ゲート都市で顔を見せ始めた闇ギルドの暗躍……結局いつもの(後編)
「――と、いう訳で私は悪女の汚名を着せられ婚約破棄された挙句に処刑される運命なのです。その破滅の未来を回避する為に家を出て1人で暮らすだけの十分な資金が必要でしょう?」
「なるほど……」
ゲート都市の地下牢。俺と机を挟んで対面する令嬢は今までの生い立ちからこれからの予定から全部ぶちまけて来た。
尚、牢の外には順番待ちの令嬢が並んでいる。地下牢に突然設立された出張お悩み相談室。いや、尋問か取調べか?
話をしながら令嬢は飯を食っていた。こういう時の飯は決まって揚げた肉を溶いた卵で包んでライスの上に乗せたものだ。どこからいつ発祥したのかは分からないが、転生したであろう令嬢達は「そうそうこれこれ」と当然のように受け入れていたので一部地域では常識なのだろう。もしかしらら異世界物なのかもしれない……こんなものが?
「それにしても……びっくりする位皆同じ生い立ちだな」
フェイくんが驚き呆れるのも分かる。同じようなフォルム、同じような吊り目ドリルの令嬢は、やはり言っている事ほぼ一緒であった。俺はもうかれこれ1話からずっとこの流れをやっているので慣れているのだけど……よくよく考えたら何でこんなに断罪の運命を背負った転生悪役令嬢が沢山居るのだろう……
「まぁ、金に困っている人は沢山居るでしょうけれど、こんな明らかな詐欺で美味しい話に釣られるのなんて限られていますからね。普通に貧しい暮らしをしているのでしたらわざわざこんな方法に手を出さなくても地道に稼いだりしますし」
一般の帝国民ならばそこまで切羽詰って金を稼がなくちゃいけないほど困窮している者も少ないだろうし、そうなってくると必然的に世間知らずで急に大金が必要になる騙され易い人……つまりこういう野良転生悪役令嬢のような者達がホイホイと引っかかってしまう訳だ。野良転生悪役令嬢ってなんだよ……
「そうなのです、私みたいな箱入り娘の令嬢かつ、転生前も大した資格も無く日々漫画や動画を見漁ってダラダラと過ごしていたような者にはまずこの世界で金を稼ぐ事がハードル高めといいますか……」
「そうは言ってもお主、何も出来ないという事は無いだろう。我もその、働いた事は無いが、生きる為の労力ならば本気で臨めば出来ぬことも無かろう」
フェイ君の正論に傷ついたのか、悪役令嬢(?)はわっと机につっぷして泣き始めた。
「だって、だってしょうがないじゃない! 私女の子なのよ?!」
「言いたくはないが我も男児なのだが?!」
「それはっ、それはそれでしょう! 貴方は出来るかもしれないけど、出来ない人だっているんだから! 出来ないのにやれって言う運命の方がどうかしているでしょ! 配慮が足りないわよ!!」
「だが、結果はやってみないと分からぬではないか! やる前から諦めて悪い方法に手を出すのは明らかにおかしいではないか」
「それって貴方のただの感想ですよね? そういう風に言うのだったら、簡単に金貨100枚手に入る仕事だって、どうして悪い事だとか騙されているのだとか、言えるんですか? やってみなくちゃ分からないですよね??」
いたいけな男児のフェイくんと屁理屈で口論する令嬢さん。正直、恥ずかしくないのかと思うし、どう考えるまでも無く騙されているのは明らかだろうと突っ込みたいが……尚も令嬢に付き合って口論を続けようとするフェイの肩を掴んで首を振って止めた。
「ジェド、何故止める! この令嬢には何を言っても無駄なのか?」
「いや……まぁ、それもそうなんだけど。フェイ、お前は他人に……いや、大人に理想を求めすぎだ」
「え……いや、しかし……」
恐らく、フェイは東国でも野心家であったり日々の生活を守る為に努力する大人ばかり見てきたのであろう。だからこそ、大人に憧れを抱き、悩むんだ。
それは東国という国柄仕方ないのかもしれない。少し前まで領地同士が争い、一食触発の雰囲気があって、フェイ自身も力を手にしないと青龍の一族が生き延びれないと思い暮らしていたのだろうから。
