新たな旅路のゲートは思い出す(前編)
「……」
目の前の椅子に腕を組んで座る皇帝ルーカス陛下。そして床に正座しながら神妙に俯く俺、漆黒の騎士団長ジェド・クランバル。
「待ってください陛下、ジェ――騎士団長は悪くないのです! 本来、不正を働く者や取調べや一時拘束目的で使うはずの地下牢を私用で使っていたのも、数々の騎士団長が起こした事件や損害を報告していなかったり、騎士団長が食べ飲みしていた分もゲート都市の職員経費で落としていたのも、全て自分が単独でやったことでして、決して強要された訳では――いや、確かに奇行については黙っていてくれって明確に言われたかもしれませんが……」
必死に陛下に弁明するいつものゲート職員。というかお前……庇うならそこも黙っておけよ。
「……ジェド私はね、君がどこで何をしても尻拭いもすれば許さなかった事も無いし、友人としてできる限り強力するとも言ったよね」
「はい……」
「君の事は誰よりも信頼しているんだよ。どんな突拍子も無い事でも、あり得ない事でも、最終的にはよい方向に進んでいくって分かっているから許している。それは理解しているね?」
「……はい」
「私は上に立つ者としても、友人としてもかなり心が広い方だと思うんだよね。で、その皇帝であり友人であり君の尻拭い役である私に黙っているのは、人としてどうなの……?」
これはかなり怒っている方である。いつも怒っているが、こんなに怒ることは滅多にない。拳骨どころでは済まないかもしれない……俺が帝国初の断罪追放者になるのだろうか……?
「ルーカス、あまりジェドを攻めるな。誰だって黙っている事の1つや2つあるだろう。ジェドだって、まぁ調子に乗っていたのも事実だが大方忘れていた事がほとんどで、後で言うつもりだったのだけれど次から次へと事件に巻き込まれたり遠くに飛ばされたり、はたまたお前が寝込んだりしていてタイミングを逃したりもあるだろうし」
見かねたアークが助け舟を出してくれた。流石は帝国の良心、あれだけ陛下にベタ惚れだったオペラを振り向かせただけはある。いい男だ。
「お前……人がフォローしてやっているのに真面目に」
「アーク、庇う必要は無いよ。その辺りも理解した上で言っているのだからね。それに君のその反応でジェドはあまり反省していないというのはよく分かる……そう、反省しないからいけないんだよ。そもそも帝国の皇室騎士団長という立場で、しかも貴族の人間がその自覚もなく毎回慣れたように投獄されている所からしてもう何もかもおかしいんだよ。ちゃんと反省してもらわないと、そういう人間を上に据えていると思われるのは私だけではなく、真面目に働いている他の騎士達も悪く思われるからね」
「ま、待ってください、俺の他にもちょいちょいサボっているロイとか――」
「今、他の騎士の話してないよね? あとロイはロイで君よりちゃんと働いているし反省もするからね……この間も無断で自分の見たい本を取り寄せていた件もちゃんと反省して謝っていたし」
それは……反省しているのだろうか本当に。
要領の良いロイと違い、そういう面で要領の悪い俺は、「でも裸で通過した時に比べれば最近のはまだ可愛い方で――え、そこから言ってないんですか……?」という職員の余計な告発によって無事断罪されたのだった。
―――――――――――――――――――
公爵家子息、漆黒の騎士団長ジェド・クランバルは皇帝ルーカス陛下、魔王アークと共にゲート都市を訪れている。
勿論、その先の目的地はファーゼスト大陸――世界樹の頂上聖国だ。
先の旅でオペラやアークと何やかんや紆余曲折あり、3人で一緒になる道を選んだまさかのハーレムエンド。いや、二股か。
陛下の事だからこうと決めれば直ぐに動くかと思っていたのだが……ナーガの一件で魔力を使い果たして心身ともに疲れていた陛下は暫く寝込んでしまった。
その間に俺は無駄に花を探しに行った訳だが。
……いや、全てが無駄、という訳ではない。こうして花を片手に2人でオペラを迎えに行くというのだから結果オーライだろう。オーライじゃなきゃフェイ達と苦労したのが浮かばれない……
フェイと言えば、帝国に戻って早々に陛下と話をして、そのまま直ぐに東国へと帰ってしまった。
見送りに行けないのも残念だが、もう少しゆっくりしていけばいい所を「いや、今帰らねばいかんのだ」と晴れ晴れした様子で別れを告げたので……そんなフェイを止めるのは野暮だろう。
何がどう響いたのかはあまり分からないが、もう悩んでいないなら良かった。
東国へはシアンが送って行ってくれたみたいだし、今頃無事にゲートを越えているはずだ。
シアンもシアンで……いや、そこは――
「ねえジェド。君本当に反省しているの?」
「はい、それはもう心から」
いつものゲート都市、いつもの地下牢。いつもと違うのはのんびり菓子を食いながら書類を書かされているのではなく、陛下の圧を感じながら顛末書を書いている事。
冒頭の説教でお分かりのように、いつもの調子でうっかり口を滑らせたゲート都市の職員から俺の奇行やサボり、横領その他がバレてしまったのだ。
「ったく。何でこいつの報告書を待ってなきゃいけないんだよ。それよりも今は大事なものがあるだろ」
「そうですよ、今は陛下にとってもアークにとっても大事な時でしょう。早く聖国に行ってオペラを貰い受けに――」
ダンッ! と、俺の話を遮るように叩きつけられた陛下の拳は俺が書類を書いていたその机を叩き割る。ハラハラと後を追うように未記入の紙が宙を舞った。
