新たな旅路のゲートは思い出す(中編)
「シルバー……お前、いや、ちょっと待ってくれ……」
突然の状況に事態が飲み込めず、俺は頭を抱えて考えた。
今まで数々の異変に遭遇した俺だ。この手の突然の事には慣れているはずだ……慣れているはずだったのだが、ちょっと色々あってからか頭を整理するのに時間がかかった。
だって、そもそもシルバーは今――
「? 君。何かこう……私の想像の範囲を越える事態に陥っているかい?」
様子のおかしい俺を見かねたのか、シルバーが首を傾げながら声をかけてきた。
「……分かるのか?」
「分からないけれど、そんな感じだからねぇ」
シルバーはくすくすと笑うと何も無い所を指した。
「異世界から転移する者、転生する者、憑依する者。時間をやり直す者、繰り返す者。自分がこうだったら、こうかもしれない、なんて可能性のある多次元に迷い込んでしまう者。もしくは自分自身の記憶が抜け落ちたり、変質してしまう者。或いは誰かとの関わりで本来の予定と変わってしまう、なんていうのも広く見れば不思議な事さ」
……相変わらず理解出来る様で一歩届かないふわふわとした難しい事を言う。白昼夢でも幻でもなく、本物だとうっすら確信した。
「我々には時間や場所に関わる魔法が他の魔法よりも強く制限されるけど、世界は常に人工以上の力で不思議と思える事態に動かされているからねぇ。まぁ、きっとそうやってめちゃくちゃだからこそ、これ以上壊されないようになっているのかもね。皆が自分に都合良く改変出来る世界だったら粉々に壊れてしまうから。それで……君はどこから、いや、どうしたんだい?」
シルバーがワクワクとした目で圧をかけるように尋ねてきたので考えが纏まりだいぶ落ち着いてきた。コイツは本当こういうヤツである。
「なるほどねぇ。つまりジェド、君に見えている私やこの状況は、かなり前に君が体験した出来事であると……そういう事なんだね」
俺はシルバーと話を擦り合わせ確認しながら今の状況を説明した。
俺が感じた通り、今目の前に居るシルバーはノエルたんと魔法都市に向かう途中、初めて出会った時のシルバーで間違いなかった。
シルバーからして見れば、ゲートに吸い込まれて消えたノエルたんを勢いよく追いかけたはずの俺が急に立ち止まりおかしくなっておかしなことを口走るものだからビックリしたのだという。急に何かに憑依された令嬢はよく見かけるが、まさか俺がそんな状態になるとは……
話を聞いたシルバーはふむ、と考えて俺に3つ指を立てた。
「君が嘘を吐くようには見えないからねぇ。本当だとするならば、考えられる状況は3つだ」
「3つもあるのか?」
「ああ。1つは単純に君が何らかの理由で時を遡ってしまった事。これは魔法などの外的要因、もしくは何の理由も無い突然の不幸……まぁ、無い話ではないね」
先程シルバーは魔法が制限されていると言っていたが、実際には聖女の茜のように時間を行き来する魔法を使えた者もいる。そしてタイムリープした悪役令嬢、それに俺も、何の理由があってか分からずに時間を遡ったりループしてしまった事はあった。この魔法都市でも何度も同じ場所を歩かされた事がある……
「もしそうだとするならば……」
シルバーと出会った後の出来事が全て無かった事になるのか、と言いかけて胸が痛んだ。
もしそれが本当ならばナーガもまだ生きているし、陛下だってやっとオペラやアークと結ばれて……あれを全部やり直せる気がしない。何100話分なんだ……
「まあまあ待ちたまえ。まだそうと決まった訳では無いと言っているじゃないか」
シルバーが楽しそうに笑って1つ折った指を目の前に出す。何が楽しいんだ……いや、シルバーが悪い訳では無いんだけど人が落ち込む姿を楽しむのはどうかと思うぞ。
「……ならば、残りの2つは?」
「まぁ、残り2つは似たようなものなのだけど。2つ目は君が見たこの先の未来が白昼夢か予知夢か幻かもしれないという事」
「幻な訳――」
「……ま、君から見ればそうだよねぇ。では3つ目は、君の見ているこれが、ゲートが見せている過去の記憶から作り出した幻、という事だ」
「え――」
そう言われ、俺は周りを見渡した。確かにここは人工精霊の棲まうゲートの狭間の次元だ……
「ゲートが……そうか。言われてみればゲートが原因の可能性が高いけど……」
俺は目の前のシルバーを見た。これがゲートの作り出した幻……? そんな風には見えない。
「……ゲートが原因で過去と変に繋がってしまった、という事は無いのか?」
「まぁ、その可能性も大いにあるねぇ。それは大きな括りとして1だね。私は原因となる可能性の種類を指しているのさ。君はおかしいねぇ。先程は私とこうして話をしている時間から先の未来で過ごした時間を失ったかと思って傷ついたように見えたから。だから君が安心する可能性を提言したのだけれど、そう話をすれば今度は過去に戻ってやり直したいような事を言う」
そう言われてハッと気付き止まった。
俺は、本当は過去を、やり直したかったのだろうか……?
