悪役精霊は雨のように涙する(後編)
「それでね、聞いてくれる?? あの男ったらひどいのよ!!」
「はいはい、僕はこう見えて人の話はちゃんと最後まで聞くタイプなのでどんどんジャラジャラ話しちゃってください」
俺達……皇室騎士団第1部隊は、何故か雨の精霊の愚痴を延々と聞く羽目になってしまった。
このロイという男、人を怒らせる空気の読めなさと、人の話に興味がありすぎるが故に聞き上手を併せ持つ。なので先程めちゃくちゃ怒っていた雨の精霊も、ロイに話を聞いてもらってだいぶ発散された様子であった。
「彼ったら記憶喪失だってこの森に倒れていてね、私、可哀想だと思って介抱したのよ? そしたらね、私の事愛してるって言ってきて。私は戸惑ったけど彼の目に嘘なんて無いってそう思って……でも、それも全部嘘だったのよー!!!」
また雨の精霊が泣き始めて土砂降りになる。最初の台風程では無いものの、もうびしょ濡れすぎて服がヤバイ。多分風邪引く。はよ帰りたい。
ロイ以外を見ると皆、同じように死んだ目をしていた。ロックはすでに顔色がヤバイからもう手遅れかもしれない。
「なるほど……それで、その男は記憶が戻ったので人里にアッサリ帰ってしまった訳ですか」
「そうなの……でも、全部嘘だったの!!! 私、噂で聞いたの!! その男が私を騙して雨を降らせる事が目的だったって!! 私……私……うええええん!!!」
「大変でしたね。まぁ、でもほら、男は彼ばかりじゃありませんし、そんな男の事は忘れてしまいましょう。それが1番ですよ?」
そうだそうだ。というか、そんな酷い男にすら彼女が居るのに俺たちときたら……
「……新しい彼氏がほしい」
「はい! その意気です! 未来に向かって進みましょう!」
「新しい彼氏が欲しい。貴方が彼氏になって。他の男達でもいいわ」
「えっ」
騎士団員達に沈黙が流れる。俺達は目で会話した。
(皆さんどうですか……?)
(俺、メンヘラっぽい悪役精霊はちょっと……)
(……)
(ロック副団長ヤバくない? 顔色マジで悪い)
(俺もなー、タイプではないかなぁ)
(僕も湿気の多い女性は本が傷むのでちょっと……あと、僕、好きな人居ますし)
(ロイ、お前酷すぎないか? てか誰だよ、初耳なんだが)
(黒髪で強くて時々かわいい漆黒の女騎士様が……)
(それは俺じゃねーか。おちゃらけてないで真面目に考えろ)
「……何であんたら黙り込む訳?」
ごめんなさい精霊様。彼女出来ない分際で選り好みしているのだからいけないのだが……俺達も流石に、悲しみで土砂災害起こすような彼女は怖いんです。
「精霊様、良ければ精霊国の警備兵仲間を紹介しましょうか?」
俺達の様子を見守っていた海パン警備兵が急に口を開いた。
「自分はその……もういい人がおりますが、その、警備兵仲間ならば皆、精霊が好きでここに配属されたので」
彼曰く、精霊国の警備兵は精霊が大好きな人達ばかりらしい。でなければ好んでこんな辺境の地まで来て警備兵として勤めていたりはしないのだ。
「合コン……何人か他の精霊集めるわ」
彼氏が欲しい精霊ってそんなに沢山いるのか。
雨の精霊の悲しみは、精霊国の警備兵と合コンをする事であっさり解決した。ところで合コンって何するの?
「解決したなら早く帰――へくし」
「副団長完全に風邪引いてますね。太陽さんに乾かして貰ってから帰りましょう」
帰る準備をしていると、雨の精霊が俺を呼び止めた。
「ねぇ……もし、私を騙した人間が分かったらぶん殴っておいて。貴方達や警備の人達を見てると全員が悪い人間じゃなって、分かっているから」
「まかせろ。俺もそんなはた迷惑なヤツには1発お見舞いしたい」
「……しかし、今回はいつもにも増しておかしな話ですよね。大体、誰が噂を流したんですかね。精霊を騙していた男の噂なんて……そもそも記憶を思い出して人間の国へ帰るだけで雨としては十分な量が降りますし」
「へくし! ズズ。確かに。追い討ちをかけてまでこんな土砂災害級の雨を降らせるのは、余程の理由が無いと行う行動では無いな」
「……災害が目的ってことですか? 何の為に?」
「さぁ……」
俺達は急に不安になり、急いで帝国に戻る事にした。
ふと、何か大事な物を無くしてしまうのではないかという不安が過ぎった。何だろう……虫の知らせか? 大事な物って何だ……? 家の鍵?
