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迷えしフェイは竜族と出会う(後編)

 


 東国に帰る事から逃げ、ジェドと共に来たラヴィーンの地にて……ついに幼きころから憧れを抱いていた我らが始祖、青龍殿に出会えた感動と喜びに打ち震えていた。

 打ち震えていた……が――


 ふと目に入った、腕にまとわりつくゴテゴテのハート。我は自身の姿を思い出して冷静になる。


「い、いや、いやいや、青龍殿が何で我をこんな姿に! ほ、本当にお主が青龍殿なのか?!」


「おほほほほ、この国に竜は沢山おりますものね。信じるか信じないかは貴方次第。竜の国に我ら古竜を騙る者がいるとは思えませぬが」


 自信満々に頷く姿、説得力は十二分にあった。何よりその容姿が青龍一族とよく似ているから。

 憧れていた青龍殿が我にこのような仕打ち……ガクリと落胆の念に打ちひしがれていると、それまでニコニコと揶揄うように笑っていた青龍殿が突然笑顔を消し黙った。


「な……何だ?」


「少しばかり、お捕まりになって」


「え――」


 我を抱えた青龍殿が飛び上がる。その軌道を追うかのように下半身が長い龍体に変化し空を走った。

 それを目の当たりにした時、本当にこのお方は青龍殿だと――

 考える間も与えずに今度は我らの居た地の下からブワッと何かが勢いよく這い出て包み込む。

 間一髪空に逃げた我らは捕まらなかったが……あれは


「な、なんだ?! スライム……いや、蛸か烏賊?」


 巨大な蛸でも地中に眠っていたのであろうか、幾本もの触手が地面から生えて我らを目掛けて飛んでくる。


「うわー!!」

「きゃーー!!!」


 遥か下、それが発生した辺りを見れば他の珍妙な格好をした者達も手足を絡め取られ阿鼻叫喚の図。


「ふむ、なるほどですわね」


「青龍殿、何か知っているのか?! 魔物の襲撃……いや、よもや身を寄せ合って暮らす竜を狙っての何者かが――」


「ああ、いえ、恐らくそういうのではありません」


「え……では」


 何の焦る素振りも見せない青龍殿が我に渡したのは、やはり先程読まされた我のこのふざけた格好の元となっている書物だった。

 青龍殿に開かれ渡されたページに目を通すと……


「善良な街の人々を次々と縛りつける無数の触手。怪人ショタシバルーノダイスキーノの魔の手から平和を守る為に、レオンはハートのロッドを手に取った。『今だ、変身だよ!』とマスコットのショタリンが……やめろレオン、変身してはならんだろうが!! 名前から察せい!!」


 我はまたしても青龍殿に本を叩き付けた。


「お分かり頂けましたか?」


「何がた? この本の状況と似通っているのは分かったが、それが何なのか、何で似通っておるのかも見当つかぬわ」


 そうこうしているうちにも暴れ狂う触手を避けながら、青龍殿はため息を吐いた。


「こちらのなりきりアイテムが揃う店が評判になりましてから……些か困った自体が起きておりまして。私達も頭を悩ませております」


「困った事態……? というかこれはその珍妙装備やアイテムのせいで起きているのか?」


「ええ。最近、巷では『召喚勇者』ですとか、『物語の世界に転生してしまった』なんて話が多発しておりましょう?」


 我もジェドと旅をするまではあまり出会った事がなかったのだが、確かに妄言と思わしきそんな話をよく耳にする。

 異世界なる場所は本当に存在するのかは分からぬのだが、かなりの数の証言がある事も事実であり、死んで運が良ければ橋を渡って向こう側に行けるのではないかとさえ言われているが実際に行けた者の話を聞いた訳ではないので可能性は薄い。