完璧に見えるルオだって、完璧になるまでに相当な努力をしていて、フェイもそれを見てきただろうし。だが……
「フェイ、そういう考えは帝国式じゃないんだ。単純に頑張れば報われる、頑張らない者、出来ない者は切り捨てられる……そういう国だったら、陛下もそこまで苦労しないんだよ」
「それは……」
俺の言葉にフェイは黙り、周りもしんと静まり返る。それを破ったのはちゃっかり自分の分も飯を頼んで食べていたゲート職員だった。
「……なんか、ジェドさんが急に真面目な事を言うと、気持ち悪いですね」
「おま、俺だって真面目な時もあるんだよ!!!」
俺が職員にチョップを食らわすと、飯を口に含んでいる途中だったのか鼻からライスを吹き飛ばした。それを見たシアンがぶっと噴出してくすくすと笑う。
「はははは、それで、帝国式だとこういう場合はどうするんですか?」
「そりゃあ勿論、何とかなる方法が見つかるまで話を聞くしかないだろう」
と、俺はげんなりしながら令嬢の対面の椅子に座りなおした。
「――で、転生前の趣味と言えば配信者さんへの重課金というか。それを楽しみに派遣で働いていただけで特に趣味も無く……」
「なるほど……」
再び令嬢たちに話を聞き始めた俺だったが、どの令嬢に話を聞いても似たり寄ったり。
特に自発的にやりたい事などもなく、出来れば楽して稼ぎたいだことの、ゲームや小説だのと娯楽の為に日々ゾンビのように脳死で働いていたことの、実家で引きこもっていたことのと、聞いているこっちの気分が落ちてくるような暗い目をしていた者ばかりだった。これ、闇の影響か何か受けていますかね……?
ナーガも人は誰しも闇と隣り合わせだとか何とか言っていたが、本当にそうだと思う。ここにアイツが居たらさぞ喜んだ事でしょうね……
「ジェド、本当にこのような考えの者たちを救う方法があるのか?」
心配そうな声のフェイ。俺はすくっと立ち上がり、職員に耳打ちした。
「あるか無いかで言えば……ちゃんとある」
「え……」
そう、救いはちゃんとあるのだ。何でかって? この令嬢達はナーガとは違う。闇に落ちるのを生業としているのではなく、結果として闇に落ちそうになっているだけだから。
楽して稼ぎたい、という事は稼ぐ気はあるのだ。
その稼ぎを誰かに貢ぎたいと思うという事は、少なからず誰かの役に立ちたいと思う気持ちがあるからだ。実家に引きこもっていたのは……まぁ、働くチャンスを逃しただけだ。ポジティブに捕らえるとそうだ。
「楽して稼ぎたい、と言っても禁止されている事をやるのはお進めしない。最終的に自身が不幸になるだけだ。それも、分かっているんだろう?」
「それは……」
「そういう方法を、悪い事をしないと楽して大金が手に入らないと思っているからだ。でも、楽して金を稼いでも合法で、ずっと楽しく暮らせる国があるとしたら、どうだ?」
「え……? そんな国、ある訳……」
「あるんだな……これが」
ゲート職員が扉を開けて持ってきたのは、頼んでいたシュパースの資料だった。
「この国……というか島は、国ではないので移住も自由だ。働き口もあるし、カジノで稼いでホストに貢事も出来る」
「は?! ホスト??? そんな歌舞伎町の悪魔みたいなものがこのファンタジー世界にある訳――」
「残念ながら、あるんだな……」
何故なら、そちらの方々が持ち込んできたから。異世界から来た皆さん、夢を見て来ている君たちには悪いが、こちらはもう大分異世界に毒されています。
「そっちの令嬢は配信者がどうのこうのとか言っていたな。配信者というのはこういう者たちだろう?」
職員が持ってきた魔術具で投影されたのは、デンジャラスくんのシュパース紹介映像だった。令嬢達は目を丸くして食い入るように見つめている。
映し出されるシュパースの景色は、とても楽しそうなリゾート。皆が笑顔で遊び、正に天国があるならこういう所を言うのだろうと言った感じで。
