何度かフラッシュバックしたからよく覚えていた。
自分がやらなければいけないと、その時は全力を聖国の為に尽くした。ロストもその姿を見ていた。
「だから、良いじゃない好きにさせれば。女王の言いなりになって蟻のようにただ群れているだけの聖国じゃないんでしょ。アンタの憧れた帝国と同じく、聖国人が幸せに自由に暮らす国。アンタはただその手助けをするだけの女王、何でしょここは」
オペラは聖国を見渡した。
いつからか、外の国の人が増え、閉鎖的だった昔の聖国の面影は無くなった。
外の国全てが安全、とはいかないかもしれないが、少なくともルーカスの息のかかる国々はどこものどかで平和で、その雰囲気に呑まれ神聖とは段々と遠くなっていく聖国ではあったが、聖国人が笑っていられるのであればその変化も良いと思った。
それでも、聖国人達はオペラを引き摺り下ろすも見限るでもなく、そのまま愛してくれるのだ。
これが、その結果であるならば、オペラが口を出す事は出来ない。
そして……最後の心残りである聖国人達が祝福してくれるのであれば、今度こそちゃんと答えを出そうと決心した。
「……わかったわ。と、言ってもこの羽じゃ全聖国人の動きを止めるなんてことも出来ないし……わたくしは黙って成り行きを見守るわ」
第1回の時は自ら参加して止めに入ったが、今回は何も口出さずに女王として座るだけに止めようと思った。
羽の残滓で作った魔法も切れかけ、見ていた聖国人の様子も消えていく。
ふと消えかけた時に聖国人が
「いや〜、ルーカス陛下への対抗馬を増やそうと募集をかけたら思いの外集まったけど、流石に『オペラ様クイズ』の予選会でかなり絞れたなぁ」
「ルーカス陛下もそこで落とそうと回答をかなり意地悪くしたにも関わらず、やはりしぶとかったみたいだ。本線はもっとマニアックなオペラ様情報で対抗しないと――」
という聞き捨てならない情報が聞こえ、真顔になった。
「――は? ちょっと待って、何をしようとしてる、というより何を始めているの皆は」
「だから、オペラ杯でしょ。アンタ口出さないって言ったんだから口出し厳禁よ」
「いや、内容にも限度が――」
一体何を発信して、何で争っているのか……もう走り出してしまっている以上止めても後の祭りであり、オペラは深く考えるのを諦めた。




