魔王領の泉が生んだ傾国の(前編)
「皇城から取り逃がした東国の罪人を無事捕獲出来たようでよかったです。それで、後ろの方はどうされたのですか……?」
気を失ったハオを何処からか持ってきた台車に乗せて運ぶ高橋。追いかけてきた魔王とベルは伸びているハオを見るなり安堵の表情を浮かべた。
まさかハオがあんな強力な武器を持ち出していたとは思わなかった。俺達歴戦の剣士からすれば単純に切れ味が良いとか攻撃魔法が使える魔法剣とかよりも油断した相手に奇襲を仕掛けるような飛び道具の方が恐ろしい。三つ子め、なんてものを発案してしまったのか……
あれだけ暴れていたハオが大人しくなっていた事にホッとすると、今度は俺の後ろに隠れていた子供の様子に首を傾げるベル。そりゃあ気になるだろうなぁ、何たって頭からすっぽりと紙袋を被っているんだもん。
「……落ちたのか? 湖に」
「ああ。早いところあちらの世界に行ってしまったフェイと交換しないとなぁ……」
「え?! もう交換しちゃうんですか?!」
驚き残念そうにする高橋にビクッとして俺の影に隠れる紙袋の子供。アークは察した様子だったが、ベルは未だ分からず首を傾げていた。
「……話がよく見えないのですが」
「まぁ、女子なら大丈夫だろうか」
俺はため息を吐き、紙袋を取った。アークは高橋の目を手で塞いでくれている。
疑問符を浮かべるベルの前に晒した顔は、やはり絶世の美少女で……
「なるほど、これは……確かにヤバイですね」
「ああ……やばいんだよ――」
―――――――――――――――――――
何がどうやばいのかというとちょっと遡る訳なのだが。
湖でハオをのした後、明らかに女子に変わってしまったフェイの姿に固まっていると後から高橋が声をかけてきた。
「騎士団長ー、大丈夫ですか?!」
「あ、ああ……だが、フェイが――」
「え?」
俺越しにフェイ(女子)を覗き込む高橋だったが、その姿を認めた瞬間に目を見開き尻餅をついて後ずさった。
「あ……あ……あ……そ、その姿……」
「ああ……どうやら湖に落ちて別世界のフェイと入れ替わってしまったらしく――」
「『きゃわいい雄猫たんと宮廷ライフ~生意気な男児の闇堕ち男の娘計画』のEND10!!! 『傾国の美少女爆誕END』の悪女じゃないですかーーーーー!!!!!!」
「は……?」
興奮気味にふるふると震える高橋。高橋の剣幕にビクッと後ずさるフェイ(女子)の顔をまじまじと見ると、「ウッ」と声を上げて口を押さえながら早口で呻き始めた。
「男の娘であるフェイくんが女体化するENDは購入者の中では賛否両論であり、きのこたけのこ戦争並に激しい争いと化したのですが……スチルの出来があまりにも良く、超絶美少女として描かれたフェイくんの姿に心を奪われたファンも多いとかいう伝説のエンドであり、ゲーム性やR18という垣根を越えてそのエンドを見たいが為に購入したファンも多いという超有名エピソード……まさかそれを拝める日が来るなんて……俺は今、猛烈に感動しています……」
「……何だか分からないが、駄目だと言うことは分かった」
「ええ、駄目中の駄目です!! 何たって、その姿『ひと目見た瞬間に心を奪われ、まだ幼くあどけない姿にも関わらず全ての男が彼女との結婚を望み奪い合う。その存在によって国が傾き滅びる』とされて……ああ……す、好き……」
高橋が言いながらフェイ(女子)を抱きしめようとしたので、俺は慌てて引き剥がし、高橋の頬をひっぱたいた。
「おいこら、しっかりしろ! 傾いてる傾いてる!」
「す、すみません……つまり、こんな風に見つめていると惑わされちゃう訳なんです」
正気に戻った高橋は目を覆って隠す。そんなに言うほどか……? 確かに可愛いがノエルたんだって可愛いし……でもまぁ、よく見るとこんな美少女は見たこと無いというか……こんなに時めく事は今まで無かったというか……これって初恋かもしれない。そう、そうだ、好きかも。結婚したいかもしれない、いやしかし年の差が――」
「騎士団長、惑わされてる惑わされてる!!!」
俺の頭を叩き、持っていた袋でフェイ(女子)の顔を覆う高橋。一瞬脳が揺れるようなくらっとした感覚が過ぎり、何で顔を隠すんだよ! という怒りが段々と薄れて来た瞬間に俺はぞっとした。
「……どういう作用なんだ……魅了か何かのスキルか?」
「あー、まぁ、似たようなものだと思いますけど。ゲームでもどんなに意思の強い者もこの顔には抗えないと言っていたのでそういう作用があるんじゃないですかね」