★★★
「雨、止んだみたいだね。ジェド達がちゃんと仕事してくれたかな」
皇帝ルーカスは執務室の窓から青空を見上げた。
夏の青空と大きな雲のコントラストが綺麗だった。
もうすぐノエルが訪ねて来る頃だと思い出す。雨が降ると庭園でお茶が出来ないので、皇城に入る事が出来ない魔獣の子猫の為のお茶会は断念していたのだが、今は数日ぶりの青空。子猫を連れて庭で久し振りにお茶会が出来るのだ。
庭園へ行くと、もうお茶会の準備は整っていた。流石、出来るメイド達であるとルーカスは感心し頷いた。
……ふと、違和感を感じた。整ったお茶会のテーブル……だが、そこにメイド達の姿が1人も見当たらない。
――ルーカスの後ろから、軽くてゆったりと歩く足音が聞こえた。
女性のような足音……だがそれはメイドでも、約束していた少女でもなかった。一体誰なのかと――
振り向いたルーカスの目には白い髪の女性が映った。
「っ、聖国の……オペラ・ヴァルキュリア!」
「ご機嫌よう、ルーカス様」
ルーカスが今最も警戒する聖国の王女、オペラ・ヴァルキュリアがそこに居た。何故皇城にいるのかは分からない。
ぞわりと寒気がして剣に手を置いた。
帝国最強の皇帝でさえその力が読めない聖国の女王オペラ・ヴァルキュリアは聖国で1番の力を持ち、戦いになればどんな被害が及ぶかは想像がつかなかった。そんな危険な人物でありながら侵入を許してしまう程、帝国には聖国に対する防衛方法が無いのだと……ルーカスは改めて知った。
(何が対魔族の防護壁だ……まさか、神聖力を持っている者が敵対するなんて夢にも思わなかったのだろうね)
だが、皇帝とてただで倒される程甘くはない。――そう自負するからこそ……ルーカスは油断をしていた。
「……わたくし、そういうつもりで来た訳ではありませんのよ」
「……?」
オペラが近くまで近付き、ルーカスの頬に手を添えた。殺意など全く感じられないから……それを許してしまったのか、或いは意識を散漫とさせる魔法だったのか。
「……?! っ……」
ルーカスが気付いた時には遅かった。自分を見つめる赤い瞳の中に火花を見た時、そこで意識は途切れてしまった。
地面に倒れる皇帝の髪を撫でる。オペラのもう一方の手には小さな水晶があった。
「ルーカス様、貴方には守りたいものが沢山あり過ぎるのね。そんなの、貴方が可哀想だわ。だって、そこには守るべきじゃない汚らしいものがあるのですもの……だから、真っ白な所から、わたくが教えて差し上げますわ」
微笑みながら手の中にある火花の入った水晶を割ろうとした時、その手を何かが弾いた。
「?!」
「ルーカス陛下?!」
落ちた水晶を守る黒い子猫と、それを見て固まる少女。その後ろには聖女もいた。
「……やっぱり邪魔をするのは汚らしい魔の物なのね。でも、いいわ。また会いましょう、ルーカス様」
微笑む有翼人は眩しい光を放ち、ノエルの前から姿を消した。
「陛下!! ルーカス陛下!!」
ノエルは倒れているルーカスに声をかけた。
幸いにもルーカスはすぐに目を開けた。そうだ、強い皇帝陛下がやられるはずは無いのだ……そうノエルは安心した。
だが、ノエルを見るルーカスの目は、いつもの優しい太陽の眼差しではなかった。
「……君……誰?」
子猫のソラの足元には、ルーカスの瞳と同じ色の水晶が転がっていた。




