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閑話・目が覚めたルーカス

 


『――、――ュー』


 暫く呼ばれる事の無かったその名前。ルーカスはその声に勢いよく振り返った。

 もう忘れてしまう程の記憶の彼方にある声音、呼ばれたのなんて何度と数える位しかない。


「……っ!」


 ぼんやりと霞むその窓に手を出すと、記憶に残るのと同じ小さな手。それを見た瞬間にルーカスは夢だと気付いた。

 自身の幼き頃の記憶を、夢に見ているのだ。

 皇帝になると誓ってから、殆ど見る事は無かった母の夢。何故今になってそんな夢を見るようになったのか……

 それは分からない、けれどまたと無い夢。覚めれば不思議と直ぐに記憶の何処かに仕舞われてしまうと分かっていても、ルーカスはもうかなう事の無い問いかけをしてみた。

 だが、いざ話すとなると何を話して良いのかは分からない。

 しどろもどろと、まるで本当にその頃の自分に戻ったのかのようにたどたどしく、もじもじと窓に向かって話しかけてみた。


「あの……あの……母様は……幸せでしたか?」


 そんな問いかけをした所で所詮は自身の夢。けれども、そんな夢の中で返ってきた答えは


『いいえ……今も、幸せよ。だって、私の可愛いリュー……貴方が、幸せそうだから』



 ―――――――――――――――――――――



「はっ――!」


 帝国の太陽、皇帝ルーカスは朝日の差し込む部屋で目を開けた。

 見覚えのある天井、覚えのあるベッド。以前は直ぐに起きられるべく眠りが浅くなるようにあえて硬くしていたマットレスがいつの間にか柔らかいものにすり替わっていた。通りで深く眠りすぎた訳だと重い頭を起こす。

 一体いつから寝ていたのか、どの位寝ていたのかも検討がつかなかった。

 直前の仕事はどうだったか、と思い出そうとすれば――ぼんやり薄っすらと蘇るジェドの顔。


「そ、そうだった――」


 ウルティアビアでナーガに乗っ取られたジェドをどうにかすべく、移動魔法を使いぶっ倒れたのだと、そこでやっと記憶を繋げた。

 全てを言い出した張本人と移動した先の人に投げて眠ってしまったルーカス。その後どうなってしまったのか、どうやって帝国まで戻ってきたのか。

 帝国に居るという事は何とかなったのだろうかと想像しつつも、この穏やかで妙に静かな空気が逆に怖くて不安になった。


「……――!? へ、陛下!!!」


 静かに扉を開ける音。部屋に飾る花を持ってきたシャドウが体を起こすルーカスの姿を確認して声を上げた。

 その声を皮切りに、静かだった城内が騒がしくなり、焦る様子のエースや騎士達が駆けつける。そこでルーカスはやっと、先ほどまでの静けさが自分を起こさないように作られていたのだと気付いた。


「エース……ええと、済まない。その、ジェドは?」


「あー」


 ルーカスの問いかけにエースを始め他の騎士達も困ったように顔を見合わせた。どういう顔なのだろうとよくよく見れば、何人もの騎士達がそれぞれに怪我を負っていて更に廊下や壁のあちこちも心なしか傷んでいる。窓からちらりと見えた城壁の一部が壊れていて修復しているのも気になった。


「何だ? やはりジェドはまだ――」


「まだではありますけど、やっぱり陛下は覚えていないんですね」


「は? 何が――」


『まだ』と言われてここに至るまでの嫌な想像がルーカスの頭を過ぎるも、三つ子の1人のガトーが残念そうにルーカスの目の前に真っ白な花を差し出した。

 見覚えの全く無い、それでいてオペラを思い出させるような真っ白な花。


「これは……?」


「陛下の所望したものです」


「これを……私が? 何のために……?」


「いや、こっちが聞きたいッス」


「陛下が倒れる前に花が欲しいって言ったから、団長は陛下が欲しいであろう花を探しにあちこち飛んでるんですよ。流石に酷いッス」


「本当にスイッチが切れる直前の要望は覚えていないんですねー」


 騎士団員達の様子に、話をせずともジェドは無事元に戻ったのだと察し、なんだと安堵の息を漏らす。

 紛らわしい顔をするなと怒りたくなる気持ちが上がるも、そう言われてしまえば前に倒れた時も今も覚えの無い寝言につき合わされているジェドやそれを哀れむ騎士団員達の気持ちも分からなくも無い。