「それが、何だと言うのだ」


「ですから、そんな話に影響されてか否か……高クオリティのなりきり者を見た一部の者が、自分はその物語の世界に来てしまったのではないかと勘違いしてしまうのです」


「なっ、そんな馬鹿げた話、あるのか?!」


「これが割とあるから困っているのです。主人公の恋人役だと思い込むような迷惑な輩ならばまだかわいいものでして、何故か多いのがこうして悪役に()()()()ような者。この様に迷惑破壊を起こしていて我々も困っておりまして――」


「――っ!」


 いつの間にか迫っていた魔の手が我の腕を捕らえ青龍殿から引き剥がされる。

 そのまま首に絡まり息苦しくなる……古竜を困らせる程の手合い……そんな者が――


「ああっ……ああ〜〜! 悩ましい、悩ましいですわ〜〜! 正に書物の通りに縛られているレオン君の実写が見られるなんて〜〜! このまま助けずに敗北エンドを見たい気持ちと必死で戦っておりますの〜〜! ああ^〜」


「…………おい……困っているってそういう……」


 青龍殿に向ける覚めた念よりも苦しくて腕の力が抜けて行く方が早く、意識が朦朧としてくる。やはり……青龍殿は思い描いていた偉大で善なる竜ではないと確信し、死を覚悟した。

 だが、我の様子を見た青龍殿は頬に手を当て溜息を漏らすと


「――などとおショタを堪能している場合では無さそうですわね。仕方ありません」


 と、我の後ろに飛び、そのまま背中から抱きしめられた。途端――眩い閃光が我の周りに飛び交い何も見えなくなる。


(こ、これは……?)


(青龍一族の子、私が何故東国を離れたか教えてあげましょう。東国人の始祖である四神は、その血を与えし者に大いなる力を授ける『装甲』となる事が出来るのです。ですが、そんな力があったばかりに争いが更に激化し、果ては一族内ですらぶつかる事に……その様子に東国の滅亡を見た私達は、自身の力が不用と判断しかの地を去りました)


 悲しそうな青龍殿の言葉。それは、よく分かる。我も最初は誰よりも強く、誰にも屈せず他を圧倒する力が欲しかったから……だが、今は――


(安心して欲しい、青龍殿。東国に争いは無くなった、今は4領が力を合わせて東国を作り行くと、そう約束を交わしたから……だから)


(そう……ならば、その言葉を信じて貴方に力を貸しましょう。私の力、争う為ではなく人々を守る為にお使いなさい)


 スゥ、と我の中に消える光。すると、今まで感じた事の無い気力が身体から溢れ出す。青緑の光が我の着ているハートやフリフリやらに広がり、それを変質させて行った。これが……青龍殿の力!

 自らの意思で竜の様に空を駆ける事が出来る。街の者を苦しめていた触手達を次々と千切り、人々をあっという間に助けて回る事が出来た。凄い……

 助けられた者達が次々と安堵の歓声を上げた。


「た、助かったー! ありがとうございます」

「凄い……凄い薄着だ」

「待ってあの姿、『雌タモルフォーゼ〜魔法少年は無理矢理契約させられて魔法少女になっちゃったけど心までは女の子にはなりません』の主人公のレオン君の最終フォーム『ムンムンお見せできませんモード』じゃない?!」

「すげえ……なりきりじゃない、本物のレオン君だ!」

「すごい布面積だ!」


 周りから次々と上がる声の様子がおかしく、我は恐る恐る下を見た。

 腕や足はゴテゴテのハートや装飾がついているにも関わらず、肝心の胸や尻が下着。いや、紐。

 これならば着ていない方がマシなのではと思うくらいの恥ずかしい姿は余程見るに耐えないのかそれとも仕様か、何らかの力が働いてボヤけて見えた。以前ジェドが女装をしていた時も目が拒否をしているのか見え辛くなっていたが、それと同じ現象で……


