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新たな旅路のゲートは思い出す(後編)

 


『とにかく、彼女を探しながらお話します』


 と言い(書き?)ながら俺達を案内する黒い手。漆黒の騎士団長ジェド・クランバルは相変わらず何だか分からない事態に巻き込まれてゲートの狭間に来ていた。

 陛下に黙っていた事件の顛末書の数々を書き終えたばかりなのにまたしてもこれである。何で俺はこうなのかと自分を一瞬責めるも、話を聞けば聞くほどどう考えても俺のせいではない。毎度そうなんだけど、俺はただ巻き込まれただけなのだ……


「ふぅむ。なるほど、つまりは今のこの空間そのものがゲートの人工精霊の中でも1番力を持っている彼女の記憶であり、君はその精霊の夫だと、そういう事だねぇ」


 手の説明を聞いて納得したように頷くシルバー。こくこくと頷く手。


「……いや、何納得してるんだよ。それってやっぱりお前も記憶の中の存在って事だよな?」


「そういう事になるねぇ」


 記憶が記憶に納得している。本当にそうなのか? とペタペタ触ってみるが、相変わらずそこにちゃんと存在していて夢や幻とは思えなかった。


「ふふふ、私も自分がそうなのだと自覚するのはちょっと信じがたいのだけれど、もしそうなのだとすると人工精霊というものは私が作ったながら自画自賛する程に素晴らしいねぇ。何せ、こんなにも私、というものをちゃんと再現しているのだから。彼女が君と違って本気で過去をやり直したいという気概が見えるねぇ」


「何だかムカつく言い方だが、そういう所が本当にそっくりだな。それより、本気でやり直したいって、でも実際に時間が戻った訳じゃないんだろう?」


「まぁ、それはあくまで我々の感覚だからね。人工精霊にとっては過去の時間を再現することで、記憶を塗り替え上書きして、その結果を演算して現在に反映させる事を目的としているのではなかろうか。さながら、人工的に作られたタイムリープという訳だ」


「……さっぱり分からないけど、それって何の意味があるんだ……?」


「さぁ、意味は実際に起きてみてからじゃないと分からないけれど、私はともかく君はまずいんじゃないかねぇ。何せ、この空間の中で精霊が思う歴史が変わってしまえば、元の場所とは似ても似つかない何処かに飛ばされるかもしれないからね」


「え……どこかって、結局過去に戻るって事か?」


「いや、そこまでの力は無いだろうね。単純に元の場所に戻れないか、はたまた精霊により人工的に作られた見せ掛けだけの変わった未来を生が終わるまで見せられ続ける、か」


 シルバーの言い方と笑みが怖くて背筋がゾクリとした。つまりそれって、ゲートの外に出られたと錯覚しているだけでずっと改ざんされた記憶を見せられるって、事……だよね?


「……こわいんだけど」


「怖いねぇ、だから解決した方が良いよねぇ。それで、何故そんな事態になってしまったんだい? まさか精霊が急に悪事に目覚めたとか、はたまた破滅の未来を見たとか、そういう事じゃあるまいに」


『それは――』


 手が説明を始めようとしたその時、前方に一際大きな黒い手と、それに乗る少女が見えてきた。

 あーーー、ノエルたんだ! しかも魔法学園入学時の、まだ今より幼いノエルたんだ。


「騎士様! 彼女を傷つけないで、彼女の話を聞いてください!」


 俺達を見つけるや、手の前に立ちふさがり庇うノエルたん。その姿もあの時と同じである。ナイスな記憶力で再現されている。


「君、人工精霊の言葉が分かるのかい?」


 シルバーが感心したようにノエルたんに聞く。ノエルたんはソラを撫でながら答えた。


「はい……私、この子とお話ししたくて。意思のある者の心を感じ取る練習を沢山したのです。複雑な事は分からないけど、何を伝えたいかは分かります」


「それで、人工精霊は何を伝えたくて君をここに連れてきたのかね?」


 シルバーの問いかけに、ノエルたんはキッと俺達を見た。いや、キッと見たのは俺達ではなく一緒に居た手だ。黒い手も自分かと指を差して焦りだす。


「この空間に居る人工精霊は、それぞれ個があり、そして男女に分かれています。その中でも1番力を持っている彼女は、そちらに居る手の妻でもあります」


 くるっと振り向き手を見ると、照れたようなジェスチャーをしていた。お前ら、結婚していたのか……

 確かによく見ると、ノエルたんと一緒にいる大きな手の周りには小さな手が何本かいた。子供……ってコト?!


