閑話・魔法士シアンの疑問(前編)
「ただし、俺も出来る限り守るつもりだが……守りきれなかったら、その時は自分で何とかするんだぞ」
――などと騎士団長がフェイ様に生温かな笑顔を向けていたのが数刻前。
「嘘だろ……言ってる側から迷子になるなんて。おーい、フェイー!!」
と、突然姿が見えなくなったフェイ様を不安げに探す騎士団長。
漆黒の騎士団長ジェド・クランバルとわ――僕、皇室魔法士のシアンはラヴィーンの首都の街中を走り回っていた。
思い悩むような顔をしていたので心配だったのだけど、案の定目を離した隙にふらふらと何処かへ消えてしまった。
ラヴィーンは思っていたよりも行き交う人が多く、それこそ竜族だけでは無い多種多様な種族がいて普通に探すのは困難だろう。特に、背の高い騎士団長ならばともかく子供のフェイ様は目立たないし。
「早く見つけてやらないと……」
焦る騎士団長。この間から思っていたのだけど、彼は少々過保護過ぎる気がする。
確かにフェイ様は東国の王弟で要人であり、僕たちが警護する必要はあるでしょうけど……その焦った様子はまるで子供を捜す親猫のよう。
早く大人になりたいというフェイ様の心を荒立てているのは彼のそういう態度も原因なのではないかと思いため息を吐いた。
「騎士団長、ラヴィーンの竜兵にも知らせましたし、そう焦りすぎも良くないですよ。フェイ様だってあちらなりに僕たちの事を探しているでしょう。そもそもラヴィーン自体、そんなに治安の悪い街でもないでしょうしもっと落ち着いて探したほうが」
「いや、一刻も早く探さなくては……」
「忘れているようですから言いますけど、フェイ様はそういう風に子供扱いして欲しくないのでしょう。もう少し彼の事を信用してはいかがですか」
「信用……っ、してない訳じゃないんだけど……済まない……ちょっと心配し過ぎで焦ってしまっていた。そうだな、フェイだってこれまでも流されずに貞操を守ってきたからな。大丈夫だろう」
「……?」
多少の話の噛み合わなさを感じながらも、落ち着きを取り戻した騎士団長にホッとする。
「それにしても……ラヴィーンの首都はこんなに賑やかで栄えた街だったのですね」
足を止めて周りを見渡すと、山頂に広がるラヴィーンの街並みが吹き抜ける風と共に目に飛び込んできた。
以前読んでいた本では、竜族が隠れ住む美しい国であり空には竜、地には幾数年の歴史や技術が不規則に刻む建物が並び、異様で幻想的な雰囲気の街だと記述されていた。
それが、いつの間にか代替わりした竜が国の改革を大胆に進めた為に、今では商人が行き交う栄えた国へと変貌していた。特に書物の店が多く、それに次いで竜族の者達が和やかに接客をしている店も少なくない。
他国の侵略や争いから隠れ住んでいた竜達に何の心境の変化があったのだろう……
「ここは、以前はナーガという闇の竜が王として君臨していた国だったのだけど、あいつはあまり明るい交流を好まないというか排他的で陰湿だからな」
「闇の竜はそうやって陰鬱な場所から力を集める生き物ですからね」
「まぁ、そうと言えばそうなんだけど、何がなんでも力を集めて強くなる生き方を選ばなくちゃいけない訳じゃないからな。ナーガはそれを選んでいたので国が多種族と共存して活気に溢れる事はなかったし、逆に今治めている奴らは竜としての力よりもこういう交流を望んでいる訳だ」
「なるほど……」
そういう話は僕たち魔法使いにしてみても同じだ。力の使い道を決めるのは自分たちであり、無理に破壊に特化して魔力を研究して力をつける必要もないが、間違えればそれを手にする事も出来る。
魔法使いの先端である魔塔主が方向性を変えれば世界から魔法使いだけが独立し、世界中と戦う事だって出来る訳だが……それは今となってはあまりにも意味の無い事である。
魔法や魔術具が世界に浸透し、それを日々開発研究してより良い暮らしや明るい未来に向けて歩いて行く事こそ、今の魔法都市や魔塔のあり方と言える。