「こ、こらああああああああああ!!!! どういう、どういう事だこれは!!!!」


『これぞ皆が争って手に入れようとした青龍の力――』


「嘘つけーーー!!! いや、力はそうなのかもしれぬがこんな格好になる訳ないであろう!!」


『仕様ですわ』


「さっきレオン君の最終フォーム『ムンムンお見せできませんモード』って言っている者がおったが……???」


『今はそんな事を言っている場合ではありません、来ますわよ』


「そんな事を言っている場合では無いのならば尚更この姿をどうにかせぬか?!」


 話を遮るようにパチパチと手を叩きながら現れたのは女人だった。触手を引き連れて歩いている……恐らく、魔法使い……いや、召喚師か。今大事な話をしているので遮らないで欲しい。

 女人は手を叩きながら何故か真顔で泣いていた。表情の理由が分からずに固まっていると、女人が口を開く。


「素晴らしい……やはり、私は本当に『雌タモルフォーゼ〜魔法少年は無理矢理契約させられて魔法少女になっちゃったけど心までは女の子にはなりません』の世界に入り込んでしてしまったのですね」


「そんな訳なかろう! これは、なりきる服であって我はレオンとやらではない!」


「騙されませんよ!!! レオン君で無い男児が現実でそんな格好をする訳が無いでしょう!! それが実写で叶っているならば、もうそれはレオン君のいる世界に間違いありません!! ならばこうして、私もレオン君に迫る悪役として、持ち得るスキルを全て使い全力で対抗します!」


「そんな格好をする訳が無いと言えば本当にそうなのだが……それが何故そうなる……」


 聞く耳を持たずにまた暴走しようとする女人。我がこの服を脱げば話は終わるのか?

 もう何もかも面倒になり、いっそ竜の国の物達が行く末を見守る中で裸を晒して人としてや尊厳の終わりを迎えようかと考え始める。子供の我はギリギリセーフであるからな……ハハッ


『いいえ、諦める必要はございません。あの様な思想をお持ちの方々は登場人物にて倒されれば妄想に囚われた物語の中でも天寿を真っ当する事でしょう』


「た、倒すのか? 我はあまり女人に手荒な真似は……」


『安心してください。あくまでなりきり、ごっこ遊びの延長ですわ。私の力で何かいい感じに派手かつ丁重に吹っ飛ばして差し上げましょう。さぁ、お叫びください……【ぼ、ぼく、こんな恥ずかしい格好無理だよぉ、でも……やるしかない! ぷりてぃらぶりぃはーとびーむ!】と!』


「待て、後半の相当恥ずかしい技名も相当だが、前半は明らかに要らぬだろうが!!!」


『いいえ、要ります!! ただ技をやればいいってものではないのですよ!!! あくまでレオン君になりきり、妄想の世界を終わらせなくてはいけないのであって、台詞も最重要なのです!! あと、ついでに言えば台詞通りに目に涙を溜めて恥じらい上目遣いもよろしくお願い致します』


「ぐっ――」


 筆舌に尽くし難い。いや、ハッキリ言える、嫌だ。

 が……我がそれをやらねば妄想に暴走した女人は止まらぬし、話が進まない。

 周りを見れば被害にあっているであろうはずの衆人らも何故か頷いてこちらを注視していた。嫌だ……嫌過ぎる。

 嫌だが……我は意を決して女人を見た。恐らくこれが大人になる、という事。時には何かを捨ててでも、場を収めなくてはいけぬのだ……


「く…………ぼ、ぼく、こんな恥ずかしい格好無理だよぉ、でも……やるしかない! ぷりてぃらぶりぃはーとびー――」


「ふ、フェイ……? お前、その格好……」


「む……」


 我が恥ずかしい台詞と恥ずかしい技名を叫び終わろうとしたその時、我を探しに来たジェドとシアンが声をかけてきた。

 余りの恥辱に声にならない声を出すと同時に、辺りが真っ白に包まれ派手な大爆発を起こす。

 爆発の閃光と爆風は派手だが、辺りの建物や一般人に影響はなく、件の女人だけが吹っ飛んでいった。

 ……いっそ、我も吹っ飛ばして欲しかった……



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