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魔王領の花……件の奴もここに居た(前編)

 


「魔王領か……久方ぶりだな。あの時はゆっくりと見回る事も出来なかったが」


「フェイ様は魔王領を訪れた事があるのですね」


「ああ……今思い出しても何であんな事になってしまったのかは分からぬが。初めて帝国を訪れた時にな」


 漆黒の騎士団長ジェド・クランバルと魔法士シアン、東国の王弟フェイ・ロンはゲート都市を抜けて帝国に戻り、魔王領を訪れていた。

 陛下が所望したであろう最後の花を手に入れる為にここに来ている訳だが。

 聖国の花、帝国が試練として取りに行く竜の国の花、そして魔王領の花……これだけ苦労して集めたのだから、陛下には早くその花を持って婚約でも結婚でも勧めて欲しい。ここまでどれだけの苦労を重ねたか……半分以上花関係ないけど。


「あの時はハオにやられてジェドまでを巻き込んでしまったからな。その節は済まなかった……」


「まぁ、もう済んだ事だし気にするな」


「ううむ。シルバー殿にも迷惑をかけた非礼を謝りたい所なのだか……」


 ため息を吐いて俯くフェイの肩にシアンが手を置いてニコリと笑った。


「フェイ様、そう案じなくても魔塔主様は多分覚えていないので大丈夫ですよ。何があったのかは良く分かりませんが、仮に覚えていたとしてもフェイ様を責める事はありませんし、何かあったのなら尚更面白い経験が出来て良かった位にしか思いませんので」


 ニコニコと笑うシアン。お前はまるで本人みたいにシルバーの事をよく分かっているな。


「そういえば、そのハオは何処に行ったんだろうな」


 フェイからハオの名前を聞いてふと思い出す。もう花を探しに帝国を出発したのもだいぶ前のように思えて忘れていたのだが、俺や陛下が居ない間に拘束していたはずのハオが逃亡していたのだった。


「ゲート都市も突破していないようですし、移動魔法やスクロールの類を使えば魔塔が感知するはずですのでこの国から出ていないとは思うのですが……船を使って海を渡っている可能性もありますからね」


「逃亡したばかりだろう? そんな金を持っているようには思えぬが」


「まぁ、奴ほどの実力ならば金なんて何らかの形で直ぐに手に入るだろう。ただ、何処に逃げるのかって話だ」


 ハオの頼みのナーガも居なければ東国にだって戻る場所も無い。ならばあのままブレイドのように陛下の下で更生してやり直すのが最良だとは思うのだけどなぁ。あいつ程の実力とあの性格じゃ持て余してしまうだろうに……一体、何の目的があって、何処に行ったのだろう。



 ―――――――――――――――――――



 もうかれこれ40話程も前に皇城から逃亡した元東国の騎士……

 件のハオが何処に居るかと言えば――魔王領に居た。


 そもそも何故逃亡したか、そのの理由についても大分前に遡る。

 生粋の変質者……もとい、3度の飯より可愛いものが大好きなハオは、むさい男か居ても成人を過ぎた女性しか居ない皇城にはもううんざりしていた。

 普段は眼鏡をしていない為、見たくないものが視界に入ることはそう無いが……瞼を閉じれば思い出されるものは可愛いフェイの姿やその他ハオのお気に入りの可愛い男女、可愛い動物、可愛い小物達。

 尋問と称してハオにぶつけられた見たくない部類の数々の目汚しがそれらの美しい思い出をどす黒く、いや、茶色く塗りつぶしていってしまい、ハオの精神状態は限界に達していた。


 そんなハオに訪れた千載一遇のチャンス――それは、何のトラブルか城に常駐する腕の立つ騎士が次々と消えた事。

 皇帝や騎士団長のジェドが不在なのは知ってはいたものの、ブレイドやロックが居ては流石のハオもおとなしく従うしかなかったのだが、それらの者達が目の前で消えた瞬間、告げたのは本能か渇望か。