 分からなくも無い、のだがそもそも前回も今回も半分ジェドのせいで魔力切れを起こして寝込んだのだからおあいこなのだがという念が少し過ぎった。


「それはまぁ、ジェドには帰ってきたら謝っておくとして、それよりも君たちのその怪我は一体どうしたんだ」


「あー、これですか。あの一時拘束していたハオとかいう元東国の騎士が脱走しました」


「え?! ロックやブレイドが居たはずでは――」


「いや、居なかったです。何か団長を助けるために呼び出されたとか何とかで、魔塔に行ってましたので」


「ああ……」


 どんな解決方法を取って何故その様な事になったのかはルーカスには分からない。だが、それが本当ならば間が悪すぎた。ジェドもルーカスも不在、その上ロックやブレイドまで居ないのだとすれば誰がジェドとほぼ同等の強さを有するハオを止められたか。


「済まない……私が不在にしていたばかりにそんな事になってしまって……しかも長らく眠っていたので仕事も――」


「陛下、仕事の方は我々で出来る限り尽力しておりましたので大丈夫です」


「それよりも、ついにご成婚なされるのでしょう、陛下」


「え……」


 戻ってきたばかりであろう騎士がルーカスの前に差し出したもう1つの花は竜の国に咲く花だった。

 それにはルーカスも覚えがある。自身の髪色と同じその花は帝国の皇族が求婚の証にと険しいラヴィーンのダンジョンから摘み取ってくるとされている花だ。――が、実際にはそんなシステムが行われたのも遥か昔の話で、この花をモチーフとした飾りのティアラを送るのが代々行われていたものだった。

 両親の肖像で見たから覚えていたのだが、実物を見るのは初めてだった。


「それを贈り盛大に式を挙げられるのですよね、陛下」


「え……う、うん、ま、まぁ……」


 ルーカスには本当に疲れて倒れた後の記憶が無かった。恐らく綺麗な花でも見たい、位の気持ちでいつものようにジェドにお願いしたのだろうと思い至った。幼い頃から、たまに疲れて倒れると今まで言わなかった我侭の反動が来て意味不明なお願いをジェドに注文し、意味不明な土産で返ってきていたからその癖だった。

 ここにジェドが居れば『あー、やっぱりいつものでしたかー』と軽く流してくれるのだが、件の騎士団長は未だ花を探しに出かけているのだとか。花は十分にあるのに一体どれだけ摘んでくるのだろうかとため息をついた。

 そんなルーカスを騎士やエースはニコニコと見つめている。


「私たちは、陛下が幸せならそれで良いのですよ」


「そうですよー、思いつめた顔で出かけた陛下が中々戻られない事には心配しましたが、国の事を大事に想ってくれているのは分かりますけど、何度も言うように俺達は陛下にだって幸せになってほしいのですから」


「皆……」


 その時、もう既に薄れゆく先ほどの夢の記憶の、母の言葉を思い出した。

 実際に母とそのような会話を交わした記憶は無く、先ほどの夢はルーカスの心が作り出した幻だ。それでも……本当に母も、そう思ってくれているのかもしれないと思い、ルーカスはクスリと笑った。


「そう……そうだね。皆が幸せにならないとね」


 実は少し迷っていた。本当に自分の出した決断は正しかったのかと。

 半ばヤケクソのように宣言してしまった誓い……それでも、大切な人とずっと共にありたいの願ったルーカスの心は本当で、それがルーカスの選んだ幸せの道だったのだ。

 そして、それが本当に正しかったのかという結論は、これから作り上げて行けばいい。


「ありがとう、皆のおかげだよ」


「えへへー、それで、陛下いつ頃式を挙げられますか?!」


「馬鹿ロイ、お前気が早いって! まだ騎士団長もフェイ殿下も戻ってきていないし、城の修繕も各地を悩ませている闇ギルドの調査もまだ終わってないだろ」


「あー、騎士団長が話を聞いたんだか捕まえたんだかなんだかっていう実行役の人たちの調書も大量に届くんでしたっけ。本当、騎士団長って関係ないのに巻き込まれて来るんですかねー。この間も巷で問題になっていた録画魔術具使用の件とか解決してきたらしいですよー」


「……ん? どれもこれも、どういう事?」


 不平不満や会話の中に聞き覚えの無い話と増える仕事が混じっていて、ルーカスは慣れた様にため息を漏らした。倒れた後の顛末も全て把握した訳では無いし、逃亡者ハオの行方も調査しなくてはいけない。そして、自身の手に持っていた白い花も心なしかうごうごと蠢いていてそれも気になった。


 結局、目が覚めて最初に行ったのは花を丁重に飾る事と、仕事の引継ぎだった。

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