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閑話・魔法士シアンの疑問(後編)

 


「――騎士様、お願いします! したたかな妹に悪女の噂をばら撒かれ、挙句竜の花嫁にと生贄にささげられるのが嫌だった妹の代わりにされてこんな所まで飛ばされてしまいました……このままでは妹の替え玉としてこんな私が送られた事に腹を立てた竜が私共々家族に災厄を振りまき領地を焼き払う事でしょう……どうか、どうか助けてください!」


「いやその流れ、絶対に竜がイケメンで優しくて、何なら妹じゃなくて姉のお前に惚れていたけど優しい娘だという噂を聞いて間違って発注してしまった溺愛ルート奴だろ! そもそも竜の国にそんな極悪なやつは……前は居たけど今は居ないから安心して嫁いで家族とは絶縁しろ!」


 フェイ様を探そうと息巻いて走り出した漆黒の騎士団長であるが、早々に切迫しているご令嬢に捕まっていた。

 何なら、フェイ様とはぐれた時も捕まっていて、何かフェイ様が悩んでいて周りが見えてなかったから、みたいな雰囲気を出していたけれどどちらかというと騎士団長がそうやって歩くたびに変な令嬢に絡まれているからそのどさくさで逸れた、というのが正しい。

 関係無いのだから無視してやり過ごせばいいのに『無視してもどの道巻き込まれるなら早々に送り返したほうがいい』という騎士団長の持論により度々時間を取られている。これが小説ならば大きな事件は書いてもこういう小さな事件は端折られているだろう。ここまで何人もの話にする程では無い令嬢に絡まれたことか……


「はぁ……騎士団長、フェイ様がまた何処かへ居なくなってしまう前に早めに解決してくださいね」


「何でお前はそう他人事なんだよ!?」


「いえ、全然他人事なんですけれど。ついでに言うと騎士団長から見ても他人事なのに相手にしているのは貴方ですからね」


「ぐ……」


 言われた通りに早く解決しようと身振り手振りで説得する騎士団長。ですが、1度そうと思い込んでしまった女性の説得はそう簡単に行く物ではない。女性は感情で動き、男性は論破しようとする傾向があるので火と油、そう意見が混ざり合うものでは無いのが研究で提唱されている。

 これは時間がかかりそうだと、諦めてその辺のベンチに腰を下ろして先ほど買った本をパラパラと捲った。


(こういう真実と銘打った書物に本当の事が書かれているとは思えないけど……)


 半信半疑な気持ちで内容を見れば……それは、もう酷いものだった。

 頭を抱えたくなるような恋模様。こんなものが本当だとすればそれはもう記憶を失う失わない以前の問題で最早別人だろう。

 広い世の中には『憑依転生』という現象を発祥している者が少数居る。数日前に会ったもう名前も忘れてしまった令嬢もその1人だが、別人が乗り移ったレベルだ……


「あまり、役に立つものではありませんでしたね」


 パタンと、時間を無駄にしてまで読み終わった本を閉じる頃には騎士団長の話も終わって和解の握手を交わしていた。流石その道のプロ。あそこまで思い込みで暴走しかけている女性とどうやって握手を交わすまでになったかを聞いていた方が有意義だった気がする。


「済まない、待たせたな」


「いえ。それにしても貴族は大変ですね、婚約者だなんだと。僕たち魔法使いはそういう話にはほぼ縁が無く、魔力の強い者や相性の良い魔法系統の者達が一緒になるくらいですが、それも自由意志ですから」


「……別に今の帝国なら誰が誰と結婚しようとも自由なんだけどな。稀に親が決めた婚約者という縛りがある事もあるけど……」


 何かを思い出すような苦々しい顔をする騎士団長。楽観的な騎士団長はもとより屋敷の皆さんもクランバル夫妻ものほほんとしていてそういう縛りを設けているようには見えず意外な反応が少し気になった。


「え、もしかして、騎士団長にも婚約者が居るのですか?」


「ああ……」


 一瞬ギョッとして仕舞いかけていた本を落としそうになる。まぁ、でもこれでやはり先ほど見た本は嘘偽り確定だろう。騎士団長は女性に優しい割に縁が無く、こう見えて1度決めた女性とは浮気もせずに添い遂げるタイプだ……と自分で言っていたし。