「で、でも、こういう所って借金を背負わせて大変な事になるんでしょ……?」
「なる訳無いだろう。全てを遊びに、笑顔に変えるのがシュパースの持ち主ナスカという男だ。破滅したらリピート出来ないからな……」
生かさず殺さず、永遠に遊ばせる人を駄目にする島……と言えばそうなんだけど。そこは伏せておこう。
シュパースの資料を見てパァと顔を輝かせる令嬢達。俺はうんうんと頷いた。
「とりあえず、君たちは未だ未遂で捕まったのだから罪にはならないだろうし、闇ギルドに関する情報だけ伝えてくれればシュパースまで帝国の騎士が送ってくれるはずだ。そろそろ連絡しておいた迎えが来るはずだから、後はそちらに任せておく」
そう言っている頃に、騎士団の数人が地下牢にやって来て手際よく引き継いでくれた。
事の成り行きを見守っていたフェイがおずおずと聞いてくる。
「なぁ……ジェドよ、本当に良いのか? 令嬢達に甘くないか?」
令嬢達の行く末を心配しているのか、駄目令嬢達を不安げに見つめる。
その頭を俺はポンと叩いた。
「フェイ、その考えは令嬢達と一緒だぞ。別に茨の道を行くのが悪いって訳じゃないんだけど、何もそれだけが道じゃないだろう。楽しい事を、生きる希望を見つけてからそれに対して生きていく人だっているし、甘い事だってあってもいい。誰しもが楽勝で楽しく生きられる国を作るために工夫を凝らしている人だって居るんだし。だったら、それに乗ったって良いだろ」
「それは……」
「魔塔にしたってそうですからね。日々、皆が楽になるようなものを作って便利に感じてもらえればそれだけ魔法の使われ方が変わっていきます。そうする事で魔法を悪事に使おうとする魔法使い達が減りますし、物事は小さな1つだけを見つめるだけじゃ分からないですよ」
「そういう事だ。フェイも1回シュパースに行ってみると人生変わるかもしれないぞ。まぁ……駄目な大人の見本市だけど。たった一度の人生を棒に振って暮らすのが楽しくて仕方ない駄目な大人も沢山居るから、大人になるって何だっけって思うはずだ」
俺後ろで映し出されるシュパースの魔石映像。あり得ない程に楽しそうな楽園の景色を見て、フェイはふっと笑った。
「そうか……それは一度、行ってみたいな」
と笑顔を見せてくれたので安心した。
職員と手続きを交わした騎士団員の1人が俺の所に報告に来る。
「騎士団長、令嬢達から調書を取った後に彼女たちをシュパースに送らせていただきます。その後はシュパース側で受け入れてくれるらしく、お任せして問題無いでしょう」
シュパースの遊び人達ならば、身をもって適材適所を知っているはずだから。最近移住者がとんでもない数になっているらしいけど……恐ろしい島だ。いつか反旗を翻さないか心配だけど、多分そんな気力があれば遊んでいるだろう。遊び人ってすごい。世界中遊び人になれば平和になるのでは……
「我々は帝国に戻りますが、騎士団長はどうされますか?」
「ああ、まだ陛下は目覚められてないんだよな? 俺は魔王領に寄ってから戻るとするよ。ついでにこの花を陛下の元に届けて欲しい」
俺はシアンから竜の国で摘んで来た花を受け取り、騎士団員に手渡した。ちょっとだけいやな顔をして花をまじまじと見る。
「……これって、先日ガトーが持ってきた花とは違いますよね……?」
「ああ、普通の花だ」
ガトーが持ち帰った聖国の白い花は、うねうねと動く様が不気味過ぎて騎士団員内でも気味悪がられているらしい。今は休む陛下の隣に飾られているそうだが、ちょっとずつ動いているのが心配だとメイドがビクビクしながら定期的に見張っているのだとか。
「さて、俺達もそろそろ行くか」
騎士団員達を見送り牢を出ようとした俺の肩をがしっと掴んで、ゲート職員が止めた。
「……いや、普通にまだ手続きが済んでないです」
首を横に振る職員。令嬢達の騒ぎに時間を取られ、肝心の手続きは未だ済んでなかった。また、牢屋に居残りですか……