「だから、そうやって後回しにするから報告するのを忘れる癖が染みついてしまったんだろう……? これだけは譲らないからね。洗いざらい、全て、隠し事も嘘偽りも何も無く、全て報告して貰うまでは私はゲートは潜らないからね」
こうと決めたら断固動かない皇帝ルーカス陛下がそう言うのだから、俺には洗いざらい全てを報告する他無くなってしまった。そんなこんなでこうして地下牢で足止めを食らい、報告書を書かされているわけである。いつもと一緒だ……
いや、いつもと違うのは美味しい茶菓子が無い所かな。
「はぁ。お前も頑固な奴だな。分かった分かった、書き終わるまで根気よく待っていれば良いんだろう」
「ああ。ちゃんとスッキリさせて、見届けて貰わないといけないからね」
……俺を居残りで置いていく、という選択肢も無いらしい。
アークと2人で行けば良いところを、何でわざわざ俺を連れて行くのかなとは思ったけれど、どうやらちゃんと俺の役割もあったようだ。
そんな呟きを聞いてしまったら大人しく書くしか無いだろう……
「ええと、報告していない事かぁ」
俺はゲート都市を訪れた時の記憶を遡った。
騎士になる前はまだゲート都市もなく、親父に連れられて地方を回った子供の頃は地道に馬車や船を使ったものである。飛竜便が流通したのも最近だしなぁ。
だから最初にゲートを潜った時は驚いたなぁ。今や物資流通、旅の要になっているんだからすごい。
そんなゲート都市だが、大きく何かあったと言えばそうだなぁ、あれも陛下と聖国を訪れた時か。懐かしいな、そこからだいぶ色々あったな……
ま、そこは陛下も一緒に居たからカットして良くて、その次に来たのがノエルたんを魔法学園に送った時だっけ。
「陛下、俺ゲートの精霊が暴走した時の話って報告してましたっけ?」
「……」
陛下は無言で俺にゲンコツを食らわせた。この反応は報告してないな。ふむふむ。
あの時は陛下も伏せっていたからそのどさくさですっかり忘れていたんだっけ……やっぱ、何か起きたら直ぐに報告しないといけないよな。即連絡、即報告。バタバタと何かに巻き込まれがちな俺には大事な事だ……
人工精霊の暴走――あれはノエルたんを魔法学園へ連れて行った時の事だ。
まだあどけなさの残る年頃のノエルたん。今思い出してもかわいい。いや、今もかわいいけど。
そして、シルバーと初めて会ったのもあの時だ。
初見から話が噛み合わず、揶揄うような嫌な奴だったな……
「ジェド、思い出に浸るのは報告が終わった後にしてね?」
懐かしく思い出しているうちにペンが止まっていたらしく陛下に怒られてしまった。いかんいかん。
その後、ラヴィーンから帰って来た時に諸事情で服を着てなかった事に始まりここの所花騒動で何度か通った時のトラブルまで全て報告したが、陛下が一緒にいた時を除きその殆どが報告されてはいなかった。俺って奴は……
新たな事実が陛下の耳に入るたびにゲンコツとコブが増えて行ったが、ゲンコツで済ませてくれる陛下を優しいと取るべきか、山のようなコブに更に追い討ちをかける陛下を鬼畜と思うかは判断が分かれる所だ。
「はぁ……やっと終わったか」
アークのげんなりした顔。全てを報告し終わる頃には日もどっぷりと暮れていた。
「ゲートの終了時間を越える前に終わって良かったですね」
そう辟易しながらも俺に巻き込まれ一緒に報告を確認していたゲート職員が俺の書いた報告書の確認を終えて通行書類を手渡しながら言う。
本当済まんね、と目で訴えればあちらもフッと笑いウインクしたので多分今後も俺には優しくしてくれると思う。センキューマイフレンド。
「お前……まぁ、もう時間を取られたくないから急ぐぞ」
反省してない俺の心を察したアークが何か言いかけたが、また突っ込めば陛下からお小言を言われて無限ループすると悟ったのだろう。そうだ、懸命な判断だと思う。
すっかり陽も落ちたゲートはライトアップされて昼間とはまた違う様相を見せていた。あまり遅い時間に来た事は無いがこれもまた良いな。ゲートの運行時間に間に合わなかった事はあったけど……
就業ギリギリに入るゲート。薄っすらと見える膜の向こうは夜の中に世界樹が立つファーゼストの景色だ。
「何度通っても膜を潜る瞬間だけは慣れないな」
「そうだね」
と同意して先に入る陛下の姿が変に消えたような気がした。
「え?」と疑問を口にする俺も、異変に気づく時には既に足を踏み入れた後だった。
膜を通った瞬間に見えたのはファーゼストではなく、どこか見覚えのある白い空間。
「こ、これは……あの時と同じゲートの暴走??」
「……ここは、狭間だねぇ」
「狭間……そうか、あの時も狭間だったな――」
また巻き込まれたのならば陛下やアークを探さなくてはと一歩走りかけたが、俺は直ぐに固まりゆっくりと振り向いた。
「ゲートは本来、大陸間を結ぶワープの魔法がかかった魔法石を使っているんだけど、その行先を決めているのは人工精霊なんだ。最近、聖国のゲートの人工精霊が暴走したという話は聞いたのだけど……それは過剰な力がかかったからだと分かっている。だが、このゲートには何の問題も無かったはずなのだけど、一体何故かな……」
そこに居たのは、シルバーだった。一瞬、何が起きたのか分からなかった。何せ、そこに居たシルバーは今のシルバーと変わらないから。
「え……あれ……え、と、陛下とアークを探しに行かないと……」
「ルーカスと、魔王……? 何を言っているんだい。ノエル嬢は探しに行かなくて良いのかい?」
そう言われて、さっきの報告書がフラッシュバックした。
これは……このシルバーは、いや、この状況自体が?
あの時の――ゲートが暴走した時のやつ、だ。