ふとなりたい自分に成れの果て村の事を思い出した。
「私は別に、君がどれを真実としようと構わないさ。だってそれは、君の信じたい物だからねぇ」
含みを持たせて笑うシルバー。嫌な言い方だ。
俺は考えを纏め向き直る。
「……もちろん、2は却下だ。あんな白昼夢か予知夢か幻、ボリュームがありすぎる。それで、例え1だったとしても――」
なりたい自分に成れの果て村でも出した答えだ。やり直したいか、答えは絶対に嫌だ、だ。
「俺は俺の知っている時間に戻る方法を探す。陛下だって、俺の報告書を全部書き終わるまで待っていてくれたし、俺に一緒に来て欲しいって事だろうから。それに……いい事が全てじゃなかったとしても、過ごしてきた時間が無かった事になるのは、なんかその、嫌だ」
未来から来た茜は、再び未来へと戻って行った。今ならその気持ちが分かる……俺に向けてくれた色んな人の好意も、過ごした時間も、無かった事にしてやり直すなんて無理だろ……
今なら数々の悪役令嬢が俺を頼って絡んできた時間さえ愛おしく思える。……いや、どちらかと言うとあれらをまたやらなくちゃいけないのかと思うと億劫、というのが正しい。一体何人と出会ったんだよ……
俺の言葉を聞いたシルバーは、満足そうに笑って頷き俺の後ろを指差した。
振り向くと見覚えのある黒い手が項垂れている。いや、頭じゃ無いから項垂れているという表現が正しいのかは分からないけれど、なんかそんな感じだ。
「おい、大丈夫か? どうしたんだ?」
見覚えのあるジェスチャー、やはり黒い手は俺に何かを伝えようとしている。前と同じだな、任せろ。
「ええと、棒? いや、突き? を、打ち付けて鍛冶? 補修? なに?」
「……もしかして、『槍』を『直して』いるんじゃないかねぇ」
見かねたシルバーがそう助言をすると黒い手もそうそうそれそれと嬉しそうに指をさした。むむむ、負けていられん。
対抗意識を燃やして手に向き直るも、シルバーが俺の肩をトントンと叩いて紙とペンを差し出した。
「使うかい?」
「……そうだったな」
既視感。前にも体験しているはずなのにまた同じ事を繰り返してしまう。案外覚えてないぞコレ。
紙とペンを受け取った手はサラサラと書き始めた。また無駄な時間を過ごしてしまった……
「えーとなになに、あの頃に戻ってやり直したいという強い思いと記憶でゲートが暴走してしまっていて申し訳ない。また巻き込んでしまった……?」
読み終わり向き直ると、手はこくこくと頷いた。頷くという表現が合っているのかは分からない。
「記憶……という事は、やはり記憶なのか?」
俺が聞き返すとやはりこくこくと手は頷く。シルバーに向き直るとニコニコと笑って頷いていた。
「これは、3だったかねぇ」
「いや3かよ!」
お前がただの記憶の塊なのなら……さっきの真面目なやり取りは何だったんだよ……




