悪役精霊は雨のように涙する(前編)
「おにいちゃん、いってらっしゃい」
ジュエリーちゃんがニッコリ笑いながらお見送りしてくれた。
田中よ、残念ながらジュエリーちゃんはまだ3歳になったばかりだからそんなに流暢には喋らんのだよ。
初めて呼んでくれた「お兄ちゃん」が田中の言葉とか酷すぎる。いや、もう考えるのはやめよう……妹は前世が田中というだけでかわいい妹に変わりは無いのだ。
あの後、幼女男達にはお引き取り頂き、魔剣も魔王に持って帰って貰った。あのまま魔王といると次から次へと厄介な奴を見つけて来そうなのでいい加減帰れと促した。
アークのせいで知らなくていい事を知ってしまったが、知らずにいたら良かったかと思うとそれはそれで嫌なのだが……
「今日も雨か……」
漆黒の騎士団長ジェド・クランバルの憂鬱を表しているかのように帝国はこの所、雨が降り続いていた。
……
第1部隊の騎士団員と皇帝、宰相は死んだ目で窓の外を見ていた。
「数日間に渡る大雨……土砂災害も心配ですね」
「これは、もしかしなくてもアレだろうな……」
「アレか……」
うんざりした雰囲気の中、執務室のドアが陽気に開かれた。新人騎士のロイがまた空気を読まずニコニコしながら入ってくる。
「いやー、今日も凄い雨で嫌になっちゃいますねー」
「ロイ、お前、まさかとは思うが……また変な本見てないよな?」
「えっ!? 何で知っ――いや、その……」
ロイの目が泳ぎ、明らかに動揺していたのでもうコレは確定だろう。
「ジェド、第1部隊で精霊国に行ってくれ。あとロイはちょっと来なさい……ハァ」
陛下がため息で拳を温めながらロイを呼ぶ。帝国最強の皇帝にため息をつかせるとか、ロイお前大物だぞ。
―――――――――――――――――――
漆黒の騎士団長ジェドと副団長ロック、三つ子の騎士とでかいたんこぶを作っている新人騎士のロイはまたしても精霊国に調査に来ていた。
「大体、僕が禁書を見たからってそれが原因って訳じゃ無いのに、何で怒るかなぁ……」
ロイが何か変な本を見つけると何かしらの事件と関係してくる場合が多いのだが、陛下が怒っているのはそこでは無く、禁書を許可無く勝手に見て反省の色も無いお前のそういう所だと思う。
「何かスゲー雨強くなって来ましたね」
精霊国の森の中。例によって雨雲の厚い方へと俺達は進んでいるのだが、どんどん雨が酷くなってもはや台風かスコールか。こんな状態になっている位だから原因は精霊で間違い無いだろう。
そして、精霊が原因の時は何故かいつも耐防魔法系が使えないのである。乾燥魔法とか雨を弾く類いの魔法も一切使えず、ずぶ濡れになりながら俺達は歩いていた。精霊の嫌がらせはとことん嫌がらせなのだ。
「それでロイ、お前が見たのはどんな禁書なんだよ」
「えー、僕の見た本が直接関係あるかどうかは分かりませんが……『雨恋い』という小説です。雨の精霊が記憶喪失の人間と恋仲になるのですが、その人間を探しに来た恋人によって記憶を取り戻して精霊の元を去って行くというものです。雨の精霊は人間を引き止め、怒りに任せて災害級の雨を降らせたそとか」
「なるほど。どう考えても直接関係あるだろ」
「て事はもう振られちゃった後っスかねー?」
話しながら森を進んでいると、茂みの中から海パンの男が現れた。
「……そろそろ皆さんが来る頃だと思っていました」
「奇遇だな、俺達もそろそろ現れるなと思っていたんだが……何で今回は服着てないんだ?」
「服を着てもずぶ濡れになるのでいっそのこと脱いでます。さぁ、ご案内しましょう」
精霊国の警備兵はやはり前と同じように事情を知っているらしく、雨の精霊への道案内をしながら話し始めた。
「その、ロイ様が見た『雨恋い』の内容で間違いありません。雨の精霊様は今、人間の恋人が居なくなり悲しみで泣いています。ですが、小説に隠された真実は少し異なります」
「えっ? どういう事ですか?」
「……雨恋いは『雨乞い』……実は、その話に出てくる人間は記憶喪失の振りをして雨の精霊様に近付き恋仲になりました。恋人がやって来て記憶が戻り、人間の国に帰る事によって精霊が怒って雨を降らせる所まで、その男の計算された物だったのです。それを知った雨の精霊は悲しみの余り泣き続けています」
なるほど、雨の精霊は小説では悪役として描かれているが実は被害者だったのか。
「しかし、この近辺に干ばつで苦しんでる所なんてあったか? 何で雨を降らせる必要あったんだ?」
「確かに……妙だな。それについては別で調べるとしよう。今はこちらの解決が先だろうし」
ロックが指差す方角にはどす黒い雨雲が渦巻いていた。うわぁ……失恋とか騙された事への恨みが形となって見えるんだが。
警備兵に案内された雨雲の中心には空中に浮かぶ雨だまりがあり、そこを中心に雨がもの凄い勢いで降っていた。俺達はもうお互いが見えない位に雨が凄まじくなる。めっちゃおこですやん。
「これー……どうすれば……かねー!!」
「何だってー……雨が強……聞こえねー!!」
「おーい! ……精霊さー……」
もう雨のせいで皆の声が聞こえない。ヤバイ。
「僕ー……泳いで起こしに……きまーす!!」
ロイの声が遠くで聞こえたと思ったら雨だまりに飛び込んで行った。若いって素晴らしいけど無理しないで欲しいんだが。
★★★
………ーん!
(優しかった……でも、騙されていたなんて……酷すぎる)
……すみま……ーん……
(ん? 誰か来たの?)
……すみませーん! 雨……めて……かー?
(もう……放っておいてよ。私は泣きたいだけ泣くのよ……)
……すみませーん……め、止めて……せんかー?
(うるせえ)
すみませーん……
「あー! うるさーーーい! 今感傷に浸ってんだから空気察しろーー!!」
★★★
ザバーーーーーーン
「あ、何か弱まったぞ」
雨の精霊の怒りの声が響いたかと思ったら、雨だまりが飛散してロイは吹っ飛んだ。三つ子が急いで助けに行ったから大丈夫だろう。
ロイのおかげで雨は少し弱まり、小雨の中心には雨の精霊らしき女性がいた。
「今度は何なの?!! 人間! まだ私に追い討ちをかける気??? てか声がうるさいのよ!! 今、私は心がデリケートなの!!」
ロイのおかげで雨の精霊と話が出来そうだが、ロイのせいで余計な怒りが追加された。