「恐ろしいな……」
「お主ら、一体何を言っているのだ。というか、お主らは誰だ」
紙袋に包まれたフェイ(女子)がいい加減不満を漏らす。
「フェイ……ではないのだけど、ええと、俺達は君に害を加えるつもりは無い。君の知り合いに、ええと……ジェラという騎士はいただろうか?」
「ジェラ! ジェラの知り合いか?!」
知った名前を聞いて安心したのだろうか、フェイ(女子)は安堵の声を漏らした。ジェラとは、女子だった世界の俺の名前だ。やはりあちらの世界から来たのだろう……
「……なるほど、つまりはこの泉が別世界と繋がっていて、我だけがその世界に来てしまったと、そんな不可思議な事が起きているというのか」
歩きながら事情を説明すると、彼女は神妙に考え込んだ。名前をフェルと言うらしい。
「信じられないかもしれないけど、この魔王領の泉では何度も起きている話なんだ」
「にわかに信じがたくあるが……言われてみれば確かにお主はジェラに似ているし。ここまで妙な事象が起きていて今更信じられないというのもな」
あちらの世界でも大変だったのだろう、フェルはげんなりとした声で頷いた。一先ずは俺の話を信じてくれているみたいだ。
「だが、その妙な名のゲームだの、我が国を傾かせるというのは初耳だ。確かに、妙に男共にモテるという自覚は無い訳ではないが……この顔を見ただけでそのような事になるならば生活出来ぬだろうに」
「自覚はあるのか……まぁ、同じような事がフェイくんに起こっているのだとしても、フェイ君だって道行く女性皆を虜にするようなスーパーホストみたいな男子ではなかったからなぁ」
子供なのに妙に男前なフェイくんは女性の心をよく掴んでいた。だが、傾国とまではいかないだろうし、顔をみただけで魔法か何かにかかったような作用、明らかにおかしいだろう。
「うーん、ゲームだって元は男の子だったものが世界が変わって女の子になってそんな事になっていた訳ですから、何か魔法やスキルが関わって来ているんじゃないですかねー。そういうのってシアンさんとかなら詳しく分かりますかねー」
「あいつも魔塔の魔法使いだからな。ま、ハオもこのままにはしておけないし、とりあえずアーク達の元に戻るか」
「ですね。フェル様ももとの世界に戻さないといけないですしねー」
「ああ、確か南の洞窟だかから戻れるんだったな」
どうやって戻れるとかはあんまり考えないようにして、とりあえずはアーク達も心配しているだろうし、合流する事にした。
高橋が何処からか持ってきた台車に伸びているハオを乗せて歩き出す。……そして冒頭に繋がる訳だが。
大人しく伸びていると思って油断していたのだが、まさか既に意識を取り戻したハオが話を聞いていたなんて……
★★★
「なるほど、それは早急に差し戻さないとな」
話を聞いた(俺の回想を察した)アークはげんなりと肩を落とした。
既に婚約(?)をしたんだか心に決めた人がいるアークでさえおかしな事になりかねないフェルをこのままにする訳にはいかないだろう。未だ纏まっていない話が余計にごちゃごちゃになってしまう。
「……そうはならないだろうが、そうなったら本当に恐ろしいから早く向かおう。南の洞窟ならばここから直ぐだからな」
「あれ? そういえばシアンは」
「……お前らが壊したカフェを直している。直ぐにこちらに向かうはずだ」
ハオとの乱闘の様子は俺には見えていなかったが、相当酷かったらしい。主に見えてなかった俺のせいらしいけど……
無事に捕獲した知らせを受けて、先に補修作業を行ってからこちらに向かうのだとか。本当に魔法使いがいてくれて助かる。
「なのでこの男を――おい!」
先に異変に気付いたのはアークだった。荷台で伸びているハオを警戒する声を上げるも、その声に気付いたのか目を開けたハオは飛び上がり高橋から剣を奪う。
「しまっ――」
俺は咄嗟にフェルを庇い、ベルも前に出るが
「違う、そっちじゃない!!!」
アークが言うようにハオの狙いはフェルではなかった。庇う俺達の横をすり抜け一直線に何処かへと向かう。
「逃亡――」
「違う、あいつ、南の洞窟に向かっている!!!」
「え――」
バッとフェルの顔(紙袋)を見る。
「まずい、追いかけろ!!! 戻れなくなるぞ!!!」
俺はフェルを小脇に抱えてその後を追いかけた。高橋やアークも後ろに続く。
あいつ……ハオの狙いは……泉の洞窟か!