「それはどんな方なのですか?」


「ん……? 知らなかったか? シルバーだ」


「――え」


 流石にこれには持っていた本をばさりと落とした。初耳である。何でみんな知っている体で話しているのかは分からないけれど、どうも、皆知っている公然の事実らしい。


「まぁ、もうあいつの記憶が無いから実質婚約破棄――」


「えっ、その、何でそうなったのかを詳しく」


「えっ、興味あるの?」


 話を変えようとしたジェドを止めるもドン引きした顔で見てくる。引きたいのはこちらの方であるが、何がどうなってそういう事になったのか教えて欲しい……いや


「い、いや、いいです。よく考えたらあんまり興味が無いです」


「だよなぁ。まぁ、深い意味はまったく無いんだけどな。ただの親の勘違いだし。帝国やこの国で沢山出回っている変な本のせいというか」


「ああ……」


 合点がいって心底ホッとした。一瞬聞きたく無い話を浴びるのかと思って身構えたのだけれど、どうやら先ほどの本のような内容を耳にしてクランバル夫妻が勘違いしただけだったらしい。


「ま、シルバーは結婚したがっていたけどな」


「えっ?!」


「そういう変な意味じゃないから安心しろ」


「変な意味じゃなくて男性同士で結婚したい人って居るんですか……?」


「まぁ……なんというか、家族が欲しいというか、単純に寂しかったんじゃないのか」


「家族……」


 唯一の家族である先代魔塔主が無くなってから、数年の月日が経っている。

 その間に受け継いだ魔塔は現シルバーの魔力と魔法の知識、そして先代から受け継がれた理念に憧れて沢山の魔法使い達が集まってきた。

 けれど、自身の身体に課せられた魔力の代償からか、それとも先代を失った傷が未だ癒えてないからか、家族や友人を作るつもりはあまり無いはずだった。

 騎士団長の何処に、そこまで一緒に居たいと思えるものがあるのか……全然理解出来なかった。面白い男ではある、けれどそれだけだ。

 確かに、一緒に過ごしている時は余りに突拍子も無い事件が多発し過ぎて、何も考える余地も無く純粋に興味はそそられる。聞いたことも無い様な話を次々と出してくる彼と共に居れば、興味や話題には困らないだろう。


「つーて、俺は別に魔法が使える訳でも無いし。最初、シルバーだってノエルたんとかオペラみたいな魔力のある女子と結婚したいとか言ってたから、何でそこまで俺に固執するのかはよく分からなかったけど……俺は基本的には頼まれた事は断らない性格だからな。一緒に居て欲しいってんならそうするし、あと賭けに負けた願いも聞いてなかったから、それを聞くまでは付き合ってやんないとなって思ってたし」


「そう、ですか。でも、シルバー様はもう騎士団長と過ごした時の記憶は無いんでしょう?」


「まぁ……そうだな。でも、今のシルバーが望むんだったら引き続き付き合ってやろうとは思ってるんだが」


「……」


「あくまで友人としてだからな」


「……そうであって下さい」


 変な空気になりそうになるのを壊そうと立ち上がった僕達だけど、それを更に止めるようにパチパチと手をたたく音が聞こえた。


「……素晴らしい、素晴らしいですわジェド様」


「げ……お前は、竜族の」


 そこに現れたのはフードに身を包んだ竜族の女性である。そのあふれ出るオーラは、前に魔塔に来た古竜と同じくかなりの月日を生きた事を思わせる。彼女もまた古竜の1人なのだろう。


「わたくし、古竜が1人クエレブレ。片思い、拗れた恋愛ほど大好きな邪道を行く趣向を持っておりまして、シルバー様がジェド様の事を忘れたと聞いたときには魔塔の魔法使いかわたくしかと思う程に歓喜したものでございますわ」


「お前……それって人としてどうなんだよ」


「おほほほほ、人にあらず竜なので。さぁ思う存分愛を育もうとしては障害に破れ墜ち、愛を深めていってくださいまし」


「そういうのじゃないから!!! 勝手に育まそうとすな!」


 先程の令嬢の問題を解決したと思ったら、またしても古竜に捕まってしまいフェイ様を探しに行くのが大幅に遅れてしまった。


 結局、記憶を失う前のシルバーが何を思っていたのかは全て理解は出来なかったけれども……そう難しい理由は無いんじゃないかと感じて気が楽になった。

 けれども、やっとの思いで騎士団長が古竜を巻いてフェイ様を見つけ出したのだけれど……フェイ様はフェイ様でとんでもない格好をしていてまた違う疑問が生まれてしまった。


 やはり、騎士団長と一緒に居ると思いもよらない事態が沢山起きて、ちょっと面白い。

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