「なるほど。そういえば彼も『あの頃に戻ってやり直したいという強い思いと記憶が暴走しこの空間を生んだ』と言っていたけれど、何がそこまでさせたのかね?」


 ノエルたんと手はため息を吐き(手は吐いてないが)説明を始めた。


「彼女達は、最初のうちは幸せに暮らしていました。2人の間には子供の手に恵まれ、しかしながら彼女はアンデヴェロプトのゲート精霊。子供の面倒を見ながらも仕事をしなくてはならず、ゲート都市内でも1番の通行量があるゲートの運行はそれはもう大変そのものでした」


 それを聞いた俺達側の手が、反論するようにシルバーのメモに書き書きし始めた。


「えー、なになに、『それを言うならば自分だって遊んでいた訳ではなくちゃんと仕事だってしている! なのに何がいけないと言うんだ』……ふーむ、なるほど」


「なるほど、な」


 その言いっぷりを見た俺も、そういう心情や事情に疎そうなシルバーでさえ察してしまった。こいつ……たぶん仕事しかしてないな。

 子供の手達が母親(?)の方にしかついていないのからも察しられる通り、同じように働く彼女に子供達を任せきりなのだろう……


「彼女は、このままでは全てが悪い方に向かい、自分を抑えられなくなると計算しました。そこで、もう1度出会った時をやり直し、違う未来へ進もうと思う位に、追い詰められていたのです」


 しーんと静まり返る空気。過去をやり直して違う未来を計算されれば、俺は元の場所に戻れなくなるかもしれないと思いつつも、彼女を説得する気にはなれなかった。


「おい」


 俺はぐっと手の背中(背中……?)を押し彼女の目の前に差し出す。

 うろたえる手の様子に俺は首を振った。


「解決出来るのは俺じゃなくてお前だけなんだから、お前が何とかしろ」


「いいのかい? 例えば男の手側もやり直しを望んで、その結果次第では君は戻れなくなるかもしれないけれど」


「……良くはないけど、仕方ないだろう。ちゃんと本人達が解決しないと、どうしようもないんだから」


 こういう問題は他の奴が口出しする事では解決しない。例え俺の命運がかかってようと、巻き込まれたからには解決に導かなくちゃいけない運命だし、結局は解決するまで待つしかここから出られないのだから一緒だろう。

 2人が気にせず会話が出来るように、俺とシルバーは子供の手と遊びながら待つことにした。


「何で言ってくれなかったんだ……言ってくれたら俺だって」


「そういう所なのよ、何も分かってない! 言ってやって貰うとか、そういう事じゃないし、私がどれだけ追い詰められているかにも全然気付かなかった」


「それは……」


「このままじゃ、私何をしでかすか分からない。暴走して悪事を働く悪役人工精霊になってしまう未来さえ見えてしまったの。だから……」


 と、思い出したかのように悪役ワードを入れてくる人工精霊(女)。尚、2人の会話は全部ノエルたんが俺達に分かりやすいように通訳してくれている。こんな内容を女の子に通訳させていいのかはよく分からない。記憶上の存在とは言え、俺から見れば本物と寸分違わぬ可愛らしいノエルたんに……


「子供達は――いや」


 恐らく、子供達を引き止める理由にしようとしたのだろう。だが、精霊は思いとどまり、黙ってもう1度向き直った。


「……そうじゃない。俺は、例え君がやり直したいと思ったとしても、もう1度夫婦になってほしい。それは、君が……本当に好きだから。君がそんなに苦しんでいたなんて、知らなくてごめん。やり直したいなんて思わせてしまってごめん。どうか……もう1度だけ、チャンスをくれないか、やり直すのは時間じゃなくて、俺の心だ。もう、2度と君に辛い思いをさせないと、誓うから」