「竜にも色々とあるのですね。僕達魔塔の魔法使いも今の考えに至るまでには紆余曲折とありましたが……そこまで考えが違うのであれば代替わりする時はさぞ大変でしたでしょうに」
「あー……大変だったと言えば、まぁ……」
複雑な表情を浮かべながら騎士団長は少し離れた場所にある空き地を見た。
他の場所には所狭しと店が並び人の往来があるにも関わらず、その場所だけはぽっかりと穴が空いたように何も建ってない。
「あちらは……?」
「……アレは、かつて王城があった場所だ。ナーガの怨念が強いからか後から建てた城も争いに沈みぶっ壊れてしまったので今はその場所を避けるようにしている」
「残留思念からくる呪いのようなもの、ですか。魔法による呪いとは違って定義も難しく解明されているものではありませんからね。そういうものは誰がどの程度影響を受けるかも分からないので影響が薄れるまではそっとしておくのが良いでしょう。それにしても、悲惨な戦いの跡が残る位ですから……相当なぶつかり合いだったのでしょうね」
至る所には未だクレーターや瓦礫がそのまま残り、激しさを物語っていた。
「ああ……激しい言い争いだったな。何せアイツらはやれ誰と誰がくっつかなくちゃいけないだの、くっつき方もどっちがリードしてなくちゃいけないだことの……」
嫌そうにため息を吐く騎士団長。何だか微妙に話が噛み合っていないような気がして聞き直す。
「……? ええと、竜族の代替わりの時の戦いの話ですよね?」
「……? いや? 代替わりの時の話が聞きたかったのか? それならこの辺りをぶっ壊して焦土に変えたのは竜じゃなくてお前らの魔塔主だぞ」
「ぼ……し、シルバー様ですか?」
聞き覚えの無い話にギョッとする。幾ら僕の知らない魔塔主様とは言え、竜の国の王城を消し飛ばすなんて余程の理由が無い限り考えられない。
「魔塔の魔法使いが他国を襲うなんて。それとも何かのっぴきならない理由でもあったのですか……?」
「まぁ、よくよく考えてみればそうだよな。のっぴきならないと言えばそうなんだけど……それについてはナーガも悪いけど俺が原因というか。シルバーは俺を助けに来てくれたんだよな」
「えっ、そんなにですか?」
「そんなに……そんなにだったんだよなぁ」
苦笑いを浮かべる騎士団長。
……僕がわざわざ騎士団長について来た理由……その答えがここにあるような気がした。
魔塔主シルバーが無くした彼に関する記憶。何度話を聞いても、魔法使いでもない彼にそこまでして尽力する気持ちが理解出来なかった。
確かに彼は不思議で面白い男だ。けれどどうしてそこまで、何に入れ込む事があるだろうか。
『面白い』『嫌いではない』だけで、そこまでするだろうか……?
「シアン、この辺りでフェイを見たって情報があった。1つ先の商店街に女と連れ立って向かったそうだ……」
考え込んでいる間にも聞き込みを続けていた騎士団長が情報を持って戻ってきた。
「女性、ですか。竜族ですか?」
「みたいだ。迷子のフェイを保護してくれたのだったら良いのだけれど……胸騒ぎがする。とりあえず目撃情報のあった方へ向かおう」
不安げな様子の騎士団長は、何だろう……ここから一刻も早く離れたいような、そんな素振りさえあった。
「そうですね、急ぎましょう」
そう言いながら店先を離れようとした時、ふと書店に並ぶ本の1つに目が行った。
それは『魔塔主と騎士の真実』と書かれていた本。騎士はともかく魔塔主は1人しかいない。
妙に気になったその本……いや、よくよく見れば他の書店にも同じような本が幾つも並んでいて奇妙な感覚を覚え足を止めた。
「これは……?」
本を手に取った時、前方を走っていた騎士団長が心配してか戻ってくるのが見えた。
「おーい、どうした?」
「あ、いえ。今行きます」
咄嗟に手に取ったそれに対価を払い、懐に仕舞いながら急ぎ騎士団長の元へと走り出した。