『今しかない』と思った瞬間にはもう残っていた騎士から武器を奪い次々と倒し、城の窓から飛び出して走っていた。

 向かう先への道順はハッキリと記憶している。それは東国に帰る直前にフェイと共に向かった記憶に新しい魔王領……

 あの時は眼鏡をかけては居なかったのだが、そこに目的のそれがあると、匂いが告げ、正確な道のりを示していた。

 誰かに見つからないようにと隠れながらもやっとたどり着いた魔王領の森の中。そこに建つファンシーな色合いの建物と看板を見つけた時には膝から崩れ落ちた。


「あ……ああ……」


 ハオは泣いた。そこにたどり着いてやっと、あの地獄から抜け出せたという自覚が体に染みて来たのだ。


「いらっしゃ――」


「済まないが、これでありったけのもふもふをワタシに下さい」


「は、はぁ……」


 ハオは、店員の女性に道すがら手に入れたありったけの金を渡した。いぶかしみ受け取る女性の表情などは見えていない。

 皇城でくすねてきたモノクルをかけてもふもふ達を凝視しようとするハオの手を、店員の女性は止めた。


「……お客さん、以前来た時に眼鏡をかけて魔物達を怖がらせていましたよね。それじゃあ近寄りませんから、それはかけないままが良いでしょう」


「ああ、そうでした」


 言われるがままにモノクルを仕舞い、ハオはソファに寝転ぶ。

 店員の女性は奥から次々とモフモフの小魔獣をつれて来てはハオの上に乗せた。


「お前達、そのままお客人に暫くサービスをしてあげなさい」


 店員にそう言われ、使命感を感じた小魔獣達は頷いてハオの上で転がる。


「ふああああああ、か、かわいいものがワタシの上でもふもふしているのを感じりゅううううう! あああああ、もう、一生こうしていたいいいいい」


「ええ、ずっとそうしていて大丈夫ですよ」


「はわわわわわぁ!!!」


 ニコリと頷いた店員は、店の奥にあった魔術具で連絡を入れた。


「……あー魔王様、変なのがまた来てますが」



 ★★★



 魔王アークは魔王領温泉に程近い丘の木の下に居た。

 温泉の賑やかな声が聞こえるそこは、両親の眠る墓がある場所。

 何故そこに居るのかと言えば色々と理由があるのだが、1つはその場所にしか咲かない紫色の花だった。

 アークの、そして母の瞳と同じ色の花は、そこにしか咲かない。父と母の思い出も詰まったその花を、何故かルーカスが所望しているらしいので取りに来るのを待っていた。

 待っていたのだが……一向に取りに来るであろう騎士は姿を現さない。

 何時来る、とは聞かされては居なかったのだが、例え寄り道しているにしても時間が掛かりすぎていた。


「……まぁ、いつもの事か」


 ジェドがそう早く来るわけは無いと分かっていた。何故ならジェドだから。寄り道と余分な仕事を増やす厄介ごとホイホイのジェドなのだ。

 その有り余って待っている時間に、アークは墓に話しかけていた。

 アークもルーカス同様、この国を帝国の領地として魔族と魔物の未来を託されてこのかた自身の幸せややりたい事について考えた事は無かったのだ。

 それ故、魔王領に新しい物を作る、魔物達が成長している――などの国の事を報告すれど、自身の話を報告するなんて初めてだった。

 だからこそか、堰を切ったように話しても話し足りない報告。

 どうして、いつ、そんな望みを持ってしまったのか……他人に聞かれるのは恥ずかしくも、アークは初めて正直に全てを打ち明けていた。

 未だ件の騎士は来ないが、今年は天候も良く大輪に咲いた花は少し位摘んでも残りはまだある。

 1つ摘んで手に取って、その綺麗な花弁を太陽に照らしてみた。

 浮かぶのは花を持って微笑む愛おしい人達の顔。

 仲違いしてでも彼女を選ぼうと思っていたのだが、それすらも許さないと言ったルーカスは、流石に訂国民を幸せにすると豪語するだけある。そう思いアークは笑った。


 ――と、幸せに浮かれていたアークだったのだが、知らせを受けてベルの元にやってきて早々げんなりとする。


 そこは、ベルの経営する小魔獣もふもふカフェ。

 魔王領の中でも人気スポットであり、国内外からの客も多く予約式。なのだが……今は貸し切りとされて誰も近づかないようにされていた。

 その元凶が、もふもふ達の中心で寝転び、幸せを全身に浴びていたその男。


「……何であいつがココに居るんだ……?」


「それは、魔王様の方が詳しく分かるのではありませんか?」


 ベルの言うとおりだった。魔法障壁でも使われなければ誰これ構わず心が読めてしまうアークにとってハオの心の中はここに近づいた時からすでに筒抜けである。あるのだが、ハオはずっと『かわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいい』と連呼するだけで分からない。


「……余程思い出したくないのか、皇城の事を一切考えないから分からなかったが……何か、どうやら逃げてきたらしいぞ」


 辛うじて『あんな場所にはもう戻らない』という声が断片的に聞こえてきたので察していた。

 皇城からハオについての指名手配の知らせは回ってきていたのだが、まさか何処に逃亡するでもなくこの魔王領のモフモフカフェが目当てだったのかとアークは頭を抱えた。


「どうされますか?」


「どうすると言ってもなぁ……魔王領でどうにかしようにも戦力と言えば俺達か高橋位しか居ないからな。前のように暴れられては仲間達に危険が及ぶかも分からないし……時期にジェドが来るだろうから何とかして貰うしかないだろう」


「承知しました。それまで足止めしておくのが良いですね」


 頷いたベルは、小魔獣達の餌を手配したり他に居る選りすぐりの可愛い魔獣達をもふもふカフェに集め、竜宮城さながらハオを持て成す事とした。

 その様子を見たアークは魔獣達の苦労を嘆き、件の騎士に寄り道をせずに真っ直ぐここに来るよう祈るしかなかった。

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