「……」


 そうなんだよなぁ。失うと分かってから気付くんだよなぁ。

 土下座する勢いで何とか許しを請う男側の手。無様でも、何度も思いを伝える手の熱意に、かなりの時間を費やしてやっと折れる女側の手。しょうがないとばかりに握手を交わした。

 こういうパターンはあまり上手く行く試しが無いと諦めて覚悟していたのだけど、そんな俺の安堵する様子を見てノエルたんがウインクをした。

 ……それってやっぱり、本気でやり直す気なんてなかったって事だよな……?


「まぁ、人工精霊に時間をやり直す力なんて無いだろうし、ましてや誰かを巻き込んで悪さをするなんて事はしないだろう。もしかしたらここまで高度に演算された結果だったのかもしれないねぇ」


「……いや、俺を巻き込む必要は無かっただろう」


「君を巻き込む事によって、本気だと思わせる所まで計算していたのかもしれないねぇ」


「巻き込まれ損じゃねぇか!」


 俺の様子を見てカラカラと笑う所も本当にシルバーそっくりであり、そのシルバーは子供の手を変な魔術具に入れて寝かしつけていた。


「……それは何だ?」


「これは手のもみほぐし用に開発していたものなのだけれど、手の子供の寝かしつけに需要があるとはねぇ。暇だから作ってみたのだよ。これで少しはあの精霊も楽になるんじゃないかねぇ」


 ……と、待ち時間に開発した魔術具を精霊に手渡していた。いやお前、記憶の中の存在なんだよね……? 精霊の記憶、精巧すぎて意思を持って魔術具開発しちゃってんじゃねぇか。



 そんなこんなで解決した手の夫婦喧嘩。

 無駄に巻き込んだ俺に謝罪をしながら大きな黒い手はゲートを出現させた。

 その向こうに見えるのはファーゼストの景色。どうやら元の場所に無事戻れるらしい……


 手の横にはシルバーとノエルたんが微笑んでいた。シルバーは俺にひらひらと手を振る。


「少しの間だったけど楽しかったよ、ジェド」


「ああ……俺も、久々にお前と話が出来てよかったよ」


「……人工的に作られたこの頃の私は消えてしまうだろうから、この後の私がどうなるかは分からないのだけれど、私によろしくね。私はこう見えて寂しがりやだから、仲良くしてやってくれ」


「ああ、分かっているよ」


 ノエルたんも同じように頷いている。ノエルたんもこの時は分からなかったけれど、案外ワガママな所があったり、独占欲もあったり、俺の事が大好きだって事を後に知った。一体、いつからだったのだろうか。

 ふわりと周りを包む膜にふれる、その瞬間にちらりと振り返ると、もう白い空間も、2人の姿も消えかけていた。

 ちょっとでも会話をした2人が居なくなるのは、記憶の幻とは言え少し寂しく感じたのだが、そんな風に執着すると良くない。俺の中のノエルたんもシルバーも、俺の時間で一緒に過ごした2人が本当の本物なんだ。


 後ろ髪を断ち切るようにゲートに入ると、目の前には陛下とアークが居た。


「……? どうしたの?」


「あ、いや……」


 陛下とはぐれてからだいぶ時間が経っていたはずなのに、何事も無かったかのように首を傾げるその様子を見て、あの狭間での出来事はゲートの見せた一瞬の幻なのだと気付いた。


「……何でも無いです」


 ならば先ほどの事は報告しなくてもいいだろう、とアークを見れば、やはりアークも聞かなかった事にして平静を装ってくれた。これ以上報告書に時間を費やされたくないのだろう……懸命だ。


 ゲートの暴走も、もう起こらないだろうし。多分。

 また起きたら、今度は俺があの男の手をしばくから安心してくれな。

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